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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【03】マクスウェルの悪魔たち(下)
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25 そんな理由でした

 ドレイク大佐隊では、戦闘後の総括は翌日の午後に行われる。と、セイルはまたしてもオールディスから知らされた。

 何でも、午前中はドレイクが執務室で二度寝しているからだそうである。元マクスウェル大佐隊にも暇さえあれば寝ていた男がいたが、そういえば、ドレイクとその男は似たところがある。外見上は黒髪なことくらいしか共通点はないが。


「一言で言えば、〝アルスター大佐、やらかしちゃったね〟、だな」


 セイルから見て、昨日の配置図が映し出されているパネルの右端に置かれた椅子に腰を下ろしているドレイクは、自分の左のてのひらを〝魔法のステッキ〟の先端で叩きながら苦く笑った。

 スミスら〝最初の七人〟(命名者キメイス)は、皆〝作戦説明室〟の最前列にいる。中央後部にいるセイルから見て、左端から、キメイス、ティプトリー、シェルドン、スミス、ギブスン、フォルカス、マシム。それ以外はセイルの周囲に気ままに座っているが、なぜよりにもよってオールディスが自分の左隣にいるのか。できるものなら席替えを要求したい。


「改めて〝〈旧型〉組〟。今回は本当によく頑張った。スミス、ギブスン。次回もよろしく頼む」

「ええ! もう決定ですか!?」


 隊内では〝器用貧乏〟とラベリングされているらしいスミスとギブスンが、打ちあわせでもしてあったかのように同じセリフを叫ぶ。

 このとき、位置的にセイルからは見えなかったが、腕組みをして座っていたキメイスが、そむけた顔に氷の微笑を浮かべていた。しかし、彼のすぐ近くのテーブルに端末を置いて座っていたイルホンは、うっかりそれを目撃してしまい、一人背筋を凍らされていたのだった。


「ああ、決定だ。〝予定は未定〟だが、少なくとも、あと三回は」

「三回?」


 まだ不満そうだったが、スミスが耳に留めて問い返す。


「例の〝在庫処分〟、あと一回追加してくださいって殿下にお願いした。その三回のうちにアルスター大佐が目を覚ましてくれなかったら、こっちもその先のことを考えなくちゃならん」

「その先……」

「でも、今はこっちが先か。……六班長!」


 いきなりドレイクに呼ばれて、セイルは椅子が音を立てるほど大きく体を震わせた。


「え……あっ、はいっ?」

「ただいま絶賛妄想中だったか? それなら邪魔して悪かったが、この〝在庫処分〟のこと、大至急、元マクスウェル大佐隊の七班長にメールで知らせといてもらえるか?」


 冒頭がかなり引っかかったが、それより予想外の命令内容に驚いて、セイルはすぐには返答することができなかった。


「どうした? 七班長のメアドは知ってるだろ? もちろん、プライベートの」

「え、ええ……知っていますが……いいんですか? あいつに教えてしまって?」


 〝在庫処分〟こと旧型無人突撃艦一二〇〇隻の中央集中攻撃のことは、この隊的に〝機密事項〟だとセイルは考えていた。だから、昨日その七班長――ヴァラクに長文のメールを送りつけられても、〝在庫処分〟のことはもちろん、〈旧型〉や〈新型〉のことにもまったく触れずに、当たり障りのない返信(超短文)をしたのだった。


「ああ、こいつだけはいい。あちらもそうと知ってたほうが、余計な作戦立てる必要なくなっていいだろ。文面はおまえに任せるが、一応〝予定は未定〟って入れといてくれ。あいつらに恨まれたくないから」

「はあ……了解しました……」


 本当にいいのだろうかと思いつつも、セイルは上着の内ポケットからプライベート用の携帯電話を取り出し、必要最小限のことをメールに書いて送信した。

 その間、オールディスが脇から堂々と覗き見をしていたが――右隣にいるラッセルは意識的に視界に入れないようにしていた――見られてまずいことは何一つ書いていなかったため、あえて隠しはしなかった。


