14 明暗分かれました
ブリッジ前方のスクリーンに表示されている戦況図を、イルホンは通信席から見ていた。
実質三日で〈新型〉の操縦を完璧に習得したセイルを賞賛したい気持ちはあるのだが、彼の最大のモチベーションとなったものを考えると、どうしても生ぬるい笑みを浮かべずにはいられない。
「本当に間に合わせてきましたね、六班長……」
「やっぱり、〝ダーナ大佐隊に差し戻す〟っていうのが効いたな」
いつものように艦長席を離れてブリッジ内を徘徊していたドレイクがにやりと笑う。
「俺なら差し戻しも簡単にできるって、転属されたときにわかっちゃっただろうしね」
「それほどこの隊から離れたくないんですね……」
「いや、この隊じゃないよ。フォルカスだよ」
「そんなはっきり」
反射的にイルホンは機関席にいるグインに目をやったが、彼はこちらに背を向けてモニタリングしていた。もしかしたら、その瞼は閉じられているかもしれないが。
「まあ、六班長も含めて右翼は何とかなりそうだが、問題は左翼だよなあ」
ドレイクは苦笑いしながら、インカムがずれないように自分の頭を掻いた。
「アルスター大佐、どうしちゃったのかねえ。あれじゃ『連合』の右翼をこっちに押し出してるようなもんだ。今は〝在庫処分〟中で中央薄くしてもらってるからまだいいが、そうじゃなかったら大変なことになってるよ」
――いえ、すでに大変なことになっていると思いますが。
心の中でイルホンはこっそり反論した。
〝在庫処分〟は確かにありがたいが、無人突撃艦群一二〇〇隻の〝攻撃〟が一段落するまでは「連合」の中央には無闇に近づけないという欠点もある。それゆえ〝在庫処分〟をしている今は、ことさら「連合」の両翼をこの〈ワイバーン〉のいる中央に向かわせてほしくないのだ。
そんなドレイク大佐隊にとって、中央を回避して左右から〈フラガラック〉に迫ろうとした「連合」両翼の今回の選択――『生きて帰ることはあきらめてるんなら、三〇〇〇隻で中央突破したほうが、この艦隊にダメージは与えられるんだがな』とドレイクは苦く笑った――はかえって好都合だった。
「帝国」の右翼はそのことをわかっていた。ダーナ大佐隊一〇〇隻および無人砲撃艦群一〇〇隻と、実は〈新型〉がまぎれこんでいる無人砲撃艦群三〇〇隻は、「連合」の左翼を挟撃しつつ中央には行かせないという、ドレイク大佐隊にとって実に理想的な状態を作り上げてくれたのである。
しかし、そんな右翼とは対照的に、左翼の有人艦二〇〇隻は嫌がらせとしか思えないような戦略をとった。
アルスター大佐隊一〇〇隻は「連合」右翼を背面攻撃して彼らの前進速度を上げさせ、元ウェーバー大佐隊一〇〇隻は、せっかく右方向に向かいかけていた「連合」右翼の右側面にさらに攻撃を加え、中央に押し戻すような真似をしでかしたのである。
もっとも、元ウェーバー大佐隊はアルスターの命令に従っているだけだろうから、元凶はアルスターだろう。――この艦隊の大佐たちの中で最年長で実戦経験も豊富なはずのアルスター。
幸い、今回は「連合」右翼の左側面には、無人砲撃艦群三〇〇隻および〈旧型〉が取りついているため、右側面から無人砲撃艦群一〇〇隻強――残りの一〇〇隻弱はアルスター大佐隊の援護に回った。はっきり言って援護の必要はないと思うが――および有人艦一〇〇隻に押されても、戦力で勝っているので押し返すことができている。
もし前回同様、〈旧型〉が旗艦をとりにいっていたら。そう考えるとぞっとする。まさか、ドレイクはそこまで読んで、今回は〈新型〉と〈旧型〉に旗艦とりは命じなかったのだろうか。
「とにかく、うちは今できることを確実に。……マシム。突っ走れ。シェルドン。こじ開けて、ぶっ放せ」
