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十六時四十分。
スミスとラッセルは再びドレイクの執務室に姿を現したが、今度は四人の軍人たちを伴っていた。
スミス以外はドレイクに対して一糸乱れぬ敬礼をし、ドレイクはそれに一応答礼してから苦笑した。
「めんどくさいからさ、これからはもう俺には敬礼しなくていいよ」
すでにラッセルから話は聞いていたのか、彼らも苦笑すると、「了解しました」と答えた。
「今、この執務室の人口、最高記録更新したな。スミス以外はそっちに座って。スミスはこっち」
「はあ……」
入隊希望者五名は戸惑いながらもソファに座り、スミスはその向かいのソファにドレイクと共に腰を下ろした。
「さっそくだけど、転属願見せてもらえる?」
「あ、はい」
ラッセルは封筒の中から五名分の転属願を取り出してドレイクに手渡したが、ドレイクはそれらをまともに見ないまま、イルホンの名前を呼んだ。
「不備チェック、お願いします」
「はい」
執務机を離れたイルホンは、ドレイクから差し出された転属願を受け取ると、その場ですばやく目を走らせた。
「スターリング中佐。空欄があります。埋めてください」
イルホンは冷静にそう告げて、彼の転属願をドレイクに渡した。
「あ、はい!」
ドレイク経由で転属願を差し戻された金髪の男――スターリングは、あわてて内ポケットからペンを取り出し、空欄に書きこんだ。
「バラード中佐も空欄があります。ディック中佐。脱字があります」
「あんなに確認したのに……」
二人は恥ずかしそうに呟いたが、スターリングと同様、ドレイクから転属願を受け取って、それぞれ記入・修正する。ドレイクは三人の転属願を回収すると、もう一度イルホンに差し出した。
「あとは大丈夫そう?」
「はい。大丈夫です」
「よし、じゃあ、それをスキャンして大至急殿下に送信。今日付で転属ってしつこいくらい念押ししておいて」
〝殿下〟と聞いて五人は顔色を変えたが、イルホンもスミスもまったく驚かなかった。
「了解しました」
イルホンは自分の執務机に転属願を持っていき、指示された作業を迅速に進めた。
「大佐、送信完了しました」
イルホンがそう報告したのは、十六時五十分になる直前だった。
「お疲れー。あと、普通濃度のコーヒー、六人分お願いしまーす」
「了解しました」
入隊希望者五名はあっけにとられていた。が、五名の中で唯一ドレイクと直接対話したことがあるラッセルが、おそるおそる彼に訊ねる。
「あの……総務ではなく、なぜ殿下に……?」
「ああ、そのほうがすぐに手続きできるから。原本は総務に出すけど、先に殿下に知らせておいたほうが、確実に今日付で転属になる」
「以前もそうされたんですか?」
「うん。部下を決めたら、すぐに出撃命令出されちゃったからさ、半分嫌がらせで書類をスキャンして殿下に送りつけたら、予想に反して、何の文句も言われずに全部処理してもらえちゃってね。それからこの手の手続き関係は、直接殿下に頼んじゃってる」
――大佐だけですよ、そんなことが許されるのは。
コーヒーを淹れながら、心の中でイルホンは茶々を入れた。
「さて、まだ手続きは完了してないが、これで君たちは所属の上ではうちの隊員だ。でも、ラッセルくんに説明したとおり、君たちの心の上官はダーナ大佐のままで結構。旗艦を落とすことにさえ協力してもらえれば、あとは好きなだけ右翼でダーナ大佐のために戦ってくれていいよ」
「旗艦を落とす?」
これはスターリングの左隣にいた黒髪の男――ディックが言った。
