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視える宮廷女官 霊能力と薬の知識で後宮の事件を解決します!  作者: 島崎紗都子
第3章 恐ろしき陰謀渦巻く宮廷にご用心
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5 景貴妃の陰謀

 その日、永明宮に陛下と皇后、さらに主立った妃嬪たちが集められた。

「陛下、お伝えします。これがあの日の羹に入っていた材料です」

 皇后によって(本当は蓮花にだが)永明宮に呼ばれた恵医師は、盆の上に並べられた食材の一つ一つを確かめ、難しい顔をする。そして、青ざめた顔でその場に膝をついた。


「この羹は、いったい誰が作ったのでしょうか?」

 ざわりとこの場の空気が震えた。

 一人の侍女が、陛下の前に進み出る。

「それを作ったのは、景貴妃の侍女の春雪(チユンシユエ)です」

 みんなの目がいっせいに春雪に向けられた。

「おまえが作ったのか?」

 赦鶯の厳しい問いかけに、春雪は慌ててその場にひざまずいた。


「私は……景貴妃さまのご実家から届けられた貴重な山参だと……それを皇后さまにお出ししてと景貴妃さまから指示を……」

 要領を得ない春雪の説明に、赦鶯はテーブルを手で叩きつけた。

「おまえが作ったのかと聞いている!」

 陛下の一喝に、春雪はびくっと肩を震わせその場にひれ伏す。


「は、はい! 私です……でも!」

 赦鶯は話の続きを促すように、再び恵医師に合図する。

「確かに山参は安胎生薬として体力が低下した皇后さまには効果があります。ですが……」

 恵医師は、あの日出された羹の食材のうちの一つを手に取り、続けて言う。

「食材の中に薏苡仁(ハトムギ)が混入しておりました」


「薏苡仁?」

「はい、薏苡仁は肌荒れに効果があり、普通の者が口にしてもまったく問題はありません。ですが、妊婦が口にした場合、胎児を排除する働きがございます」

 恵医師の説明に、妃嬪たちは動揺の声をもらす。


「本当に薏苡仁が皇后に出された羹に入っていたのか?」

 間違いはないのだな? というように厳しい声で赦鶯は恵医師に聞き返す。

「間違いありません。もし、あの時出された羹を皇后さまが口にしていたら、大変なところでした」

 震える手で、皇后はお腹のあたりを押さえた。


「景貴妃」

 陛下の目が今度は景貴妃に向けられた。

「皇后に出す羹を作るよう命じたのは景貴妃だな?」

「皇后さまのお身体を気遣ったのですわ。元気な皇子を産んで欲しいと願って」

「薏苡仁が妊婦の身体によくないと知っていて入れたのか?」

 景貴妃は首を傾げた。


「何のことか分からないわ。おまえ」

 と、言って景貴妃は春雪を見下ろす。

「なぜ、薏苡仁など入れたの? 私は指示していないわよね」

「け、景貴妃さま! 私は景貴妃さまの……」

「黙りなさい!」

 景貴妃の古参の侍女美月が、春雪の言葉の先を遮る。

 春雪は涙目になりながら違うと首を振った。


「その女を連れていけ。皇后の子を害そうとした罪は重い。死罪を命じる」

 陛下の命令に、数名の太監が春雪を押さえ付け引きずっていく。

「どうかお慈悲を景貴妃さま、お助けください! 私は本当に何も知りませんでした!」

 春雪の泣き叫ぶ声がじょじょに遠ざかっていく。

 恵医師は再び陛下に頭を下げ、口を開く。


「陛下、もう一つ皇后さまを脅かすことが。すぐに対処をお願いしたく存じます」

「言ってみろ」

「はい。懐妊中の皇后さまにとって、絶対に避けるべきお香の香りがします」

「待って、子ができたと分かってからは、蓮花に注意され、お香は焚かないようにしているわ」

 さらに自分を脅かす出来事があったのだと、皇后は怯えながら身体を震わせた。


「おそらく、香り袋に忍ばせたものでしょう。失礼いたします」

 立ち上がった恵医師はまっすぐ、一人の侍女に向かって歩いていった。みなの視線がいっせいにその者に向けられる。

 景貴妃が皇后の元に差し出した、侍女の華雪であった。

 華雪は姉の春雪が死罪を言い渡されたことに衝撃を受け、その場に呆然と立ち尽くしていた。


 恵医師は侍女の前に手を差し出す。

「香り袋を出してください」

 戸惑いながらも華雪は、腰に下げられた小さな袋を外し、恵医師に手渡した。それを受け取った恵医師は、袋の中身を手のひらに少量をとり、鼻を近づけた。

「やはり」

 恵医師は目を閉じ、緩やかに首を振る。


「どうしたのだ?」

「当門子、別名麝香(じゃこう)が混入しています」

 麝香と聞いて、皆が息を飲んだ。


「ご存知だと思いますが、麝香には産気づける作用があり、分娩を促進し、流産の可能性を大きくしてしまう効果があります。たとえ少量でも気づかずに麝香の香りをかいでいれば、皇后さまの胎児はいずれ流れていたでしょう。麝香は鎮静、強心剤といった症状には有効ですが、妊婦にとっては香りを嗅ぐだけで禁忌の香です」

