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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【01】連合から来た男
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05 殿下に会えました

 「帝国」皇帝軍護衛艦隊の基地は、「帝国」領十星系のうち、第二星系内の惑星コクマーにある。

 形式上、初代レクス公爵が初代皇帝から拝領したことになっているこの星は、星全体が護衛艦隊のものであると言っても過言ではなく、その住民の大半は護衛艦隊関係者である。

 その護衛艦隊総司令部の謁見の間に、後ろ手に拘束され、二人の衛兵に挟まれて、エドガー・ドレイク大佐は現れた。

 ヴォルフが思っていた以上に長身で――アーウィンよりも少し高い――兵士たちよりも引きしまった体つきをしている。

 彼は壇上の椅子に座っているアーウィンを見上げると、嬉しそうににやにやした。


「よう。ようやく直接会えたな。本物は数段美人だ。やっぱ何でも生がいいな、生が」


 一応捕虜の不遜な態度に、兵士たちはとっさに殴りつけようとしたが、寸前でアーウィンが止めた。


「かまわん。言わせておけ」


 兵士たちは拍子抜けしたように互いの顔を見合わせたが、司令官の命令は絶対だ。そのままおとなしく引き下がる。

 アーウィンは椅子の肘掛けに右肘を載せた格好のまま、冷ややかに言った。


「途中で爆発にでも巻きこまれてしまえばよかったのに」


 ――よく言うよ。

 アーウィンの斜め後ろに立っていたヴォルフは、心の中で彼に毒づいた。

 ドレイクが救助されたと知って、すぐに〈フラガラック〉に連れてこい、それが無理なら自分がそちらに行くと言い張るアーウィンを、向こうもまだ目覚めていないそうだから会うのは基地に帰還してからにしろと、ヴォルフが必死で止めたのである。

 実際のところ、ヴォルフはアーウィンを護衛したことよりも制止したことのほうがはるかに多い。見かけによらずこの殿下は直情径行(ちょくじょうけいこう)で腕力もあるのである。しかし、それを知らないドレイクは、アーウィンの心にもない悪態に苦笑した。


「つれねえなあ。あんたに会いたい一心で、幽霊になって飛んできたのに」

「は?」

「今の俺は、『連合』ではたぶん死人だ。裏切り者になろうとしたら、その前に部下に眠らされて、脱出ポッドに押しこまれちまった」


 アーウィンはかすかに笑って目を伏せた。


「いい部下を持ったな」

「まったく。こんなろくでもない上司には、もったいない奴らだった」

「おまえのあの軍艦(ふね)は沈んだが、乗組員は脱出できたようだ」


 しばらく間をおいてから、ドレイクは感慨深そうに言った。


「そうか。そいつはよかった。あの軍艦(ふね)には愛着あったんだけどな。まあ、仕方がない」

「あの軍艦(ふね)で、よくもあのような芸当ができたものだ」

「部下が優秀だったのさ。適当なところで撤退したかったんだが……予定は未定だ」

「裏切り者になろうとしたと言ったな。なぜだ?」

「恥ずかしい話だが、戦闘中に軍艦(ふね)ごと味方に殺されそうになってなあ。部下を道連れにするわけにはいかんから、俺だけ『帝国』に亡命することにした」

「なぜ『帝国』に?」

「そりゃ、あんたがいたからだよ、〝殿下〟」

「そういえば」


 ふと、アーウィンは不快そうに眉をひそめた。


「今までうっかり訊き忘れていた。おまえのあの発言の真意は何だ?」

「発言?」

「……私に『好きだ』と叫んで逃げた」

「ああ、あれか。……言葉どおりの意味だけど?」


 ドレイクは笑って答えたが、彼以外は全員固まっていた。


「あんなことを言うために、わざわざあんな危険な真似をしたのか?」


 気を取り直したアーウィンが、再びドレイクに訊ねる。


「あんなことって、思いをアピールするのはとっても大事なことだと思いますけど?」

「部下思いのおまえが、それだけが目的であんなことをするはずがないだろう」

「さすが〝殿下〟。痛いところを突くね」


 言葉とは裏腹に、ドレイクの顔は嬉しげに笑っていた。


「あんたが好きだっていう気持ちに嘘はないが、どうせならいろんなことを試してみたいと思ってね。最終目的は、あんたたちに戦闘不能になった無人艦の後始末をしていってもらうことだった」