およそ軍人それも〝大佐〟とは思えない指示の仕方だが、ドレイク式しか知らない訓練生二人にはそれだけで通じた。
「イエッサー!」
二人が声をそろえて応答する。イルホンの右隣にいるティプトリーは、いったい何を考えているのか、少し顔を赤らめていたが、イルホンは見なかったことにした。自分の保身のために。
――今回は〈ワイバーン〉で旗艦を落とす。
それが今回の作戦説明におけるドレイクの第一声だった。
――それまで〈旧型〉と〈新型〉は、それぞれ左翼と右翼のサポートに徹しろ。「連合」にはもちろん、「帝国」にも〈ワイバーン〉の邪魔はさせるな。
これまでのところ、〈旧型〉も〈新型〉もその役目を十二分に果たしている。〈旧型〉に至っては、もはやサポートを超えてメインだろう。
「連合」左翼の行く手には、まだ元マクスウェル大佐隊一〇〇隻と無人砲撃艦群一〇〇隻がいるが、「連合」右翼のそれには、有人艦どころか無人砲撃艦すら一隻もいない。
〝〈旧型〉組〟は、本来なら元ウェーバー大佐隊に担当させるべきだった「連合」右翼の頭を完全に潰すという仕事まで代行しているのだ。
だから、〈ワイバーン〉は一分一秒でも早く敵旗艦を落とさなければならない。
この宙域に送りこまれる「連合」の侵攻艦隊は即席艦隊ゆえに、旗艦を失えば一気に瓦解する。そうなれば、〈旧型〉と〈新型〉は〝「連合」の両翼を中央へ行かせない〟という仕事からは解放される。
現在、旗艦周辺に残る艦艇数は約二〇〇隻。〝在庫処分〟で約一二〇〇隻の艦艇を〝処分〟され、かつ足止めもされた彼らは、戦闘開始時からほぼ位置を変えていない。そこに向かって〈ワイバーン〉は疾走する。無人砲撃艦群一〇〇隻を〝火を噴く盾〟にして。
「今日はいつも以上に気合い入ってるな、マシム」
イルホンがひそかに思っていたことを、ドレイクがぼそりと呟いた。
気合いというか……殺気に近い気がする。たぶん、それぞれ違う意味で集中力のあるティプトリーとシェルドンでなければ、あの隣――もちろん、ある程度の間隔はあるが――にはとても座っていられないと思う。少なくとも、イルホンだったら逃げ出す。
「前回は〈旧型〉だったから……じゃないんですか?」
あえて当たり障りのないことを囁くと、ドレイクはにやっと笑った。
「それもあるだろうけど、主に六班長に対する意地じゃない?」
あえて言わずにおいたことを。イルホンは仕方なく作り笑顔で答えた。
「〈ワイバーン〉正操縦士としての意地ですね」
〝息吹〟を撃つのはギブスンのほうが得意だとドレイクは言っていたが、一芸――〝山勘〟で〝クレー射撃〟――を極めたせいなのか、シェルドンはまったく問題なく、前回〈旧型〉がしていた〝穴〟掘り、敵旗艦のロックオン、〝息吹〟発射をこなした。あの白い光の帯が弾道上にいた艦艇ごと敵旗艦を貫く。
スクリーンの中で爆発炎上して沈んでいく敵艦艇を眺めながら、きっともうこの〈ワイバーン〉の砲撃席にギブスンが座ることはないだろうとイルホンは思った。そして、今だけはティプトリーの顔は決して視界には入れまいと心に誓った。自分の精神衛生上のために。
「旗艦落としたぞ!」
今までろくに使っていなかったインカムに向かってドレイクが叫ぶ。
「〈新型〉! そのまま〝心の上官〟のお手伝い続けてろ! 〈旧型〉! 元ウェーバー大佐隊に『連合』押しやれ!」
「ええっ!?」
イルホンは驚いてドレイクを見上げた。
「押しやれって、大佐、そんなことしていいんですかっ!?」
それも、ある種の罪悪感を持っている――イルホンはドレイクがそんな感情を持つ必要はないと思っているのだが――元ウェーバー大佐隊に?
