表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それは始まりでしかない  作者: 川輝
1/6

出会いからの日々

数話で終わる話です。

誤字あったらすみません。

「はぁっ」


 また失敗してしまった。

 頭を抱えながら帰路を行く。

 どうして俺はこんなにもできた人間ではないのかとつくづく思う。

 アルバイトなど、するべきではなかったのかもしれないな。だが、趣味である旅のためにはそれは必要なのだ。


「だったら変えればいいだろって話になるんだけどな……」


 息を吐きながら呟く。

 だが、そうもいかない理由があったのだ。それは、他にバイト先がないと言うどうしようもない理由だった。


 ぼーっとしながら歩いていると、前から車椅子に乗った女の子が来た。

 別にそれほど珍しい光景ではないと分かっていても、なぜか目がいってしまうのはなぜだろうか。その女の子が可愛かったからと言う理由は、無くはないと思うが、本当の理由はきっと自分とは違うからだ。

 しっかし車椅子って大変だろうな──なんて事を考えているうちにその子は横を通り過ぎていった。

 それから歩くこと数分。前田という表札が見えてきた。自分の家だ。


「ただいま」

「おかえり〜」


 家に入り、これまで幾度となくしてきた挨拶を交わし、自室に向かった。


 もう何度バイトを辞めようと思っただろうか。何度もアルバイトの募集ページを見て他に何かないか探した。が、自分の市の募集は全て遠かった。


 いや、まあ一番初めに探すときは遠くてもいいかなと思っていたのだ。なぜなら俺の家には錆びた自転車が置かれていたのだから、それを使えばいいと本気で思っていた。だが、現実っつーのは厳しい! まずタイヤに空気が入っているかを確認したら、まるでスクイーズのように凹みやがる。

 ならばと言って空気を入れてみれば、入れた瞬間から空気が抜け始め、蓋をしても空気が抜けやがる。

 10分近くの格闘の末、こいつは無理だと悟った。

 まあそもそもこんな鯖まくった自転車だ。ブレーキは全く効かないし蜘蛛の巣を張っているし自転車の鍵はすでに無くなっている。が、そのくせ鈴だけは一丁前に鳴りやがる。

 と言うわけで遠くはやむなく諦めたわけだ。


 そしてやっと見つけた近くのバイト先。それが喫茶店だったわけだ。


「けど、まさかあんなに忙しいとはな……」


 もともとお金を稼ぐんだからそれなりに苦労することは覚悟していた。が、客は多いし覚えることは多いし立ち仕事だから足が痛いし辛い。

 けどまあ、それはいずれ慣れるにしても……それ以上に悩んでることが、あるんだよな……。


 そう。まだ今出てきたことは許容範囲内なのだ。



***



 翌日の日曜日。俺はまたいつものように憂鬱な足取りで歩みを進めていた。

 その時だった。それは、予想もしない出来事だった。


「んーーっ」


 唸り声を上げながら、どうにか段差から脱しようと奮闘している昨日の車椅子の女の子がいた。

 遠くから見ただけでもとても困っている様子だ。

 目を回し、辺りを見る。が、俺以外に歩いている人はいなかった。全員車だ。


「流石に横をそのまま通り過ぎたら……まずいよな……」


 鞄からスマホを取り出し時間を見る。まだ時間には余裕があった。

 仕方がない。

 意を決して俺はその子に話をかけた。


「あ、あの。大丈夫ですか?」


 って、大丈夫なわけねぇだろ俺。馬鹿か俺は。好きでこんなことしてる奴がいたらそいつはただのアホだ。

 そんな事を考えていると、女の子はグイッと首を曲げて俺の方を見た。


「え? あ、すみません。その、引っかかっちゃって……」


 そう言う女の子の顔は先ほどの困りはてた顔から一変し、まるでスイッチを知りかけてかのようにパッと明るくなった。


「引きましょうか?」

「はい。お願いしますっ」


 改めて車椅子の前輪の方を見てみると、タイヤが道路の側溝に落ちていた。

 どうしたらそうなるんだ?