「よーし。これで右翼はさらに安泰。問題はやっぱり左翼」


 セイルが送信完了したことを報告すると、ドレイクは満足げに独りごち、またしても想定外の名前を呼んだ。


「オールディス」

「はい?」


 だが、なぜかオールディスはセイルほどは驚かなかった。むしろ、セイルのほうが動揺させられた。


「あくまで俺の個人的興味で訊くんだがな。次回、アルスター大佐は、元ウェーバー大佐隊をどこに配置すると思う?」


 これにはさすがにオールディスも、彼以外の元ウェーバー大佐隊員たちも大きく目を見開いた。が、オールディスはいち早く平常に戻り、複雑な苦笑いを浮かべた。


「そうですね。はっきりした根拠はありませんが……昨日の〝〈旧型〉組〟のところに配置するんじゃないでしょうか」


 ――左翼と中央の間。

 反射的にパネルを見上げた隊員たちは、それぞれ呻きのような声を漏らした。


「いや、ここはきつすぎるでしょ……」


 誰にともなく、ギブスンが言った。


「これで昨日と同じこと、アルスター大佐隊にやられたら……」


 ギブスンの言うとおりだった。昨日の〝〈旧型〉組〟は、守らなければならない有人艦が〈旧型〉一隻だけだったから、アルスター大佐隊によって中央に追い立てられた「連合」に何とか対処することができたのだ。これがもし、〝〈旧型〉+元ウェーバー大佐隊組〟となったら、無人砲撃艦群は戦力の大半を〝護衛〟に割かれることになってしまうだろう。


「でも、アルスター大佐隊は昨日と同じことするんだろうな。これも根拠はないけど」


 ドレイクはギブスンを見てにこりと笑った。その表情とは裏腹に、彼は今激しく怒っているのだと、ここに来てまもないセイルにさえわかった。


「あの……」


 そのとき、ドレイクにいちばん近い椅子に座っていたフォルカス――真後ろからでは顔が見えないから、セイルはわざわざ中央後部に陣取った――が、おそるおそるドレイクに声をかけた。セイルは息を止め耳を澄ませる。今だけは誰も話すな息するなと本気で思った。


「アルスター大佐に、あれ、やめさせることってできないんすか? 殿下にお願いしたら、言ってもらえるんじゃ……?」

「俺もできたらそうしたいんだけどなあ」


 ドレイクは困ったように笑うと、〝魔法のステッキ〟を握ったまま腕を組んだ。おかげで、セイルは窒息せずに済んだ。


「だけどそれって、殿下的にはもう〝栄転〟対象なのよ。この前の二人と違って、アルスター大佐はそう簡単には〝栄転〟にできない。今のところどこの邪魔もしてないし、攻撃も一応してる。殿下が選んだ砲撃担当の最後の〝大佐〟だし、できれば〝栄転〟してもらいたくないんだけどねえ……」


 ――殿下が選んだ。

 その一言を聞いたとき、セイルは胸を突かれた思いがした。

 たった二月ほど前まで「連合」の軍人だったこの男は、敵だった司令官の任命責任にまで気にかけているのだ。

 もしかしたら、彼がアルスターに対して最も憤っているのは、自分の上官に恥をかかせていることなのかもしれない。


「まあ、いずれにしろ、殿下から次回の配置図もらってからじゃないと、具体的な話はできないな。たぶん、変更はないと思うが、ないとも限らん。現時点ではっきり言えるのは、もうアルスター大佐隊は戦力として当てにはできないってことだけだ」


 思わずセイルたちは息を呑む。相変わらず笑ってはいたが、ドレイクはアルスター大佐隊は〝戦力外〟だと明言したのだ。


「あの……大佐」


 〝おそるおそる〟ではなかったが、多少遠慮がちに挙手してドレイクに呼びかけたのはオールディスだった。セイルは意外に思って目をそばめたが、オールディスはまっすぐにドレイクを見つめている。