 華雪は歯をがたがたと鳴らし、口元に手をあてた。


「ああ……」

 呻き声をもらし倒れそうになる皇后を、すかさず赦鶯は支える。

「なぜ、そんなものを持っていた! そいつも死罪を言い渡す!」

「待ってください! これは景貴妃さまに頂いた香り袋です! 私は中身が何が入っているかなど知りませんでした。それに、私には麝香の香りがどんなものか分からなかったのです!」

 華雪は景貴妃に助けを求める。


「景貴妃さま、そうでございますよね! どうかお助けを!」

 しかし、華雪の懇願もむなしく、数名の太監によって春雪と同様、連れ去られていく。

「景貴妃、どういうことだ? 説明をしろ」

「ああ……なんてこと」

 厳しい声音で問い詰められ、景貴妃は手巾を目元にあてよろめいた。お付きの侍女が景貴妃の身体を支える。


「確かに華雪を送り出す時に香り袋を持たせましたわ。まさか皇后さまが懐妊していたなんて知りませんでした。本当です。恵医師、もう一度その袋の中をよく確かめてみて」

 景貴妃に言われ、恵医師は袋の中身を丹念に調べる。そして、ゆっくりと顔を上げた。


「どうした? 言ってみろ」

澡豆(そうず)です」

 澡豆とは洗い粉のことで、これで顔や身体を洗うと肌を白くして肌荒れを治し、きめを細かくする化粧料だ。

「澡豆の材料は、大豆や赤小豆粉に胡粉、土瓜根(ドカコン)、白檀、そして……」


「続けよ」

「麝香です……」

 目元を手巾で覆うその下で、景貴妃はにやりと口元を歪めて嗤う。


「そう、それは澡豆ですわ。澡豆は麝香などの生薬を配合したもので作られる、とても貴重なもの。私はこれまでの華雪の働きを労いそれを贈っただけ。いいえ、配慮の足りなかった私のせいね。ああ陛下、どうか罪深き私を罰してください」

 景貴妃は涙を流し、陛下の足元にひざまずく。


「立つがよい。知らなかったのなら仕方がない。それにそなたが侍女思いなのも分かった。そなたを責めているわけではない」

「陛下のご温情に感謝いたします。このことを肝に銘じ、これからも皇后さまのためにお仕えいたします」

 眉宇をひそめ、健気な表情で景貴妃は涙を拭う。

 赦鶯陛下は恵医師を指差す。


「恵医師と言ったな、そなたのおかげで皇后も産まれてくる子も助かった。褒美をつかわそう。何がよいか申せ」

「ありがたき幸せ」

 恵医師は拝礼をし、礼を述べる。


「ですが僭越ながら陛下、褒美を与えるのでしたら、私ではなく蓮花にお与えください。羹の中身を詳しく調べよと申したのも、皇后さまの居室にかすかに残る麝香の香りに気づいたのも、すべて他ならぬ蓮花でございます」

「実直な男だな。気に入った恵医師とやら。約束通り褒美は与えるので考えておくがよい」


 赦鶯はにやりと笑った。その顔はどこか嬉しそうでもあった。

「これで蓮花の疑いは晴れたな。いますぐ牢から出せ」

「陛下!」

 恵医師は再びひれ伏す。


「おそれながら蓮花より、陛下にお伝えしたいことがあります」

「なんだ? 遠慮は無用だ。言ってみろ」

「こたびの件にかかわった春雪と華雪を、死罪にするのだけはどうかお許しくださいとのことです」

 それまで上機嫌だった赦鶯は不愉快そうに眉を寄せた。


「恵医師、これ以上のことにあなたが口を挟むべきことではありません。さあ、早く下がりなさい」

 皇后は恵医師の行動を諫め、陛下の機嫌が損なわないうちに下がらせようとする。


「いいえ、それは皇后さまのためでもあるのです」

「皇后のためだと?」

「はい、身重である皇后に仕える侍女を死罪にするのは、あまりにも縁起が悪いと、蓮花が申しておりました。ここは寛大なるお心で二人の処遇を改めて考え直していただきたく存じます」

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