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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【02】マクスウェルの悪魔たち(上)
51/169

10 闇の人事官様に相談しました

 フォルカスとキメイスが〝仕分け〟を終えたのは、ほぼ同時だった。


「大佐、終わりました」

「おう。今行く」


 二人が仕分けている間、ドレイクは自分の執務机で端末を見ていた。何を見ていたのかはイルホンにはわからなかったが、すぐに立ち上がってソファに戻ったところをみると、さほど重要なものではなかったのだろう。ローテーブルを一瞥したドレイクは、意外そうにこう言った。


「二人とも、いたんだ。三種類目」

「いましたね」

「いないと思ったんですが」


 フォルカスもキメイスも、いないほうがよかったような顔をしている。


「無理して選んだわけじゃないよな?」

「それはもう。俺たちだけじゃなく、大佐やみんなに迷惑かけることになっちまいますから」

「それならいいや。……イルホンくん」

「はい」

「こっちの、一と二に分類された転属願。そっちに片づけといてもらえる?」

「はい」


 イルホンはダブルクリップと付箋紙を持参して、ドレイクのそばに行った。


「これがキメイスが仕分けた一、二。で、これがフォルカスが仕分けた一、二」


 ドレイクが説明しながら書類の束を並べる。イルホンはその束の表面に事前に用意しておいた付箋紙を貼りつけると、ダブルクリップでまとめてから整理箱の中に入れて回収した。


「では、三種類目の検討に入る。……フォルカスは何人選んだ?」

「三人です」

「キメイスは?」

「二人です」

「むーん。五人か。お互い、知ってる隊員か?」

「すいません、大佐」


 申し訳なさそうにフォルカスが謝罪する。


「三種類目で、俺ら二人が知ってる隊員は、一人もいませんでした」

「まあ、その可能性は充分あったな。おまえら、ここに来てから初めて会ったんだろ?」


 二人は顔を見合わせてから、そろってうなずいた。


「恥ずかしながら……」

「班が違ってた上に、俺は整備だったからなあ……」

「ということは、こいつらはおまえらと同じ班だったのか?」


 これにも、二人は共にうなずいた。


「自信をもってこれなら大丈夫って言えるのは、やっぱり同じ班の人間までですね。別の班の人間とは、つきあおうとしなければ、いくらでもそうできますし」

「班長くらいだよなあ。頻繁に顔を合わせてるの。だから仲がいいとは限らないけど」

「マクスウェル大佐隊は特に仲が悪そうだな。参考までに、マクスウェル大佐隊の班長の中でいちばんましなのは誰だ?」


 ドレイクの問いに、フォルカスが首をかしげる。


「まし……人間的にですか? 能力的にですか?」

「じゃあ、まず人間的に」


 ドレイクがそう返すと、二人は声をそろえて回答した。


「そんな班長、あそこにはいません!」

「……確かに、人間的にましな奴には、そんなところで班長はできなそうだな。なら、能力的には?」

「それなら……七班長かな?」

「ああ、七班長だ。戦闘中はマクスウェル大佐よりも、あの男の〝命令〟のほうが的確で権限が強かった」

「〝大佐〟としてはそんな男が配下にいるのは嫌だな。二番手もいるか?」

「二番手ですか。……四班長あたりか、キメイス」

「まあ、そうだな。俺の好き嫌いは別として。でも、六班長も二番手に挙げていいと思うぞ。おまえはものすごく嫌ってるけど」

「だからあえて挙げなかったんだよ」

「七班長ってのはどういう男だ?」


 この質問には、フォルカスとキメイスは悩むように唸った。


「マクスウェル大佐隊を陰で動かしてたことは間違いないんですが、他の班員の前にはほとんど姿を見せたことがなかったんですよね。でも、今回馬鹿が大量発生したのは、その七班長があえて止めなかったからじゃないでしょうか」

