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告げ師  作者: トウコ
第壱章 春の風吹く幽霊騒ぎ
4/8

其ノ肆 鏡の幽霊の正体

 一週間経った放課後、僕らは怪異研究倶楽部の部室に集まっていた。

 部室と言っても、特別棟二階の片隅にある空き教室を勝手に間借りしているだけだ。小ぢんまりとした教室の真ん中には、ささくれが目立つ長机が一つ。その周囲を取り囲むように椅子が三脚あり、その上にはそれぞれ古臭い柄の座布団が敷かれている。腰がすぐ痛むという年寄りたちの必需品だ。

 その他、電気ポット、急須、湯呑み、茶葉、ストックされた大量のお菓子以外は何もない。閑散とした場所だ。


「――さて、調査の結果を聞こうか」


 言葉とは裏腹に、二人は机の上に積まれたお菓子を漁り始める。


「おいこら、話聞く気あるのか?」


 倶楽部の部室に二人が入り浸る目的のほとんどが、新作菓子の味見だ。今日も僕の報告より、掻き集められた春限定味を片っ端から試食することの方が優先されている気がしてならない。


「聞いてる、聞いてる。良いから続けて」


 しおりが菓子袋から目を離さず適当にそう言う。僕は悪態を吐きたいのを堪え、手元の手帳を捲った。


「……じゃあ、順番に説明するぞ」


 いつもなら聞き込み調査はハルかしおりの担当だ。彼女たちは人としての存在感が薄いせいか、生徒や教師の間にスルリと入り込んで様々な噂話を拾って来る。

 彼女たちが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のと同じように、相手は彼女たちがその噂話や秘密を打ち明けるに値する関係だと信じてしまう。それが二人の常套手口だった。

 そういうわけで、今回僕が必要な情報を収集するのにかなり骨を折ったのは言うまでもない。

 そもそも僕は人と関わるのが苦手なのだ。数少ない友人関係を駆使し、幽霊騒ぎの当事者たちから話を聞きだすまでに、丸々一週間かかってしまった。


「まず最初の目撃者だけど、彼女は村岡という名前の、隣の組の女子だった」


 村岡さんは、春休み中自主学習のため登校していた。

 北側校舎の四階は元々教室として使用されていたが、年々生徒数が減ったことで今は空き教室になっている。休み期間中、その空き教室が自主学習の場として解放されていた――ということを、僕は彼女から聞いて初めて知った。

 彼女は真面目にも、春休み中その空き教室を借りて勉強をしていた。その合間に何度か屋上から外に出て、新鮮な空気を吸い、頭を休めていたのだという。


「その日も夕方、一旦休憩のために屋上にあがって戻って来たところ、ふと見た踊り場の鏡の中に何か幽霊のようなものがいたと証言している」


「――で、その時彼女の所持していた荷物は?」


 湯呑みにお茶を注ぎながら、ハルが訊いた。

 ハルの指示で、僕は目撃者たちにその時持っていたものを事細かに尋ねた。それがどう幽霊の正体と結びつくのか僕にはさっぱりだったが、ハルは幽霊そのものよりもそちらの方が気になるようだった。


「ええと、小休憩のつもりだったからほとんど身一つだったみたいだ。持っていたのは、ハンカチと髪ゴム、あとは手鏡ぐらいだって」


「……なるほどねえ」


 ズズッとお茶を啜るハルに、「じゃあ次、行ってみようか」と続きを促される。


「二人目の目撃者は三年生の男子生徒で、星野という先輩だった」


 星野先輩が幽霊を見たのは、村岡さんが目撃したその二日後のことだった。彼もまた、用事を済ませようと屋上に向かう途中、ふと視界に入った踊り場の鏡に幽霊が映って見えたそうだ。