 そう問いかけたい気持ちを押しこらえながらゆっくりと持ち上げながら引き上げた。


「ふうっ。これでいいですかね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 そう頭を言いながら下げ、丁寧にお礼をされた。


「あの、どうしてこんなことに?」


 初めは黙っていようと思ったのだが、やはり訊かずにはいられなかった。

 俺の問いかけに対して、その女の子は少しだけ迷ったあと、元気に口を開いた。


「あ、えっと、なんで言ったら良いんでしょう。前から三人の人が横並びになって歩いてきたので、避けようと思って端に寄ったんですけど……突然車道から車が出てきて。びっくりして勢いあまって変な方向に進んじゃったんですよ」


 ところどころ止まりながら元気よく話し続けるその女の子は、もう既に困っていた面影は全く消えていた。


「本当、ダメですね」

「いや、それは横並びに歩いてた奴が悪いんでしょ」

「まあそれはそうなんですけどね……」


 けれど自分にも悪いところがあったと言いたげに俺を見てくる。

 うっ。そうやって女の子に見つめられるのは久しぶりだから緊張しちまった。

 目を逸らし、あー何か言った方がいいのか? なんて考えているとバイトの存在を思い出した。

 ため息をつき女の子の顔を見る。


「あの、そろそろバイトに行かないとけないんで……」

「あ、この後予定あったんですね」

「まあ、それじゃ俺は失礼します」


 軽く会釈して歩き始める。後ろから丁寧にお礼を言われる。

 この時、少しだけさっきまでの時間が名残惜しいと思った。

 いや、もしかしたらそれはただバイトに行きたくなかっただけなのかもしれない。ああやって話していれば嫌な事を考えずに済んだから。



***



 バイトではまたミスをしてしまった。

 自分でもどうしてこんなにも覚えることができないんだと感じる。

 そんななか、昨日から新たな新人が入ってきていた。

 人が他にいないと言う理由で俺が教えなければならなくなってしまったのだが、その新人は俺より要領が良く、俺よりも年下の高校1年生だと言うのに俺よりしっかりしていてなによりミスがなかった。


