1 不吉な予知
「はい! 今日で全部終わり。この部屋もすっきりしたものよ。これでぐっすり眠れるはず。政務に子作りにしっかり励んでちょうだい」
腰に手をあて、蓮花は満足そうに頷く。
赦鶯陛下の宮殿に巣くう無数の霊たちもすべて処理した。
蓮花は天井を見上げる。
「天井の模様も、はっきりと見える」
この部屋に初めて入った時は、重苦しい空気に押しつぶされそうになって息が苦しかったが、今は空気が新鮮で淀みがない。
どんよりと黒いもやがかかったような気配が漂っていたが、それも消えた。蓮花の隣に立った赦鶯も一緒になって天井を仰ぐ。
「この部屋の天井はこんなに高かったのかと改めて思うな。それに明るくて広い。差し込む陽の光が眩しいくらいだ」
「体調はどう?」
二人っきりの時はすっかりため口だ。
最初はそれなりに一応気を遣っていたのだが、おかしな敬語はかえって気持ちが悪いと言われ、砕けた口調となり、最後にはため口となった。
時折、赦鶯付きの太監が渋い顔で睨んでくるが、陛下が堅苦しいのはやめろと言うのだから仕方がない。
「体調はいい。今まで頭痛に悩まされていたのが嘘のようだ」
「いろんなものを引き寄せてたからね」
「おまえの処方した薬湯が効いたのもあるだろう」
「あたしが煎じたのは、別に特別なものでもなんでもないけど」
「いや、煎じた者がよかったのだ」
赦鶯はにこりと笑い蓮花に向き直る。
「皇后のことにもじゅうぶん手をつくしてくれた。おまえには感謝している。褒美をとらせよう。何がよい?」
蓮花はにんまりと笑った。
褒美を頂けるのはありがたい。
それを元手に故郷に帰ったら何かやろうと思っていたからだ。
そうねえ、と考えるように蓮花はあごに手をあてる。
「よし、貴人に昇格させてやろう」
「それはけっこう。何度も言ったでしょ。あたし、ここを去るんだって」
「本当に去るのか? こんなにもおまえのことを大切にしているというのに」
蓮花は鼻で嗤って肩をすくめた。
「大切にするなら皇后さまや皇子さまを大切にしてあげて。あたしには無用」
「おまえを後宮から出さないと言ったら、どうする?」
蓮花はにたりと意味ありげな笑いを口元に刻んだ。
「じゃあ、またこの部屋いっぱいに悪霊を呼んでやる。歴代の皇帝のように早死にする?」
それは勘弁してくれと、赦鶯は顔をしかめた。
こうして陛下に気にかけて貰えるのも、あたしが陛下の周りにいない珍しいタイプだから。
飽きられたら、寵愛を失った妃のように忘れられてしまうのだ。
「そうだ。来月秋の狩りがある。おまえも来い。妃たちも集まり天幕の中で狩りを見学するのだ。ご馳走も出るぞ。うまいものが食べられる」
それを聞いた蓮花は、じっと赦鶯を見上げた。
「だめ……」
蓮花は知らず知らず声をもらした。
「狩りに行ってはだめ。殺される」
「おいおい、滅多なことを言うな」
「本当よ! あんた狩りの日に殺されてしまう。矢に打たれて倒れている姿が視えた」
赦鶯が不機嫌な表情を浮かべたことに太監が気づき、蓮花の元にやって来る。
「芙答応さま、そろそろ戻りましょう」
赦鶯が怒り出す前にと気を利かせ、蓮花を外に連れ出してくれた。
皇后の住む永明宮まで太監に送り届けて貰った蓮花の前に、一颯がやってきた。
「どうしたのだ?」
「それが、蓮花さまが……」
太監は先程の出来事を一颯に話して聞かせた。それを聞いた一颯は深刻な顔をする。
「蓮花が何かを感じ取ったのなら、それはこれから起こる未来予知だ。陛下には僕が話してみよう」




