09 書類選考させました
待機室で朝のミーティングをしていると、ティプトリーの携帯電話にイルホンから電話がかかってきた。
これまでにも何度かあったことなので、ティプトリーは一応スミスに断ってからそれに出たが、すぐに不審げな顔をして、携帯電話の送話口を手で覆った。
「フォルカスさん、キメイスさん。大佐が今すぐ自分の執務室に来るように言ってます……とイルホンが言ってます」
それを聞いたとたん、二人はそろって憂鬱そうな表情になった。
「やっぱり来たな」
「大佐がこのチャンスを見逃すはずがないからな。……わかった、ティプトリー。今すぐ行くってイルホンに伝えといてくれ」
「わかりました」
ティプトリーはフォルカスの返事をそのままイルホンに伝え、電話を切った。
「さてと。じゃあ俺たち、大佐んとこ行くね。たぶん、すぐには戻ってこれないと思うけど」
宿直疲れが一気に出たかのように、フォルカスは力なく笑った。
「おまえら二人だけを呼び出すなんて、いったい何の用件だ?」
訝しげなスミスに、キメイスが苦笑いしながら答える。
「ヒント。俺たちは元マクスウェル大佐隊員です。できたら抹消したい過去ですが」
「ああ……」
それでスミスには見当がついたらしく、彼らに同情したような目を向けた。
「大佐はおまえたちに強制はしないと思うぞ」
「そっすね。数あわせより相性を優先すると思います」
今度はフォルカスが答えて、スミス以外事情が呑みこめていない一同に手を振った。
「んじゃあ、大佐んとこ行ってきます。……もしかしたら面接したとき以来かなあ、あそこ行くの」
「歩いていくのか?」
「車使用は二キロ超かららしいからな。大佐的に」
「途中で俺、行き倒れそう」
二人はぶつぶつ言いながら、見るからに気乗りしない様子で待機室を出ていった。
「……何事だ?」
一同を代表してラッセルがスミスに訊くと、スミスは少しだけ答えるのをためらった。
「おそらくだがな。どれくらいあったのかはわからんが、うちを転属希望先にしたマクスウェル大佐隊員の転属願をあいつらに見せて、あわよくば四人、うちに転属させようと大佐は考えてる」
スミス以外の隊員は、驚愕の声を口々に上げた。
「大佐……そうまでして十八人にしたいんですか?」
ドレイクに対しては従順なマシムが、珍しく不満げに言った。
「いや、別にどうしても十八人にしたいってわけでもないと思うぞ。ただ、今回たまたまそのチャンスが転がりこんできたから、それを無駄にしないで利用しようと考えてるだけだろう。あいつらが嫌がれば、大佐は無理に入れようとはしないよ。現状でも三隻動かすことは充分できるしな」
「〈旧型〉の操縦は誰がするんですか?」
マシムのもっともな疑問に、スミスは無言でギブスンを指さした。
「えっ!」
再びスミス以外の一同は驚いたが、中でもギブスンがいちばん驚いていた。
「うちは今、砲撃は叩き売りできるくらい〈新型〉にいる。オールディスはたぶん情報処理担当にされるだろうから、バラード、ディック、スターリングの中でいちばん使えるのを〈旧型〉の砲撃にすればいい」
「ああ、なるほど」
ラッセルとオールディスは納得してうなずいたが、彼らの同期は異を唱えた。
「何だよ、その〝使える〟ってのは!」
「俺たちは〈新型〉専属のはずだろ!」
「そもそもうちの軍艦はみんな最低三人で動かせるんだよ」
不可抗力で〈新型〉の〝正操縦士〟にされてしまったスミスは、恨みのこもった眼差しを元同僚たちに向けた。
「〈新型〉から二人、〈旧型〉に移動させれば、ちょうどいい感じだろう」
「いや、スミスさん、俺は? 俺は操縦士じゃない……」
あわててそう言いつのるギブスンに、スミスは爽やかに笑った。
「今まで操縦士する機会がなかっただけだろ? 〝器用貧乏〟」
「スミスさんにまで〝器用貧乏〟と言われた……」
ショックを受けたようにギブスンが呟く。このとき、誰も気づかなかったが、ティプトリーがうつむいてほくそ笑んでいた。
「ギブスン。実は俺も昔、〝器用貧乏〟と呼ばれてた。でも、〝器用貧乏〟なのも悪いことばかりじゃないぞ。特にうちみたいな少人数の隊では、必ずどこかで使ってもらえる。唯一できる砲撃の成績も芳しくない〈新型〉の年寄り三人は、はっきり言って使い道がない」
「自分と同年代、年寄り言うな!」
「おまえだって、砲撃は俺たちとトントンだろ!」
「なるほど、確かに……」
「お願いだから、そこで納得しないで、ギブスンくん」
「俺たち、これでもまだかろうじて二十代なんだよ。……バラード以外は」
「余計な情報を忍びこませるな」
「だから、無理に四人入れる必要はないんだが……」
元同僚たちの不平の声はいっさい無視して、スミスは嘆息する。
「入れてきそうだな、大佐なら」
「入れるなら操縦士を……」
独りごちたギブスンに、隣にいたマシムが真顔で言う。
「操縦……楽しいぞ?」
いったい何のミーティングをしていたのか、誰もがその目的を忘れてしまっている状況の中で、シェルドンは幸せそうに笑っていた。
「やっぱり大佐はすごいな。ちゃんとうちに合ってる人たちを入れてくれた」
その横で、ティプトリーはさらに幸せそうに微笑んでシェルドンを見上げる。
「うん。ほんと。……すごい合ってる」
* * *
執務室に呼び出された理由は教えられていなくても、すでに予想はついているのか、フォルカスとキメイスの表情はどんよりとしていた。
「おう。朝から悪いな。イルホンくん、普通濃度のコーヒー、二人分お願い」
