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それは始まりでしかない  作者: 川輝
4/6

和やかな時間

 周りは俺たちを一瞬だけ見るが、特に何も言わずに通り過ぎていく。

 これが高校生だからという理由なのか、車椅子が珍しいからという理由なのか、それとも両方なのかは分からないが俺たちはとりあえずバス停に向かった。


「ねえ、ずっと聞いていなかったけどどこにいくつもりなの?」


 そう問いかける由美さんは、ワクワクしたとても楽しそうな笑顔だった。

 やはり笑顔が似合うな。と、そんなことをまた考えた。


「ねぇ、聞いてるの?」

「──え? あ、すまん。普通に街の中心部だよ」

「そっかー。私もう何年も行ってない気がするな……」


 自宅付近は比較的田舎で特に何もないと言っても過言ではないが、街の中心部ともなればちょっとした都会と言ってもまあ納得してもらえる程度には栄えているのだ。

 まあ、正直俺もほとんど行かないのでどこに何があるかなんて把握はしていないけどな。


「あ、バス来たよ」


 そのまま来たバスに乗り、約30分ほどたっただろうか。ようやく目的地に着いた。


「さ、どこ回る?」

「とりあえず金はある程度持ってきるし……商業施設にでもいくか」

「どんなものが売ってるの?」

「どんなものって言われてもな……普通に雑貨や服や食品や家電なんかが売ってると思うけど」


 何が売っているかなど当然把握しているはずがなく当然すぎることを言ってしまう。

 けれど由美さんはそんな事気にする様子もなく、ただ俺の話を聞いて真剣に考えていた。

 とりあえず服か雑貨かな。


「それじゃ、食品系に行こっか」

「え? お、おう」


 食品だと? いや、もしかしたら食品という広い枠組みの中に飲食店も入っている可能性もあるのか。

 ということはまだ朝食を食べてすぐなのに昼食をご所望で? まさか由美さん……本当は食いしん坊なのだろうか。


「私、言っておくけど別にお腹が減ってるわけじゃないよ?」

「じゃあなんだ」

「普通にどんなのがあるのかなって。それに食品って幅広いよね。スイーツやお菓子やなんかだってそうでしょ?」

「ああ、そうか」


 と、ここで普通に納得しかけたところでふと、一つの疑問が思い浮かんだ。


「てかなんで考えがわかったの?」

「なんとなくそんな気がしたの。悠君って意外と意地悪な考えするから、私が対応してきたのかもしれないね」


 はて、何のことだろうか。

 というかそれではまるで俺の性格が悪いみたいじゃないか。

 納得してはいけなのは分かっているが、実際思考を読まれてしまっているので納得せざるを得ない状況に陥っていた。


「くそっ。そんなに考えが浅はかなのか?」


 そんなことを呟きながら車椅子を押した。


 それから商業施設に行き、俺たちはとりあえず全体を一周した。

 田舎の中心部にある駅ビルとはいえ、まあ多少は栄えているみたいだ。


「さて、とりあえず回ったけどさ……何するよ」


 正直俺はこう言うところに家族以外と行ったことがないので寄る場所に困っていた。


「何するって訊かれてもな……。私だってこういうところは普段行かないし……」


 どうやら二人とも友達と適当にブラブラして遊んだことがないようだ。

 どうしたものか……。まあでもここは男の俺がリードした方がいいのだろうか。


「じゃあ、まずは初めの方に見かけたアイスでも食べるか」

「そうだね」

「………そこの揚げ物屋じゃなくていいのか?」

「やっぱり悠君ってあんまりいい性格してないね」


 ジトっとした目が俺を見ていた。

 流石に変にからかいすぎたようだ。自重しなくちゃな。


「ま、デートを楽しくさせようとしてるんだよね? その考えだけは伝わってくるよ」


 そう自信満々に言う由美さんの言葉を聞いて、俺はぽっかりと口を開けて呆然としてしまった。

 いや、動揺したとでも言うべきだろうか。とにかく、思考が停止していた。

 そんな様子のおかしい俺に気づいた由美さんが「おーい、どうしたの?」と言って安否を確認してきた。


「あ、いや……」


 そういえばよく考えたらこれはただのデートではないか……。何故俺は今の今まで気づかなかったんだ? いや、気づかないほうが良かったのかもしれないな。意識しちまうし。

 突然黙り込んでしまった俺を疑問に思い、由美さんは何か変なことを言ったかな? と自分の言ったことを思い返していった。

 そして、数秒ほど経った頃、由美さんの顔はみるみるうちに赤くなっていった。

 残念ながら悠は由美の真後ろにいるのでその赤くなった顔を見ることはできなかった。

 しばらくの沈黙。けれどその沈黙はやはり由美さんによって破られた。


「ゆ、悠君は……何にしたい?」


 そう勇気を振り絞って由美さんは言った。

 何にしたいか──と言うと、ただのお出かけにしたいか、それともデートにしたいかという選択か。

 普段の俺ならば……きっと勇気を出せずにそのまま曖昧にして後悔していた。

 けれど今日の俺は──。


「と、特別な方で……」


 少し逃げた。恥ずかしかったんだ……仕方ないだろ!

