11 覗き見されていました
最初にドレイクにメールで〝相談〟してきたのは、案の定、パラディンだった。
彼のところには、マクスウェル大佐隊員の転属願が約八十人分、総務部から送られてきていたが、それらを却下することによって、彼らをダーナの元に留まらせるわけにもいかない。この転属願をどう処理するのが、ダーナやこの艦隊全体にとって得策だろうか。……というのが相談内容の主旨だった。
これに対してドレイクは、何とその約八十人全員を受け入れるよう回答した。
――もう気を遣ってやる必要はまったくないです。〝護衛なめんな、砲撃馬鹿野郎ども〟とビシバシ調教してやってください。たぶん、彼らは喜んであんたに従うでしょう。
最後にドレイクは、マクスウェル大佐隊が転属される前に、マクスウェル大佐隊のどの班長に〝ダーナ大佐をよろしく頼む〟と言ったかと訊ねた。パラディンは回答の礼と共に〝六班長です〟と再返信した。
このパラディンより少し後に、コールタンもメールでドレイクに〝相談〟してきた。
パラディンと同じ護衛担当でも、彼のところに送られてきたマクスウェル大佐隊員の転属願はやや少なく、約七十人だった。相談内容もパラディンとほぼ同じで、転属希望者を全員受け入れろというドレイクの回答も同じだったが、それに添えられたアドバイスはかなり異なっていた。
――転属願を出したことを後悔したくなるように冷遇してやってください。
ドレイクはコールタンにも、マクスウェル大佐隊のどの班長に〝ダーナ大佐をよろしく頼む〟と言ったかと訊ねた。コールタンからの回答は〝四班長です〟だった。
パラディン、コールタンからかなり遅れて、ついにアルスターからもドレイクにメールが送られてきた。ただし、彼の場合は〝相談〟というよりも〝打診〟に近かった。
今回、転属願を出したマクスウェル大佐隊員は、上官命令に従わなかったという点ですでに〝危険分子〟なのだから、除隊させてしまったほうがいいのではないか。
約二〇〇人分の転属願を送りつけられてしまったアルスターは、かなり苛立っていたのかもしれない。だが、彼にもドレイクは転属希望者を全員受け入れてくださいと回答した。
――ご面倒でしょうが、アルスター大佐のところで、一から根性を叩き直してやってください。ついていけない奴は、自分から退役願を出してくれるでしょう。元はといえば上官命令違反した自分らが悪いんです。辞めさせるなら〝自己都合〟です。
「ドレイク節、炸裂」
アーウィンの端末の前で、ヴォルフは笑いこけた。
アーウィンも笑ってはいたが、〝運命の出逢いを待っています〟のときほどではなかった。
「不思議な流れだな」
各大佐のメールを、アーウィンは興味深げに眺めた。
「事の発端はダーナだというのに、誰もダーナを責めないで、まずあの変態に相談している。相談するのなら、〝大佐〟の中では最年長のアルスターにではないのか? なぜそのアルスターまでもが、あの変態に相談しているのだろうな?」
「まったく理由になっていないが、もし俺がこの三人のうちの誰かだったとしたら、やっぱりドレイクに相談するな」
ようやく笑いが治まったヴォルフは、厚い胸板の前で太い両腕を組む。
「あの男なら、何を相談しても何とかしてくれそうな気がする。いざというときには、おまえという後ろ盾もあるしな」
「あの変態を通して、私を利用しようとしているのか?」
言葉とは裏腹に、アーウィンは愉快そうに目を細めた。
「まあいい。それで事がうまく運ぶのなら。……しかし、パラディンとコールタンに対する変態のコメントは、内容が違いすぎやしないか?」
「いや、俺はとても適切だと思うが」
「どこがだ。絶対パラディンに何かある」
――何かって、何だよ?
急に不機嫌になった上司を見下ろしながら、できることならこいつのこともドレイクに相談してやりたいと、かなり本気でヴォルフは思った。
* * *
「信じられん」
ミーティング室のテーブルで、セイルは両肘をついて自分の額を覆った。
「まさか、アルスター大佐、コールタン大佐、パラディン大佐が、希望者全員受け入れるとは……」
「今はダーナ大佐のためにそうしたんだろ。でも、その転属先でどんな扱いをされるかはわかんねえぜ?」
頭の後ろで両手を組んでいたヴァラクが、そのままの格好で冷ややかに笑う。
「でも、アルスター大佐はともかく、コールタン大佐、パラディン大佐が……転属が認められるとわかってたら、俺も転属願出したのに……」
ムルムスが悔しそうにうなだれる。と、ヴァラクはにやにやして言った。
「今からだって遅くはねえぞ。ダーナ大佐は俺らにも、いつでも転属願を出していいって言ってたからな」
それにエリゴールが苦笑いして補足する。
「出しても、たぶん俺らは〝返品〟だろうけどな」
「残りは……例のドレイク大佐隊か。あそこはさすがに無理だろうな」
疲労感からか安堵感からか、ヴァッサゴの口調は間延びしていた。
昨日、ダーナに命じられた作業はすでに終了している。あとは直接報告するかメールで済ませるかの選択だけだった。
「そうだな。もう元ウェーバー大佐隊の班長五人、まとめて採用したんだろ? ……あそこの採用基準はいまいちわからん」
目を閉じてムルムスが唸る。ヴァラクは椅子の背もたれから上半身を起こすと、今度はテーブルに頬杖をついた。
「ドレイク大佐隊には、いったい何人が転属願を出したんだろうな」
「さあな。でも、多くはないだろ。一種の〝捨て票〟だ」
テーブルの上に広げられた書類を片づけながら、ヴァッサゴが答える。
