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視える宮廷女官 霊能力と薬の知識で後宮の事件を解決します!  作者: 島崎紗都子
第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ
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7 冷宮の妃

 皇弟は謀反の罪で処刑。

 皇弟の正室であった翆蘭と息子も処刑されるはずであったが、翆蘭に密かに恋心を抱いていた皇帝陛下は翆蘭に貴妃の位を与え自分の側室として迎え、彼女の息子も己の子として育てることにした。


 一方、皇弟に玉座簒奪をそそのかした張本人である氷妃は、突然気が触れ、何を問うてもまともに答えられず、以来、自分の宮殿に引きこもり、滅多に外に出ることがなくなった。


 皇帝暗殺の罪から逃れるため、氷妃は気が触れた振りを演じたのだ。

 事件はいったん収まったかのように思えたが、そうではなかった。


 当時、皇帝陛下には四人の皇子がいたが、そのうち二人が急死した。

 自分の息子を太子にたてようと翆蘭が企んだのだ。


 かくもそのように欲深く邪悪な女だったとは、と陛下は激怒し、翆蘭から貴妃の位を剥奪。庶人に落とし、彼女を冷宮に送った。そして、翆蘭の息子も皇族としての身分を廃し、宮廷から追い出した。

 息子は臣下にあずけられた。

 翆蘭は氷妃の仕掛けた罠にはめられたのだ。


「私は何度も氷妃を処刑するよう陛下に進言したが、結局、今もあの女はこの後宮で生きている」


 氷妃……なんて恐ろしい女なのだろう。


「このままでは私自身もあの毒婦によって陥れられ、皇后の座を奪われるかもしれないと恐れた。なぜなら、私には陛下との間に子が出来なかったから。いつか、氷妃によってこの座を引きずり落とされるかもしれないと思った私は、翆蘭の子を引き取り我が息子として育てた」


 ん? と蓮花は首を傾げる。

 皇帝の母は皇太后だ。


「え? じゃあ、翆蘭の息子というのが赦鶯陛下?」


 そうだった。

 確か一颯は陛下と皇太后は血が繋がっていないと言っていた。


「そう。私があの子を引きとり、太子にたて皇帝にした」

 そこで、皇太后はこめかみの辺りを手で押さえた。

「皇太后さま、いつもの頭痛ですか? もうお休みになったほうが」

 側にいた侍女が皇太后の体調を気遣う。

 皇太后は苦しそうに胸を押さえ込んだ。

 これ以上、今日はお話を聞くのは無理だろう。

 皇太后の身体が心配だ。


「蓮花、真実を知りたいと思うなら、冷宮にいる翆蘭に会いなさい」

 蓮花は無言で頷いた。

 母が仕えていた妃を訪ねれば、もっと詳しいことを聞き出せるかも。

「ありがとうございます。皇太后さま、母のことを教えてくださり感謝いたします」

 礼を言い、皇太后が住む宮を出た蓮花は、侍女に呼び止められた。


「芙答応さま」

 呼ばれて蓮花は振り返った。

 ちょうどこちらも話があったので、侍女の方からやって来てくれて助かった。

 皇太后さまがいる前で、こんな話はしたくなかったから。


「芙答応さまには、あれが何に視えましたか?」

「もしかして、あなたも視える人?」

「いえ、私には芙答応さまのような力はございません。ですが、何かよくない気配を皇太后さまの周りから感じるのです。何か視えたのなら、どうか教えてください」

「何者かが皇太后さまを狙っていた」

「狙う? それは命ですか……誰が……まさか氷妃?」


 蓮花は口元に指を立て、黙ってというように侍女の言葉を遮る。

「呪詛はあたしが祓ったけど、誰が皇太后さまに呪いをかけたかまでは突き止めることはできなかった。また呪いを仕掛けてくるかも。それを回避するためにも、皇太后さまの部屋に花をかかさずに置いて。皇太后さまの代わりに、生きた花を身代わりにたてるの。呪詛を向けられた花は一気に枯れるから、そのたびに新鮮な花を活けて」

