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3 あたしはあたしのままで

 沈んだ表情を浮かべる蓮花に、凜妃は優しく微笑んだ。

「蓮花、あなたはあなた。いくら皇后さまのためとはいえ、無理して従うことはないの。あなたはこの後宮に縛られるような子ではない。それは皇后さまも分かっているわ」

 蓮花は驚いた顔で凜妃を見返した。


「てっきり、皇后さまのために陛下に仕えなさいと諭されるかと思いました」

 凜妃は口元に手をあて、ふふ、と笑う。

「蓮花は私たちと違うわ。あなたの人生は、あなただけのものよ」

「ありがとうございます! 凜妃さまにお話を聞いていただけて本当によかったです。すっきりしました。あ、あたし厨房に行かなければいけなかったんだ」

 頭を下げ、陛下の点心を取りに行こうと歩き出した蓮花を凜妃は引き止める。


「待って蓮花。忘れていたわ。蓮花の喜ぶ顔がみたいと思って作ってきたのよ。どうぞ」

 と、凜妃から菓子の包みを受け取る。包みを開くと、ころころとした真っ白な玉のような菓子が並んでいる。

「わあ、雪をまぶしたみたいで、きれい。おいしそう!」

艾窩窩(アイウォーウォー)よ」

 艾窩窩とは蓮花が言った通り、見た目は雪の玉をしていて、もち米の粉を蒸して柔らかくし、その中にこし餡や炒った胡麻やクルミ、さらに干し果物などを入れ、外側にココナッツの粉をまぶしたものだ。

 口当たりがふわふわとした甘い菓子である。


「いつもありがとうございます! 後でいただきます!」

 凜妃が口元に人差し指を立てる。

「いつものように他の子には内緒にしてね。でないと皇后さまに怒られちゃうわ」

 いたずらっ子のように片目をつむる凜妃に、蓮花は笑って頷く。そこへ、門の方から一颯将軍がやって来た。


「凜妃さまにご挨拶いたします」

 と、恭しく頭を下げ、次に蓮花を見て相好を崩す。

「相変わらず元気そうだな」

「あんたは、あたしの顔を見るなりそれしか言わないね」

「実際そうではないか。うまい菓子でも食べたのか? にやけた顔をしているぞ」


 確かに凜妃さまに菓子をいただいて、顔がほころんでいたかもしれない。しかし、一颯の顔をみた途端、皇后のことを思い出し、なんとなく気落ちが薄暗くなっていく。

 蓮花の複雑な胸のうちを、なんと勘違いしたのか、一颯は眉間にしわを寄せた。


「ああ、すまない。今日は菓子を用意してこなかった」

「は?」

「それで機嫌が悪くなったのだろう?」

「あのねえ、違うから」

「珍しいな。おまえが食べ物につられないとは。よほど深刻な悩みでもあるのか?」

 蓮花は肩をすくめた。


 デリカシーのない奴だ。

 そういえばこいつも思ったことをすぐ口にするタイプだっけ。とはいえ、無骨な武人に、後宮のあれやこれやの悩み事など理解できまい。

 あたしだって分からないのだから。


 だが、一颯は皇后の弟だ。

「まあ、皇后さまに関係することだから、一応あんたにも話しておくけど」

 と、蓮花は凜妃に言われたことを一颯にも話して聞かせる。

「なるほど」

 一颯は腕を組んで頷く。


「あたしは陛下に仕えるなんてごめんだって思うけど。でも、皇后さまの不安を取り除くためと言われると……」

「陛下の寵愛を得ると、いい思いをすることは間違いないぞ」

「あんた、本気で言ってる?」

「いや、冗談だ。おまえがそんなことに興味を示さないことは知っている」

「分かっているならいいけど」

「おまえは今のままでいいのではないか? 皇后だってそんなことは望んでいない」

 へえ、と蓮花は眉をひそめた。


「ちょっと意外。あんたなら、きっと皇后のために陛下に仕えろって言うと思った」

 なんせ、その皇后のためにあたしをここに連れて来たんだから。

「考えすぎだ。そもそも、おまえが陛下の心を掴めるとは思っていない」

「だよね。なのにみんな、あたしが陛下のお気に入りだって勘違いしてるし。でも、なんか気持ちがすっきりした。あんたにも相談してよかった。あ、皇后さまは今陛下と一緒よ。凜妃さまも訪ねに来たんだけど出直すって」

「ええ、皇后さまと陛下、お二人のお邪魔をしては申し訳ないから」

「そうか、では僕も出直すことにしよう。凜妃さま、自室までお送りいたしましょう」

「ありがとう、一颯将軍」

 凜妃は頬を染めながら一颯を見上げ、彼に伴われながら一緒に歩き出す。


 あれ、凜妃さま一颯の顔を見て頬を染めた。

 もしかして、一颯に気があるとか?

 まあ、あいつも顔だけはいいからね。女心は理解できそうもないけれど。


 去って行く二人の後ろ姿を見つめ蓮花は息をもらす。

 悩んだけれど、凜妃さまに相談してよかった。

 やっぱり凜妃さまは優しい人だな。あんな素敵な人ばかりが後宮にいてくれたら、ここももっと穏やかで暮らしやすくなるのに。


 立ち去って行こうとする蓮花の背を、一颯は一度だけ振り返り、複雑な目で見つめていた。

 もちろん、そのことを蓮花は知らない。

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