「七班長もこれ以上馬鹿の面倒見るのが嫌になったのかな」

「ああ、それはあるかも。もうマクスウェル大佐隊を維持する必要もなくなったしな」

「おまえら……本当にマクスウェル大佐隊が大嫌いだったんだな」


 古巣の悪口を遠慮なく言いあう二人を眺めながら、少しばかり呆れたようにドレイクがコメントする。

 二人は前もって打ちあわせしていたかのように、同じ言葉を叫んだ。


「はい! 大嫌いでした!」

「だから即決で〝転属させてください〟だったんだな。……さてと五人か。どうするかな」

「あの……一人減らしますか?」


 気を遣って申し出てきたフォルカスに、ドレイクは苦笑をこぼした。


「いや、『どうするかな』っていうのは、どうやってこの五人と連絡をとって面接するかなってことだ。人数のことは気にしなくていい。逆に、どうしてもこいつだけは入れてほしいっていうのはないのか?」

「ないです」


 ドレイクは拍子抜けしたようにフォルカスを見つめ返した。


「いない? せっかく選んだのにか?」

「大佐には申し訳ないですが、消去法による選択だったので、三人全部不採用にされてもかまいません」

「俺もです」


 二人しか選ばなかったキメイスも、フォルカスに賛同する。


「俺たちにも、スミスさんみたいに堂々と紹介できる同僚がいたらよかったんですけどね……」

「俺が思ってた以上に、おまえらの心の傷は深かったんだな……」


 寂しく笑う二人に対して、心から同情したようにドレイクは言った。


「でも、味方に後ろからレーザー砲、撃たれたことはさすがにないだろ?」


 * * *


 ドレイク大佐隊が使用している軍港は、他の大佐隊のそれとはかなり異なっている。

 まず、通常は十二あるドックが一つしかない。軍港内に併設されている〝大佐棟〟などの付属施設もない。それゆえなのか、ドレイクは自身の執務室として、自隊のドックから遠く離れた――それでも、他の軍港から比べればはるかに近いのだが――基地の中央部にある棟内の一室を与えられた。

 この棟――隊内通称〝ドレイク棟〟は、総務部の資料置き場の一つ……らしい。しかし、ここを出入りしているのは、ドレイクとイルホン、時々ドレイク大佐隊員その他ごく少数である。何だろうねえ、まだ俺監視されてるのかねえとドレイクが苦笑いしていたこともあったが、便利なことも多いので、特に不満はなさそうだ。本人だけは。

 ただし、ドレイクたちが自由に歩けるのは、棟の一階部分だけである。エレベーターは使用不可、階段も封鎖されているため、二階以上へは上がれない。こんな〝陸の孤島〟のような部屋を、なぜ司令官はドレイクの執務室にしたのか。ドレイクが(たぶん)冗談で言ったように、実はまだ彼を監視しているのか。謎である。というより、謎しかない。

 真実はともかく、この棟内にいるのはドレイク関係者だけなのだから、話しながら通路を歩いたとしても他人様に迷惑をかけることはない。ないのだが、フォルカスもキメイスも決してしゃべらなかった。――何となく、誰かに聞き耳を立てられているような気がして。


「キメイス。頼みがある」


 棟のエントランスを出て、しばらく歩いた後。

 フォルカスが前を向いたまま、自分の隣を歩いているキメイスに言った。


「何だ、改まって?」

「……さっき、大佐にされた、俺の〝深層心理テスト〟の結果。うちの奴らにはもちろん、誰にも絶対言わないでくれないか?」

「深層心理テスト……ああ、あれか。わかった。そのかわり、俺のも絶対言わないでくれ」

「心得た」

「しかし、やっぱりうちの大佐は恐ろしいな。あんな他愛もない質問で、自分の心のうちを暴かれる」

「従えないと思ったら反抗するか……自分に自信のある奴しか言えないセリフだな」

「そんなつもりはなかった……と、俺が言っても説得力ないか」


 キメイスは嘆息して肩をすくめる。


「確かに、俺は今のところ俺にも納得できる命令を大佐がしてるから、素直に従ってるだけなんだろうな」

「素直……まあ、命令違反してないだけ素直か」

「口答えはノーカウントだ」

「俺は大佐に、マクスウェル大佐がっていうよりマクスウェル大佐隊内の雰囲気が大嫌いだったんだろって言われて、恥ずかしかったけど腑に落ちたね。俺、マクスウェル大佐隊にいるときは無口だったもん」