「他に持っていきようがないだろ」
しかし、ドレイクは平然と言ってのけた。
「結果的には、うちと元ウェーバー大佐隊が挟撃してる形になる。……と、あちらさんが気づいてくれればいいんだけどな。それよりもっと怖いのは、アルスター大佐にまた妙な命令されることだが」
「妙な命令……」
「きっと、有人艦二〇〇隻、どう動かしたらいいのかわかんなくて、迷走しちゃったんだろうねえ」
意地悪くドレイクは笑った。アルスターに対しては好意的だったはずなのだが、元ウェーバー大佐隊への対応と今回の采配とで、すっかり幻滅してしまったらしい。
「とにかく右翼だけ潰せばいいって考えて、三方から囲いこもうとした。でも、後ろから追われたら、そら前に逃げるわな。我らが旗艦〈フラガ〉のいるほうへ。いやしかし、ここまでくっきり明暗が分かれるとは思わなかった」
「明暗?」
「右翼の元マクスウェル大佐隊見てみなよ。面白いことやってるぞ」
「面白いこと?」
イルホンはスクリーン上の戦況図を見た。左翼の元ウェーバー大佐隊とは違い、元マクスウェル大佐隊は進撃せずに無人砲撃艦群一〇〇隻と共に居残っていたのだが、いま改めて見てみれば、いつのまにかその隊形を変化させていた。
「横列隊形……?」
この戦況図では詳細までわからないが、おそらく、横列隊形をとった軍艦を何段か重ね、〝壁〟を形成しているのだろう。つまり、今回一〇〇隻にされてしまった無人護衛艦群とほぼ同じ隊形だ。
そのはるか前方には、残念ながら〈新型〉や無人砲撃艦群が撃ち漏らしてしまった「連合」の艦艇が少数ながら確かに存在する。元マクスウェル大佐隊はそれらに向かい、一定間隔をおいて砲撃を繰り返していた。
「無人艦に守ってもらうのが当たり前のこの艦隊で、これをやる奴がいるとは思わなかった」
ドレイクは嬉しくてたまらないようににやにやしている。左翼と右翼は、ドレイクの評価という点でも、くっきり明暗を分けてしまったようだ。
「『連合』の艦艇が射程圏内に入ったら、全艦一斉砲撃する。バラバラに砲撃したんじゃ、かわされちまうかもしれないからな。ここの無人艦はやっぱり賢い。元マクスウェル――ああ、もう〝七班長隊〟でいいか、あいつらと並んで砲撃するんじゃなくて、あいつらの砲撃範囲内に『連合』の艦艇を追いこんでやってる。それでもこぼれた奴らは各個撃破。うちみたいにズルして無人艦動かしてない分、あっちのほうが上手だな」
正直、イルホンにはこの攻撃のどこが〝面白い〟のかわからなかった。だが、ドレイクが指摘したとおり、無人艦の〝盾〟なしでこれをするのは、相当の覚悟と自信が必要だろうとは思う。「連合」から来たドレイクでさえ、あの〝採用試験〟のときは別にして、常に無人艦を〝盾〟にしている。
「あれはダーナ大佐の指示でしているんでしょうか?」
イルホンがそう訊ねると、ドレイクは笑って「いや、〝七班長〟だろ」と答えた。
「あの〝飛ばし屋〟には絶対できそうもない発想だ。あの男は軍艦を派手に動かすほうが好きで得意なんだよ。だから、ここの護衛は退屈でしょうがなかったんだろ」
このことは作戦説明のときにも言っていた。右翼は今回も無人突撃艦群の〝在庫処分〟はあると見て、「連合」左翼に速攻をかける。それをするのは、元マクスウェル大佐隊ではなくダーナ大佐隊のほうだ。根拠。軍艦飛ばしたいから。
「何と言うか……人は見かけによりませんね。ダーナ大佐があれほどアグレッシブだったとは」
「そーお? あいつ、俺にはすぐにカッとなるじゃん。たぶん、あっちのほうが本性だよ。でも、それじゃまずいってわかってるから、普段は必要以上に自制してる。でも、今日は自分の軍艦ん中で高笑いしてるかもよ?」
「高笑い……」
想像できない。そういえば、会議のたびにダーナの怒った顔は見ているが、笑ったそれはない気がする。
しかし、改めて考えてみると、なぜダーナはドレイクには本性を見せたのだろう。周囲には他の大佐やその副官もいたのに。それだけドレイクがダーナの何かを刺激してしまったということなのだろうか。
よくはわからないが、ドレイクは今ではダーナを買っている(あの〝馬鹿野郎〟メールがよかったらしい。どこがよかったのか、これもイルホンにはわからないが)。そして、アルスターに失望している。
「大佐。アルスター大佐は〝栄転〟になりますか?」
