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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【02】マクスウェルの悪魔たち(上)
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06 意外と恐ろしい子でした

 転属初日の朝。

 元ウェーバー大佐隊の六~十班の新班長たちは、〝アルスター大佐組〟の班長たちと共にアルスターの執務室に呼び出され、アルスターの長すぎる訓辞に閉口していた。


(やっぱり、ダーナ大佐がよかった……)


 しかし、彼は元ウェーバー大佐隊員の残留は認めてくれなかった。それに失望したのかどうなのか、六~十班長だった五人は、昨日のうちにあのドレイク大佐隊に転属させてもらうという、それまでの彼らからは考えられないような行動をとった。各班の副班長はダーナによって(きゅう)(きょ)班長に任命され、今日、アルスターの指揮下に入ったのだった。


(〝アルスター大佐組〟はよくこれに耐えられたな)


 ミーティング室に戻った後、〝アルスター大佐組〟に実際そう言ってみたところ、彼らは造作もなく答えた。


「最初と最後以外は聞き流すんだ。重要なとこはそこしかない」


 アルスターは、今後は自分の隊は〝第一分隊〟、元ウェーバー大佐隊は〝第二分隊〟と呼称するとした。つまり、この日をもって元ウェーバー大佐隊は〝アルスター大佐隊第二分隊〟となったのである。

 〝ウェーバー大佐〟の名称からも解放されたのはよかったが、そのかわりに〝アルスター大佐〟の〝第二分隊〟とされたのはかなり複雑だった。

 さらに、アルスターは〝分隊長〟という役職を新たに設け、〝元ウェーバー大佐隊所属第一班班長〟を〝第二分隊分隊長〟に任命した。おそらく、応急処置的な任命だろうが、妥当といえば妥当だった。一班長ハワードなら、すでにアルスターのやり方にも慣れている。

 だが、これからは〝第二分隊長〟と呼んだほうがよいかと新六班長に問われると、ハワードは曖昧な笑みを浮かべて答えた。


「今までどおり〝一班長〟でいい。そう呼ぶ必要があるのは、アルスター大佐だけだ」


 * * *


 同じく転属初日の朝。

 ダーナは副官と自隊の班長十名だけを連れて、元マクスウェル大佐隊専用の軍港を訪れた。しかし、指定した場所に整列していた隊員の数は、明らかにすべてではなかった。


「ほう。ずいぶん少ないな」


 嫌味だろうが、本気でそう考えているようにも見える顔でダーナは言った。


「あとは皆、他に転属されたのか?」


 班長らしい隊員の一人は、動揺して視線をそらせる。


「いえ、それはその……」

「では、転属希望か? それなら、本日十五時までに、総務に転属願を提出するよう伝えておいてくれ。時間までに転属願を提出していなかった者は、自動的に除隊とする」

「え?」


 隊員たちは唖然としてダーナを見た。彼は無表情のまま、激することなく話しつづける。


「当然だろう。私の命令に従わない部下などいらん。邪魔者のいる二〇〇隻より、邪魔者のいない一〇〇隻のほうがはるかにましだ」

「はあ……」

「今ここにいる班長は? そちらから順に、班名と名を名乗れ」


 ダーナは髪と同じ赤みがかった金色の目を、自分から見ていちばん左端に立っていた黒髪の男に向けた。と、その男はぴんと背筋を伸ばし、一歩前に出てから、見るからに緊張した様子で敬礼した。