 驚きのあまり、キメイスの足は一瞬止まってしまった。


「ええっ!」

「ほら、信じられないだろ? でも、今は大佐を含めて全員と普通に話せるからな。何か、今まで話せなかった分を今取り返してるような気が自分でもする」

「ずいぶん話さずにいたんだな……」

「今はどんなバカ話しても、必ず誰かが相手してくれるからな。楽しくて楽しくて、言葉が止まらない」

「俺はもともとおまえはしゃべり好きなのかと……」

「マクスウェル大佐隊に入る前から、俺は嫌いな人間とはまともに話はできなかった」

「だから、マクスウェル大佐隊に入ってからは無口になったのか」

()()とは会話する必要ないしな」

「してたら怖い」

「今は昨日みたいに宿直で一人でいるときなんか、整備しながら()()に話しかけたりしてるけどな。『おまえはほんとは操縦士は誰がいいと思ってるんだ?』とか」

「それ、話し相手は〈ワイバーン〉だろ」

「やっぱりわかるか」

「……〈ワイバーン〉の返事は?」

「残念ながら、俺はまだ返事を聞きとれる域まで達してないな。その点、マシムのほうがすごい。今日は機嫌がいいとか悪いとか、ここ怪我してるとか調子悪いとか、真顔で言ってるからな、真顔で」