イルホンのこの質問には、ドレイクは苦笑いで答えた。
「いや。今回だけじゃならないだろ。ウェーバーみたいに直接俺らの邪魔はしてないし、マクスウェルと違って自分の受け持ちの放棄はしてない」
「では、次回も今回と同じ陣形を?」
「うーん。それは多少変えてくるかもしれないな。どんなふうに変えるかは、俺にはさっぱりだけど」
ドレイクはおどけて両手を上げてみせたが、それは彼がアルスターに対して〝さじを投げた〟ということを意味していた。
文章や話はくどくても、自分たちにとっては親切な〝大佐〟だった。これまでの戦闘でも堅実に成果を上げていた。本当に彼はどうしてしまったのだろう。それとも、常々ドレイクが自分が指揮できる限界は三隻までと言っているように、アルスターの限界は一五〇隻までだったのだろうか。
「大佐」
ふと、ティプトリーが仕事モードの顔でドレイクを振り返った。
「たった今、『連合』の残存戦力、ゼロになりました」
「ということは、今回も粒子砲なしで、しかも、無人護衛艦は動かさずに〝全艦殲滅〟できたってことか」
ドレイクは感慨深く呟いたが、自隊は指揮官である自分の具体的な指示はほとんどなしで任務を完遂したという自覚はあるのだろうか。
「何はともあれ撤収だ。〈新型〉ならびに〈旧型〉の諸君、よくやった。特に〈旧型〉の諸君。よく頑張った。撤収してる無人艦にまぎれて戻れ。〈フラガ〉の近くで合流する」
インカムを通してそう命じた後、ドレイクはマシムたちのほうを向いて笑った。
「〈ワイバーン〉の諸君。ドックに入るまで気は抜くな。でも、よくやった。お疲れさん」
「……イエッサー」
マシムとシェルドンはそろって大きく息を吐く。ドレイクに『よくやった』と言われるまでは、彼らは戦闘モードから通常モードに戻れないのだ。
ドレイクとの会話に夢中になってしまってまったく見ていなかったが、今日もまた「連合」の艦艇を片っ端から撃ち落としていたのだろう。……申し訳ない。たぶん、機関席で就寝中のグインもイルホン同様まったく見ていなかったと思うが、彼は出撃前に徹夜仕事をしていた。自分と同列にしてはいけない。
「今日は〝殿下通信〟なければいいなあ……」
ドレイクがイルホンにしか聞こえないような小さな声で独語した。
しかし、それからわずか数秒後、彼のその願うだけ無駄な願いはやはり無駄に終わったのだった。
* * *
――特に〈旧型〉の諸君。よく頑張った。
ドレイクのささやかだが的確なねぎらいの言葉を、フォルカス以外の〈旧型〉乗組員たちは心の底から噛みしめた。
――本当に、今日の俺たちはよく頑張った。
無人砲撃艦群と共に「連合」右翼の〝左側〟を砲撃して、元ウェーバー大佐隊のいる〝右側〟へと押しやり、強制的に挟撃のパートナーにする。それも確かに大変だった。無人砲撃艦のふりをしなくてもよければ、今すぐ元ウェーバー大佐隊に通信を入れ、ああしろこうしろと言えるのにと何度も嘆いたが、そのうち向こうがこちらの意図を察し、挟撃用に隊形を変えてくれた。
ゆえに、彼らにとって最もきつかったのは、寝不足のため怒りの沸点が著しく低くなっていたフォルカスの罵詈雑言のほうだった。
彼の非難の矛先は常にアルスターなのだが、それを聞いているだけでこちらの神経がすり減らされる。お願いですからそんな公序良俗に反することは言わないでください、いつもの陽気で優しいあなたに戻ってくださいと心の中で血の涙を流す。
フォルカスの機嫌が直るなら、リクエストどおり〝息吹もどき〟でアルスターの〈カラドボルグ〉を撃ってやろうか、いやでもさすがにそれはまずいだろうと主にギブスンが葛藤しているうちに、「連合」の残存戦力がゼロになった。
危ないところだった。あともう少し長引いていたら、本当に〈カラドボルグ〉を〝息吹もどき〟で撃ち落としていたかもしれない。
「あれはもう〝栄転〟だろ、〝栄転〟!」
今回の目標である〝粒子砲なしで全艦殲滅(できたら無人護衛艦群の出張もなしで)〟が達成できたからか、フォルカスの怒りゲージは一気に下がった。同時に、周囲の安らぎゲージは一気に上がった。
「今回は何とか〝全艦殲滅〟できたが、あれをあのままにしといたら、いつか必ずできなくなるぞ!」