「はっ、自分は第三班班長、ヴァッサゴ中佐であります」


 少し間をおいて、その左隣に立っていた金髪の男がヴァッサゴにならう。


「第四班班長、エリゴール中佐であります」


 ヴァッサゴより長身で、物腰も落ち着いていた。


「第六班班長、セイル中佐であります」


 濃茶色の髪をしたこの男も、エリゴールと同様、長身で沈着だった。


「第七班班長、ヴァラク中佐であります」


 ヴァッサゴと同じく黒髪だったが、彼よりはやや背は高い。


「第九班班長、ムルムス中佐であります」


 最後に敬礼したこの男の金髪はエリゴールよりもくすんでいて、身長も少し低かった。


「ふむ。ちょうど五班か」


 彼らよりも洗練された動きで答礼してから、ダーナは呟いた。


「では、今度は私の隊の班長たちを紹介する」


 ダーナは自分の背後に並んでいた班長たちを事務的に紹介した後、改めて元マクスウェル大佐隊員たちに向き直った。


「以上、おまえたちだけが私の部下だ。もっとも、おまえたちも転属されたいなら、いつでも転属願を提出していいぞ」


 少しだけダーナは笑むと、彼らに待機を命じて、副官たちと共に立ち去っていった。




「とまあ、こういうわけだ」


 整列せずにミーティング室にいた隊員たちに、七班長――ヴァラクはダーナの伝言をそのまま伝えた。


「このまま何もしないで三時を過ぎれば、おまえらはそのまま除隊になる。よかったな。ダーナ大佐の命令は一度もきかないで終われるぞ」

「そんな馬鹿な!」


 五班長――アンドラスが真っ青な顔をして立ち上がる。


「たかが整列してなかったくらいで、除隊になんか……!」

「させてしまう人なんだろう、あの人は」


 醒めた口調で、六班長――セイルは言った。


「たかが整列、されど整列。いきなりアポなしで来たわけじゃないんだ。立派な上官命令違反だろ」

「くそ、誰だよ! 護衛上がりをからかってやろうなんて言い出したのは!」

「おうおう、馬鹿が馬鹿のせいにしだしたぞ」


 ヴァラクがにやにやして冷やかす。


「どうしても除隊は嫌なら、三時までに転属願を総務に出しにいけばいい。……最初から素直に整列しときゃ、そんなしちめんどくさいことにならずに済んだのに」

「畜生! 何て〝大佐〟だ!」

「おまえらのほうが、何て部下だ! だよ」

「しかし、同じ護衛でも、コールタン大佐やパラディン大佐とは全然違うな」


 狼狽している同僚たちを尻目に、三班長――ヴァッサゴがのんびりと言うと、九班長――ムルムスは腕組みをして何度もうなずいた。


「さすが、俺らを追い出して砲撃担当になっただけのことはある。実に正しい判断だ」

「確かに、こんな簡単な命令にも従えない部下なんか、切っちまったほうが早いよな」


 四班長――エリゴールが、両手を上げて嘲笑う。


「ありがたいこった。初日からダーナ大佐が〝人員整理〟してくれた」

「おまえら、それでも仲間か!」

「仲間?」


 未知の言葉を耳にしたかのように、ヴァラクは眉をひそめた。


「何、寝ぼけたこと言ってやがる。仲間じゃないから、俺らは上官命令に従ったんだろうがよ」

「な……」

「ちなみに、転属願はネットからプリントアウトできるぜ」


 ヴァラクはにやりと笑い、仲間ではない同僚たちに背を向ける。


「これ以上ここにいたら馬鹿がうつる。久しぶりに()()の整備でもするか」

「整備か……」


 ふとセイルが溜め息をつく。


「フォルカスも今、ドレイク大佐んとこでしてるんだろうな……」


 ヴァラク以外の班長たちは一様に顔をこわばらせたが、ヴァラクは自然に受け答えた。


「ああ……いいタイミングでいいとこ入れたよな。整備のしがいありすぎだろ、あの化け物みたいな砲撃艦」

「そういや、キメイスもドレイク大佐んとこだ。さすが、ドレイク大佐。しっかり〝お買い得品〟をゲットしていった」


 エリゴールのこのセリフには、ヴァラクは皮肉めいた笑みを浮かべた。


「馬鹿は馬鹿を選ぶが、利口は利口を選ぶんだよ」

「じゃあ、選ばれなかった俺らは馬鹿か?」

「ああ、馬鹿だ!」


 開き直ったようにヴァラクは笑った。


「ここの班長してた時点で、みんな馬鹿!」




 十五時三十分。

 上官命令どおり、自分の部下たちと共に整列していた元マクスウェル大佐隊の五人の班長たちは、今度はダーナの執務室に呼び出され、執務机の前に立っているダーナの前に整列させられた。