「俺の理想はね、諸君。戦闘開始直後に旗艦を一発で沈めちまうことだ。でも、『連合』の旗艦の前には、単純計算で約一六〇〇隻の艦艇がいる。この前は殿下が無人突撃艦を全部自爆させて、約四〇〇隻まで減らしてくださったが、いつまでもこの手は使えない。中央に突撃艦四〇〇隻だけをぶつけたとして、残り約一二〇〇隻。こいつらの間をぬって旗艦を撃つ。そのために今まで無人艦を盾にしてきたが、何だかかわいそうになってきてねえ。これからは自力でこじあけてやろうかと思って、あんなお船を二隻、殿下にお願いした」
立て板に水式のドレイクの話を、ラッセルたちは真剣な表情で聞いている。六人分のコーヒーを淹れ終えたイルホンは、ドレイクの前に座っているラッセルから順番にコーヒーを並べていき、最後にスミスの前に置いて、自分の執務机に戻った。
「〈ワイバーン〉でももちろん旗艦は落とせるが、できればこの前の〈旧型〉か、君らが乗る予定の〈新型〉で旗艦まで落としてもらいたい。そうすれば、あとは〈ワイバーン〉と健気な無人艦たちが中央を殲滅する。左翼・右翼に関しては、あくまで単純計算だが、無人砲撃艦四〇〇隻、有人砲撃艦二〇〇隻、そして〈旧型〉〈新型〉を守ろうとする無人砲撃艦約一〇〇隻で、計約七〇〇隻になる。ちょうど『連合』と同数だ。その前に無人突撃艦をぶつけていれば、うちのほうが総数は多くなる。これまでに比べて、数の上では有利になる計算だ」
「確かに……」
ディックの右隣にいた褐色の髪の男――オールディスが、圧倒されたようにうなずく。
「ただ、有人砲撃艦二〇〇隻の連携がうまくいくかどうかが心配ですが……」
「あー、それは俺も心配だ。特に右翼が。……とりあえず、コーヒー飲んで。ラッセルくん、スミス。午前中は冷めたコーヒー飲ませてすまなかったな」
「氷のないアイスコーヒーだと思えば……」
ラッセルが何か言う前に、スミスが苦笑いして答える。そのとき、ドレイクの執務机の端末でメールの着信音がした。
「何か問題でもあったかな。イルホンくん。ちょっと見てみて」
「はい」
ドレイクに届いたメールの送信元は彼の予想どおりだった。
だが、イルホンは最後の一行を読んで、思わず複雑な笑みを漏らした。
「どうした? 殿下に認めてもらえなかったか?」
ソファに座ったまま、ドレイクが上半身をひねってイルホンに声をかける。
「いえ、それは大丈夫です。もう手続きは完了したそうです。ただ……大佐あてに一言メッセージが」
「メッセージ? たぶん嫌味だと思うけど、何?」
「言っちゃっていいんですか?」
「いいよ、どうぞ」
「『あと四人足りないようだが?』だそうです」
コーヒーを飲んでいた六人は少しむせた。
「ほら、やっぱり嫌味だ。……イルホンくん。適当にお礼書いた後、俺のふりしてこう書いといて。『運命の出逢いを待っています』」
六人は激しくむせた。特にスターリングは気管に入ってしまったらしく、苦しげに咳きこんでいる。
「おいおい、大丈夫か? スミス、背中さすってやれよ。……じゃあ、イルホンくん。そういうことで、よろしく」
「もう書きましたけど、最終チェックは?」
「いいよ、そのまま送っちゃって。お礼返信なら得意でしょ?」
「ええ、まあ。じゃあ『運命の出逢いを待っています』つきで返信してしまいますよ?」
「いいよ」
「……まさか……ここまで殿下とのつながりが深いとは……」
スミスに背中をさすられながら、スターリングは恐ろしげに呟いた。
「それは知っていたが、あんなメールのやりとりをしているとまでは俺も思わなかった。ほんとに殿下、うちの大佐がす……いや、気に入ってるんだな」
「今……何言いかけて言い直した? す……?」
「気にするな。殿下関係はあんなふうに、大佐がうまく対応してくれる」
「気になる……今までのやりとりが気になる……」
「そっちか」
