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視える宮廷女官 霊能力と薬の知識で後宮の事件を解決します!  作者: 島崎紗都子
第1章 運命は満月の夜に導かれて残酷に
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5 目覚めたら

 目覚めると、見知らぬ天井が目に飛び込んだ。

 自分の家の土壁ではなく、きれいな模様が描かれた天井だ。

 身体が沈みそうなくらい柔らかな敷き布団と、暖かくて手触りのいい掛け布団。枕もふかふかで気持ちいい。それにいい匂いがする。こんな寝心地のいい寝台は初めてだ。


 それにしても、ここはどこ? 立派な家。

 自分が住んでいたボロ家が、すっぽり収まるほどの広い部屋。見たこともない高級家具や調度品が置かれ、季節の花も飾られている。


 寝起きはかなりいい方だ。

 なのに、今日に限って頭がぼんやりとして、起き上がることもできない。

 自分に何が起きたのか思い出そうとする。


 脳裏に、黒装束の男たちの姿が浮かんだ。次に、その男たちが父と母に斬りかかる。

 悲鳴をあげ地面に倒れる両親の姿。

 半身を起こした途端、身体中に痛みが走り、うっ、と声をもらす。

 そのまま身体を丸めて痛みに耐える。


「いたた……」

「蓮花さんが目覚めたわ。(けい)医師を呼んできて」

 すぐ側で女性の声が聞こえた。


 寝台の縁に腰をかけ、年配の女が心配そうにこちらを見下ろしている。

「まだ起きてはいけないわ。横になっていなさい。さあ」

 女性の手が腕にかかり、横たわるのを手伝ってくれた。


「安心して、大きな怪我はないわ。だけど、疲労と精神的なものが重なって身体が参っているの。もうすぐ医師が来るから」

 胸にすんと染みるような、優しい声であった。


「恵医師が参りました」

 その声とともに、薬箱を手に一人の若い男が部屋に入ってきた。

「失礼いたします、奥さま」


 蓮花の側に付き添う女性に向かい、医師が挨拶のためその場に膝をつこうとする。しかし、奥さまと呼ばれた女性は否、と手で合図する。

「挨拶はいいわ。早く蓮花さんを診てあげて」

「かしこまりました。失礼いたします」


 恵医師は蓮花の手首に指を乗せ、脈診を始めた。

 目を閉じ、真剣な面持ちで脈を計ること数分。

「だいぶ落ち着いたようですね。脈拍も安定しています。無理をせず安静にしていれば大丈夫でしょう。ただ、気の不足がみられます。人参と黄耆(おうぎ)を始め、血行をよくする当帰(とうき)地黄(じおう)などを煎じた薬湯を処方します。それで体力と気力を補えるとよいでしょう。それから、こちらの十薬をよく手のひらにすり込んでください」

 と、恵医師は枕元に小瓶を置く。

 その顔は険しい。


 十薬とはドクダミのことだ。

 毒や痛みに効くから〝毒痛み〟になったという説がある。

 蓮花は手のひらに視線を落とした。


 小刀を振り回した時に、知らず知らず傷をつけてしまった。さらに、附子の毒が傷口に付着した恐れがある。

 確かにトリカブトを素手で触るなど、どうかしている。こうして生きているからよかったものの、一歩間違えたらどうなっていたか。


「恵医師は若いけれど、信頼のできる、腕のいい医師よ」

 寝台の側で腰をかけていた女は、菩薩のような笑みを浮かべ、布団をかけ直してくれた。

 ほっと心が和むような雰囲気の女性だ。


「ありがとうございます。もう、大丈夫です。あの?」

 全然大丈夫じゃないけれど、いろいろ考えることが多すぎた。まだ頭の中がぼんやりするし、悲しむ前に自分の置かれている状況を確認したい。

「私の名は香麗(シャンリー)よ、蓮花さん」


「どうしてあたしの名前を?」

「おお、目覚めたようだな」

 聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 部屋に入って来たのは一颯であった。


「なんであんたがここにいるのよ!」

 一颯に向かってあんた呼ばわりをする蓮花が気に入らないのか、側にいた彼の従者が気色ばむ。

 だが、一颯は手で制して従者を宥めた。


「賊に殺されかけたおまえを助けてやっただろう。覚えていないのか? もっとも、助けられたのは僕も同じだが」

 一颯は手にしていた粗末な刺繍の小袋を蓮花に見せた。すでに中のお守りは消えているが。


「だから言ったでしょ。森に行くのは、やめときなって」

 一颯は眉根を寄せる。

「おまえには亡霊(あれら)が見えるのか? あのお守りはなんだったのだ?」

「そう、あたしには普通の人にはみえないものが視えて、聞こえない声が聞こえる。ついでに、除霊も浄霊もできて、悪霊から身を守ることもできる。あんたに渡したお守りは、あたしのお手製の呪符」


