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第2話

そして現在。二人は病院の入り口付近にいる。


「さて、建物の中に侵入するわけだけど。マナ、”準備”して」


レイナは言葉とともにマナに目配せをする。


「了解」


レイナの言葉でマナは気持ちのスイッチを切り替える。

ホルダーからスタンガンを取り出し、構える。


レイナが先行して扉を蹴り開けて中に侵入する。


侵入と同時、入り口に隠れていた陰からまるで死神の鎌のような巨大な鎌がレイナの首元を狙って鋭く振り抜かれた。


死神の鎌にも似た一撃。

鋭い風切り音がレイナの耳元を裂き、刹那、彼女は身を屈める。


「っ──!」


空を裂く軌道を描いて、鎌が壁を抉った。乾いたコンクリート片が飛び散り、白い埃が舞い上がる。


「いきなり歓迎ムードか!」


マナの声が弾けた。彼女の手にあるスタンガンのトリガーを引いた瞬間、

弧状の青い電撃が唸りをあげる。


バチッと鋭い放電音とともに、陰から飛び出した“それ”に向かって一閃。


しかし──


「……すり抜けた?」


スタンガンの電撃が虚空を切り裂く。その“影”は床を滑るように後退していた。


闇の中に、微かに光る赤い瞳が二つ。

その姿は人のようでいて、明らかに異形。

黒衣に包まれた細い体躯、そして──その腕に融合したかのような漆黒の鎌。


「正体、不明。交戦します」


レイナが冷静に呟き、背中から金属製に見えるスタンロッドを抜く。

電極が鈍く唸りを上げ、敵の動きに呼応して構えが低くなる。


「ちょっと、聞いてないんだけど!敵がいるなんて!」


マナが叫びつつも横へ飛び、柱の陰に滑り込む。すかさず遮蔽を取るあたり、口ほどには慣れている。


「情報外の反応。排除優先」


レイナが踏み込む。床を蹴る足取りは音もなく、影と影の隙間を切り裂くような正確な動き。


“それ”──死神のような少女は、再び鎌を構える。今度は二人を試すようにゆっくりと歩みを進めながら。


「こんな歓迎いらないってば」


マナはスタンガンを再起動させ、距離を見ながらにじり寄る。

周囲には、手術台の残骸、折れたベッドフレーム、廃棄された医療器具──そして天井の隙間から差し込むわずかな光。



死神のような少女が、再び鎌を構える。

その動きは滑るように、重力から解き放たれた亡霊そのもの。

マナは再びスタンガンを少女めがけて撃ち放つ。


「避けられた……?」


マナのスタンガンによる放電は確かに命中軌道を描いたはずだったが、敵は霧のようにすり抜けていた。


レイナが鋭く眼を細める。


「……干渉しないで通過してる。武器を無効化してるのか」


再び迫る鎌の軌道。レイナは体を沈め、寸前でかわす。

鎌が壁を抉り、コンクリート片がはじけ飛ぶ。


その破片を、マナが目で追う──そして、何かに気づいたように舌打ちする。


「レイナ、あいつ──地面だけは踏んでる!」


「……理解した。干渉対象は“重力起点”。つまり、地面に類する物体なら当たる」


「床限定の実体化……? めんどくさ!」


「でも、それって──」


マナは一つ深呼吸し、ポケットから銀色のカプセルケースを取り出した。


「──こっちの出番ってことでしょ」


中から黒く光るカプセル──《B-タブレット》を取り出し、迷いなく口に放る。

苦みと鉄の味が舌に広がり、体温が一気に上昇する。


次の瞬間、彼女の瞳が紅く輝いた。

体表からは赤い霧のような残像が立ち上がり、空気が圧縮されるような緊張感が走る。

マナの異常性――吸血鬼――由来の力が発露する。


「っふー……っしびれるわね、これ」


マナが地を蹴り、床に拳を叩きつけた。


バンッ!!


強化された膂力によって、病院の清潔な床にひびが走り──そこから拳を軸に、コンクリートの一部が丸ごと隆起する。


「レイナ、砲弾一丁、お届け!」


割れた床から剥がれたコンクリート塊を、マナが片手で持ち上げる。

それはサッカーボール程の大きさだったが、彼女は軽々と持ち上げた。


「受け取る」


レイナが駆け寄りながら、空中でその塊を両手でキャッチ。

体をひねり、全身のバネを利用して──敵へ向かって、投擲。


「──これで終わりだ」


ズドン!!