「今日、こうしてこれをダーナ大佐に報告しても、今度はきっと、これに〝ダーナ大佐隊転属希望〟にした馬鹿どもを合わせて、また隊員を振り分けなおすことになるんだろうな」
「いや。そいつらは本当のダーナ大佐隊で引き取ってくれるんじゃねえかな」
考え深くヴァラクは言った。
「ダーナ大佐の目的は、やっぱり俺らの〝人員整理〟だったと思うぜ。とりあえず、次回の出撃はこの形で行くだろ。しくじれば容赦なく〝修正〟するな、あの〝大佐〟なら」
「……恐ろしい」
「それが〝普通〟だよ。マクスウェルが馬鹿すぎたんだよ」
「俺らには都合がよかったけどな」
「どこがだ」
ヴァラクは苦々しく顔をしかめる。
「あの馬鹿のせいで、こっちは何度死にかけたことか。ドレイク大佐のおかげで、やっと〝栄転〟になった。ドレイク大佐様々だ」
* * *
「マスター。人事課から報告です。アルスター大佐、コールタン大佐、パラディン大佐分の転属手続き、すべて完了したそうです」
「そうか」
キャルの報告を受けて、アーウィンは楽しげに笑った。
「これでダーナは約七〇〇人の馬鹿のうち、半数以上を同僚たちに押しつけることに成功したわけだ。さすがに残りの馬鹿は自分で面倒を見るしかあるまいが」
「しかし、ダーナも無茶したな。ドレイクがいなかったら、今頃〝栄転〟だ」
ヴォルフがそう当てこすると、アーウィンは心外そうな顔をした。
「これくらいでまだ〝栄転〟にはしない。せいぜい〝降格〟だ」
「考えようによっては、そっちのほうがきついな」
「それに、今も〝栄転〟を考えていないわけではない。これで結果が悪ければ、今回の騒動の分も含めて本気で検討する」
「それはまあ、仕方ないな。ところで、そのドレイクは馬鹿の引き取りはしないのか? あと四人欲しいんだろ?」
「うむ。今回はマクスウェル大佐隊の馬鹿だからな。もしかしたら見送るかもしれん。同じ転属願を出した班長でも、元ウェーバー大佐隊のあの五人とはレベルが違うからな」
「確かにな。整列拒否って……子供かっての」
「それだけ上官であるマクスウェルのレベルも低かったということだ。同時に、そういう男を〝大佐〟のままにしておいた私のレベルも低かったということだな」
アーウィンが自嘲の笑みをこぼしたとき、再びキャルが端末を見ながら報告をした。
「マスター。人事課から問い合わせのメールが入っています。ドレイク様関係ですので、そちらに転送いたしますか?」
間髪を入れず、アーウィンは答えた。
「してくれ」
――キャルもすっかり手抜きがうまくなったな。
〝ドレイク様関係〟と一言つけくわえれば、いちいち内容を説明することなく、アーウィンの端末に転送するだけで済む。
転送されたメールを一読して、アーウィンは少しだけ怪訝そうな表情をした。
「わざわざ回収に来て、今度は総務の窓口で返却。……わかった。今すぐ許可してやれ」
「承知しました」
すでに返信用のメールは作成済みだったのか、キャルは即座に送信した。
「今日の午後三時までに、総務に自分の転属願を引き取りにこい……か。あそこを転属希望先にした奴らは、出したり取りにいったり、忙しいことだな」
人事課のメールを見ながらヴォルフはにやにやしたが、アーウィンもまたにやりとした。
「自業自得……と言ってやりたいところだが、これではっきりしたな。あの変態は何人かは採用したいと思っている」
ヴォルフは虚を突かれてアーウィンを見つめた。
「何でだ?」
「誰も採用しないなら、転属願を総務に戻して、ダーナのところに送りつけてしまえばいい。そうはしないで、転属願をわざわざ封筒に入れて本人に返却するということは、転属願以外のものが入っている封筒もあるということだ」
「……たとえば?」
「そうだな。〝面接のご案内〟とか。……変態の執務室は、総務に近い」
「ここからも、地下道があるから実は近いけどな。この間、あいつの執務室に行ったとき、ついバラしたくなった」
意地悪くヴォルフが笑うと、アーウィンは若干不安げに彼を睨んだ。
「絶対言うなよ?」
「言わない言わない。だからあいつの執務室をあそこにしたんだって絶対に言わない」
「おまえたちは行けて、どうして私は行けないんだ」
「仕方なかっただろ、あのときは。どうしても行きたかったら、あいつに不審に思われない自然な理由をひねり出して行け」
「それが思いつければ、とっくの昔に行っている」
「じゃ、あきらめろ」
今まで何度も繰り返してきた低レベルな言い争いをまた繰り返していたとき、キャルが絶妙のタイミングでアーウィンに声をかけてきた。
「マスター。ドレイク様がダーナ大佐に送信されました。転送します」
現金なもので、その一言でアーウィンはヴォルフから端末に目を戻す。ヴォルフもアーウィンの背後からディスプレイを覗きこんだ。
「……そうか。ダーナを通せば、転属願を取りにこいと簡単に伝達できるな」
明らかにドレイクの副官が作成した文面を見て、ヴォルフは納得した。
「おまけに、転属希望者のリストも添付してある。ご丁寧に班別にして。……ダーナにはさぞかし便利な資料の一つになるだろうな」
リストを流し読みしながらアーウィンが笑う。ダーナだけでなく、彼にとっても重要な資料の一つになりそうだ。
「ドレイクの〝一言〟はどこにもないか?」
「……さすがに今回はないな。ダーナが何か返信したら、それに対して書くかもしれないが」
数秒の沈黙の後、二人は皇帝軍護衛艦隊司令官とその側近にあるまじき発言をした。
「つまらん!」