「かしこまりました」

「あたしのほうでも、呪詛を向けた者を調べてみる。でもすぐ分かるわ。はね返った呪いは必ず術者に戻るの。それも倍になってね」




◇・◇・◇・◇




 侍女が言った通り、皇太后と寵愛を競っていた氷妃の仕業なのだろうか。

 彼女が今でも皇太后に恨みを抱き呪っているのか。


 冷宮とは皇帝の寵愛を失った、あるいは罪を犯した妃が軟禁される場所。

 翆蘭が住む冷宮は、滅多に人が足を踏み入れることのない、後宮の端にある寂しい場所であった。


 人に忘れられた寂しい場所へ、皇弟の正妃であり、先帝にも仕えた貴妃が閉じ込められている。

 たとえ、廃妃となり庶人に落とされたとしても、陛下の妃として後宮に入った以上、二度とここから出ることはかなわない。


 後宮を出る時は、死ぬ時だ。


「ずいぶん後宮の端なのね。寂れてるし誰も歩いていない。それに薄暗い」

「それが、冷宮ですから」

 皇后付きの太監に案内され、さらに、恵医師と侍女の華雪を伴い、蓮花は翆蘭のいる冷宮へと辿り着いた。

 門の前には侍衛が二人立っている。


 華雪が侍衛に近づき手に何かを握らせたのがちらりと見えた。

 銀子だ。

 すると、侍衛たちは何食わぬ顔で、二人揃って門から離れて行った。


 さすがは元景貴妃の侍女。

 情報通だし、宮中での顔は広いし、袖の下もさりげない。


「芙答応さま」

 太監に呼ばれ、蓮花は人が一人通れる程度に開かれた冷宮の門から中に入る。

 驚きに言葉を失った。

 建物はぼろぼろで、あちこち朽ちていた。

 当然、手入れがされた気配はない。


 風が吹くたび窓がぎしぎしと音を立て、庭は荒れ果て雑草がはびこっている。

 入り口に掲げられた扁額も傾き、書かれた文字はかすれて読めない。


 こんなところに人が住んでいるなんて考えられない。

 ここは人が住める場所ではない。

 これが罪を犯した後宮の女たちの末路。


 夫の謀反の巻き添えをくらい、先帝の妃になって命を繋ぎとめたものの、氷妃の企みによって皇子殺しの汚名をきせられ、冷宮に閉じ込められた翆蘭。

 あまりにも気の毒な人生だ。

 死罪にならなかっただけでもよかったと、この状況を見て言えるのだろうか。


「私は入り口で待っておりますので」

 太監に言われ、蓮花は翆蘭が暮らす居室の扉に手をかけた。

 緊張で手が震えた。

 その震えを解くように息を吸って吐き、ゆっくりと扉を押した。

 ぎっ、という音が鳴る。


 薄く開いた扉の隙間から中を覗く。

 まだ昼を過ぎたばかりだというのに部屋は薄暗かった。だが、蓮花は少しだけほっとする。

 部屋の中は外観ほど荒れてはおらず、想像していたよりはましだった。

「失礼します」

 小声で言い、蓮花は部屋の中に入る。


 後ろから恵医師もついてくる。

 長い間冷宮で幽閉されている翆蘭は、体調を悪くしても侍医すら呼ぶことも許されない。

 その翆蘭の身体の心配をしてのことだ。


 入って右の奥の部屋で人の気配がした。

 恵医師と顔を見合わせ、そちらへと向かう。

 窓際で一人の女性が椅子に腰をかけ、刺繍をしていた。

 彼女が翆蘭か。


 蓮花たちが部屋に入ると、その女性は刺繍の手をとめ、ゆっくりと顔をあげた。

 美しい顔立ちの女性であった。そして、蓮花は目を見張らせた。

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