6 生きているという実感
一颯の屋敷に滞在するようになって、それから二日が過ぎようとした。
今さらではあるが、ここは凌家といい、一颯の父、凌雲韻は戦で数々の功績をあげた功臣だという。
さらに、一颯の姉は皇子の正室として嫁ぎ、その皇子が即位すると皇后として立てられた。
つまり、凌家は皇族の親戚なのだ。
父は朝廷の超重臣。
一颯自身も御前侍衛を務めるほど皇帝の信頼が厚く、姉は皇后というとんでもない家柄であった。
自分とはまったく縁がないであろう場所に身を置くことになり、あまつさえ、世話になり恐縮極まりない。
一颯という男に軽口を叩いたりしていたが、本来ならお目通りするだけでも恐れ多い人物だった。
そういえばあたし、あいつにむかってバカって言っちゃったっけ。
気にしていないみたいだからよかったけど。
夫人は穏やかで優しいし、世話をしてくれる侍女の鈴鈴は、気取ったところもなく親しみのある明るい性格だ。
年は蓮花と同じ十六歳だというから、余計親近感がわく。
そんな感じで、みな、気立てのいい人たちばかりで居心地は悪くはなかった。そしてなにより、ご飯がおいしい。
二度と立ち直れないのでは、というくらい辛く悲しい目にあったというにもかかわらず、食欲だけはなくならない自分に驚いたが、それは生きたい、まだ死ねないと強く心に思っているからか。
そしてなにより、両親を殺した奴らへの復讐心。
寝台の上で呆けながら窓の外を眺め、蓮花は深呼吸をする。
今日は身体の調子もいい。
お腹いっぱいご飯が食べられるのだから、もう完治したといってもいいのだろう。
けれど、起き上がるのを恵医師が許してくれず、こうして寝台の上に座りぼうっと過ごしているのだ。
ふと、ふわりと漂う香りが鼻先をかすめ、部屋を見渡した。
卓の上に香炉が置かれ、そこから細い煙が立ちのぼっている。
「沈水香か。いい香り」
ちょうど花瓶の水を取り替えていた鈴鈴がまあ、と驚きの声を発した。
「分かるの? もしかして香に詳しいとか?」
「そういうわけじゃないけど、父が医師だったから、ちょっとね」
「へえ」
医師とお香になんの関係があるの? と鈴鈴は不思議そうな顔をしている。
「沈水香は鎮静作用、抗菌作用があるの。気持ちが落ち着くから精神安定効果も。漢方薬としても使われてるのよ」
蓮花の説明を真剣に聞いていた鈴鈴は、素直に尊敬の眼差しを向けてくる。
「蓮花さんって薬のことに詳しいんだね。すごーい! あ、沈水香を焚くようにすすめたのは恵医師なの。医師ってみんな香りに詳しいの? あたたっ……」
突然、鈴鈴はお腹の辺りを押さえた。
よく見ると顔色も悪い。
「どうしたの、気分が悪いの? 誰か呼んでこようか」
「ううん、平気。ちょっとお腹が痛いだけ」
平気と言ってはいるが、鈴鈴は辛そうに眉間にしわを寄せている。
おまけにひたいに、うっすらと汗まで滲んでいた。
「鈴鈴こそ、ここに来て休みなよ」
蓮花は隣にくるよう、おいでおいで、と寝台の上をぽんぽんと叩く。
「ありがとう。蓮花さんって優しいね。いつものことなんだ。月のものがちょっとね」
ああ、と蓮花は納得する。
かわいそうに。
「そろそろお薬ができる頃だと思うから私、取りに行ってくるね」
自分で行くからと言いたいところだが、鈴鈴の仕事を邪魔するのも悪いし、あまり勝手に屋敷内をうろちょろされたら迷惑かもしれないと思いとどまった。