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X12.5_TB4

午前十時。

第零研究機構エイドロンの居住区、B棟の一室。

戦闘任務から数日が経ち、二人には珍しく、何の呼び出しもない穏やかな朝が訪れていた。


カーテン越しの光が、薄く灰色の室内を照らす。

レイナはソファで丸くなり、まだ半分眠っている。

机の上には昨夜の作戦報告書のファイルが広げっぱなし。

ページの端には、マナの書いたメモが走り書きされている。


キッチンから、控えめな湯の音。

マナがポットに湯を注ぎ、ティーバッグをくぐらせていた。

その動きは戦闘時の鋭さとは違い、落ち着いて静かだ。


「……起きてるの?」

マナの声に、レイナはまぶたを半分だけ開ける。

「んー……起きたくはない」

「じゃあ寝れば?」

「そうしたいけど、あなたが紅茶の匂いで私を起こした」


マナは小さく笑い、マグカップを差し出す。

「ほら、砂糖は入れてない」

「優しいのか、ただの手抜きか……」

「後者」


二人はローテーブルを挟んで向かい合い、黙って紅茶をすする。

窓の外では、どこかの庭木を剪定する音が遠くで響く。

そんな、戦場とは無縁の静けさ。


やがて、レイナが報告書を指でつつく。

「これ、ナギサに出す前に手直し必要」

「そう?」

「“やや危険な状況”って書いてあるけど、実際は瀕死一歩手前だったでしょ」

「……そこは脚色しないと怒られる」

「どっちが?」

「ナギサが」


レイナはため息をつきながらも、ペンを取り修正し始める。

マナはその横顔を見ながら、ふと思いついたように言った。

「今日、任務ないよね」

「うん」

「じゃあ外、行く?」

「珍しい。あなたから出かけようなんて」

「たまには普通の人間の真似してみようと思って」

「あなた、人間やめてるけど」

「そこはスルーしなさい」

「問題は許可が下りるか、だけど――」




昼下がり――

二人は商店街を歩いていた。

マナは黒いキャップを深くかぶり、レイナはフードを軽く上げて日差しを避ける。

露店の焼き菓子の匂いが漂い、足を止めると、レイナが試食をひょいと摘まんだ。

「これ、おいしい」

「買う?」

「あなたが払うなら」

「……」


紙袋を片手にベンチへ移動し、焼き菓子を分け合う。

通りを行く人々の視線は、二人に特別な意味を持たない――

少なくとも、この瞬間だけは。


「ねえ、こういうの、ずっと続けられたらいいね」

ふと漏らしたレイナの声に、マナは少し目を伏せた。

「続けられるよ」

「本気で言ってる?」

「……本気で言ったら、フラグになるからやめとく」

「そういうメタ発言やめなさい」


二人の笑い声が、夏の午後の雑踏に溶けていった。




夜――

寮に戻った二人は、またいつもの部屋に。

机の上には買ってきた焼き菓子の残り、そして修正版の報告書。

マナはソファに座りながら紅茶を淹れ、レイナは端末でニュースを見ている。


そのとき、端末が短く震えた。

「……任務?」とマナ。

レイナは画面を一瞥し、わざとらしくため息をついた。

「うん。非日常が呼んでる」

「せっかくの休日だったのに」

「だから、余計に惜しい」


二人は黙って視線を交わす。

次の瞬間、紅茶の香りも焼き菓子の甘さも――

すべてが、戦場に行く前のわずかな“緩衝地帯”として刻まれていった。

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