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視える宮廷女官 霊能力と薬の知識で後宮の事件を解決します!  作者: 島崎紗都子
第2章 あたしが宮廷女官? それも皇后付きの侍女!
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8 皇帝陛下登場

「陛下のおなりー」

 陛下が現れたことを告げる御前太監の声が高らかと響き、一人の男が景貴妃の宮に颯爽と現れた。

 この場にいた者全員ひざまずく。

 押さえ付けられていた太監の手が離れ、自由になった蓮花の身体が、その場に崩れ落ちる。


「何事だ?」

 現れた皇帝陛下を見た蓮花は息を飲む。それは、先程花園で見かけた無礼な男であった。

 その後ろから、凜妃と皇后も続いてやって来た。

 あのムカつく奴が皇帝陛下? 赦鶯帝。皇后の夫。嘘でしょ!

 地面に膝をつく蓮花に気づいた凜妃が、駆け寄り助け起こしてくれた。

「蓮花、大丈夫? ああ、なんてひどいことを」

 蓮花の目は、皇帝陛下から離れられないでいた。


「景貴妃、これはどういうことか、説明をしろ」

 ざっと周りを見渡した赦鶯陛下は、この状況をすぐに理解したようだが、あえて景貴妃に説明を求めた。

「奴婢であるその者が凜妃の簪を袖の中に隠し持っていたため、問い詰めたところ、盗んだと言うので罰を与えようとしておりました」


 ほう? と言って、赦鶯帝は器用に片方の眉をあげ、蓮花を見る。

「それは真か?」 

「あたしは盗んでいません」

「なら、その簪はどこで手に入れたの? それは、凜妃が陛下から下賜された品、そうでしょう凜妃?」

「それは……」


 突然話を振られた凜妃は、陛下からの贈り物を落としたとは言えず言葉を詰まらせる。だが、自分のせいで罪をかぶった蓮花を救うため、真実を告げるため口を開いた。

「それは私が……」

「凜妃さま!」

 だめです、と蓮花は慌てて首を振り、凜妃の言葉を遮る。

「その簪は、皇后が蓮花に与えたのだろう?」

 陛下は皇后を見つめそうだな? と問う。

 状況がつかめずにいる蓮花と凜妃であったが、しかし、いきなり話を振られたにもかかわらず、皇后は動じる素振りもなく、笑みを浮かべ陛下に調子を合わせる。

「ええ、それは凜妃が以前、私に誕生日祝いとして贈ってくださったもの。陛下から下賜された簪だけれど、私が牡丹の花が好きなことを覚えていて贈ってくださったのよ。それを私が働き者の蓮花に褒美として与えたのです」


 すると景貴妃がかっと目を見開いた。

「そんなばかなこと! 陛下から下賜された品を、奴婢ごときに褒美として与えるなど!」

 皇后はすうっと目を細めた。

「景貴妃、その言いようはあまりにも無礼では?」

「なにが無礼だというの!」

「奴婢とは、あまりにも無礼だと言ったのです。景貴妃は私の義妹を侮辱するのですか?」

「義妹ですって!」

「そう、蓮花は皇后である私の義妹として凌家に入った者よ。それを奴婢とはあまりの言いよう」


 景貴妃は目を白黒させ、蓮花と皇后、さらに陛下に視線をせわしなく移動させる。

 一方、蓮花も同じく目を丸くした。

 あたしが皇后の義妹? 田舎者のあたしが凌家の人間っていつの間に。

 意味が分かんないんだけど!

 たくさんの疑問符が頭の上で踊り狂う。

「私の側仕えとして宮廷にあがった義妹に褒美をあげるのは何か不都合があるのかしら。そもそも、私の侍女を勝手に処罰しようなどとは、景貴妃もずいぶん勝手な真似をするのね。いつから景貴妃は私を差し置き後宮の主になったのかしら」

「行き届かない者を指導するのは、皇后の次の位である貴妃の務めでしょう?」


 うわー、いるよね。ああいえばこういうって人。


 まさに、見えない火花を散らす戦いが、目の前で繰り広げられている。

「度が過ぎればそれは自分勝手というもの。事実、景貴妃はこうして陛下を困らせている。後宮が乱れれば陛下の政務にも支障をきたすことは分かっているでしょう」

 景貴妃は不機嫌そうに眉根をきつく結んでいる。

 そんな表情ですら彼女の顔貌は美しい。

 あのきれいな顔で甘えられたら、陛下だってついつい許してしまうだろう。だが、そうはさせまいと皇后はすかさず景貴妃の所業にとどめをさす。


「景貴妃には二ヶ月間の減俸と一ヶ月の謹慎。さらに、夏延宮に仕える者全員にも一ヶ月の減俸を命じます」

 景貴妃は、許しを求めるように陛下にすり寄ってきた。

「陛下~」

「今回はやり過ぎだ景貴妃。謹慎中は私も夏延宮を訪れるのは控えよう」

「そんな~陛下。二ヶ月も陛下にお会いできないのはつらいです。寂しさのあまり私が死んでもよいのですか?」


 陛下の袖のすそを握り、景貴妃は上目遣いで甘えた声を発する。

「宮中での自害は大罪だぞ」

「陛下~」

 結局、助けは得られないと分かると景貴妃はむくれた。

「いいわね景貴妃、よく反省をしなさい」

「だって、私は侍女から聞いたのよ。悪いのは侍女だわ」

 だから自分のせいではないと、この期に及んでまだ言い訳をする。


「侍女の監督もできないなら、私の信頼する侍女を景貴妃の元に仕えさせましょう」

 景貴妃は忌ま忌ましそうに皇后を睨みつけた。

 自分の居室にまで、皇后の監視の者が付くなど我慢がならないという顔だ。

「いいえ、己のことだけでも精一杯で、今回のように騒ぎを起こしてしまったのだもの、新しい侍女を迎えるのはとても無理ですわ。ああ、皇后さま、こうしてはいかがでしょう。むしろ、私の侍女を皇后さまの元で面倒を見ていただきたく存じます。ぜひ、皇后さまに厳しくしつけ直していただけたら光栄ですわ」


