3 牢獄の中の蓮花
暗く、じめじめした牢の壁に背をあずけ蓮花は膝を抱え座っていた。
手の甲で口元を拭う。口の中に広がった血の味に顔をしかめる。唇が切れ、顔も腫れている。
腕や足も傷だらけだ。
獄吏によって、痛めつけられた。
理由は、景貴妃に不敬をはたらいたからだ。
こんなことで罰を受けるなんて、やはり景貴妃の影響力は大きいのだということを改めて思い知らされる。
牢のあちこちから呻き声が聞こえ、蓮花は目をつむり立てた膝に顔を埋めた。
生きている者の苦しむ声に混じり、死者たちの声も聞こえてくる。
牢の中にはたくさんの未浄化の霊がいた。拷問中に亡くなった者も多く、ひどい状態の霊は数え切れない。
『助けて……俺は無実なんだ。本当だ。俺の無実を証明して欲しい』
『性悪な妃にはめられたの。お願い助けて』
『この無念をはらさなければ気が済まない!』
『助けて、助けて!』
霊たちが救いを求め叫び声をあげていた。
蓮花はすくっと立ち上がった。
「助けて欲しいのはあたしだって同じだから! いい? あんたたちはもう死んでいるの。分かる? この世にいちゃいけないの。いつまでも未練を引きずっていないで、さっさとあの世に行って生まれ変わる準備をしなさい!」
蓮花の大声に側にいた牢番がびくりとする。
「うるさいぞ! いったい誰に向かって喋っている!」
『おまえは、私のことが視えるの?』
『俺の言葉が聞こえるのか?』
蓮花が視えて話の通じる者だと分かると、霊たちが泣きながら救いを求めようと近づいていく。
「あっちに行って! あんたたちの相手はしてられない!」
蓮花の怒鳴り声に、霊たちは一気に散ってしまった。
「いたたたっ!」
蓮花は身体を折り曲げ苦痛の声をもらす。
罰を受けたせいで傷がひどい。なのに、大声をあげてしまった。
本当にここに来てからろくな目にあわない。
前回も危ういところで陛下が現れて助かったが、今回はまじでヤバい。
どうしよう。
ずるずると壁にもたれた状態で座り込む。隣に幼い子どもがいた。こんな子までこの牢の中で亡くなったのか。
そこそこ身なりのよい格好であるところを見ると、妃嬪の誰かの子どもだったのだろう。
「かわいそうに。つらかったね。今は体力的に無理だけど、あたしがこの牢から出られたらあんたを天に送ってあげるよ」
すると、幼子は嬉しそうに頷いた。そして、腕を持ち上げ、頭上の明かり取りの窓を指差す。そこから逃げられるよ、と伝えたいのだろう。
「そんなところまで登れないから。それに、頑張って登ったとしても、窓が小さすぎて無理」
幼子は何かを呟く。
「痩せろって? それ、余計なお世話だから。ちょっと、笑わないの!」
牢番が奇妙な目でこちらを見ている。完全に頭のおかしな娘だと思っているのだろう。
蓮花はあぐらをかいて地面に座り込んだ。
さて、まじでどうしよう。
思い出したように蓮花は懐に手を入れ簪を取り出す。以前、凜妃から贈られたものだ。
赦鶯陛下から身につけるなとは言われたが、なんとなく持ち歩いていた。
そういえば、陛下は必ず役に立つ日がくると言っていた。つまり、このことだ。
ここは後宮、何かの時は銀子がものをいうということを、蓮花は覚えた。
再び、側にいる幼子の霊が何かを言う。
「これで、牢の鍵をこじあけろって? あたしは鍵師じゃないんだから、そんな芸当できるわけないでしょ。違うわよ」
蓮花は背を向けて立つ牢番に近づく。
この簪を賄賂にして、人を呼んで助けてもらうのだ。
さて、誰に助けを求めるか。
一颯将軍?
いいえ、と蓮花は首を振る。
皇后でさえ蓮花の慎刑司行きを止めることはできなかったのだから、一颯将軍にだって自分をここから出すなんて無理だろう。
「そうだ! いたたっ……!」
いいことを思いついたというように、蓮花は膝をぽんと叩いて悲鳴をあげる。
傷口を叩いてしまった。
そう、一人いるではないか。
今の自分を窮地から救ってくれるかもしれない頼りになる人物が。
景貴妃が持ってきた羹を調べてくれる者が!
簪を手に牢番に話しかけようとして、蓮花は息を飲む。
遠くの方から、誰かが会話をする声が聞こえた。
足音がこちらへと近づいてくる。
また罰という名の拷問が始まるのか。だが、それにしては、いつもの刑吏の男の足音ではない。
蓮花はごくりと唾を飲み込む。足音はすぐ側まで近づいてきた。
明かりを手に現れた人物は。




