18 七班長は仕切ります
「あの三人も誘ってあげればよかったのに」
珍しく、今日は食堂に来たマシムは、もそもそパンを食べながら、自分の向かいの席にいるフォルカスを見やった。
「あの三人見てると、マクスウェル大佐隊にいた頃を思い出すから嫌だ」
フォルカスはスプーンを握ったまま、不快そうに顔をしかめた。
「そんなにひどい隊だったんですか? マクスウェル大佐隊」
成り行きでマシムの右隣に座ることになったギブスンが、フォルカスではなく、フォルカスの左隣にいるキメイスのほうに訊ねる。
ちなみに、ティプトリーとシェルドンは当然のように別テーブルである。そこに突っこむ野暮天はドレイク大佐隊内には存在しない。
「まあ……居心地よかった奴にはよかっただろうけどな。俺とかフォルカスには悪かったってことだ」
キメイスもマクスウェル大佐隊にいた頃のことは思い出したくないのか、曖昧な表現でごまかした。
「あの整備三人は真面目そうに見えたが……」
そのキメイスのさらに左隣にいるラッセルが首をかしげると、フォルカスは渋々うなずいた。
「確かに、俺がいた班は班長が強かったから、わりと規律はとれてましたよ。でも、ほとんどは……わかるでしょ?」
ラッセルは目線をそらせて呟いた。
「……〝護衛艦隊の愚連隊〟」
「え、そんなの初めて聞いた」
そう声に出したのはギブスンだったが、マシムも驚いたように目を見開いている。
「殿下がここの司令官になってから、少しはましになったんだ」
「少し……」
「ウェーバー大佐隊もマクスウェル大佐隊と同じようなものだったと思うが、マクスウェル大佐隊から転属されて来た奴らは、皆あそこよりはましだと口をそろえて言った」
「よかった……」
心底ほっとしたようにギブスンが言った。
「そんな隊に配属される前に、うちの隊に入れて……」
皇帝軍と宇宙軍とでは様々な違いがあるが、その一つが前者には下士官が存在しないことである。つまり、原則、士官学校卒業者でなければ皇帝軍には在籍できないのだ。
皇帝軍護衛艦隊の場合、在籍してから二年間は〝訓練生〟として扱われ、護衛艦隊に特化した教育・訓練を課せられる。
無論、〝訓練生〟の間は大佐隊には配属されない。マシム、ギブスン、シェルドンは、実は極めて異例な隊員たちなのだった。
「そんな隊に俺らは配属されちまったんだよう!」
フォルカスとキメイスが声をそろえて訴える。
「絶対あそこだけは嫌だと思ってたのに! ……あの頃は、金とコネで配属先が決められてたってのはほんとかな」
「それは本当かもしれない。俺はウェーバー大佐隊に配属されたからな」
「同期の金とコネのある方々はどちらに?」
「護衛担当の隊のどれかに」
「ああ……それは間違いない」
ラッセル以外の一同は何度もうなずきあった。
「ドレイク大佐、ありがとうございます! だから、操縦士一人入れてください!」
「まだあきらめてなかったのか、ギブスン」
「出撃当日まで、俺はあきらめない」
「出撃当日はさすがに無理だろ」
「来週あたり、そろそろその出撃がありそうだが」
ラッセルがそう言うと、とたんにギブスンはあせりだした。
「え、早くしないと間に合わない!」
「おまえ、もう訓練始めてるじゃないか」
「そっちの間に合わないじゃない……」
うなだれているギブスンを見て、フォルカスが慰めるように笑う。
「大丈夫。おまえじゃ無理だと思ったら、きっと大佐が〈新型〉操縦するよ」
これには別テーブルにいたティプトリーとシェルドンまで一緒になって叫んだ。
「マジですか!?」
「ああ。大佐、〈新型〉なら二回操縦してるし。〈旧型〉はスミスさんに操縦してもらって、おまえは前回みたいに砲撃すればいい」
「わあ……夢のような割り振り」
「もし現実にそうなったら〈新型〉に乗りたい……」
「ただ、問題は〈ワイバーン〉に〝殿下通信〟が入ったとき、どうやってごまかすかだ」
「殿下通信?」
怪訝な顔をしたラッセルに、フォルカスが真顔で答える。
「ドレイク大佐隊の秘密その一です。〝心の上官〟がいる人には明かせません」
「ええっ!?」
「いや、ラッセルさん。単に戦闘終了後に殿下が〈ワイバーン〉に入れてくる映像通信のことです。目的は大佐と話すことのみです」
「キメイス、何で教えちゃうんだよ。重要機密なのに」
「これは重要機密っていうほどのもんじゃないだろ」
「確かに……それも驚きではあるが、〈新型〉と〈旧型〉の存在を知った今では、ささいなことのように思えるな」
「そうか、そっちのほうが〝重要〟か」
「どうやってごまかすかか……『今、トイレに行ってます』?」
