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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【03】マクスウェルの悪魔たち(下)
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11 腹黒だらけでした

 パラディン大佐隊所属第十一班員エリゴール中佐は、あからさまに不本意そうな顔をして、護衛艦〈オートクレール〉の艦長席の左横に立っていた。

 できるものなら今すぐ退役したいと思っている彼に、上官の不興を恐れる必要はない。同時に、上官に媚を売るそれも。

 しかし、エリゴールの不機嫌に反比例するかのように、艦長席にいる彼の上官は近年にないほど上機嫌だった。


「本当にご機嫌ですね」


 〈オートクレール〉の副長――実質、この軍艦の艦長である壮年の男――が、エリゴールに自分の立ち位置を譲らざるを得なかったモルトヴァンにそっと耳打ちする。


「ええ……超ご機嫌です……たぶん、戦闘終了まで、あの状態が続くでしょう……」


 モルトヴァンは作り笑いで答えると、副長席の左隣にある、これまであまり座ることのなかった副官席のモニタに目を落とした。

 前回の布陣と今回のそれとの変更点は多々あるが、護衛担当にとっていちばん痛かったのは、元マクスウェル大佐隊一〇〇隻が砲撃に復帰したために有人護衛艦は二〇〇隻になってしまったことではなく、その有人護衛艦の前方に配置されていた無人護衛艦二〇〇隻が一〇〇隻に減らされてしまったことである。

 意外なことに、パラディンはそれを知っても驚愕も狼狽もしなかった。それどころか、予想どおりの配分だと笑ってさえいた。


 ――前回の戦闘で確信されたんだろう。ここの無人艦を使えば、粒子砲なしでも〝全艦殲滅〟できると。きっとまた足りないと思われたら、この無人護衛艦一〇〇隻も援護に向かわせるのだろうな。


 だが、護衛であるパラディンたちからしてみれば、無人護衛艦を減らされるのは、自分たちを守る〝盾〟を薄くされるのと同義である。

 エリゴールはまさにその不安点を突いた。時間と人員の都合上、十一班五隻・十二班五隻の混成班一班になってしまうが、それをパラディン大佐隊〝本隊〟――十一班長の命名だと彼は言った――を守る〝盾〟として、今回試験的に出撃させてみませんかとパラディンに提案してきたのである。

 最初に面談したとき、すでに〝盾〟のことは口にしていた。しかし、そのときはさすがに今回は間に合いそうもないと自分で却下していた。

 エリゴールの心変わりの動機はともかく、モルトヴァンは無謀だと思った。

 確かに、十一班・十二班はパラディン大佐隊の一部として護衛をした経験はある。だが、そのとき乗艦していたのは乗り慣れた砲撃艦で、〝本隊〟ともほとんど連携はしていなかった。

 多少の準備期間があればまだしも、出撃はもう明日。それでろくに整備もしていない上に一度も乗艦したことのない護衛艦に乗り、〝本隊〟のうちの一班の代わりに出撃する。この艦隊の護衛は〝置物〟と揶揄されているが、今回は〝置物〟では済まなくなる可能性もゼロではない。

 しかし、パラディンはにやにやしながらエリゴールの話を聞き――と言うより、エリゴールの端麗な顔を見ながらにたにたしていたような気もするが――一言即答した。


 ――うん。そうしよう。


 モルトヴァンよりもエリゴールのほうが唖然としていた。まさか一発採用されるとまでは思っていなかったようだ。だが、了承を得た後の彼の言動は、はっきり言って〝大佐〟並みだった。

 エリゴールはまず、自宅待機している元八班員・元十班員の自宅待機解除とドックへの緊急招集ならびにドックへ入るための登録手続きをするよう〝命令〟した。

 モルトヴァンがその〝命令〟の遂行に追われている間に、パラディンと〝本隊〟のどの班と混成班を入れ替えるかを協議し、結果、なんと従来一班(うち〈オートクレール〉含む)を先頭にしていた並び順を十班を先頭にするよう変更、その十班と混成班を今回は入れ替えるとした。

 エリゴールいわく、決してあってはならないことだが、撤退の際には旗艦(あたま)が先頭になるべきだ。つまり、撤退のため反転したとき、一班が先頭になるよう並び順を変えろと注文をつけたのである。

