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視える宮廷女官 霊能力と薬の知識で後宮の事件を解決します!  作者: 島崎紗都子
第2章 あたしが宮廷女官? それも皇后付きの侍女!
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5 落とした簪と謎の女性落とした簪と謎の女性

 しばらく走ったところで立ち止まり、振り返った。

 蓮花はほっと息をつく。

「それにしても景貴妃は怖かったなあ。あんな恐ろしい会話についていけないよ。生きている人間が怖いって、ああいうことを言うんだね。さて、凜妃さまはどこで簪を落としたんだろう」

 石畳の上、草木の茂み、岩陰の隙間を這いつくばって簪を探す。


 うーん、どこだろう。


 さっと冷たい風が吹き抜けた。

 視線をあげると、離れた場所に一人の女性が立っている。

 他の妃嬪とは違い、時代遅れな衣をまとっている。うっすら身体が透けているところを見ると幽霊だ。

 その女性はゆっくりと腕を持ち上げると、無言で池の縁を指差す。


 女が示した方を見やると、そこに、きらりと陽の光に反射するものがあった。

 蓮花は慌てて走り寄る。

 池の縁にぎりぎりで引っかかるように、紅玉の簪が落ちていた。

 牡丹を模した紅玉の簪。

 まさに、凜妃の落としたものに間違いない。


「ふう、池に落ちなくてよかったよ」

 蓮花は簪を拾い、袖口で丁寧に汚れを拭う。

「陛下に下賜されたものだって言ってたから、早く持っていって安心させてあげなきゃ」

 凜妃はひどく青ざめた顔をしていた。なくしたと皆に知られたら、あれこれ嫌味を言われてしまうだろう。

 他の妃嬪が陛下にチクることだってあり得る。

 なんたってここは、妃嬪同士の足の引っ張り合い。

 女同士が争い合う戦場。


 だけど、そんな目にあうくらいなら、あたしだったら陛下からの贈り物なんて絶対いらないな。もっとも、あたしが陛下より贈り物を賜うなんて絶対にないけれど。

 蓮花は先程の女性の霊に、礼を言おうと振り返る。

「教えてくれてありがとう。すっごい助かった。ねえ、どうしてこの世に止まっているの? もし行くべき場所を見失っているなら、お礼にあの世に送ってあげる」

 しかし、女性は静かに首を横に振るだけであった。


「そっか」

 本人が成仏を拒むのなら仕方がない。

「気が変わったらいつでもあたしの所に来て、手伝ってあげるから」

 簪を懐に大切にしまい、皇后の元に戻ろうと走り出した蓮花の前に、ぬっと人が現れた。


 相手の身体に体当たりをしてはじき飛ばされる。

 よろけた蓮花の身体を、伸びてきた手によって支えられた。

「ごめんなさい!」

 見上げるとそこに男が立っていた。その男はきょろきょろと周りを見渡し不思議そうな顔をする。

「おまえ一人か? 誰かと会話をしていたように聞こえたが」

 確かに会話をしていたけれど、相手は幽霊ですとは言えないため、蓮花は口ごもる。


「……ひ、独り言です」

 男は眉間にしわを寄せた。

「おまえはあんなにはっきりと独り言を言うのか?」

「よく注意されます」

「ところでおまえ、見ない顔だな。本当に下女か? 何者かが雇った刺客ではあるまいな。あの世に送ってやると物騒なことを言っていたのが聞こえたぞ」


 た、確かにそう言ったけど、全然意味が違うし!

