07 我が主と言ってみました
三度、謁見の間に姿を現したドレイクは、最初に顔を合わせたときのように、「連合」の軍服を着ていた。
「やはり、その制服が気に入っているのか?」
壇上からアーウィンが頬杖をついたまま嫌味を言うと、ドレイクはにっこり笑った。
「いえ。演出です」
ヴォルフには意味がわからなかったが、アーウィンはかすかに笑った。
「なるほど。よほど恨みのある相手らしい」
「もっと恨みのある相手は、先日〝殿下〟に〝処分〟していただきました」
「別におまえのためにしたわけではないが。本当にあの砲撃艦一隻でいいのか?」
「結構です」
――んなわけないだろ。
喉まで出かかったその言葉を、ヴォルフは必死で呑みこんだ。
「それでは〝殿下〟、行ってまいります」
これまでの態度が嘘のように、ドレイクは一礼して立ち去りかけた。が、ふと足を止めてアーウィンを振り返る。
「〝殿下〟」
「何だ?」
「嘘でもいいから、『必ず生きて帰ってこい』って言ってもらえませんか?」
アーウィンもヴォルフもあっけにとられたが、アーウィンは不承不承ながらも言われたままを口にした。
「……必ず生きて帰ってこい」
にやりとドレイクは笑った。と、右の握り拳を天井に向かって突き上げる。
「はい、我が主!」
すぐに踵を返して悠々と謁見の間を出ていったドレイクを、アーウィンとヴォルフは無言で見送った。
「……何なんだ」
何が起こったか理解できないようにアーウィンが呟く。
ヴォルフも同感だったが、思いついたことを答えてみた。
「とりあえず、言ってみたかったんじゃないか?」
「私はまだあの男を雇ってはいないぞ」
「それとはまた別の問題だと思うが」
「とにかく、〈フラガラック〉で先回りする」
椅子から立ち上がり、壇上の端にある出入口に向かって走り出す。
その後を追いかけながら、淡々とヴォルフは言った。
「今ふと思ったが、おまえの行動はストーカーとさして変わらんな」
* * *
「確かに、どうやってこのドックから船を出し入れしてるのか、不思議に思ってはいたんだよねえ」
ドレイクは腕組みしたまま、真面目くさった顔で何度もうなずいた。
「まさか床が動くとは。しかもそのまま発射装置まで運べるとは。スケールでかっ」
ここの発射装置は、下りのないジェットコースターのレールのような形状をしている。ドックから運ばれてきた船は、まず装置のフックによってレールのスタート地点に移しかえられ、そこで乗組員が乗船する。船は発射装置のフックに引っ張られるような形で加速して、宇宙へと飛び立つのだ。
ドレイクは今、見送りのイルホンと一緒に、砲撃艦の到着を待っていた。
「ここのドックはそういう仕組みになってますけど、他にもいろいろありますよ。たとえば、無人艦用のドックは大気圏外の軍港と併設されてたりしますし」
「なるほどね。そうやってコストダウンしてるのか。……無人艦の装甲は大気圏突入したら燃えちまうだろ?」
目を丸くしているイルホンを見て、ドレイクは得意げに笑ってみせる。
「破片を回収したこともあるが、撃ってりゃわかる」
「そういうものですか」
「そういうものです」
初日を含めて三日の間に、ドレイクはほとんどのことを一人でこなした。
もっとも重要な、航法コンピュータをはじめとするコンピュータへの入力作業(敵――ドレイクにとっては〝元味方〟だが――の位置情報等は、情報部がリアルタイムで提供した)。操作系統の統合。装備の点検。整備の確認。シミュレーター機能をフル活用したシミュレーション……
初日以外に会話はほとんどしなかったが、それらを見ているだけで、ドレイクがすべてを部下まかせにしていた上官ではなかったことははっきりわかった。
(もしかして、殿下はそれを確かめたくて、あんな無茶な命令をしたのかな)
そんなことを考えてもみたが、それでも一人で二〇〇〇隻を殲滅しろとはあまりにも無茶すぎる。
「おう。来た来た」
轟音と共に運ばれてきた砲撃艦を見て、ドレイクは嬉しげに笑った。
大変そうではあったが、その反面、新しいおもちゃで遊んでいるかのように楽しそうでもあった。実は新し物好きなのかもしれない。
「できたらシミュレーションじゃなくて、一度実際に飛ばしてみたかったんだけどなあ。ぶっつけ本番だよ」
ドレイクは溜め息をつくと、イルホンを振り返った。
「じゃあ、行ってくるから。いろいろ世話になったね。ありがとう」
普通に考えたら、生きて帰れるはずがない。しかし、ドレイクの表情にはまったく悲愴感はなかった。
「あ、あの! 大佐!」
思わず、イルホンは呼び止めていた。
「俺、あれから考えたんですけど、ザイン星系の植民地、全部独立させるっていうのはどうでしょう!?」
ドレイクは面食らったような顔をしたが、すぐに笑ってイルホンの肩を軽く叩いた。
「もう一越えだ、イルホンくん。植民地の全部が全部、『帝国』みたいになれるわけじゃない。考えろ、考えろ。時々休憩挟みながら、考えつづけろ。考えることをやめたら、そこで終わりだ」
そう言って、ドレイクは搭乗した。そして、彼のその言葉は、そのままイルホンの座右の銘となった。
* * *
ドレイクの砲撃艦は、あっというまに青空に吸いこまれて見えなくなった。
それを〈フラガラック〉のスクリーンで眺めていたヴォルフは、驚嘆を通りこして唖然としていた。
「本当に三日で動かしやがった……」
「飛ばすくらいならできるだろう。あれは経験が浅い者でも扱えるようにできている」
艦長席でアーウィンがすげなく言う。
今は戦闘時ではないため、この〈フラガラック〉には、アーウィンとヴォルフ、そしてキャルしか乗船していない。
「でも、あいつはそういう船を、あれだけの中から選び出したわけだろ? それってすごいことじゃないのか?」
「気づけなかったら、その時点で不採用だ」
その一言で、アーウィンはあえてあの新型艦が収容されているドックをドレイクに見せたのだとヴォルフは悟った。
(採用したいんだか、したくないんだか……)
とりあえず、ここまではアーウィンの採用基準をクリアしているらしい。
「キャル。あの変態はいつあの艦隊と接触する予定になっている?」
キャルは定位置のアーウィンの左隣から即答した。
「敵艦隊の航行速度に変化がなければ、約六時間後です」
「航行予定図を出してくれ」
「はい、マスター」
すぐにスクリーンに敵艦隊とドレイクの砲撃艦との位置関係を示す略図が表示され、最終的にどの空間座標で接触するかがシミュレートされる。
だが、それを見たヴォルフは引きつった笑みを浮かべた。
「おいおい、ちょっと待て。何で〝航行予定図〟なんてものが、この船でわかるんだ?」
「……キャルはうちの艦艇とはすべて同調できる」
「それってわかりやすく言い換えると、他人の予定を勝手にこっそり覗き見できるってことか?」
「予定がわからなければ先回りできまい」
開き直ってそう返してきたアーウィンを、ヴォルフは冷ややかに罵った。
「このストーカーがっ!」