「さっきの〝在庫処分〟の話なんですが……俺も古巣に教えていいですかね?」

「何だ、まだ教えてなかったのか」


 ドレイクがわざとらしく目を丸くする。


「俺は向こうの話は聞き出しても、こっちの話はしてませんよ。〝極秘情報〟ばっかりですから」

「そうかそうか。そりゃ悪かった」


 いかにも心外そうなオールディスに対し、ドレイクはまったく悪びれずに笑い、口先だけで謝った。


「ああ、〝在庫処分〟だけならいいぞ。そのかわり、アルスター大佐には絶対話さないように、よーく念押ししとけ。あの大佐に知らせてやっても、無意味どころか害にしかならない。特に俺らにとってはな。尻拭いしてやったのに逆恨みされたら、たまったもんじゃない」


 オールディスは老獪な猫のように目を細めると、彼にしては大きな声で応答した。


「イエッサー」


 * * *


 執務机の端末の前にいるときのアーウィンは、ほぼ無表情である。例外はドレイク関係のメールおよび情報を閲覧(ほぼ覗き見)しているときだが、今はそれ以外のものを見ているのにもかかわらず、ずっと渋面を崩さずにいた。


「明らかに自殺だろ」


 見かねたヴォルフが自分専用のソファから声をかけても、アーウィンはディスプレイから目を離さない。


「確かに、状況的には自殺だな。遺書はなかったが、周囲は班長から平になったことにひどく落ちこんでいたと証言している」

「なら、何がそんなに引っかかってる?」

「しいて言うなら、なぜ自宅ではなく、わざわざ戦闘中の()()の中で〝エスケープ〟を飲んだのか、だな」


 アーウィンは嘆息すると、ようやくディスプレイから視線を外した。


「なぜって……そりゃあ、本人しかわからないだろ。()()に乗ったからこそ、自分はもう班長じゃなくなったことを実感させられて、発作的に自殺……かもしれん」

「本人しかわからないと言うわりには、わかったようなことを言うな、ヴォルフ」

「俺の貧困な想像力を駆使して言ってみただけだ。自分がわからないからって俺に八つ当たりするな」


 ここからでは見えないが、おそらくアーウィンのディスプレイ上には、パラディンから上げられた自隊の自殺者に関する報告書がまだ表示されているはずだ。

 その第一報は、昨日の戦闘終了後、基地への帰還途中に〈フラガラック〉に届けられた。ヴォルフはパラディンの名前を聞いて、一瞬また「連合」の脱出ポッドを回収したのかと思ったが(もしかしたら、アーウィンも同じことを思ったかもしれない)、そうそうそんなことが起こるはずもなく、パラディン大佐隊員の一人が戦闘中に〝エスケープ〟で自殺したようだという、やはり発生頻度は低いが脱出ポッド回収よりはありそうな報告だった。

 〝エスケープ〟による自殺自体は、残念ながらこの艦隊でも珍しいことではない。アーウィンが司令官になってからは大幅に減少したが、それは自殺しそうな人間は積極的に排除したからでもあるだろう。いずれにしろ、毎年自殺者は出ている。

 しかし、アーウィンの言うように、そういった自殺者のほとんどは自宅で死んでいて、戦闘中の軍艦の中でというのは、あくまでヴォルフがこの艦隊に来てからはだが、一度もなかったはずである。

 自殺したのは、ダーナの指揮下に入ってからパラディン大佐隊に転属された、元マクスウェル大佐隊の班長の一人だ。確か、ムルムス中佐とかいったか。例の〝馬鹿三〇〇人〟のうちの一人ではなかったようだが、結局、ダーナとは合わなかったのだろう。そして、パラディンとも。

 当初、アーウィンはそのことでパラディンを叱責しようと目論んでいたが、そもそもおまえがパラディン一人に元マクスウェル大佐隊員を大量に押しつけていなかったら、その元班長は自殺しようとは思わなかったんじゃないのかとヴォルフが〝説教〟して、渋々だがそれをあきらめさせた。まったく、油断も隙もあったものではない。