「ち、ち、違います! 怪しい者じゃないから!」

 男はふうん、と意味深な笑みを浮かべる。

「それとも、私がここを通ることを知っていて待っていたとか? おかしなことを言って私の気を引こうという魂胆か?」

「はあ……?」


 何言っているのこの人。

 自惚れの強い人だ。てか、はやく凜妃さまのところに簪を届けたいんだけど。

 ニヤついている男の顔を見ているうちに、だんだんイライラしてきた。

「顔立ちも並みだし、貧弱な身体だが、磨けばそれなりに光りそうだ。悪くはない」

 男の指先があごにかかり、顔を近づけてきた。

 蓮花はかっと頬を赤く染める。


 なになになにっ! こいつムカつく。


「化粧の一つでもすれば、化けそうだな。紅をさせば」

 男の指先が唇に触れた瞬間、蓮花は男の頬を打っていた。

「なにすんのよ!」

 男は目を丸くする。

「はは、なかなか元気な娘だ」

「謝らないよ。いきなり触れてきたあんたが悪い!」

 蓮花の言葉に、男はくつくつと肩を震わせ笑う。

「こういう威勢のよい娘もいいものだな。私の周りにはいないタイプの娘だ」

 男の目が蓮花の手元に落ちた。


「で、それは?」

「ええと、これは……」

 言いかけて蓮花は口を閉ざした。

 凜妃は皇帝陛下から下賜されたものだと言っていた。それを落としたと誰かに知られたら凜妃が罰せられてしまう。

 それだけは避けたい。


「これは……その……」

 先程までの威勢のよさもどこへいったのやら。

 きょどる蓮花の目が、ふと傍らに咲く牡丹の花にとまった。

「はい。この簪に牡丹の花びらについた朝露をひたすと、思い人……じゃなくて、故郷にいる家族がいつまでも平穏無事でいられるというおなじないがあって、試していました」

「ほう、そのようなまじないがあるのか」

「女子たちの間でひそやかに」


 もちろん、たった今思いつきで言っただけの、でたらめだ。

 思い人といいかけて慌てて言い直したのは、すべての妃嬪は陛下の妻。陛下以外の男に思いを寄せるとは言ってはいけないと思ったためだ。

 おかげで、意味が分からないことを口走ってしまった。それに、もう昼過ぎだし、朝露なんてどこにもない。


「なるほどそうであったが。そなたの気遣い、凜妃も喜ぶであろう」

 男はにこりと蓮花に笑いかけ、さっと身をひるがえすと立ち去った。

 蓮花は胸を押さえて息をつく。心臓がバクバクしている。とりあえず、なんとかうまくやり過ごせた。

「あっと、早く戻らないと」

 と、歩き出したところへ、今度はばったりと一颯と出会ってしまう。


 もう勘弁して。

 なんで急いで戻らなければならないところに、次から次へと人が現れるの。


「蓮花ではないか。元気そうだな。ところで皇后はどうしただ。一緒ではないのか?」

「皇后さまは陛下に呼ばれて慈桂宮に行かれました。あたしはちょっと用があって」

「そうか。後宮には慣れたか?」


 そんな簡単に慣れるわけないでしょう、と文句を言いたいところだが、いちいち馬鹿正直に答えるのもめんどうだから、慣れましたと適当に嘘をつく。

「さすが適応が早いのだな」

「そういうあんたは、あたしの両親を殺した賊は見つかった?」

 一颯は否と首を振る。

「え、まだ見つからないの! たいそうなことを言ってたわりには仕事が遅いんじゃ……」


 目をつり上げ食ってかかる蓮花の前に、紙にくるまれた包みが差し出された。

 一颯はその包みを解く。

 中から丸い形をした菓子が現れ、蓮花は唾を飲み込んだ。

緑豆糕(リユウドウガオ)だ。中はナツメ餡。うまいぞ。おまえにやろうと思って作らせた」

 緑豆糕とは緑豆を蒸して作った菓子で、口にするとホロホロと溶ける食感の、甘い菓子である。


 緑豆は体の調子を整える漢方食材のひとつで、熱をさます作用や疲労回復、解毒作用、美肌といった効果のある食材だ。

「ほら、うまいぞ」

 こくりと頷き、菓子をつまんで口に運んだ。甘い味が口いっぱいに広がっていく。

「おいしい!」

「やはり、おまえは色気よりも食い気だな」

「おいしいものが食べられるのは、何より幸せよ」


 単純だな、と一颯は呆れた顔をしているが、こんなおいしい菓子などこの先口にできるかどうか分からないのだから、ありがたくいただこう。

「もう一つ食べていい?」

「ああ、全部、蓮花にやる」

「これ全部あたしにくれるの!」


 では遠慮なく、と蓮花は上機嫌に一颯の手から菓子の入った包みを受け取った。

「あ、お菓子をくれたからって別にあんたに気を許したわけじゃないんだから。早く賊を見つけてよ」

「分かっている」

「ならいいけど。じゃ、あたし、行くから」

「蓮花、くれぐれも気をつけろ」

「何に?」

「いろいろなことにだ」

 蓮花は肩をすくめた。

 よく分からないことにいろいろ気をつけなければいけないところに、自分を連れて来たのは他でもない一颯ではないか。

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