「先輩が見た幽霊っていうのも人影のようなもので、大まかには村岡さんの証言と一致している……あ、それで、その時先輩が持っていたものが、図鑑と望遠鏡」


「望遠鏡?」


「先輩は天文部で、夕方から天体観測の準備をするために屋上に行ってたんだってさ」


「ああ、それで望遠鏡か」


 納得したようにしおりが相槌を打った。ハルはしおりに二杯目のお茶を要求しながら「……なるほどねえ」とまた同じ呟きを繰り返す。


「しおりの話だとここまでだったんだけど、どうやらつい最近三人目の目撃者が出たみたいで、そっちも取り敢えず話を聞いて来た」


「お、気が利くねえゆきちゃん」


「だからその呼び方はやめてくれって……」


 ページを数枚捲り、自分の書き留めた汚い文字を指で追う。


「三人目は一年生の男子生徒――名前は小堀。入学式の後ひとりで校内を散策していたところ、気付いたら鏡の前に辿り着いたらしい。見た物は概ね他の二人と同じなんだけど……」


「けど?」


「その時彼は手ぶらだったそうだ」


「へえ……」


「なあハル、この幽霊騒ぎと目撃者の持ち物には一体何の関係があるんだ?」


「その前に一つ、その小堀少年はどういう人物なのか教えてくれ」


「どういう……?」


 ハルの質問の意図がよく分からないままに、僕は聞き込み調査で出会った彼の姿を思い浮かべる。


「どうって言っても……見た目は本当に普通の子だったぞ? 背はちょっと低くて、髪の毛は少し長めで、眼鏡をかけていて、どちらかといえば大人しそうな感じの子だったな。休み時間に読書しているようなタイプの」


「何か引っ掛かるのか? ハル」


 出涸らしを片付けながら、しおりが訊く。ハルは黙々とチョコレートを口に運びながら何か思案している様子だ。トントンと指の先で机を叩くハルに僕は待ちきれず尋ねた。


「何か分かったのか?」


「うーん……そうだねえ。分かったこともあるけれど、まだ分からないことの方が多いかな――しおり、そこの、その袋、取ってくれるかい?」「甘納豆ね」


 前にも見たようなやり取りをしながら、ハルは受け取った甘納豆の袋を逆さに振って、中の小袋を机の上にバサバサと落とす。


「はぐらかすなよ、ハル。何か分かったことがあるんだろう? だったら教えてくれ」


「教えてあげる前にあと一つ、ゆきちゃんに頼みたいことがあるんだよねえ」


「……何?」


「明日の放課後、件の鏡のところに行って来てくれないか? ほら、お駄賃弾むからさ」


 ハルは固まった僕の両手に、掬い上げた甘納豆の小袋を盛る。


「――人使いが荒すぎるぞ! このっ、妖怪バ――」


 言いかけた顔面目がけて、すかさず座布団が飛来した。




◇  ◇




 結局現場調査も僕ひとりでやらされる羽目になってしまった。

 確かにハルは、現場に行くのは目撃者の話を聞いた後でも良いと言っただけだ。現場は既に二人が調査済みだと思い込んでいた僕が愚かだった。

 胸の内に燻るモヤモヤを抱えながら、放課後、僕は日が傾くのを待った。

 あの二人は今日、どこかに出掛ける用事があるらしい。帰りのホームルームが終わるや否や、「あとは頼んだよ」と言って、さっさと教室を出て行ってしまった。


「……はあ。情けない」


 何だかんだ良いように使われてしまう自分が腹立たしい。だが、断ったらどんな恐ろしい目に遭わされるか分かったものではない。所詮彼女たちも人ならざる存在。僕とは視ている世界も住んでいる世界も違う。


 空模様も良い頃合いになり、僕は教室を出て例の鏡のもとへ向かった。今回は手ぶらだ。

 ハルは目撃者の手荷物を気にしていたが、その理由は最後まで教えてくれなかった。何か持って行くべきものがあるか確認したが、「何もない」と素っ気なく返された。

 屋上に繋がる階段を一段ずつのぼっていく。

 三階は三年生の教室が並んでいるため、すれ違うのは見知らぬ顔の先輩たちばかりで少し緊張する。そのまま四階に続く階段をのぼっていくと、急に人通りが減った。静かな空間に僕の上履きが擦れる音だけが響いた。