 エリゴールは転属されて来たばかりで班長ですらない。いや、班長でもここまで意見できるかどうか。〝大佐〟の指揮下には参謀班もあるが、これまでパラディンが彼らを頼ったことは皆無に近かった。

 しかし、それもまたパラディンはあっさり受け入れた。一班長と十班長に直接電話して変更を指示、ついでに〝臨時休業〟となる十班には、護衛艦の整備と操縦指導のため、大至急十一班と十二班のドックに向かうよう命じたのである。


(大佐……本当にエリゴール中佐に丸投げしている……)


 自分の仕事をしながら、モルトヴァンは呆れを通りこして恐れを抱いたが、当の本人はどこ吹く風で、『今度はどうする?』などと笑顔でエリゴールに訊ねていた。


 ――明日、自分は十一班の待機室で留守番をしたいのですが。

 ――却下。


 その判断を下すのに要した時間は最高に短かった。

 いま思えば、エリゴールは自分が退役する前に、元マクスウェル大佐隊員たちやパラディン大佐隊のためにやれるだけのことはやっていこうと考えたのだろう。だから、無茶を承知でパラディンに進言した。

 だが、そのパラディンにはエリゴールの退役を許す気はまったくない。この戦闘が終わったとき、二人の間でまた別の戦闘が始まる。正直、モルトヴァンにはそちらのほうが怖かった。


「おや。殿下は今回、中央の無人砲撃艦群は、旧型と新型の混成にしたんだね」


 シートの肘掛けに右肘をついた格好のまま、パラディンは艦長席のモニタを眺めてにやついた。

 前回、中央の無人砲撃艦群二〇〇隻はすべて旧型だった。しかし、今回は一〇〇隻増えて三〇〇隻になった上、彼が指摘したとおり、旧型と新型がランダムに入り交じった構成になっている。


「いったいなぜかな。……エリゴール中佐。わかるかい?」


 エリゴールは一瞬の停滞もなく、よく響く美声で答えた。


「わかりません」


 モルトヴァンをはじめとするブリッジクルーの表情が瞬時に固まる。が、それでもパラディンの顔から笑みは消えなかった。


「そうか。君がわからないんじゃ、私にわかるはずがないな。でも、私でもわかることが一つだけあるよ」


 思わせぶりなパラディンの発言を、今のエリゴールなら平然と無視しそうなものだったが、少しやりすぎたと反省したのか、それとも単に先を聞きたいと思ったのか、「何でしょう?」と静かに促す。


「ドレイク大佐だよ。ドレイク大佐のために殿下がそうした。きっと、今回は中央は旧型だけにしないほうが、ドレイク大佐にとって都合がいいんだろう」

「そうでしょうね」


 そっけなかったが、エリゴールはすぐに同意した。


「新型も交ざっていないと、都合が悪いのでしょう」


 パラディンはエリゴールを上目使いに見上げると、よりいっそう笑みを深めた。


「そう。今回は新型が必要なんだ。ドレイク大佐的に」

「結局、ドレイク大佐は二〇〇隻どころか、三〇〇隻を指揮することになりますね」


 淡々とエリゴールが言った。二人の会話に聞き耳を立てていたモルトヴァンは訝しく思って首をかしげる。――三〇〇隻? ドレイク指揮下の軍艦はあの〈ワイバーン〉一隻だけではなかったのか?


「確か、アルスター大佐が申請したときの大佐会議でだったかな。ドレイク大佐が言っていたよ。中央にうち以外の有人艦はいらない、むしろ邪魔って」


 一方、パラディンはますます嬉しくてたまらないように目を細めている。モルトヴァンには不可解としか思えなかったエリゴールの言葉が、彼のツボに大はまりしたようだ。


「あくまで有人艦は〈ワイバーン〉一隻ということにしておきたいらしい。まあ、そのほうが何かと都合がいいのは確かだね」


 顔はエリゴールのほうに向けたまま、パラディンは艦長席のモニタを一瞥した。


「殿下に無人艦を動かすことまで許されていると知られたら、さすがにこれまでみたいに、ドレイク大佐なら仕方ないって見逃してもらえないだろうしねえ……」


 * * *


 パラディン大佐隊所属第十二班班長ザボエスは、艦長席の窮屈なシート――出撃までに彼の体に合ったシートの調達・交換はかなわなかった――を嫌い、艦長席の前に寄りかかるようにして立っていた。