 一颯は言葉もなく、難しい顔で蓮花を見下ろすだけであった。

 そんな話など、誰が信じるのか、といったところか。

 大抵の人はこういう反応をする。

 ひどいときは嘘つき呼ばわりをされることも。

 だから、そう言われるのは慣れっこだ。

 別に気にしない。


「なるほど、そうか」

 一颯は腕を組み、難しい顔で何度も頷いた。

「え? あたしが言ったこと信じちゃうの?」

「嘘なのか?」

「いや、本当だけど」


「信じるもなにも、この目で実際に亡霊とやらを見たし、襲われた。おまえがくれたお守りのおかげで助かったのも事実。いったい、おまえは何者なのだ?」

「別に何者でもないけれど、まあ、しいていうなら薬草売りの霊能者」


 霊能者か、と一颯は繰り返す。

 蓮花は香麗に向き直り、深々と頭を下げた。

「助けてくださってありがとうございます。村に帰らなければ」


 寝台から降りようとする蓮花を、香麗は慌ててとどめる。

「蓮花さん、動いたらだめ。家に戻るにしても、体力を取り戻してからでないと」

「そうだ。だいたい今、家に戻ればおまえ……いたたっ! 母上やめてください!」


 は、母上! 

 この菩薩のような優しい人が一颯の母君?

 夫人は息子の頬をぎゅーっと、つねる。


「蓮花さんに向かっておまえとはなに? だからおまえは粗雑だと言われるの」

 息子をどんと押しのけ、香麗は蓮花を寝台に戻そうとする。

「気にしないでね。武将の家に育ったせいもあって、少々荒っぽいところがあるけれど、根は優しい子なのよ」

「はい、分かってます」


 なんで森から引き返してきたのか知らないが、あたしのことを見捨てず、賊から助けてくれた。

 心の優しい人だ。

 正義感もある。

 粗雑だと母君に言われたが、きっとたくさんの女性が一颯に思いを寄せているだろう。

 蓮花はこめかみのあたりに指をあてた。


 少しずつ、記憶がよみがえってきた。

 そうだった。

 あの日、町から戻って来たら、突然やって来た賊に父と母が殺された。

 自分も殺されそうになったところを、この男が現れ助けに来てくれた。


 その後、気を失った自分を馬に乗せ、景安の都にある彼の屋敷に連れて来られた、というわけである。

「奥さま、親切にしていただきありがとうございます。このご恩は忘れません」

 殺された両親は今もあの場で地面に横たわっているのかもしれない。早く家に戻って弔いたい。


「動いてはいけないわ。今はあなた自身の身体を治すことだけを考えましょう。ね?」

「母上の言う通りにしておけ、それに、家に戻ってまた賊が襲ってきたらどうする。おまえまで殺されたら、両親が悲しむぞ。それと、勝手とは思ったが、おまえの……」


 母親にじろりと睨まれ、一颯はこほんと咳払いをし、言い直す。

「蓮花の両親を手厚く葬るよう、白蓮の町の者たちに頼んでおいた」

 たぶん、町の者にいくらかの銀子を渡したのだろう。

「両親のことを気がかりだと思うのは分かる。だが、今、家に戻っても再び危険な目にあわないとも限らない。まだ賊があの辺りに潜んでいるかもしれないからな」


「そうよ。これからのことは身体が回復してから考えましょう。お薬を飲んで、今日はもう休みなさい。何かあればここにいる鈴鈴(リンリン)に言って」

「鈴鈴です。なんでも仰ってください」

 夫人の側に控えていた鈴鈴と呼ばれた侍女が、親しみのこもった笑みで挨拶をする。

「はい……」


 それ以上、蓮花も夫人の申し出を断ることはしなかった。

 いろいろ、気になることがあって頭の中がいっぱいいっぱいだが、とにかく今は休もう。

 確かに、ここを出て行くにしても、体力を回復させなければ途中で生き倒れる。それでは元も子もない。

 だからここは甘えてしまおう。


 蓮花は素直に眠ることにした。

 やはり、身体は休息を求めていたのだろう。

 枕に頭を沈めたと同時に、深い眠りに落ちていった。

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