「後始末?」

「俺たちは戦場跡で〝回収業〟をしてたからな。あの〝時限爆弾〟が邪魔で危険で仕方なかった。おかげでその後は回収が楽になったよ」

「……抜け目のない男だな」

「死ぬリスクを少しでも減らすためだ。もう一度言うけど、あんたが好きだっていうのはほんとだよ?」

「何度も繰り返すな、この変態がっ!」

「いいなあ、その罵倒。あんたに言われると余計たまらん」


 強がりではなく、本当にそう思っているらしく、ドレイクはますますにやにやする。

 今までこういう相手と会ったことのないアーウィンは、すっかり頭を抱えていた。


「おまえなど、そのまま『連合』に送り返してしまえばよかった」

「でも、そうしなかったってことは、俺にもいくらかの利用価値があると思ったからだろ?」

「見こみ違いだったかもしれないと思いはじめているところだ」

「そうか。それならそれでいいが、これだけは言っとくよ。俺はあんただけは絶対に裏切らない。あんたにならいつ殺されてもかまわないぜ」


 自軍に殺されかけて逃げてきた黒髪の男は、そう言って笑った。


 * * *


「やはり、変態だった……!」


 ドレイクを下がらせた後、アーウィンは力尽きたように肘掛けに突っ伏した。


「まあ……そうだな。おまえにしてはよく耐えた」


 口ではそう言っていたが、内心ヴォルフは驚いていた。このアーウィンなら、あんな変態発言をされたら、即刻殺してしまいそうなものだが。


「で? 結局、あの男をどうする気なんだ? まだスパイの可能性も捨てきれないだろ?」

「あの男がスパイだとしたら、ずいぶんと手のこんだ芝居をするものだ」


 アーウィンは何とか上半身を起こして、背もたれに寄りかかった。


「我々が気づくかどうかもわからないのに、味方にレーザー砲を撃たせて回避したことになる」

「ということは、おまえはスパイだとは思っていないわけだ」

「ヴォルフ。……おまえもだろう?」

「まあな。一応言ってみただけだ」


 ヴォルフはおどけて、大きな肩をすくめてみせる。


「『連合』内部が荒れているとは聞いていたが……まさか、あの男を切り捨てようとするとはな。変態だが有能なのに」

「そこだけは認めてるんだな、相変わらず」

「無人砲撃艦一〇〇〇隻を、あと少しですべて撃ち落とすことができた軍艦(ふね)の艦長だぞ。しかも『連合』の軍艦(ふね)で。正直、有人艦の艦長として欲しい。うちは有人艦と無人艦の出来の差があまりにも大きすぎる」

「逆に言うと、無人艦の出来がよすぎるんじゃないのか?」

「それのどこが悪い。無人艦と同じことしかできないのなら、人が乗っている分、始末が悪い。使い捨てにすることもできん」

「なら、あの男をおまえの配下に置くのか?」


 アーウィンは自分の額を覆うと、深い溜め息を吐き出した。


「変態でさえなければ、今すぐそうするんだがな……」


 * * *


 「連合」から「帝国」へ亡命する人間の数は、実は少なくない。平均すると、年に約一万人。彼らは厳しい審査を経た後、ようやく帰化を許されるが、その人数は約九千人。消えた約千人は〝問題あり〟として〝処分〟されたことになる。

 本来なら、その〝問題あり〟の中に含まれるだろう男は、意外なことに基地の一角に狭いながらもシャワールームつきの一室を与えられ、悠々自適に時を過ごしていた。

 ただし、その部屋には通路側にしか窓はなく、その窓も出入口も外からしか開閉できないようになっていて、室内にテレビや端末など情報を入手できるものはいっさい置かれていなかったが。

 いかなる運命のいたずらか、そんな男の世話係に、総務部所属ダン・イルホン少尉は任命されてしまった。中肉中背。褐色の髪と灰色の瞳。人畜無害そうに見えるとよく言われる。もしかしたら、それが任命理由だったのかもしれない。イルホンにとっては迷惑な話だが、命令には逆らえない。今日も彼は男の部屋の窓を開けて声をかける。