 本当にどうして俺はこんなに出来ないんだと……つくづく思う。

 新人が帰り、閉店まで2時間と言うところで客足はどんどんと増していった。

 今日の営業が終わり、閉店作業が終えた頃には空はすっかり暗くなっていた。

 もともと営業時間は8時までなのでそれほど遅くなることはないが、俺が帰る時間はいつも9時過ぎだった。


 最低限前を見ながらトボトボと歩く。

 疲れた。早く帰りたい。あぁ。もう明日は学校か。面倒だ。


 憂鬱なことばかりが頭に浮かんでやまなかった。そんな時だった。


「あれ? 今アルバイト終わったんですか」


 バイト前に聞いた声が背後から聞こえてきた。

 振り返るとそこには車椅子に座った女の子。

 思いもよらぬ人物と鉢合わせた事による驚きを隠しながら、疲れ切った顔をなるべく普通にして口を開いた。


「まあ、今終わりですけど」

「そうですか……」


 そう言うと、女の子はじーっと顔を見て一言、


「バイト、あんまり好きじゃないんですね」

「え?」


 それは全く予想もしていない言葉だった。なぜ、まだ2回しか会ったことがない人にそんなことがわかるのか、頭は混乱していた。

 しかし、別に好きではない事を隠す理由もないので素直に認める事にした。


「まあ、好きではないですね……。どうして分かったんですか?」


 そう問いかけると、すぐに俺自身で思い当たる節がたくさん浮かんだ。

 こんなにも疲れ切った感じでトボトボと歩いているのに、これで逆に大好きです! なんて言ってたらそれは多分調教されてるやつだ。

 そんな馬鹿げた想像をしながら返事を待っていると、すぐに返ってきた。


「雰囲気かな〜。日中に会った時も別れ際にため息ばっかりついてたし、それに楽しかったらもっと前を向いてるよ?」


 まさか俺が考えていた事以外にもあるとは……。この人、なかなか人を観察する力があるんだな。


「嫌ならバイト、辞めれば良いのに」

「いや、それは出来ない」


 ここだけはそうキッパリと言い切った。


「確かに辛いし辞めたいって何度も思ったけど、でもこれを辞めたら……えっと、趣味が出来なくなるから」

「趣味って? まさかエッチな趣味?」

「いやいや! 何言ってるんだあんたっ! てかエッチな趣味ってなんなんだよ。逆に聞いてみたいよ……」


 車椅子から上体だけを乗り出して顔を近づけて質問されたときは驚いたが、すぐに手をブンブンと左右に振って否定した。


「んー。エッチな趣味っていったら……そうだねぇ……」


 さて、なぜこの女の子はこんなにもどうでも良い事を真剣に考えているのだろうか。

 しばらく「んー」と唸りながら考え、10秒ほどしてようやく口を開いた。


「ち、ちょっと私には分からないかな」


 そう答える女の子の笑顔は、今まで見てきた笑顔の中で一番自然な笑顔に見えた。

 どうしてだろうか。まだ知り合いでしかない俺には分からなかった。


「さて、じゃあ話を戻すけどさ、そこのバイト先が嫌なら、別に普通に変えれば良いだけでしょ?」


 そんなこともわからないの? とでも言いたげに胸を張って腕を組んでいた。


「そう出来たら俺も苦労しないさ。けどさ、他に働く場所、ないんだよ」

「あ……そっか」


 どうやらこの街のダメさを思い出したらしい。

 そう。この辺りにあるのは大きな会社、田んぼ、家、山。川を越えれば確かに存在する商業施設。だが自転車のリタイアによりその選択肢はまず初めに除外されるのだ。


「確かに不便だよね……。私も本当に苦労してるんだよ?」

「ま、そりゃそうだよな……」

「あ、そういえば聞き忘れてたけどほんとの趣味って何なの?」


 あ、そういやそんな話もしてたな。

 けどなんか自分の趣味を言う時って緊張するんだよな……。別に変なものでもないのに。

 俺は意を決して言い放つ事にした。


「趣味はただの一人旅だよ」

「へー、一人旅……。旅行か……。いいわね、旅行」


 少しだけ弱まった声。それを聞いたとき、やってしまったと、そう思った。


「あ、なんかごめん」


 自分の負の感情に耐えきれなくなり反射的にそう謝っていた。


「え? どうして謝るの?」

「いや、なんか足の不自由な人の前であんまり言うべき事じゃなかったかなって思って……」

「ううん。別に良いよ。逆にそうやって気を遣われる方が私は嫌かな。別に旅行が出来なくなるってわけじゃないし。ただまあ、そっか。旅行か……」


 不意に女の子は俺ではないどこか遠くを見た。いったい何を見て、何を考えていたのか。それは俺に分かることではなかった。

 ただ一つ分かったことといえば『旅行』という言葉に、何かしら思うことがあったのではないかと。それだけだった。


「あの、旅行に何か思い出が?」


 だからそう問いかけていた。


「小さい頃に、両親と行ったかな……。あんまり覚えてないけど」


 そう話す顔は少しだけ暗く見えた。が、すぐに明るくなり俺を見た。


「でも、好きだよ。知らない街を回るなんて、絶対楽しいじゃんっ」

「──そ、そっか」


 このとき俺はきっと『なら一緒に行かないか?』と言おうと思ったのだが、流石にまだ2回しか会ったことのない人に提案する事ではないと思い喉の手前で引っ込んでしまった。

 会話が途切れる。するとすぐにこの空間に気まずい空気が流れ始めた。

 それに耐えられなくなった俺は、


「そ、それじゃ俺はこれで」


 と言い放ちそのまま背を向けていた。


「──あ、う、うん。それじゃ」


 そう名も知らぬ女の子は、まだ話したらないとでも言いたげな声を出していたが、聞こえていないふりをしてその場を立ち去った。



***



 それから5日間の学校があり、再び土日が訪れた。

 週に2日、午後2時から午後8時まで6時間のバイトが俺を待ち受けていた。

 またきてしまった。そう思う。

 