仮にも〝大佐〟を〝あれ〟呼ばわりである。だが、フォルカスが言っていること自体には同感だ。次回も同じことをするならまだ対処のしようもあるが、下手に変えられたら、また今回のような苦労をさせられる羽目になる。自分たちだけではない。スミスの古巣である元ウェーバー大佐隊も。
「大佐もたぶん、おまえと同じこと考えただろ。でも、〝栄転〟は殿下が決めることだからな」
会話できるレベルまでクールダウンしたようなので、キメイスは内心まだ少し不安を抱きつつもフォルカスに応えた。
「殿下に決めさせるのは大佐だろ」
しかし、やはりまだ腹立たしいのか、フォルカスはふてくされたように切り返す。
「でもって、大佐は〝在庫処分〟できる、あと二回は様子見しそう」
――本当に、第三者のことならよくわかるんだよな。
キメイスはそう思いながらも、口では別のことを言った。
「とにかく、フォルカス。おまえは基地に着くまで、また仮眠室で寝てろ。今日も整備するつもりでいるんならな」
「えー、むかつきすぎて眠れそうにねー」
「お願いです、眠ってください、整備監督。ウィルヘルムを見ならって」
「へ?」
冗談めかしてはいるが真剣なキメイスの指摘に、フォルカスだけでなく他の乗組員も、ウィルヘルムのいる機関席に目を向けた。
つい先ほどまで起きていたはずの彼は、再び眠りの国の住人に戻っていた。安全ベルトを装着した姿のままで。
* * *
「始まってみれば、右翼の圧勝だったな」
ドレイクの指示をラッセルたちに伝えた後、オールディスは薄く笑ってモニタを眺めた。
「右翼?」
ラッセルはオールディスを訝しく見やる。ちょうど二人の間――操縦席にいるセイルは、戦闘前も戦闘中もそして戦闘後の今も無表情のままだった。
「ダーナ大佐の右翼と、アルスター大佐の左翼。下馬評では完全にアルスター大佐だっただろ。まあ、ドレイク大佐はダーナ大佐のほうだったみたいだが」
「そうか?」
確かにドレイクは明らかにダーナに肩入れしている。が、それは右翼に不安があったからで、アルスターのことは信頼しているから特に何も言及しなかったのだとラッセルは解していた。
「そうだよ。ドレイク大佐は、アルスター大佐には以前どおりに動いてもらいたかった。というか、それしか期待してなかった。ところが、アルスター大佐がとんでもない方向に張り切ってくれちゃったもんだから、〈旧型〉および俺らの古巣が余計な苦労を強いられた」
「〈旧型〉がっ!?」
ラッセルが元ウェーバー大佐隊のことを口にする前に、それまでどんな話をされても無反応だったセイルが血相を変えてオールディスを見た。
「あー、大丈夫だよ。フォルカスくんは無事。ついでに〈旧型〉も無事。だから、前見て前」
さすがに驚いた顔はしたものの、オールディスはすぐにそう言ってにやにやする。
「い、いや、俺は別に、フォルカスのことだけを心配したわけでは……」
「俺らの前では隠さなくてもいいよ。もうバレバレだから。それより、ちゃんと前見て操縦してよ。これまで完璧に軍艦動かしてたのに、戦闘終了後に事故ってたら、それこそフォルカスくんにぶち切れられるよ?」
「わかった」
別人のように動揺しまくっていたセイルは、最後の一言であっさり元の冷静さを取り戻すと、ドレイクの指示どおり、無人砲撃艦群の中に違和感なくまぎれこんだまま、撤収を開始した。
――オールディスが、フォルカスをエサに六班長を操縦している……
ラッセルだけでなく、ディック、バラード、スターリングも戦慄していた。
オールディス自身が言っていたように、もともと変わったところのある男ではあったが、ここまでひどくはなかったように思う。ドレイク大佐隊に加入して変わったのか。加入して地が出てきただけなのか。今のオールディスはまさに水を得た魚だった。
「さて。今頃〈ワイバーン〉には〝殿下通信〟とやらが入っているのかな。インカム切られちゃったから聞けなくて残念。この艦隊のナンバー1とナンバー2が何を話すか、とっても興味があるのに」
口では残念と言いながら、ありふれたその顔は楽しげに笑っている。いや、今だけに限った話ではない。戦闘前からオールディスはずっとそうだった。
――元ウェーバー大佐隊員で、転属になっても変わっていないのは俺だけだな。
ラッセルはひそかに優越感のようなものを抱いたが、転属前だったら確実に顔をしかめていたに違いないセイルの元部下に対する異常な執着を、今の自分が軽くスルーできてしまっていることにはもちろん気づいていなかった。