 彼が見ている前方のスクリーンには、新型の無人護衛艦群が映し出されている。そのスクリーンの仕様は、これまで乗艦してきた砲撃艦とさして変わらなかった。


「しかしまあ、やろうと思えば何とかなるもんだな。〝本隊〟の十班から全面サポートしてもらえたおかげもあるが、どうにかこうにか配置にはつけた」


 スクリーンを見つめたまま、ザボエスは愉快そうに笑った。山でばったり出会ったら、誰もがすぐに逃げ出していきそうな大男だが、笑うと妙に愛敬がある。そこも自分の班員たちだけでなく、パラディン大佐隊員たちにまで慕われる要因の一つになっているのかもしれない。

 ムルムスはそんな男の左隣に立っていた。ムルムスよりも頭一個分以上背が高く、体に至っては確実に二回りは大きい。しかし今、パラディン大佐隊に在籍しているマクスウェル大佐隊の元班長たちの中で、ムルムスが安心して話せる唯一の存在だった。

 ダーナ大佐隊で起こったことを知らないという点ではロノウェも同じだが、彼は残念なことに人はよかったが頭は悪かった。おまけにレラージュという副長がいる。あれは本当に厄介だ。顔だけでなく頭もいいのが特に。


「この()()にも、十班の班員に乗ってもらったほうがよかったんじゃないのか?」


 ザボエスにつられるようにしてムルムスも笑った。この軍艦に乗ってから、ようやくあれ以前のように心から笑えるようになった。

 どんな意図があったのか、パラディンはアンドラスとヴァッサゴには自宅待機を、ムルムスにはザボエスの軍艦に同乗することを命じた。最初、なぜ自分だけが出撃なのかとムルムスは失望したが、今はこれでよかったと思っている。宇宙にいれば、アンドラスに絡まれることもヴァッサゴに監視されることもない。


「そこはマクスウェル大佐隊元十班の意地。……って言いてえところだが、〝本隊〟様に身内の恥をさらすわけにはいかねえだろ」

「……そうだな」


 ここに来るまでにザボエスに話したことを思い返して、ムルムスは苦笑を漏らす。


「おまえらはダーナ大佐の〝上官命令〟に従ってダーナ大佐隊に飛ばされた。エリゴールは躾がめんどくさくなったからって言って、アンドラスたちに転属願書かせてダーナ大佐隊からも追い出した。……ほんとに、よくクビにされなかったな、エリゴール」

「口がうまいからな」


 苦々しくそう答えたものの、実際のところ、それはムルムスも不思議に思っていた。

 なぜダーナはエリゴールを処罰しなかったのか。エリゴールさえいなかったら、ヴァッサゴも自分に対してあれほど強気な態度には出られなかったはずだ。


「まあ、確かにな。転属初日からかっ飛ばして、二日目には俺ら出撃させて、自分は大佐の()()に乗ってんだからな。ヴァラクいない分、仕切り全開だ」


 いかにも痛快そうに笑うザボエスをムルムスは訝しく見上げる。

 以前からそのようなところはあったが、なぜザボエスやロノウェは、後から来て偉そうに自分たちを仕切るエリゴールに対して、反発どころか、むしろ進んで従おうとするのだろう。彼らもまたエリゴールに弱みを握られているのか。それなら〝平〟になった今が、エリゴールを潰す絶好の機会だと思うのだが。

 ムルムスがそうしないのは、今の自分もまた〝平〟であり、エリゴールに弱みを握られている立場だからだ。ヴァラクを〝悪魔〟と恐れる者は数多いが、ムルムスにとっては、エリゴールもまた〝悪魔〟である。これまでは二人の間にまっとうすぎる〝人間〟セイル(ただしフォルカス関係を除く)がいたから、悪魔性が中和されていたのだ。たぶん。


「ところで、ムルムス」


 これまでと同じ調子で、何気なくザボエスが言った。


「おまえがアンドラスよりもヴァッサゴに怯えてるのは何でだ?」


 エリゴールと違い、もともとムルムスはポーカーフェイスは得意ではない。しまったと思ったときには、顔に動揺を出してしまっていた。


「別に、怯えてなんか……」


 あわててそう答えても、認めたことにしかならないことは、自分でよくわかっている。が、他に答えようがなかった。


「そうか。俺にはそうは見えなかったがな。でも、ヴァッサゴにも同じこと訊いたら、アンドラスが一緒にいたからだろって言われたな。別に自分に怯えてたわけじゃないだろってさ」


