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第3話

屋上は8階分上にあり、セキュリティロックが施されていた。

だが、レイナにとってはそれも形だけ。彼女は無言でツールを取り出すと、数秒で錠前を解除した。


「解除完了。入るわよ」


開かれた屋上には、一般的な構造のスペースが広がっていた──ただし、卵が屋上の一部を半壊させている点を除けば、だ。


レイナは慣れた手つきで調査機材を取り出し、スイッチを入れる。


「これより調査を開始。……放射線量、各種異常なし。ただし──熱量が異常に高いわ」


「確かに暑いわね。明らかに外気より熱い……」


「表面温度、82度を記録」


「触ったら火傷するわよそれ……」


「次、タキオン濃度……+200を検出」


「この建物、どうなってるのよ。なんで屋上が崩れ落ちてないの?」


「推測だが、我々の研究所に使用されている構造材と同等かそれ以上の強度。

それより問題なのは、この強度の床材を破壊しながら、ほぼ無傷の卵……こっちの方が異常」


「硬さはさておき、サイズは?」


「露出部分が約40メートル。構造上、屋上から底までが12メートル程度。全長約52メートルと見積もる」


「改めて聞くととんでもないサイズね……」


レイナは機器の読み取り値を確認しながら、さらに言葉を継ぐ。


「音波、電磁測定、振動……どの波も内部からの反応なし。まるで吸収されているみたい。

これ以上の分析は困難。──マナ、視てくれる?」


「ええ、試してみるわ」


マナはポケットから銀色のカプセルケースを取り出し、中のタブレットを嚥下した。

その瞬間、彼女の両眼が紅く染まり、虹彩が細く、鋭くなる。


吸血鬼の真祖の魔眼──人の理を超え、闇を透かし、真実を穿つ。


「……見える」


卵の周囲に、かすかな揺らぎが生じた。

次の瞬間、建物全体がわずかに軋み、卵に接していた屋上の床が小さく崩落する。


レイナは即座に距離をとった。


「揺れが……!マナ、どうなってる!?」


「視えてる……卵の中が、変化してる!」


マナは魔眼を凝らす。

内部に浮かぶ、核のような光球。

それはじわじわと収縮し、人型を形成していく──そして、明らかに“少女”と呼べるサイズへと変化していた。


「レイナ、中の子が危ない!!」


その叫びを聞くなり、レイナは一瞬のためらいもなく屋上に空いた穴へ飛び込んだ。


建物内部の各階の床を巧みに利用して減速しながら降下する。

空中で卵の本体をしっかりと抱きかかえ、卵の本来の位置へと着地。


全身のバネを使って衝撃を吸収するが、着地の衝撃に耐えきれず、卵の殻に微かな罅が走る。


その少し後、階段を使ってマナとナユタが到着した。


「……熱くないの?」


「我慢してる。あと少し……」


レイナは慎重に卵を床に降ろす。

亀裂は徐々に広がり、そこから赤い液体が溢れ出した。


レイナはその液体を手早く試験管にすくい取る。


「中の子、大丈夫……?」


「私は医師じゃないけど──生きてるはず」


殻が音もなく崩れ、中から、濡れた髪を肩にまとった小柄な少女が現れた。

赤い液体にまみれながら、仰向けに倒れている。


マナは少女の口元に手をかざし、息を確認する。


「……呼吸してる。良かった、なんとか無事みたい」


「本部に連絡した。5分とはいかないにしても回収に来ると思う」


レイナが端末に視線を落としながら、マナに目を向ける。


「この子、連れて帰るわよ」


マナは頷いた後、ナユタへ視線を向ける。


「──ナユタ、あなたも来る?」


ナユタはその問いに、ほんの一瞬、眉を潜めた。


「……イチカを、連れて行くのか?」


「ここに残す理由、ないでしょ。

ウチも、無下にはしないわよ」


マナはやわらかく微笑む。

ナユタの視線は、まだ目を覚まさぬ少女──イチカに注がれていた。




遠くから、風を切るローター音が徐々に大きくなる。

マナが天井の開口部を見上げると、黒塗りのVTOL輸送機が上空にホバリングしていた。


「来たわね。本部の輸送部隊よ」


レイナは通信端末に向かって合図を送る。

しばらくしてロープが降ろされ、全身黒の戦術装備に身を包んだ数名の回収部隊が次々に舞い降りた。


「第六収容班所属、カナメ・シュウジ以下5名、現場到着。対象の状態は?」


「安定してる。生命反応あり。意識はないけど、呼吸は正常。体温は高めだけど危険水準ではない」


マナが報告を引き継ぐ。


「周囲の気温との関係は不明。卵から分泌された液体は採取済み。試料も渡しておくわ」


シュウジはうなずき、試験管を手渡されながらイチカの姿を見ると、ひとつ息を吐いた。


「……これが、あの卵の“中身”か。見た目は普通の子供だな」


「それが一番厄介なのよ」

とマナが皮肉めいた笑みを浮かべた。


回収チームは手早くイチカを固定ベッドに移し、搬送体制を整える。

その横で、ナユタは無言のまま付き添うように歩き出した。


「一緒に来るのか?」


「当然だ。あの子がどこへ行っても、私は離れない」


シュウジはレイナとマナを一瞥し、頷いた。


「じゃあ全員まとめて研究所に戻ろう。あとは科学班と倫理監査部の仕事だ」


輸送機が低空へと移動し、彼らを乗せるために着陸態勢へと入った。

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