4話
「……よく来てくれたな、ヴァールハイト公」
「はっ、ご無沙汰しております陛下」
王城のとある一室。
重々しい服に身を包んだまもなく初老に入ろうかと言った貴人が二人、対面した。
片方はこのグランヴェニスの国王その人。ヴェリヌス2世。
そしてもう一人。ヴァールハイト公爵家が当主、クライム。
この国において特に高い権力を持つ二人がいる部屋の扉を任された兵士は、いつにもまして高い緊張感を覚えていた。
もっとも、その会話の内容が届くことは決して無いのだが。
「して陛下。此度はどのようなご用件でございましょうか」
「うむ。あまり外部に漏らしたくない話が合ってだな」
「――と言いますと、王女殿下のことですか」
「流石に察しが早いな。そうだ。あ奴の嫁ぎ先が決まったことについて話がある」
王女殿下。そう言われてクライムが思い浮かべたのは二人の王女の顔だった。
一人は今年で17歳になる若き秀才――リディア王女。
そしてもう一人。あらゆる見合いを潰しながらも男遊びに夢中と噂される問題児――ナディア王女。
陛下が仰っているのは間違いなくナディア王女の事であろうと推測した。
何分彼女は陛下の悩みの種であり、彼女について友人として幾度となく相談に乗っていたからだ。
「なるほど。お見合いではなく、嫁ぎ先ですか」
「うむ。もうあ奴に見合いなどさせている時間はない。このままでは結婚の時期を逃し、間違いなく面倒なことになる」
「……同感です」
残念だが、ナディア王女の評判はお世辞にも良いとは言えない。
魔法や勉学に関しては良くも悪くも平々凡々。
突出した一芸があるという訳でもなく、女王を目指す器でもない。
ならば外交目的で他国へ嫁がせようにも、当の本人が頑なに断り続ける始末だ。
甘やかされて育った結果、権力やお金の使い方も荒く、このまま放置という訳にもいかないというのが現状だった。
「嫁ぎ先は北のバルギス王国だ。かの国の王は妻を若くしてなくし、後妻を求めていた。やや年の差はあれど決して悪くない待遇で受け入れられるだろう。今は、その方向で話を進めている」
「なるほど、バルギス王国ですか。確かにかの国は我が国とそう大差のない大国。良い条件かもしれませんな」
「うむ。あちらも実際に会ってみてから決定すると言っているが、かなり前向きに考えてもらっている。だが、一つ大きな問題がある」
「どうやってナディア王女を納得させるか、ですね」
「……そうだ」
陛下は深くため息を吐き、やや乱暴に茶を流し込む。
「ところで、お主の息子の婚約はどうだ。あ奴の婚約者は我が国において最も有望な魔導技師――シェリルだ。我が娘のこともそうだが、お主のところの婚約も我が国において重要な立ち位置にある」
「はい。承知しております陛下。幸いにも我が息子ユーリスとシェリル嬢の仲はとても良好と聞いております」
「かの娘には是非我が息子との婚約を結ばせたかったところではあったが、お主の息子と相思相愛とのことであれば邪魔は出来ん。その関係が上手く行き続けることを願おう」
「はい。ありがとうございます。ユーリスにもシェリル嬢を大切にするよう改めて言い聞かせておきます」
「うむ。頼んだぞ」
シェリル=ブランヴェル。
それは伯爵家の息女であり、優れた魔導の技術と勉学の才を持つ天才少女。
学院を飛び級で卒業し、王立魔導研究所に最年少で入所し、今は専用の工房が与えられるほどに期待されている非常に優秀な魔導技師である。
彼女が開発した精霊炉を用いた魔導具はこの王城でも試験的にいくつか設置されている。
そうして会話に一息ついたところで、ドタドタと廊下をかける音が聞こえてきた。
そしてほどなくしてやや乱雑に扉が開かれ――
「ご歓談の最中失礼いたします! 王女殿下が――ナディア王女殿下が、突然壇上にてユーリス=ヴァールハイト殿との婚約を結ぶなどと宣言し、ユーリス殿とシェリル殿は婚約を解消するなどと仰って――」
「なぁっ――!?」
「ば、馬鹿な!」
二人とも、言葉を失った。