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第10話

二人は夜の街を歩いていた。


都会の街灯は温度を感じさせない。冷たい光の下、二人の足音が濡れたアスファルトに吸い込まれていく。


「またろくでもない案件。これで何件目?」


「五件目。発生地のGPS座標はここで最後ね」


マナがスマホをいじりながら呟く。


「法則性は……ない。どれもバラバラな場所で、共通点もなし」


「じゃあ、被害者に共通点があるとか?」


「年齢層もバラバラ。唯一言えるのは、孤立した“個”が狙われているということ」


「じゃあ……次の被害者候補を割り出すのって、どうやれば……」


そう言った直後。レイナの足が止まった。


「レイナ?」


返事はない。

少女はただ静かに、背を向けたまま薄闇の廊下に佇んでいた。

遠くで風の鳴る音がする。だが、それ以上に不気味なのは彼女の沈黙だった。


「ちょっと、どうしたのよ――」


次の瞬間。

レイナが振り向く。その腕が閃光のように動いた。


シュッ――。

ナイフが空気を裂き、マナの喉元を正確に狙う。


「ちょ、ちょっと!?…待って。人気のない場所、二人っきり、あー もしかしてこれは――」


マナが冗談めかして口にする間もなく、もう一閃。

夜風に乗って彼女の髪が一筋、ふわりと宙に舞った。


「やっば……マジで殺る気ね……ッ」


舌打ちとともに、マナは懐から“B-タブレット”を取り出す。

黒く、金属的な質感を帯びた小さな錠剤。禁じられた力の媒体。


「あんまり使いたくなかったんだけどね――仕方ないか」


ためらいは一瞬。

嚥下するとすぐ、腹部に灼熱の奔流が走った。


眼が赤く染まり、爪が漆黒に変わる。全身の神経が解像度を増し、筋肉の出力が桁違いに跳ね上がる。


「ッはあ……くぅ……やっぱり、くるわね……」


レイナの踏み込み――鋭い。

だが、それを読むようにマナはわずかに側に跳び、空中で体を捻り逆膝を突き上げる。


レイナの身体が壁に叩きつけられるが、受け身を取って即座に立ち上がる。

その目に理性はなく、けれど――動きには明確な“意志”が宿っていた。


「やっぱり完全に意識が飛んでる……! 仕留めるわけにもいかないのに、厄介すぎ……!」


マナは距離を取ろうとしたが、レイナのナイフが疾風のように迫る。


「……っ!」

咄嗟に腕を交差して防いだ瞬間、金属音と共に何かが間に割って入った。


鋭利な鎌。

それは“死神”を連想させる不気味な代物だった。


「ちっ」


起き上がろうとしているレイナをよろけたマナ諸共切りかかられる。


見覚えのある刃だ。それはいつぞやの死神の持つような鎌だった。


「危ないわね。援軍ってあなたなの?」


「久しぶり……というほどでもないか。忌々しいわ、お前らの組織も、あなたも。

まあ、おかげ様で、こうして自由の身になれたことだけは感謝するけど」


「悪態つきたいのか感謝したいのか忙しい子ね。そんな場合じゃないのだけれど」


背中に携えた巨大な鎌を軽々と振るいながら、ナユタはレイナに接近する。


「さっさと終わらせる」


ナユタの一撃が虚空を裂くと、それだけで空気が弾ける。

レイナの体がわずかに押し戻された。


「……効いてない?」


「違う、“何か”がレイナを通して動いてる。私の鎌はそれに干渉してる……でも、不完全ね」


マナが再び地面を蹴る。

強化された脚力で、瞬時に間合いを詰めた。


レイナの動きを封じるため、ナユタは足元に鎌を振る。

攻撃の連携は見事だったが――


「見えてる……?私たちの動きが」


「違う。予知してる。レイナの体に巣くってる“何か”が」


読み取っているのは未来。

彼女たちの攻撃を先回りして回避していたのだ。


「じゃあ……どうすれば――」


マナが歯噛みする。

レイナの動きは鋭いまま。神経強化したマナでさえ、次第に押されていく。


「……予測させるなら、逆に使う!」


ナユタが放つ斬撃。右、右、左――同じパターンを三度繰り返し、四度目にだけ軌道を反転させた。


その刹那、風が爆ぜ、空気が悲鳴を上げた。

“それ”は遅れ、レイナの背から黒い塊が引き剥がされる。


その一瞬を、マナは逃さなかった。

だが、レイナはすでに再び立ち上がる。ナイフの精度も衰えていない。


「もう限界……っ!」


そのとき、マナは見た。


レイナの肩から背に、薄闇のような影がまとわりついていた。

それが、彼女の動きを“導いて”いる。


「あれが本体か……!」


「ナユタ!私にはそれが見える!あなたは斬るだけでいい!」


「了解した」


ナユタは鎌を構え、マナの指示に従い位置を定める。


「今……レイナの背後、左肩から腰にかけて!」


ナユタが地を蹴り、風を裂く。

空間が振動し、見えない“何か”が叫び声にも似たノイズを発しながらレイナの体から抜けた。


地面に、黒く粘性のある“塊”が落ちる。

それは、光を呑み込むような不定形で――液体でも気体でもない、異様な存在。


「なに、あれ……」


「まだ……生きてる。“核”が残ってる」


「でも、今なら――収容できる」


マナが本部に連絡し、数刻の後、数名の研究所職員たちが、防護装備に身を包んで駆けつける。

一人が床に広がった異常な塊を確認し、無言で特殊な収容カプセルを開いた。


「オブジェクト確保」


プラスチックのように硬化した“核”が、ゆっくりとその中に封じられる。


「今回は完全な憑依型だったようだな。宿主を支配し、一定条件下で“再演”する……切り裂きジャック事件の再来か」


研究員の一人がつぶやく。


「何が何やら。とりあえずは一件落着かしら」


「ふんっ、私は知らん。お前らの所の職員とやらに指示されただけだ」


「可愛くないわね」


「まあ、イチカを助けてくれたことには感謝している。今回のはその礼とでも思っておけ」


「はいはい。貸し借り無しってことね。しかしあなたの鎌、何を切り製いているのかしら」


「それも知らん。職員とやらは今回の対象に有効だとは言っていたがな」


マナはレイナを背負う。


「重っ。…あなたはまた“研究所”に戻るの?」


「イチカが居るしな、仕方ない」



月は淡く、どこまでも遠い。

だがその夜、かすかに震える風の中で、確かに“何か”が終わり、そして新たに始まった。

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