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X9.5_TB3

人工の淡い白熱灯が、薄暗い居住区の廊下をぼんやりと照らしている。

壁には無数のモニターや制御パネルが埋め込まれ、冷たく機械的な音が絶えず響く。

朝六時、生活区域はまだ眠りの中にあった。


マナの部屋はシンプルだ。窓はなく、鉄製の壁に埋め込まれたディスプレイが唯一の外界との窓口だ。

彼女はベッドからゆっくりと起き上がり、薄い布団を丁寧に畳む。

「……今日も始まった」

細く伸ばした手で時計を確認すると、まだ早朝の時間。体内時計と外界の時間はわずかにずれている。


リビング兼食堂に向かう廊下は、誰もいないためかひんやりと冷たい。

マナは厚手の制服を身にまといながら、足音をなるべく立てずに歩く。


共用の食堂は、普段は朝食の香りで少し温かみがあるはずだが、この日は静寂が支配している。

まばらに集まった少女たちは、ひそひそと小声で話している。


マナは定位置のテーブルに座る。

トレーに乗せられた朝食は質素で、スクランブルエッグとトースト、そして小さなポットに入った蜂蜜紅茶。

「甘すぎない蜂蜜が好き」彼女は微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと飲み干す。


隣にすでに座っていたレイナは、黒縁の眼鏡をかけて手元のメモ帳に目を落としていた。

「おはよう」

「おはよう、レイナ。昨晩のシステム点検、問題なかった?」

「異常なし。ただ、午後の訓練は予定通り入ってる。気を抜くなって」


マナは軽く吐息をついて頷く。

「パンケーキは今日も出るの?」

レイナは小さく笑った。

「ええ、あの甘い匂いはみんなの癒しみたいね」


マナがトーストに蜂蜜を塗りながら言う。

「甘いものは悪魔だけど、疲れた時はどうしても欲しくなる」

「マナは甘いものが特に好きだよね。チョコとか紅茶とか」

「それは秘密……」


二人の会話はゆったりと流れ、狭い居住区に微かな温もりをもたらしていた。




朝食後、レイナはタブレットで収容区のデータを精査し始める。

マナは軽く体を伸ばし、壁に映る時刻表示を眺めた。


「……静かすぎる」マナが呟く。


突然、館内の天井スピーカーから重低音のアラームが鳴り響く。

「警戒レベル1。C-21区画に異常反応。職員は防護措置をとれ」


食堂や廊下にいた職員や研究員が慌てて動き出す。

マナは即座にレイナの方を見る。

「小規模暴露かもしれない。行く?」

「まだ状況が掴めない。待機しよう」


しかし、自動扉の隙間から黒い霧のような異形がゆらゆらと姿を現した。

それはまるで生気のない影のように、空気を切り裂いて床を這っている。


「……封じ損ねたんだ」レイナは口を引き結び、銀色の円盤型デバイスを取り出す。

「ここからは私に任せて」


マナは椅子ごと後退し、安全圏を確保。

レイナは素早くデバイスのスイッチを押し、低く唸る音が空間に響いた。


黒い霧は徐々に縮まり、拡散し、やがて跡形もなく消失する。


職員の一人がほっと息をついて近づき、軽く頭を下げた。

「また管理班の連中が怒られるな……」


マナは苦笑いを浮かべながら、そっとレイナに耳打ちした。

「日常に割り込む、って感じね」




午後一時。収容区画の訓練場は人工光で照らされているが、どこか無機質で冷たい。

マナは重めの防護装備を装着し、呼吸を整えながら動作確認をしている。


「よし、その動きは悪くない。けど気を抜くな」レイナは冷静に指示を出す。

マナは息を荒げながらも鋭い眼差しを返した。


「まだまだだな……」


訓練後、二人はシャワールームへ向かう。水の音が小さな空間に響く。


それぞれの居住区に戻り、マナは手慣れた手つきで紅茶を淹れ、折り紙に取り掛かった。

「折り紙は気を紛らわせるのにちょうどいい」


レイナは書斎で、昔の映画のパンフレットや自作小説の原稿に目を通す。

「最近は夢をテーマにした物語を書いてる」


マナは声をかける。

「面白そう。いつか見せてよ」

「うん、いつかね」




夜九時。人工光が減光し、居住区に静けさが戻る。

二人は端末越しにビデオ通話を繋いだ。


「今日は収容違反もあったし、疲れたね」マナは微笑みながら言う。

「でもこれが私たちの日常……なんだよね」レイナは小さく頷く。


「ねえ、マナ。パンケーキは本当に好きなの?」

「うん。甘いものは疲れた心を癒すからね」


「私は昔の映画を見るのが好き。ちょっと昔の世界に浸れるから」

「意外だな、レイナってそういうの好きなんだ」


通話を終え、二人はそれぞれの部屋で目を閉じる。




マナは自室の暗い壁を見つめながら、静かに思う。

「狭い場所に閉じ込められてる。でも……ここにも居場所がある」


レイナもまた、別室で薄明かりの中、天井を見上げていた。

「この異常な空間も、私たちの世界の一部。変わっていても、私たちの居場所」


二人は眠りにつき、明日もまた繰り返す日々を迎えるのだった。

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