「そういえば……以前にも、戦闘中の()()の中で隊員が〝エスケープ〟で自殺したという報告を受けたことがあるような気がするな」


 ヴォルフの文句をきれいに無視したアーウィンは、眉間に縦皺を寄せながら両腕を組んだ。


「え? あったか?」


 さらに文句を追加しようとしていたヴォルフは、驚いてアーウィンに目を据える。


「いや、本当にあったなら、はっきりそのように記憶しているはずだが……キャル、わかるか?」


 自分の執務机で黙々と端末を操作していた〈フラガラック〉の専属オペレータは、アーウィンに問われてから数秒後、ディスプレイを見つめたまま淡々と回答した。


「一年前、マクスウェル大佐の乗艦からそのような報告を受けた記録はあります。しかし、ほどなくその報告は通信士のデマだったと取り消されました。ですから、マスターも曖昧にしか覚えていらっしゃらなかったのではないかと」

「ああ、そうか。言われて思い出した。自分に隠れてその通信士が勝手にやったと何度も何度も繰り返すから、そんな通信士を起用したおまえに責任があるだろうと怒鳴ってやったんだった」


 腑に落ちたようにアーウィンは何度かうなずいたが、ヴォルフにはやはりそのような記憶はまったくない。アーウィンが〈フラガラック〉で出撃したときには、必ず自分も同行しているから、その報告も当然耳にしていたはずなのだが。


「アーウィン。おまえの記憶力、やっぱりすごいな」

「別にすごくはない。うろ覚えだった」

「俺は〝うろ〟も覚えてなかった。しかし、よりにもよってマクスウェルだったか。今回、自殺した元班長もマクスウェル大佐隊だったし、何か、因縁めいてるな。そういや、マクスウェルはまだ〝入院中〟なのか?」


 ふと思い出してアーウィンに問えば、皮肉げな笑みが口元に浮かぶ。


「体の異常なら何としてでも治してやるが、頭のそれはどうにもならん。奴はまだ自分一人では、トイレの個室のドアは開けられないそうだ」

「〝トイレの中に死体がいる!〟ってか。幻覚見るくらい、向こうでいびられたか」

「そうらしい。しかし、そんな男を砲撃担当の〝大佐〟にした、私のほうがもっと愚かだったな」


 かつてマクスウェルにした発言が、そのまま自分にも当てはまると気づいたのだろう。アーウィンは自嘲して深くうつむいた。

 あのときは仕方がなかった――平和ボケしていたこの艦隊の有人艦よりも、まだ試験段階だった無人艦のほうがよほど頼りになった――とヴォルフは思っているのだが、砲撃担当の三人の〝大佐〟の中で、アーウィンが最も信頼していたアルスターまで〝栄転〟となりそうな今の状況では、それを言っても何の慰めにもならないだろう。

 だが、アーウィンは急に顔を上げると、実に不本意そうにこう言った。


「仕方がない。今回は自殺ということにしておいてやろう。変態の脱出ポッドを回収した功績を加味して」


 思わずヴォルフは噴き出して、あくまで真剣にそう考えているらしいアーウィンを睨んだ。


「仕方がないって何だよ。それに、ドレイクの脱出ポッドの件は、今回の件とは全然関係ないだろうが」

「あのとき、あれの脱出ポッドをパラディンの部下が回収していなかったら、今頃この艦隊はどうなっていたかわからない」


 しかし、そう答えるアーウィンの表情は、とてもパラディンたちに感謝しているとは思えないほど苦々しい。


「だが、それを笠に着てきたら、その時点でパラディンは〝栄転〟だ」

「まさか……」


 ヴォルフは戦慄を覚えて、顔面をこわばらせた。


「そんな理由で、パラディンを目の敵にしはじめたのか……?」

「目の敵にはしていない。が、あれに自分の隊が脱出ポッドを回収したことを告げたら、それなりの対処はさせてもらう」

「しっかりもう目の敵にしてるじゃないかよ! 理不尽にもほどがあるだろ!」


 だが、アーウィンはヴォルフの非難の声を再び無視して、無念そうに歯噛みした。


「どうして〈フラガラック〉で回収できなかったんだ……!」

「マスター、申し訳ありません。〈フラガラック〉最大の不覚です」

「最大かよ!」


 ――ドレイク……! こいつら、どうにかしてくれ……!

 常識の人ヴォルフは、決して本人には言えないとわかっていても、〝変態だけどまとも〟な男に助けを求めずにはいられなかった。

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