 その場にいる者はみな肝の冷えた顔をする。

 どうやら、この日は最終的に景貴妃の方が一枚上手のようであった。

 罰を受けることにはなったが、自分の懐刀を皇后の元に送り込み、逐一情報を仕入れようという魂胆だ。

「よいでしょう」

 断る理由のない皇后は、渋々景貴妃の提案を呑んだ。

 不意に、皇后はこめかみのあたりを押さえ、足をふらつかせた。


「皇后さま!」

 侍女たちが皇后の身体を支えた。

「大丈夫よ。少し目眩がしただけ」

「無理をするな。もう休め。永明宮まで私が送ろう」

 陛下が皇后の手を取る。

 皇后は頬を赤らめた。


 一方、目を細めて皇后の様子を窺っていた景貴妃は、側に控える侍女の華雪を手招いた。

「華雪、今日からおまえが皇后の側でお仕えしなさい」

「はい」

「景貴妃さま! 姉が皇后の元で仕えるのなら私も……」

 しかし、華雪は妹、春雪(チユンシユエ)の言葉を遮るように首を振る。

 いきなり他の主に、それも敵対する皇后に仕えろと言われて戸惑う顔をするものの、侍女にいっさいの拒否権はない。


 景貴妃の古参の侍女、美月(メイユェ)が華雪の腰に香り袋を下げた。

「皇后さまの侍女としてお仕えできるなんておまえは幸せ者ね。景貴妃さまは、おまえのこれまでの忠誠心と働きに感謝している。たとえ主が変わってもしっかりとお仕えしなさい。大丈夫。おまえの妹のことはちゃんと景貴妃さまが面倒をみるから。それと、この香り袋は景貴妃さまが特別におまえに賜るそうよ。ありがたく頂戴しなさい。そして、必ず肌身離さず持つこと。必ずね」


 景貴妃は行け、というように、虫でも払うかのごとく華雪を払った。

「皇后、身体の具合は大丈夫か?」

「はい陛下、ご心配をおかけしました。少し目眩がしただけなので、もう大丈夫です」

「それならばよかった。では、今宵はこのまま皇后の宮で泊まろう」

「ちょうどよかったですわ。夜の膳に陛下の好物を用意しておりますの」

 二人仲良く並んで歩く姿を、離れた場所から蓮花は微笑ましい気持ちで見つめていた。


 それにしても、まじで死ぬところだった。

 あらぬ疑いをかけられ、弁解することも許されず殺されるなんて、本当に冗談ではない。 高貴な者たちにとって、自分たちの命など虫けら同然なのだということを思い知らされた気分だ。


 蓮花はこっそりと、隣を歩く凜妃に簪を差し出した。

「凜妃さま、これを」

「見つけてくれたのね。でも、これは蓮花のものよ」

 あの場で陛下が言ったのは、皇后の侍女である自分を助けただけのこと。それもあたし自身を哀れんでではなく、皇后の体面を保つためだ。


 あ、そういえば、陛下や皇后にお礼を言うのを忘れていた。


 だが、仲睦まじく歩く二人の邪魔をするのは無粋な気がした。

「凜妃さま、こんな高価なものは私には不相応です。いただけません」

 何しろ皇帝陛下から下賜されたものだ。

 そんなものを持っていたら後で何を言われるか分からない。それに、因縁がついたような気がして正直いただいても嬉しくない。


 そもそも、装飾品など興味がない。

 くれるなら甘くておいしい点心がいい。

「私の命を救ってくれたお礼よ。だから受け取って。それに皇后さまの義妹だというなら私にとっても大切な妹だわ。可愛い妹に贈り物をしたいという姉心よ」

「はあ……」

 そうそれだ。


 凌家の族譜に加えられたとかまったく理解できない。てか、たった今知ったし。

 ついこの間まで貧しい村で、森の中を走り回りながら薬草を集めていたあたしだよ。

「ありがとうございます。凜妃さまのお気持ち、嬉しく思います」

「ふふ、堅苦しいのは嫌いよ」

 蓮花は凜妃から貰った簪を持ち上げ、夕陽の光にかざして見つめた。

 さすが珍しい石をわざわざ取り寄せ、職人に作らせたという貴重な簪だ。

「ん?」

 蓮花は目を細めた。

 石の中に何かが混じっている。


 花びら? へえ、こんな珍しい石もあるのだ。


 蓮花が持つ緑幽霊幻影水晶の数珠も、石が成長する過程で苔などの含有物が付着したものだ。それと、同じたぐいなのかも。

 こんな貴重な物、本当にあたしが貰っていいのだろうか。

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