「うわあ、俺の知らない間に、そこまで行っちまってたのか、マシム」

「というようなバカ話を、マクスウェル大佐隊ではできなかったんだ」

「それはできない。うちでしかできない」

「こんな隊に、俺たちが選んだうちの誰かが入るかもしれないのか」

「……大佐の選択眼を信じるしかないな」

「スミスさんの元同僚ズを見るかぎり、大丈夫だとは思うんだが」

「転属二日目にして、もう恐ろしいほどうちに染まってるしな」

「あの人たちも心に傷を負っていたんだよ……もしかして、うちの大佐級?」

「無人艦に盾になるのを拒否されて、同僚が戦死してるからな」

「うー、早く()()()に帰るぅ。俺のいない間に面白い話されてたら嫌だぁ」

「さすがにもうミーティングは終わってるだろ」

「でも、きっと途中から、フリートーキングに変わってる」

「ラッセルさんは〈新型〉で〝孤独に〟シミュレーションやってそうだな」

「ああ、あの人ならやってそう。あ、ラッセルさんで思い出した。〝心の上官〟を流行語大賞のノミネートに追加したいんだがどうだろう?」

「どうだろうって、おまえが審査員長なんだろ? それ、発信元はまた大佐か?」

「たぶんそう。このままだと全部門、大佐が総ナメしちまうな」

「部門、あったのか」

「まだ決めてないけど、あったほうが面白いかなって」

「〝殿下通信〟は上位に食いこんでるか?」

「少なくとも〝ミステリー〟よりは上だ」

「よし。〝ミステリー〟だけには勝つ」

「流行語大賞、バカにしてたくせに」

「別にバカにはしてなかったよ。呆れてただけで」


 しれっとキメイスは言った。


「こんなバカ話、真面目にしてる俺たちがバカだなって」


 * * *


「イルホンくん。二人に言ってやればよかったのに」


 フォルカスとキメイスが執務室から退室した後。

 ドレイクはソファに座ったまま、にやにやしてこちらを振り返った。


「『おまえらをそのマクスウェル大佐隊から救い出してやったのは、そこのボンクラ大佐じゃなくてこの俺だ。ひれ伏して感謝しやがれ』って」

「言えるわけないじゃないですか」


 自分の執務机でイルホンは苦笑いする。


「それに、俺はリストアップしただけで、実際に面接して採用したのは大佐ですから」

「そのリストアップがすごいんじゃない。よく見つけてきたねえ、うち以外ではまともに息もつけないようなのばかり」

「……それって褒めてるんですよね?」

「すごく褒めてるよう。他でもやっていけるんなら、そっちでやっていったほうがいいじゃない。俺は自分の隊員に転属願は出されたくありません」

「確かにそうですね。他に行き場所がなければ、ずっとここに……」

「闇の人事官。ちょっとこっちに来て、二人が消去法で選んだ転属願、見てもらえますか?」

「あ、はい……」


 言われるがまま、フォルカスとキメイスが座っていたソファに腰を下ろしたが、ふと気がついてイルホンは眉をひそめた。


「大佐。その〝闇の人事官〟って何ですか?」

「リストアップしたこと隠してるんだから、〝闇の人事官〟じゃない」


 ドレイクはにやりと笑い、イルホンに五人分の転属願を手渡した。

 〝闇の人事官〟に対してもっと物申したかったが、今は上官命令を優先すべきだろう。イルホンは渡された転属願を速読した。


「さすがに、転属希望理由が〝ダーナ大佐が大嫌いだから〟という人はいませんね」

「いたら俺、一発で採用しちゃうけどね」

「フォルカスさんが選んだのが整備三人。キメイスさんが選んだのが操縦二人ですか」

「二人とも、空気読むよね」

「これといって問題はなさそうですが……大佐は何か気になることでもあるんですか?」

「うーん。しいて言うなら、班の所属かな」

「班?」

「実は昨日、今、ダーナに部下として認知されているマクスウェル大佐隊の班長は誰なのか、こっそり携帯でオールディスに訊いてみた」

「オールディスさんにですか?」

「あの男は一見普通そうに見えるがやり手だぞ。いまだにダーナ大佐隊ともパイプを持ってる。誰なのかもすぐにわかった。三、四、六、七、九だ」

「俺は大佐のその記憶力のほうが怖いですけど。……四班長。六班長。七班長。ちゃんと入ってますね」

「うん。だからちょっと引っかかった。キメイスが所属してた四班、フォルカスが所属してた六班だけに限って言うと、そこの班長は自分の部下は全員整列させなかったのかと」

「確かに……普通だったら、転属願を出したのは、整列しなかった班長とその部下だけになりそうなものですよね」

「まあ、単にその二人の班長が、部下全員に整列を強制しなかっただけとも考えられるけどね。あるいは、わざと整列させなかったか」


 思わずイルホンは顔をしかめた。


「……いじめですか?」

「どうだろね。そのへんも含めて話を聞いてみたいんだけど、現時点ではこの五人の採用を考えていることを、本人たちも含めて、転属希望者たちにはわからないようにしたい。かといって、四十九人全員と面接するわけにもいかないし。いったいどうしたらいいでしょうかね? 闇の人事官」

「闇の人事官って……そうですね。大佐は誰がうちに転属願を出していたか、ダーナ大佐に知られるのはかまいませんか?」

「ダーナ? それならかまわないけど?」

「それでは、俺の総務のコネとこの執務室の特徴を活かして、こういうのはいかがでしょうか……」


 イルホンが自分の案を話すと、ドレイクは嬉しそうに目を細めた。


「さすが闇の人事官。やることがそつないですね」

「そのかわり、大佐にも手伝ってもらいますよ。午前中には絶対に終わらせますから」

「それはもう、闇の人事官様のご命令どおりに。俺もこの転属問題、早急に片づけたいんで」


 ドレイクはにやにやしながら揉み手をした。


「で、俺はまず何をしたらいいんでしょうか? 闇の人事官様」

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