4 栄華を取り戻すために
誰? と蓮花は小声で呟く。しかし、現れた女性の側に控える、二人の女の顔に見覚えがあることに気づき、あ! と声をもらした。
まさしくその二人の女こそ、白蓮の村にやって来て蓮花に占って欲しいと言った人物であった。
では、あの女が氷妃。
いや氷太妃。皇太后と先帝の寵愛を競った妃。そして、一颯の生母。凜妃の叔母。今回の陰の黒幕。
「一颯、あの二人よ。白蓮の町に来てあたしの母のことをあれこれ聞いてきたのは!」
蓮花は氷太妃の隣に立つ女性二人を指差した。しかし、指を差された本人たちはしれっとした顔で首を傾げていた。
「なんのことだか分かりません」
「この娘、何か思い違いをしているのでしょう」
「何言ってんのよ! 間違いなくあなたたちでしょ! あたしの顔を忘れたとは言わせないわよ!」
氷太妃はくすりと笑い、一颯を見る。
その目にはなんの感情も表れていなく、実の息子を見る目ではなかった。
「さあ、氷太妃さま居室に戻りましょう。外の風はやはりお身体に障ります」
「ちょっと、待ちなさい! 逃げるつもり!」
「無礼者! 氷太妃さまはご病気なのですよ」
氷太妃の側仕えに一喝される。
嘘だ。
病気の振りをしているだけだ。その証拠に、氷太妃の瞳の奥に、ぞくりと残酷な光が放たれたのを見逃さなかった。
氷太妃の侍女がついっと前に出る。
侍女は目を細め凜妃を見据える。
たかが侍女と、仮にも現皇帝の妃。
立場は凜妃の方が上だというのに、まるで逆。
「この通り、氷太妃さまはご病気ゆえ、凜妃さまから話を聞いた後に、何か尋ねたいことがあれば改めて伺いましょう」
侍女に支えられながら氷太妃は弱々しい声を発する。
「凜妃、包み隠さず正直に話しなさい。あなたのすべてに一族の命運がかかっているのだから。そのことを忘れてはだめよ。いいわね凜妃」
氷太妃は儚い笑みを浮かべた。
一族のために、おまえ一人が罪をかぶりなさいと言っているようにしか聞こえなかった。
なんて恐ろしい、悪辣な性格なの!
「待ってください氷太妃さま!」
助けを求めて凜妃は泣き叫ぶ。
「氷太妃さま! 私はあなたの言う通りに動いてきた。すべては我が一族から皇后を出すためだと言われて! 一族の栄華を取り戻すためと!」
涙ながらの凜妃の訴えもむなしく、氷太妃は振り返ることもなくこの場から去った。
「一颯! あの女は捕らえなくていいの!」
一颯は首を振り、去って行く実母の背中を見つめていた。
その目に母の面影を追い求める陰はいっさい見られない。
「結局、すべて手を下したのは凜妃だ。凜妃が罪を認め、氷太妃が何も知らない、と言えばそれまでのこと」
「そんなことって……」
蓮花は握った手を強く震わせ、歯をぎりぎりと鳴らした。
頭が良く、うまく立ち回った者や、強者が勝つ。
それが、宮廷だということを、蓮花は改めて思い知らされた。