「了解しました」
すでにソファで自分専用の激薄コーヒーを飲んでいたドレイクは、にこにこ笑って二人を手招く。
「とりあえず、そこ座れや。フォルカス、宿直明けなのにすまないな」
「いや、それはもう慣れてますから」
フォルカスは曖昧に笑って、キメイスと一緒にドレイクの向かいのソファに座った。
「〈新型〉の具合はどうだ?」
「今のところ異常なし。でも、まだ何発か試し撃ちしただけですからね。実戦経験してみないことには何とも」
「〈旧型〉よりは安心度は高いと思うんだけどな」
「ええ……〈旧型〉は操縦士と合わせてドキドキでしたよ……」
前回の出撃のときを思い出したのか、引きつった笑みを浮かべているフォルカスとキメイスに、イルホンは普通濃度のコーヒーを黙って差し出した。
「たとえ話だ。コーヒー飲みながら聞いててくれ」
「はあ……」
二人は不思議そうな顔をしながらも、ドレイクに言われたとおり、コーヒーに口をつけた。
「もしも今、おまえたちが、マクスウェル大佐が去ったマクスウェル大佐隊にまだ在籍していたとする」
フォルカスとキメイスは噴き出しそうになった。が、何とかこらえきった。
「大佐……?」
「まあ、あくまでたとえ話だから。……ところがある日、そのマクスウェル大佐隊がダーナ大佐隊に編入されることになった。ダーナ大佐は整列して待っていろと命じて、おまえたちの軍港にやってきた。さて、この命令におまえたちは素直に従うか否か?」
二人は顔を見合わせていたが、先にフォルカスが口を開いた。
「俺は従いますよ。ダーナ大佐はマクスウェル大佐よりはましそうだから。上官が替われば部下も変わるでしょ」
「俺もとりあえず整列はしときます。ダーナ大佐がどんな〝大佐〟か、まだわかりませんから。従えないと思ったら反抗します」
――意外だ。
自分の執務机で事務仕事をしながら、イルホンは思った。
――フォルカスさんより、キメイスさんのほうが過激だ。
しかし、ドレイクの感想は一味違った。
「なるほど。フォルカスがマクスウェル大佐を〝大嫌い〟だったのは、部下を管理できない、あるいはしない〝大佐〟だったからなんだな」
「へ?」
フォルカスは虚を突かれたような顔をしてドレイクを見た。
「マクスウェル大佐当人よりも、隊内の雰囲気が〝大嫌い〟だったんだろ。おまえ、ダーナ大佐の下なら案外うまくやっていけるかもしれないぞ」
「大佐……これ、深層心理テストだったんですか?」
自分でも思い当たるふしがあったのか、フォルカスは決まり悪そうにコーヒーを飲んだ。
「いや、俺はただ、おまえたちは従うかどうかを訊きたかっただけなんだけどな。答えは同じでも、動機はずいぶん違うもんだなあと。キメイスは完全に上から目線だよな。反抗するときを虎視眈々と狙ってる感じ。もしかして、俺も狙われてる?」
ドレイクににやにや笑われて、キメイスは恥ずかしそうに紫色の目を伏せる。
「いえ、そんなことはないですが……確かに、言われてみればそうですね……」
「でも、動機はどうあれ、二人とも最初は命令どおり整列して待っていると。じゃあ、昨日転属願を書いた奴らは、何を考えて命令違反をしたんだろうな?」
再びフォルカスとキメイスは顔を見合わせたが、今度はキメイスのほうが先に答えた。
「マクスウェル大佐隊はダーナ大佐に右翼を追い出されたようなものですからね。その恨みとちょっとからかってやろうっていう軽い気持ちから命令違反したんじゃないんですか? 一言で言うと馬鹿」
「俺もそう思いますよ。元護衛だからって、ダーナ大佐、なめてかかってたんじゃないですかね」
「なるほどな。ということは、マクスウェル大佐隊の半分は馬鹿でできてたってことか?」
キメイスは少し黙って考える。
「ということになりますね。……もっと多くてもいいような気がしますけど」
「俺らが転属になってから、ずるがしこさ成分が増えたかな」
「実は、その馬鹿のうちの四十九人が、うちを転属希望先にして転属願を出していた」
ドレイクがそう明かすと、二人は大きく目を見張った。
「四十九人もいたんですか!」
「もっと少ないと思ってた!」
「俺はゼロじゃなかったことにびっくりした」
「でも、うちに転属願なんて……いったいどこまで本気なんだ……」
呆然とキメイスが呟く。と、ドレイクはにたりと笑って彼を指さした。
「そこだよ」
「は?」
「今回、本気でうちに転属されたいと思っていて、かつ、おまえらも入れてもいいと思った人間なら、四人を限度に採用したいと思ってる。でも、そういう人間が一人もいなかったら、そのまま見送ってもいい。……イルホンくん」
「はい」
打ちあわせどおり、イルホンは自分の執務机の隅に置いてあった整理箱をソファの前のローテーブルの上に運んだ。箱の中には〝転属願〟と書かれた紙の束が入っている。
「これがその四十九人分の転属願だ。昨日、イルホンくんが人事から預かってきた」
ドレイクが箱の中から転属願の束を取り出し、フォルカスとキメイスの間に置く。
「今からそれを順番に見ていって、それぞれ三種類に分けてくれ。一・自分がまったくあるいはよく知らない隊員。二・知っているが絶対うちには入れたくない隊員。三・知っていてうちに入れてもいいと思える隊員。かぶった場合は話しあい。採用の対象にするのはもちろん三だけだが、俺の個人的興味で一、二も知りたい」
「はあ……」
二人は困惑しながらも、現在の上官命令に従った。