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道徳の鏡

作者: 不破焙

 僕は僕以上に人道的な奴を他に知らない。


 嘘を吐かないだとか、犯罪を犯さないだとか、

 そういった経歴を物差しにしているのではない。

 どれほど正直者でも正論は時に人を傷付けるし、

 人を助けるためには時に法を破る事もあるだろう。


 だから僕の基準はそうじゃない。

 僕の道徳心は『鏡』を見て判断して欲しい。


 ……ところで話は変わるけどさ、

 みんなは駅のホームで人を押したいと思った事はある?



 ――――


 ある日の事だった。

 僕は楽しくドライブしていた。

 時期は真冬の昼下り。雪こそ無いけど外は寒い。


 そんなとある日の車中から

 僕は一人の老紳士を目撃した。

 老紳士という表現以外不適切と思えるほど、

 背筋もピンとしたその老爺はお洒落にキマっていた。


 紳士は横断歩道の前でピタリと止まると

 ヒゲを拵えた穏やかな顔を上げて信号を見つめた。

 手には年季の入ったシックで高そうな杖と、

 近くのデパートで買ったと思われる浮ついた紙袋。

 僕はすぐに中身がプレゼントだと連想した。


 あぁ良いなぁ。誰へのプレゼントかな?

 長年付き添った妻? いや、物が大き過ぎるね。

 あの重そうな袋はきっと孫へのプレゼントだ。


 そんな事を考えていると、信号の顔色が変わった。

 止まった赤いピクトさんが緑の枠に移動して、

 それに合わせて老紳士も安定した足取りで進んでく。



 そんな姿を見て僕は――アクセルを踏みたくなった。



 だって彼はきっと孫にプレゼントを買ったんだよ?

 杖を携えているとはいえ足腰はしっかりしている。

 一人で歩いて買い物に出掛けるのを許されるくらい、

 まだまだ頭も体もしっかりしているんだよ?


 そんな祖父がある日突然死んだらさ?

 遺された孫は何を思うのかな?


 まだ家族の死なんて経験したこと無いだろう子供が、

 ある日突然大好きだったお爺ちゃんを亡くす。

 きっと凄く悲しくて、辛くて、苦しい思いするはずだ。



 そんな背徳感に、僕も胸がすごく苦しくなるよ。



 あぁ苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい!

 遺された孫はきっと一生消えない傷になるだろうな!

 季節的にプレゼントはやっぱクリスマス用かな?

 誕生日プレゼントの方がいいな!

 そっちの方がもっと苦しくなれる!

 誕生日と祖父の命日が一緒なんて辛すぎるもんね!

 これから何十年と孫の人生は続いていくのに、

 一生「お爺ちゃんの命日」が付きまとうなんて!


 いや……


 孫はそんな事すら分かんないくらい幼くても良い!

 お父さんお母さんからお爺ちゃんの死因を聞いても、

 顔すら思い出せないくらい幼い方が逆に美味しい!

 だってそれならあの紳士は孫の記憶に残らない!

 こんな寒い日でも「孫のためなら」と

 あんな重そうなプレゼントだって用意出来るのに、

 当の本人は「感覚的にほぼ他人」って思うんだよ?



 仮にどれほど愛してても、それを孫には伝えられない!



 ――さて、そうこうしている内に

 どうやら老紳士は無事に横断歩道を渡りきった。

 途中自転車にぶつかりそうになってはいたが、

 上手く躱して大事には至らなかったようで何よりだ。


 僕も日常に向けて、緩やかにアクセルを踏むとしよう。



 ――――


 駅のホームで誰かの背中を見つけた時、

 人は思わず「今この背中を押したら?」と想像する。

 倫理に反するからあまり人前では言わないけれど、

 実はそんな事を思っている人が案外近くにいるらしい。


 でも別にそれはその人が狂っている訳じゃない。

 むしろ逆。それは『道徳心の裏返し』。


 駄目な事だと正しく理解しているからこそ、

 人間の脳は「これをしたらダメだぞ」と警告を発する。

 その信号をキャッチした心が思考の残酷さに驚き、

 俺って実は本物のサイコパスなんじゃね?と

 思春期の顔付きをしたり顔に歪めていく。


 だから、僕のコレもそれと同じ。


 嘘を吐かないだとか、犯罪を犯さないだとか、

 そういった経歴を物差しにしているのではない。

 どれほど正直者でも正論は時に人を傷付けるし、

 人を助けるためには時に法を破る事もあるだろう。


 僕の道徳心は『鏡』を見て判断して欲しい。

 こんな事を脳が勝手に想像するのだから、

 僕はとても素晴らしい道徳心を持っているんだ。


 だから――


 僕は僕以上に人道的な奴を他に知らない。

 日常でお会いしたら、ぜひ宜しく。


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