「殿下なら、出てくるまで待つって言いそう」
「『長引きそうなので、こちらから折り返し通信入れます』?」
「〈新型〉から通信入れたらバレるよな?」
「バレるな。それなら最初から素直に、『今日の大佐は諸事情により〈新型〉に乗艦しています』って言っちまったほうがいいな」
「というわけで、もし大佐が〈新型〉の操縦士になったら、〈新型〉の皆さんも映像だけど殿下に拝謁できます」
フォルカスはラッセルに向き直るとにっこり笑った。
「そ、それはすごい……」
「でも、その可能性はものすごく低いです。どうしても殿下が見たかったら〈ワイバーン〉の乗組員になってください。競争率むっちゃ高いですけど」
そう言って、おもむろに立ち上がる。
「そろそろ時間だ。後半組と交替しないと。スミスさんたちはまた時間内に戻ってこれないかもしれないな」
「しまった!」
ラッセルははっと顔色を変えた。
「君たちと昼食をとったことを知られたら、あいつらに恨まれる! 特にディック!」
「何でですか?」
キメイスが不思議そうにラッセルを覗きこむ。
「いや、その……理由はスミスに訊いてくれ……」
「はあ……?」
不可解げな年下の〝先輩〟たちを見渡してラッセルは思った。
――若いうえに顔もいい。確かにここはパラダイス。
* * *
基地への帰還途中、セイルはダーナから、基地に到着しだいマクスウェルの執務室だった部屋に出頭するよう命じられた。
当然、他の班長たちも同じ命令を受けたものと思いこんでいたのだが、入室許可を得て中に入ると、執務机の前に立っていた班長はヴァラクだけだった。
「おまえで最後だ」
セイルの表情で何を考えているのかわかったのか、ヴァラクはにやにやしながら言った。
「ここに呼び出された班長は、俺とおまえの二人だけだよ」
「え?」
そのダーナは執務机にいて、組んだ両手の上に顎を乗せていた。この大佐がそんなリラックスした格好でいるのを、セイルはこのとき初めて見た。
「なぜ、自分たち二人だけを?」
セイルの問いに、ダーナはかすかに笑った。
「隊の勝利に貢献していても、〝死んだ〟班長たちを呼び出すことはできん」
子供じみた屁理屈だと顔には出さずにセイルは呆れた。ようは、自分たち以外の班長と話はしたくなかったということなのだろう。
「約束どおり、この部屋はおまえたち二人のうちのどちらかのものだ。隊名も同様。決め方はおまえたちに任せるが、今すぐここで決めろ」
「は?」
セイルはあっけにとられたが、ヴァラクはすでにその話をされていたのか、自分より身長のある彼の背中をばんばん叩いた。
「ということだ。どうする? じゃんけんでもするか?」
「何を言って……当然おまえだろう。おまえなら誰もが納得する」
セイルが顔をしかめて答えると、ヴァラクはダーナに向き直った。
「ほらね。言ったでしょ。この男はこう答えるって」
ヴァラクのくだけた口調にセイルはあせったが、ダーナは別段気分を害したふうもない。
「なるほどな。確かにおまえの言うとおりだ。では、十四班長。この部屋はおまえのものということになるが、答えは先ほどと変わらないか?」
「はい。変わりません。この部屋はダーナ大佐殿、あなたにお返しいたします。どうぞお好きなようにお使いください」
「隊名のほうも先ほどと同じか?」
「同じです。……〝元マクスウェル大佐隊〟でお願いいたします」
驚きのあまりセイルが言葉を失っていると、それに気づいたダーナが愉快そうに目を細めた。
「十四班長。十三班長が驚いているぞ。本当にそれでいいのか?」
「まあ、この部屋の主がダーナ大佐殿であるなら、隊名も〝ダーナ大佐隊〟としなければならないところですが、それではあちらと区別がつきませんので。すでにここを去られておられますが、あえてお名前を残させていただきます。忘れないために。愚かだったことを」
「復讐か? 自虐か?」
「それはご想像にお任せいたします。それより、一個の隊として存在を認めていただけるなら、大佐殿にお願いしたいことが三つあるのですが、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「とりあえず、すべて聞こう。それから回答する」
「ありがとうございます」
ヴァラクはにこりと笑うと、軽く頭を下げた。
「では、まず一つ。班長の数を現在の五人から十人に戻させてください。ドックが十隻単位になっているので、一人二十隻では軍艦も部下も管理しづらいのです。