 何かに対して必死に言い訳をしている俺が哀れに思えた。

 消えかかる声で言った。けれど由美さんには聞こえていたようで、俯きながら「そっか」と一言口にしていた。


 何だろう。余計意識してしまう……。おいおい、付き合ってる奴らは一体どんな精神力を備えてるんだよ。

 俺には人前でイチャイチャしている奴らの気が知れなかった。


 とりあえずの目的地であるアイスクリーム屋に辿り着くと、好きな味を購入して近くのフードコートらしき場所に座った。


 お互い会話も無く無言でそのアイスを食べた。

 味がわからない……。

 それから5分もしないで食べ終え、アイスのカップを捨ててくるとまた無言の時間が流れ始めた。

 このままじゃいけない……何か喋らなければ。


「あのさっ」

「ん、なに?」


 言葉を発した瞬間に返事が返ってきたので、驚いて何を話そうか忘れてしまった。

 まあもともとそう大したことは話せなかったけど。

 咄嗟に何か新たに考え、また話を始める。


「由美さんは……これをデートと思ってやっているわけだよね……」

「う、うん」


 まずいな。だからどうしたと言う質問をしてしまった。

 けどあれ……由美さんは俺ほど緊張している感じはないな。

 表情もいつも通りの笑顔だし、硬直している様子もない……。もしかして俺が意識しすぎているだけなのか?

 くっ。何か負けた気分だ……。俺はこんなに意識して緊張しているというのに。なんとか俺と同じようにさせる方法はないのか?

 ここは素直に直球勝負に挑む。


「由美さんはデートってしたことあるの?」

「ううん。君が初めて……」

「デートって……どういう人たちがすることだっけ……」


 お、俺の方が先に恥ずかしさで倒れそうだ。

 言った瞬間に顔を俯けて恥ずかしさに堪えた。けれど質問をしたのは俺なので前を向いていなければ失礼だと思い、意を決してパッと正面を向いた。

 そこに居たのは、顔を紅潮させ、何かを言おうとして何度も口を閉じては開けを繰り返している由美さんがいた。


「──っ」

「ち、ちょっと悠君っ。前向いちゃだめだよっ」


 そう言いながら俺の顔に向けて手をブンブンと振ってきた。


「ご、ごめんっ」


 上げた顔をすぐに下げてじっと恥ずかしさに堪えた。


「ねえ、悠君ってやっぱり意地悪だよね……」

「そ、そう……かもしれない」


 流石に悪ふざけが過ぎた。というか俺にとってもこれは心臓に悪い……。今後は()そう。


 それからはなるべくデートである事を意識しないようにしながら楽しんだ。

 雑貨を見て回ったり、昼になり昼食を食べたり、UFOキャッチャーで何かを取ろうと頑張ったり、服を見たりとかそんな普通のデートをしていると、気づくと時刻は5時15分を回っていた。


「もうこんな時間なんだね」

「道理で高校生がいるわけだ」


 1日こうして私服でいたが、誰かに不審に思われたりすることも無く過ごすことができた。

 やって良かったな。そう思える。けれど今日はこのまま楽しかったなで終わることはできない。

 まだ一つ、やらなければならないことがあるのだ。


 俺たちは外に出てバスを待つ間、話しを交わす。


「あのさ、今日、すること覚えてるよね」

「うん。私のお母さんに……話に行くんだよね」

「そう。でも今更ながらさ、俺、力になりたい──なんて、軽はずみに言っちゃったけどさ、実際俺には一体何ができるんだって話だよな」


 軽く自虐気味に話す。由美さんは何かを言いたそうにしていたけれど、口を開ける前に俺が話を続けた。


「でも、力になりたいって言った以上、できる限りのことは協力するからさ」

「──うん。ありがとね」


 そう晴れた笑顔で告げると、ちょうどバスが来た。

 俺ごとき力では雀の涙ほどの力にしかなれないだろうけれど、それでも自分の言った言葉には責任を持たなければらない。

 そう強く覚悟を決めた俺は、また30分ほどバスに揺られた。


 今日行く時に使ったバス停で降り、歩くこと約10分。由美さんの自宅がやっと見えてきた。


「こんなに早く来てなんだけどさ、お母さん、いつも帰ってくるの10時くらいだしまだ4時間くらいあるよ?」

「いいよ。どうせ帰っても夕飯食って寝るだけだから。由美さんのそばにいた方が楽しい」

「……そっか」


 あれ、俺いつの間にこんなことすんなり言えるようになったのか。たぶんこれは由美さんの事を思えば自然に出てくるんだろうな。

 あれ……俺もしかして由美さんの事──。

 ピピピピピピピピピッ。

 最後まで考えがいたる寸前、由美さんのスマホが鳴り俺の思考は寸断された。

 ゆっくりと由美さんはスマホを取り出し、耳に当てた。


「はい、もしもし………はい、そうですけど」

「………………え? び、病院?」


 そのフレーズを聞いた瞬間、一瞬にして思考は最悪の方向に向かった。

 由美さんの表情からも既に笑顔は消えていた。


「はい。…………………はい。分かりました。失礼します」

「………誰から?」


 さっきまであんなにも楽しんでいた人が出す声とは思えないほどテンションの低い声で俺は問いかけた。

 するとすぐに返事が返ってきた。


「お母さんの……勤め先の方から……。お母さん……救急車で運ばれたって」


 最悪な考えは一寸の狂いなく当たってしまった。

 由美さんは俺になんの返事もなく車椅子を動かし始めた。

 その顔に笑顔はない。不安で仕方がないのだろう。だから俺は考える事なく言っていた。


「俺も行くよ」

「え? ど、どうして?」

「話もしなきゃいけないし、それに、今の由美さんを放っておくことはできない」

「でも、結構距離あるよ?」

「でも、由美さんはその距離を車椅子で行こうとしているんだろ?」

「ううっ」


 やっぱり意地悪……とでも考えているのだろうか。でも由美さんを納得させるにはこのくらい言わなきゃ無理なんだ。


「さ、向かおう」

「時間遅くなっちゃうよ? いいの?」

「何時間でも付き合うさ」


 そう答えるのに戸惑いはなかった。自分でも驚くほどに、自然と出てきた言葉だった。

 やっぱり俺は由美さんが好きなんだろうな。

次は明日です。

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