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X04_MH 第9話

隔離観察室――。


ガラス越しに見えるイチカは、穏やかな表情で椅子に座っていた。だがその眼差しは空を見ていない。焦点の合わぬ瞳は、何か――この世界の“外”にあるものを見ていた。


「……異常な脳波は消えませんね。むしろ上昇している」


観測員のひとりが呟く。室内の温度は適正範囲に保たれているにもかかわらず、モニターの端では“霧状のノイズ”のようなものが周期的に現れていた。解析不能の視覚情報。脳に直接干渉するような、見ているだけで吐き気を催す映像。


「……イチカは、何かを『思い出そう』としている」


「何を、ですか?」


「“本来の居場所”だ」


ナユタが告げる。彼女が囁くのは、太古の記録にも登場する、ある神性の名――

「“ワ・ラ=ドゥール”。彼方より来たる黒の知識の運び手。宇宙的理を囁くもの」


「それは……“神”ですか?」


「違う。神ではない。あれは概念そのものだ。我々が“理性”と呼ぶものの外側に存在する、知の海だ」


イチカは口元を動かした。誰にも聞こえないほどの小さな声で、何かを呟いている。


――来たれ、門の向こうへ。かの御方は目覚めておられる。


その言葉の直後、室内の照明が一瞬だけ明滅した。ガラスを隔てた研究者たちには気付けなかったが、イチカの背後には、ほんの一瞬だけ、黒い無数の眼を持つ影が揺れていた。



***



結局、あの日の出来事を証明するものは何もなかった。


地下の教授とは連絡が出来ないし、そもそもあの日何故コンタクトをとってきたのか不明だ。


その後の出来事も証明できるものは無い。


寝て起きたら終末世界でした。 色々あって気づいたらレイナの部屋に居ました。


夢と思われるのがオチだ。物証も何一つ無い。


疑い出せばキリがなく、今のところ実害も無い。


胸中に残る靄のような不安だけを抱え、二人は“いったん”忘れることにした。


だが、その静けさは長くは続かない。


またひとつ、指令が下されたのだ。


マナは、資料を見下ろしたまま、息をついた。

レイナはマナの横で静かに立っている。


「……で、今回の案件は?」


担当官の声が硬く響く。


「現代の“切り裂きジャック事件”と酷似した事象が、ここ数週間で複数確認された」


「また猟奇系? やだなぁ……」


マナが眉をしかめる。


「被害は五件。全て女性。繁華街の裏通りや深夜の公園など、人目の少ない場所で発生している」


「それだけなら、ただの連続殺人事件……ってこともないんでしょうね?」


「“妙な音”がすると通報が入り、警察が駆けつけると既に被害者は死亡。しかも、通報者がその場で逮捕されるケースが三件」


「通報者が犯人ってこと?」


「いや、違う。本人には一切の自覚がない。そして――全員、留置中に“再発”している」


マナは目を細めた。


「要するに、“何か”が、人を狂わせてる」


「そう判断している。我々は事態を極秘裏に処理した。封じ込められている内に、現場の調査を君たちに任せたい」


少しの沈黙。


「了解しました。マナ、行こう」


「ところで、こういうの隠蔽出来る辺り“研究所”も大概異常だと思うのだけど」


「異常を収集する集団もまた異常」


「蛙の子は蛙ってこと?」


「餅は餅屋ってこと」


「それ、意味変わってこない? 」


「そう?貴方の喩も大概だと思うけれど。」


「まあどっちでもいいけど。問題は厄介事をどうやって探し出すかってことね」


「探すだけでは不十分。解決しなければ意味が無い」


「ごもっとも」

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