「総務に確認してみたが、転属願を提出しなかった隊員はいなかったようだ。……転属が認められればよいがな」


 他人事のようにダーナは言った。相変わらずどこまで本気かわからない。


「まあ、それはそれとして。三班長、四班長、六班長、七班長、九班長」

「はっ」

「すまないが、今日から諸君らを、十一班長、十二班長、十三班長、十四班長、十五班長とさせてもらう。あくまで便宜上だ。どうにか慣れてくれ」

「了解いたしました」

「今回の転属の主目的は、両翼の有人砲撃艦を各二〇〇隻にすることだった。もし可能であるならば、諸君らには一人二十隻を指揮してもらいたい。隊員名簿を調べてみたが、諸君らの隊は、一隻あたりの乗組員数が少し多すぎるようだ。五十隻もの()()をドックに飾っておくわけにもいかん。隊員をうまく配分して、一〇〇隻すべて動かせるようにしてもらいたいが、強制はせん。どうしても無理なようなら、隊員の補充を考える」

「は……」


 思わず班長たちの返答の声は小さくなった。強制はしないと言ってはいるが、実質やれと言っているようなものだ。この護衛上がりの〝大佐〟は、やはり一筋縄ではいかないようだった。


「可能かどうかの報告は、明日のやはり十五時までにしてくれ。可能であれば、同時に隊員名簿も上げてほしい。メールに添付して送信してくれてもかまわない。十一班長。この件に関してはおまえが責任者として報告を行うように」

「は……了解いたしました」


 三班長改め十一班長・ヴァッサゴは、ぎごちなく頭を下げた。


「隊全体の訓練および演習は、そちらが動かせる艦艇数が確定してから行う。それでは退室してよろしい」


 彼らの新たな上官ダーナは、最初から最後まで、毅然とした態度を崩さなかった。




「恐ろしい……」


 報告の責任者にされてしまったヴァッサゴは、ダーナの執務室から自分たちの軍港へと戻る車中で、こわごわと呟いた。


「あれが本物の〝大佐〟なんだな。マクスウェルは無能だとわかってはいたが、あそこまで違うとは思わなかった……」

「ああ。あれじゃうちの奴らの大半はついていけないな」


 九班長改め十五班長・ムルムスも、まだ緊張が解けていない様子だった。


「遊んでる乗組員が多いのも見抜かれたな」


 六班長改め十三班長・セイルは、移動車を運転しながら苦笑いを漏らす。


「一人二十隻か。適当に配分することはすぐにできるが、やっつけ仕事もすぐに見抜かれちまいそうだな」


 四班長改め十二班長・エリゴールも苦笑を隠さなかった。

 しかし、助手席にいた七班長改め十四班長・ヴァラクだけは、他の四人とは違うことを口にした。


「もし、転属が認められなかったらどうなるんだろうな」

「は?」

「あいつらがどこを転属希望先にしたんだかは知らねえが、もし人事に却下されたら、ダーナ大佐隊の隊員ってことになるのか? もうダーナ大佐には見限られてんのに」

「そういやそうだな。……邪魔くせえ」


 苦々しそうに、エリゴールが端整な顔を歪める。


「結果わかるの、いつだ?」

「さあな。数が数だけに、処理に時間はかかりそうだな」

「じゃあ、それまであいつらもあそこにいるのか? ……邪魔くせえ」


 エリゴールが危惧したとおり、彼らがミーティング室に戻ってくると、除隊だけは回避した同僚たちが不安げな表情をしてたむろっていた。


「ああ、やっぱり。……邪魔くせえ」

「しょうがねえ。ダーナ大佐が何と言おうと、転属が認められないうちは、あいつらもダーナ大佐の部下だ。端末持って資料室行こうぜ。報告間に合わなかったら俺らもああだ」


 吐き捨てるようにヴァラクが言った。

 転属願を出さざるを得なかった今のところ同僚たちは、憎々しげにヴァラクたちを睨みつけたが、結局それ以上のことは何もできずに、彼らの背中を見送った。

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