第12話
そんなこんなで、放課後になった。
教室からはざわついた声が消え、生徒たちはそれぞれの部活動や帰路へと散っていった。
夕陽が西の校舎の窓を赤く染め、蝉の声が一段と激しくなる。
マナは机に頬杖をついたまま、深いため息をついた。
「学校生活って、こんなに退屈なのね。皆よく毎日飽きもせずにやってるわ」
「まだ初日。たまには普通の感性も養った方がいい」
レイナは隣の机で、端末をいじりながら淡々と答えた。
「たまに程度でマシになるほどかしら。私もあなたも、普通からかけ離れすぎてるのよ」
「否定はしない」
レイナの答えは静かだったが、どこか自嘲が滲んでいた。
「で、これ。別に転校してまで学校に潜入する意味あるのかしら?」
マナは机に肘をついたままレイナを見上げる。
「学生が襲われる事件だから」
「つまり、襲われろってことね。カナリアの次はニンジンですか」
「その言い方やめて」
「というかさ、学生を装って適当に制服着て侵入すればいいんじゃないの?」
「わざわざ生徒二人分の記憶処理する理由が上にはあったんだと思う」
マナは制服の襟を軽く引っ張った。見た目は完璧な現役女子高生でも、内心では職務感しかなかった。
「ところで、校内の人数は?」
「GPSの信号は42。職員室周辺は除外すると、生徒はおそらく30人前後。ただし携帯を持ってるかどうかで精度は微妙」
「まあ、全員が持ってるわけじゃないしね」
会話を終えると、二人は机を離れ、目的地である飼育小屋へと向かった。
「おばけ兎とご対面ね」
小屋は校舎裏の一角、ちょうどグラウンドの隅に寄せるようにして建てられていた。簡易な木造小屋に白い塗装、鉄格子つきのケージ。だが、中は空だった。
「……いない」
マナがケージ越しに中を覗き込む。
「カメラの映像は?」
「収集中。……あった。約5分前に穴を掘って消えたところまで確認できる」
レイナが端末をスクロールさせる。画面には、兎がケージの一角、左奥の寝床付近の床を掘り返す姿が映っていた。
「穴? 見たところそんなもの見えないけど」
「寝床の草で隠してある。かなり巧妙。まるで“隠す”意識があるみたい」
「兎が? 知能高すぎない?」
「オブジェクトだから何とも。偶然の可能性もゼロじゃないけど、意図的に見える」
「足跡は追える?」
「湿度的に土に残ってる。追跡可能。熱源センサーも反応してる」
「なら行きましょ。面倒事が増えないうちに」
二人は、足跡と熱源センサーを頼りに校舎裏の植え込みを抜け、外れの資材倉庫へ向かった。倉庫の中には、埃を被った備品と古い工具が無造作に並べられている。
その奥、重ねられた体育マットの裏に、“それ”はいた。
黒く濁った毛並み。片目だけ異様に膨張し、瞳がぐるぐると渦を巻くように回転していた。
それはまるで──見る者の脳内を直接覗き込むような視線だった。
「空気が変……圧が歪んでる」
レイナが低くつぶやく。センサーの反応は微弱だが、確かに「何か」がいる。
「飼育小屋からここまで移動してるって、どれだけ頭いいのよ」
マナは不機嫌そうに言いながら、手にB-タブレットを持った。必要とあらば噛み砕く準備はできている。
そのとき──視界の端で、「影」が動いた。
「来る!」
レイナの声と同時に、床を這うような速度で何かが突っ込んできた。
マナが横へ飛び退くと、金属の壁がガン、と鈍い音を立てて凹む。
「見えなかった……!」
「今のが『兎』?速すぎる……!」
倉庫の奥、暗がりの中にそれはいた。
毛皮は黒に近い灰色、眼だけが異様に光を放っている。
片目は人間のような縦長瞳孔、もう片目は、**螺旋の文様が回転する「渦」**だった。
「……見ないで。あの目、精神を持ってかれる」
マナは顔を背けながらB-タブレットを噛み砕く。
脈拍が急激に上昇し、視界が赤みを帯びていく。
「よし。今なら──!」
再び跳躍してきた影を、マナが壁際へと吹き飛ばす。
しかし床を蹴った兎は空中で姿勢を変え、天井へ跳ね返って回避。壁から壁へ、梁から梁へ──動きが完全に人間の動作を「嘲笑う」かのようだ。
「無理に捕まえようとしても、また逃げられる!」
「分かってる!」
レイナが手元の装置にコマンドを入力し、倉庫の一角へ転倒式の低周波スタンマットを展開。
即座に兎が踏み込んだ瞬間──空中で痙攣し、床に落ちた。
「今よ!」
マナが接近し、拘束ネットを投げつける。しかし、兎の体が突如ブレた。
「また……幻覚!?」
視界が二重にぶれ、マナの手がすり抜ける──ように見えた瞬間、兎はすでに別の位置にいた。
「座標のずれ……?あれ、空間がバグって──」
「マナ、後ろ!」
咄嗟に振り返ったマナの頬を、鋭利な爪がかすめた。
「っ、く……!」
レイナが閃光弾を投げつける。火花と光が閃き、兎の動きが一瞬止まった。
「今度こそ!」
マナが再び飛びかかり、今度は確実にネットで包み込む。
至近距離で確実に鎮静弾を撃ち込む。
「効いてる……?!」
「動き、止まった。麻痺と拘束、両方効いてる……!」
もがく音、甲高い鳴き声。だがやがて、兎の身体は徐々に力を失い、その場に崩れ落ちた。
「……確保、完了。生体反応は安定。脳波も低下」
レイナが確認する。
「まさかゾウ並みに鎮静剤を撃ち込むことになるなんてね。対象、死んでないでしょうね?」
「バイタルは安定してる。けれどいつ起きるか分からないから、早めに回収班を呼ぶ」
「隠蔽班もね」
「連絡する。ウサギも含めてカバーされるはず」
マナはべたんと座り込み、ため息を吐く。
「……やっぱり、一つだけ文句言っていい?」
「なに?」
「別に学生として潜入する意味、なくない?」
「文句ならナギサに言って」
レイナは冷静に返したが、わずかに口元が緩んでいた。