 家を出てトボトボとバイト先に向かう。すると正面に俺の方を見て待ち構えている見知った女の子がいた。

 俺を待っていた? いやまさかな。軽く会釈をしてその場を通り過ぎようとする。


「ちょっと。なにあんまり親しくないクラスメイトと偶然街で会ったときみたいな気まずそうな顔して通り過ぎようとしてるの」

「え? それ俺か?」

「君以外待ってないよ」


 その言葉。なんだがとても心地がいい。

 と言うのは冗談として、まさか本当に俺を待っているとは思わなかった。

 顔が自然とほころんだ。


「やっと笑顔になったわね」

「え?」

「昨日から君一度も笑顔にならなかったから」


 笑顔……か。確かに言われてみればずっと人前で笑顔になっていなかったような気がする。


「バイト、辛くて辞めたくなってもやりたいことがあるなら頑張りなさい。君のしたいことは、頑張れば叶うんだから」


 深みのある言葉だ。だが俺はそこに触れようとは思わなかった。きっとらそれは、他人にはあまり触れられたくないようなことなことだから。


「そろそろ時間じゃない?」

「あ、そうだった。それじゃ俺はこれで」

「それじゃあね」


 お互い挨拶を交わしそのままバイトに向かおうとしたところですっかり忘れていたことを思い出し、再び女の子の方を向いた。


「あ、そういえば名前、なんて言うんだ?」

「高田由美(ゆみ)。君は?」

「前田(ゆう)だ」


 それだけを言って早足でバイト先に向かった。



***



 今日のバイトはまあいつもと変わらずミスはしたものの、いつもよりは前向きでいられた。それはきっと高田さんのおかげなのだろう。

 自分よりもずっと強い人なんだなと、そう思った。


 だがまあバイト先での先輩としての立場がないと言う点に関しては、なかなかキツイところがあり、またしても落ち後でしまっているのは言うまでもない。

 またいつものように疲れ落ち込んだ顔で、けれど、いつもよりかはマシな顔つきで前を向き歩いていると、何時間か前に見た顔があった。


「あれ、高田さん」

「まーた落ち込んでる。メンタルが弱いなぁ君は」


 そう年上が故に出せるお姉さんのような声で俺を見ていた。

 まあ姉はいないのでよく分からないけど。でもそんな気がした。


「最近はよく会うな。待ち構えてたりでもするのか?」

「ん? まあ、前から適当に街中を回ってたんだけどね。最近はただ話し相手が見つかったからってだけだよ」

「そ、そうですか」


 少しだけ落ち込んでしまったのはなぜだろうか。俺にはよくわからない。

 まだよく知らない人に何か特別な感情でも抱いているとでもいうのか? まさかな。

 そう考えている俺を見て、高田さんはフフッと笑い声を小さく出していた。


「それより『高田さん』ってなんだか他人行儀みたいで嫌だな」


 それはなんだかわかる気がした。苗字というのはあくまで親から回ってきた名前に過ぎない。だからこそ名前というのは自分のためだけにつけられたものだから特別感があった。


「それもそうか……。じゃあ由美さん」

「──うん。それがいいね。じゅあ私は悠君って呼ぶね」

「お、おう」


 これは結構心にくる何かがあるぞ! これまで9年間の義務教育と、1年と半年以上の高校生生活があったが一度として名前で呼ばれることはなく、毎回苗字で呼ばれてきた俺からすれば全く呼ばれ慣れてなさすぎる! というか君付けって……あぁ。ったく。これだから男は嫌だ。すぐに勘違いしちまう。


「それで、悠君はどうしてそんなにバイトが嫌なのかな」

「ん? ああ。自分のせいだよ。要領悪くて物事を覚えられないし、ミスもよくするし、それに動きもテキパキしてないからさ……。それで怒られるし。ああ、今迷惑かけてるなって思うようになって、そんな自分を見てると嫌になってくるんだ」

「それでバイトを嫌になっちゃったと」

「まあ、そんな感じかな」


 まったく恥ずかしい。こんな事を人に話して、笑われるだろうか。それとも、この人は勇気づけてくれたりでもするのだろうか。

 しばらく由美さんは腕を組んで考え、数秒間の沈黙の後口を開いた。


「よし。じゃあ明日私が様子を見に行ってあげるよ」

「は?」

「君が本当にそんな感じなのか、見て見ないとわからないしね。明日もバイトあるよね?」

「まあ、ありますけど」

「じゃあ客として行くから。よろしくね」


 そう言い放つと、手のひらをこちらに向けてひらひらと左右に振り、「バイバイ」と言って去って行った。

 突然の出来事に俺は呆然としながら由美さんが見えなくなるまでずーっと動けずにいた。

 そして視界から姿が消え、数秒してから一言、言葉が出てきた。


「マジかよ……」

よければブックマークでもしてってください。

次話もすぐ出ます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