乾いた破砕音とともに、コンクリート塊が死神の少女の胸元を直撃。

今度は霧のようにすり抜けなかった──床に触れたコンクリ片が、“有効打”として実体に衝突したのだ。


「……ッ!」


少女の体が床に叩きつけられ、周囲に灰色の塵が舞う。

彼女は苦悶の声も上げず、そのまま動かなくなった。


鎌は床に転がり、黒い波紋のような霧が広がって消えていく。


マナはスタンガンを構えたまま一歩前に出るが、敵に反応はない。


「……消えた? いや、まだ実体はあるわね」


「沈黙しただけだ。拘束処理、入る」


レイナが言い、マナが頷く。

興奮に高まった心音が耳の奥で跳ねる。


「ちょっと……楽しかったかも」


マナは自嘲気味に笑う。


「遊びじゃない。次は本番、“卵”の調査だ」


「……了解。ったくレイナは真面目過ぎ」


冗談めかしながら、マナは再び気怠げに肩をすくめた。


レイナが拘束する為に近づこうとする。だが、少女は倒れたまま、ふらつきながらも再び立ち上がる。

その姿は、戦意というより──何かを“背負った”者のように、静かで、ただひたすらに強い。


「まだ立つか。 あんた、いったい何者なのよ……!」


マナが睨みながら一歩前へ出る。

吸血鬼の力の余熱がまだ指先に残っている。


「……ここを通すわけにはいかない」


「目的は“卵”か」


レイナの問いに、少女は小さく頷いた。


「そう。あれは……“あの子”の……最後の居場所だから」


その言葉に、マナの眉がぴくりと動く。


「誰の……“あの子”? 中に、誰かいるの?」


「……そう。あの卵の中に眠ってるのは、一人の女の子。

私が殺せなかった……守りきれなかった、たった一人の子」


少女は静かに呟く。

その声は、どこか悔恨を滲ませていた。


「彼女は、あれに封じられたまま、夢の中で泣いている」


マナとレイナは視線を交わした。

一瞬の静寂が、廃病院に流れる。


「……私たちは、ただ調査に来ただけ。中の子に危害を加える気なんて、ない」


「信じられない」


「でしょうね。でも、こっちだって無意味な戦いを続けたいわけじゃないのよ」


マナはスタンガンを構え直す──だが、それは“攻撃のため”ではなく、“防御の構え”だった。


「こっちが一歩下がるから、あんたも引いてくれない?」


「それは……できない。例えあなたたちが敵じゃなくても──“あの子”を起こしてはいけない」


その言葉の瞬間、空気が再び引き締まった。


「起こしてはいけない……?」


「眠っている間だけは、苦しみも悲しみもない。起こせば──彼女の中の“もう一つ”が目覚める。

……だから私は、彼女の夢を守る番人なの」


その声の裏には、明らかに“想い”があった。

ただの防衛機構ではない、意思のこもった守護者の言葉。


マナが一瞬だけ躊躇を見せた。


「レイナ、どうするの。これ、殴っていい相手じゃない気がするんだけど」


「……同感。けれど、我々には“調査”の責任がある」


レイナが静かに答える。


「だが──交渉の余地は、あるか?」


死神の少女は、しばし沈黙した。


しかし、次の瞬間──


「それでも、貴女たちはあの子を“調べる”のでしょう」


その声には、明確な拒絶があった。


「誰にも……近づけない。今までも、これからも」


マナが舌打ちする。


「そう来るか……やっぱ説得は最後まで無理ってパターンね」


彼女は床を蹴り、真っ直ぐ敵に向かって走る。


「だったら、一発黙らせて──少し話、聞いてもらうわ!」


右手にスタンガンを構えたまま、マナは一気に踏み込む。

少女の腕は地面に落ちている鎌へのびるが、レイナの反応は鋭い。


「甘い!」


レイナが飛び込むようにスタンロッドを突き出す。


「──拘束行動!」


バチッ!


雷のような音が廊下に響く。

スタンロッドの電撃により、少女の体が一瞬だけ硬直する。


「やめて……!」


彼女の声が震える。マナがその隙を逃さず、すぐさま叫ぶ。


「話なら聞く!けど、それにはこっちにも“止まる理由”が要る!」


「……!」


少女の動きが止まった。

その目に宿る感情は、混乱、困惑、そして──恐れ。


レイナが言葉を継ぐ。


「私たちは敵ではない。卵の中に誰かがいるのなら、それを確認しなければいけない理由がある。

もし“眠り続けているべき存在”なら、我々も同じ判断をする可能性がある。

だが──確かめる前に攻撃されれば、私たちも判断のしようがない」


電撃で身体が硬直したまま、少女はただ黙って立ち尽くしていた。

マナとレイナも、それ以上の攻撃を加えることはなかった──

しばし、誰も動かなかった。



「……あの子を、イチカを傷つけるつもりがないなら」


「ないわよ。こっちだって別に、目玉焼きにしようってわけじゃないんだから」


マナが軽く笑う。


「君の名は?」


レイナが問うと、少女は少しだけ、視線を伏せながら答えた。


「……ナユタ。

私は、“あの子の夢”に取り残された残響。目覚めの時が来るまで……ずっと、傍にいる」


二人はナユタと共に卵の見える屋上へと向かう。

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