 ――いつのまに。

 反射的にムルムスは思ったが、ずっとどちらかと一緒にいたわけではない。自分の知らないところで二人が話した時間もあっただろう……

 そのことに気づいたとき、ムルムスの全身から一気に血の気が引いた。

 なぜ忘れていた。ヴァッサゴがザボエスに話す可能性もあることを。ザボエスは何も知らないと勝手に思いこんで、自分に都合のいいことだけ話してしまった。自分があえて話さなかった都合の悪いことを、彼はヴァッサゴから聞かされていたかもしれないのに。


「何をそんなに怯えてるんだか知らねえが、ヴァッサゴはそれ以上のことは言ってねえ。ただ、おまえはちょっと〝口が軽い〟から、おまえの代わりに気をつけてやってくれって頼まれただけだ」


 ザボエスはにやにやしてムルムスを見下ろしたが、その黄色い目はまったく笑っていなかった。


「いやあ、ほんとに口かりぃなあ。おまえの口がそんなに軽かったとは、班長やってた頃には全然知らなかったぜ。でも、その口は何でも話すわけじゃねえんだな」


 この瞬間、ムルムスはパラディン大佐隊からも居場所を失った。膝からくずおれそうになり、艦長席にすがりつく。ザボエスは大きな体を屈めると、ムルムスの耳許で低く囁いた。


「ムルムス。俺らの〝身内の恥〟はてめえだよ」


 * * *


 皇帝軍護衛艦隊では一班十隻が基本となっているが、編隊の都合上、その十隻はさらに〝班長隊〟と〝副班長隊〟の二隊に分けられている場合がほとんどである。たいていは、第一号から第五号が〝班長隊〟、第六号から第十号が〝副班長隊〟ということになっている。

 今回の出撃にあたり、パラディン大佐隊所属第十一班(約半分)と同十二班(約半分)は、電話による平和的話しあいにより、十一班が〝班長隊〟、十二班が〝副班長隊〟ということになった。もちろん今回限定、便宜上の割り振りである。

 だが、やはり護衛艦は砲撃艦と勝手が違うということで、十二班班長ザボエスが乗艦している十二班第一号を除いては、パラディン大佐隊所属第十班の班員がサポート要員として同乗し、操縦も行うことになった。褐色の薄毛がひそかな悩みのゲアプ中尉は、十班第一号の操縦士をしているという理由だけで、十一班第一号を操縦することになったのである。

 十一班第一号には、十一班班長ロノウェが乗艦していた。ザボエスには少し人外な雰囲気があるが(そこがいいのだという一部マニアあり)、ロノウェは見た目は無精髭を生やした粗野なおっさんである。しかし、その副長レラージュは、副長だとは信じられないほど若く美しい金髪緑眼の青年だった。……見た目だけは。


「屈辱です」


 ゲアプの背後にある副長席付近で、そのレラージュがまた呟いた。ロノウェの濁声に対して、透き通るようなきれいな声をしているが、抑揚はきわめて少ない。聞けば聞くほど背筋が寒くなってくるのはなぜだろう。


「まだんなこと言ってんのかよ」


 なぜか艦長席ではなく副長席に座っているロノウェが、呆れたようにそう言った。聞き慣れれば、彼の悪声のほうが好ましく思えてくる。


「だって、うちは〝班長隊〟なのに、操縦士は自前じゃないんですよ? 十二班の操縦士にできることが、どうしてうちの操縦士にはできないんですか?」

「ああッ、すみませんッ……!」


 ゲアプの隣の副操縦席にいる十一班の操縦士が、前を向いたまま小声でまた謝った。レラージュに責められているはずなのに、その表情はどこか恍惚としているように見える。


「んなこと言ったって、できねえもんはしょうがねえだろうが。それに、自前なのはザボエスが乗ってる一隻だけだろ? たぶん、いちばん操縦うまいの、自分とこに回したんだよ」

「……姑息な真似を」

「そんなとこで張り合うなよ。本当に負けず嫌いだな、おまえは」

「負けず嫌いで結構です。負けてばっかりの班長と一緒にしないでください」

「……ああ。おまえはおまえの信じる道を行け。俺らはその後をついていく」


 ――この班……おかしい……?

 ゲアプがようやくそのことに気づいたとき、ゼロ・アワーは目前まで迫っていた。

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