「――さて、これが例の鏡か」


 ついに、踊り場の壁に備え付けられた大きな鏡が姿を見せた。

 真正面に立ち、仔細を観察する。何の変哲もない、普通の鏡だ。凝った装飾のついた額におさまっているその鏡は、少し曇っているが特におかしなところも見当たらない。

 額の下には小さなプレートが付いていて、寄贈者の名前とその年月が刻まれている。内容はしおりが語っていたものと一致した。


「……何にも無さそうだけどな」


 暫く鏡の前で様子をみてみるも、何も起こらない。ただの見間違いだったのだろうか。

 最初の一人の見間違いが、複数の生徒の間を歩いていくうちに尾ひれがついていったのかもしれない。後の二人は、面白半分で自分も見たと嘘を言ったか、もしくはその噂を知って幽霊が見えたと思い込んだのか――


「――ん?」


 ふと見上げた鏡の左上部、額のすぐ下あたりに小さな線のようなものが見えた。目を凝らしてみるが、ヒビなのか、単に光の加減でそう見えるだけなのか判別がつかない。

 よく見てみようと一歩前に出て、無意識に鏡に触れた手が、ぐん、と何かに引っ張られた。


「うわっ……!」


 鏡の中から伸びた黒い影が僕の手首に巻き付いていた。驚いて手を引っ込めようとしたが、びくともしない。


「やめろ、離せ……!」


 鏡に映った黒い影には大きな目のようなものが二つあって、ジッと僕のことを見ている。その下にある口らしき部分がグワッと開いて呻き声をあげた。


『――シイ、――エ、――ケタ……!』


 黒い手がもう一本顔に向かって伸びて来て、僕の横っ面を勢いよく叩く。その衝撃で眼鏡が吹っ飛んだ。眼鏡を失った途端視界がズシリと重たくなり、全ての景色が何重にもぼやける。

 重度の近視である僕は、眼鏡が無いと何も見えなくなる。唯一、あやかしを除いて。

 鏡の中の住人は、暫く僕の右手を掴んだまま何かを訴えるように唸っていたが、やがてスルリとその身を引いて鏡の奥深くに潜っていった。


「――幽霊、じゃなかったのか……」


 手を離された勢いで尻もちをついた僕は、呆気に取られながら鏡を見上げた。

 鏡は既に沈黙を守っており、静寂が辺りを覆っている。踊り場の窓から差し込んだ、夕陽が沈み込む前の最後の一筋が、僕の上履きの上を照らした。


 さっき僕を襲ってきたのは、正真正銘あやかしだった。だが、視えない人間からしたら幽霊もあやかしも同じようなものだろう。鏡に映った影を幽霊と思って驚くのはごく自然のことだ。

 しかし、この鏡には今、何も棲んでいないようだとしおりが言っていたはずだが、僕の聞き間違いだったのだろうか。


――そういえばハルはどうなのだろう。


 この鏡にあやかしが棲んでいることを、ハルは知っていたのだろうか。

 いや――知らないはずがない。ハルはこの学校のことは隅々まで把握しているのだから。


「くそっ、完全にハメられた……!」


 込み上げた怒りに任せて床を殴った。すると思いもよらぬ痛みが右手首に走り、僕は顔を顰めた。見ると、さっきあやかしに強く掴まれたところが赤黒く変色し始めている。

 他の目撃者たちは、ただ鏡に映った幽霊――もといあやかしの姿を見ただけなのに、どうして今回は襲って来たのか。僕が視える側の人間だったからだろうか。


「……ああ、それより、眼鏡……」


 右手首をさすりながら、僕はどこかに飛んで行ってしまった相棒を探す。ぼやけた視界の中、何とか踊り場の片隅にその姿を見つけ、拾い上げた。


「……うわあ、最悪だ」


 眼鏡フレームの耳にかける部分が、外向きに曲がっている。修理に出すより他にない。

 がっくりと肩を落とし、壁にもたれて座り込んだ。

 目に映るのは様々な色や形を混ぜこぜにした、ぐにゃりとした景色。この光景を見続けると気分が悪くなってくる。僕は目を閉じて後頭部も壁に預けた。


 小さい頃はむしろ目が良い方で、どんな遠くのものでもよく見渡せた。

 目に映るもの全て、その輪郭をハッキリと捉えられないものはなかった。


 だが数年前、僕はあやかしに視力を奪われた。

 そのせいで、僕は夢を諦めたのだ。


 それはハルもしおりも知らない、忌まわしい僕の過去。



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