二つ。班長・副班長の解任・任命の判断を自分に一任してください。大佐殿にはその承認をお願いいたします。もちろん、お気に召さなければ差し戻しされてもかまいません。ただし、大佐殿のご指名に無条件に従うことはありませんのでご了承ください。
三つ。我々の〝十四班長〟〝十三班長〟という呼称を、元の〝七班長〟〝六班長〟に戻してください。一個の隊として独立したなら、もう続き番号にする必要はないと思うのですが。自分は〝元マクスウェル大佐隊の七班長〟が気に入っております」
言葉遣いはこの男にしては丁寧だったが、言っている内容は一班長の権限を完全に越えている。これにはさすがに立腹するだろうとセイルがダーナの様子を窺うと、彼は表情はゆるめたまま即答した。
「よろしい。すべて理にかなっている。認めよう」
「ありがとうございます」
――申し出たほうも、認めたほうもどうかしている。
十三班長改め六班長・セイルは呆然として二人を眺めていたが、十四班長改め七班長・ヴァラクはさらに彼を唖然とさせる行動に出た。
「実は大佐殿。班長・副班長の選定はすでに済んでおります。このような形で申し訳ありませんがご確認ください」
そう言いながら、折りたたまれた紙を一枚、懐から取り出すと、ダーナの前に滑らせるようにして置いたのだ。ダーナはすぐにそれを広げ、ざっと目を通した。
「準備のいいことだな。いったいいつから考えていた?」
「考えていたのは〝十四班長〟になってから。こうしてリスト化したのは昨日です」
「演習を行う前から、三班長と四班長は〝平〟にするつもりでいたのか」
ダーナの言葉を聞いて、セイルは思わずヴァラクを見た。
「はい。もしダーナ大佐隊でご入り用でしたら、遠慮なくどうぞ。お詫びにドレイク大佐隊に転属願を出した四十六人、こちらで引き取らせていただきます」
「それでは得するのはそちらばかりではないか。三班長はわかるが、四班長は何が気に入らない?」
「いろいろありますが、自分の身を守るために部下を見捨てるところが特に」
「ほう。だが、今日のおまえたちは同僚たちを見捨てたのではないのか?」
ダーナの指摘にセイルは動揺したが、ヴァラクはまったく動じない。
「誤解があるようですが、自分はこの六班長とだけ打ちあわせなど行ってはおりません。もちろん演習中もです。お疑いなら、軍艦の通信記録をお調べいただいても結構です」
「では、おまえたちは何の打ちあわせもなしに、あのような作戦をとったというのか? ……六班長」
「え、私ですか?」
いきなり指名されてセイルは戸惑った。が、隣のヴァラクが助け船を出してくれる気配はない。仕方なく拙い答えを返す。
「はい。七班長は必ず自分で大佐殿の軍艦を撃ちにいくと思ったので、私はその援護に回りました。作戦と言えるほど高尚なものではありません。条件反射のようなものです」
「ふむ。おまえの口からそう言われると、素直に信じる気になれるな」
「どういう意味ですか」
ヴァラクがむっとしたように口を挟む。
「そういう意味だ。……わかった。三班長と四班長は〝十一班長〟と〝十二班長〟のまま、うちの隊に〝栄転〟してもらおう。ちょうどうちに転属願を出した約三〇〇人を管理する人間が欲しかったところだ。だが、例の四十六人は、本人の希望があればすぐにそちらに戻れるようにはするが、このままこちらに留めておく」
「そっちの四十六人のほうはお役に立ちましたか?」
「わりとな。さすが希望先を〝ドレイク大佐隊〟にしただけのことはある。少なくとも、先の三〇〇人よりはるかにましだ」
「その三〇〇人はいつまで飼っておかれるご予定ですか?」
「また転属願かあるいは退役願を出したくなるまでは飼っておくつもりでいるが、それなりの問題を起こせば除隊ということもありうるな」
「そうですか。ありがとうございます。こちらの体制が固まれば、そのうちの何割かはお引き取りできるかもしれませんが、今しばらくはそのまま飼っておいてもらえますか?」
「正直、邪魔だが……そちらではもっと邪魔なのだろうな」
「はい。このうえもなく」
「だろうな。……では、まず十一班長・十二班長に明日からうちの隊で勤務するよう辞令を出す。このリストに関しては今すぐ承認はできん。形式上、私に権限があることになっているからな。これから検討して、来週回答する。ところで七班長。おまえは〝隊長〟ではなく〝班長〟でいいのか?」
「結構です。自分が〝元マクスウェル大佐隊隊長〟というのも妙な話でしょう。〝隊長〟のマクスウェル大佐はもういらっしゃいません」
「……もっと早くいなくなってほしかったな」
「ええ、まったく」
そのときだけ、ヴァラクは皮肉げに口元を歪めて同意した。