「大佐、食事です」

「あいよー」


 間延びした返事をして、男はベッドから起き上がった。また寝ていたらしい。

 食事が載せられたトレーを手渡すと、男は人懐こい笑顔で言った。


「いつもすまないねえ、エロホンくん」

「イルホンですっ!」


 自己紹介のときは本当に聞き間違いをしたのかもしれないが(それも怪しい)、その後はこうしてイルホンにたびたび嫌がらせをする。

 ――エドガー・ドレイク大佐。「連合」から「帝国」に亡命してきた軍人。

 のはずだが、イルホンにはとても軍人とは思えない。確かに、長身で鍛え上げられた体をしてはいるが、髪や髭の手入れはまったく怠っている。唯一それらしいのは、長い前髪に隠れがちな左目の下の古傷だが、冷静に考えてみれば、闇業界の人間の顔にも普通にありそうである。


「あ、そうだ、イルホンくん」


 イルホンが立ち去りかけると、珍しくその男に呼び止められた。


「君、高校時代の教科書とか、まだとっといてある?」

「は?」

「いやー、おじさん、『帝国』のことにはとんと(うと)くてねえ。今、やることなくて暇だから、この機会に学習しとこうと思って」

「教科書ですか。一応上に訊いてみて、許可が出たら持ってきます」

「そりゃそうだ。悪いけど、よろしくね」


 左手でトレーを運びながら、ドレイクはイルホンに右手を振った。


 * * *


 イルホンのような〝留守番組〟の間でも、ドレイクが軍艦一隻で無人砲撃艦一〇〇〇隻近くを撃ち落としたことは半ば伝説のように語られていた。そして、とてもそうは見えないということで意見は一致していた。


「殿下はあのおっさんをどうしようと思ってるんだろうな」


 自分の席に戻ったイルホンに、隣席にいた同僚がふとそんなことを言った。


「情報とかいろいろ制限はされてるけど、わりと待遇はいいし」


 この同僚はイルホンの代わりに何度かドレイクに食事や着替えを届けたことがある。やはり愛想はよかったそうだが、あくまでイルホンの代理だったからか、名前は訊かれなかったそうだ。


「殿下は自分の部下にするつもりでいるんじゃないかな」


 イルホンが考え深くそう答えると、同僚は虚を突かれたような顔をした。


「え? 元『連合』の人間をか?」

「それも含めていろいろ問題はあるけど、できる人らしいから。そうじゃなかったら、とっくの昔に殺されてると思う」

「ああ……殿下は綺麗な人だけど、容赦ないからな……」

「大佐はそこがいいらしい」

「え? おまえ、〝大佐〟って呼んでんの?」

「いちばん呼びやすいから」

「別に尊敬してるわけじゃないんだな」


 * * *


「大佐。許可が出たんで持ってきました」


 イルホンが教科書のつまったバッグを持っていくと、ドレイクは嬉しそうに笑った。


「へえ。これは見せてくれるんだ。意外」

「ただしこれ、俺が使ってたやつじゃなくて、現行の新品の教科書です」

「え、わざわざ?」

「返さなくてもいいそうなんで、ゆっくり読んでください」

「お手数おかけしましたねえ」

「いえ、仕事なんで」

「ドライだねえ」


 だが、次に顔を合わせたとき、ドレイクは開口一番、苦情を訴えた。


「イルホンくーん。『保健体育』がなかったよ」

「あ、それは許可が出ませんでした」

「……もしかして、〝殿下〟が許可出ししてる?」

「俺は直属の上司に言いましたが、最終判断はたぶん」

「ふん、いいさ。『生物』で妄想する」

「……教科書、面白いですか?」


 何となくそう訊ねてみると、ドレイクはにやりとした。


「面白いね。特に歴史が。いかに『連合』が憎まれているかよくわかる」

「そういうの、見るの嫌じゃないんですか?」

「いや、逆。だって俺、『連合』が嫌になって亡命してきたおっさんよ?」

「ああ、そういえば」

「でも、皮肉だな」

「何がですか?」

「『帝国』はザイン星系の植民地だったから、俺はこうして話もできるし、教科書も読める」

「……確かにそうですね」

「イルホンくんは、『帝国』生まれの『帝国』育ち?」

「あ、はい。そうです」

「〝全艦殲滅〟っていうのは、イルホンくんみたいな人間だけが言うことを許される言葉だよねえ……」


 しみじみと言うドレイクを見て、イルホンは少しだけ、この男を尊敬した。

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