「んじゃあ、正式にうちの隊員になったみたいなんで、ラッセルくんのお隣さんから、名前と昔何を担当してたか、順に教えてもらえる?」
前に向き直ったドレイクは何事もなかったかのようににこやかに笑う。実際、今のような出来事は、ドレイクとイルホンにとってはすでに日常の一部と化していた。
「ええと……バラードです。砲撃を担当していました。……よろしくお願いします」
金髪の男――バラードは、立ち上がるかどうか迷ったようだったが、結局座ったまま自己紹介をし、軽く頭を下げた。ドレイク大佐隊においては適切な態度である。あくまでドレイク大佐隊においては。オールディス以降もバラードにならって、立ち上がらずに自己紹介をした。
「オールディスです。主に情報処理を担当していました。よろしくお願いいたします」
「ディックです。ずっと砲撃でした。よろしくお願いします」
「スターリングです。砲撃担当でした。よろしくお願いいたします」
「はーい、まとめてよろしく。しかし、オールディスくん以外、全員砲撃か。見事に偏ってるな。この中で操縦やってたことある人いる?」
五人は困惑の表情で互いの顔を見合わせた。
「申し訳ありません。できなくはないですが、専門にしていたことは……」
全員を代表する形でラッセルが答える。
「そうか。それじゃあ、しょうがないな」
自分の隣に戻っていたスミスの肩を、ドレイクは笑顔で叩いた。
「スミス。これからおまえは〈新型〉の正操縦士だ」
スミスは一瞬にして固まった。
「え……ただの〝操縦士〟じゃなくて〝正操縦士〟……ですか?」
「そうだ。〈新型〉の操縦桿はおまえ一人のものだ。よかったな。おまえの元同僚に操縦士がいなくて」
「うあああ! 恐れていたことがあああ!」
頭を抱えて叫び出したスミスに、元同僚たちは驚いてのけぞった。
「俺はもう〈ワイバーン〉には乗れないんですかあああ!」
「この前、たっぷり乗れただろ」
「あれっきりですか? あれっきりなんですか?」
「予定は未定だからな。もしかしたら乗る機会もあるかもしれないが、当分の間は〈新型〉専属だ。マシムによくコツを教わっておけ。きっと喜んで教えてくれるぞ」
「ええ……マシムの喜ぶ顔がまざまざと目に浮かびます……」
――スミスさん……かわいそうに。
執務机で事務仕事をしていたイルホンは、元同僚と同じ軍艦で操縦士をしなければならなくなったスミスに、心の底から同情した。
「というわけで、〈新型〉の操縦はこいつがするけど、その他の担当はあえて固定はしない。が、次回出撃時の砲撃は、明日〈新型〉で砲撃のシミュレーションをして、いちばん成績がよかった人間に担当してもらう。まあ、新人に戻ったつもりで頑張ってちょうだい。ほら、スミス先輩もいつまでも落ちこんでないで、元同僚な後輩たちの面倒、しっかり見てあげるんだよ」
ドレイクはにこにこ笑いながらスミスの肩を叩きつづけたが、逆にスミスはますます沈みこんでいく。
「あんなスミス、初めて見た……」
スターリングが怯えた顔をして、隣のディックに囁いた。
「俺も……それほどいいのか、あの軍艦が……」
「しょうがないなあ。じゃあ、あれだ」
ふと思いついたようにドレイクはこんなことを言い出した。
「〈新型〉なら俺も操縦したことあるから、この前、おまえを含めて〈新型〉に乗れなかった四人、明日、訓練航行と称して乗せてやるよ」
それまでうなだれていたスミスが、夢から覚めたように顔を上げる。
「え?」
「さすがにソフィアまでは行けないが、これならマシムからも教わりやすいだろ。……ん? そうするともう一席余裕があるな」
天井を見上げて数を確認したドレイクは、今度は追加隊員たちにうさんくさい笑顔を向けた。
「スミスの元同僚の皆様へ。明日砲撃担当になった一名様に、もれなく〈新型〉ミニ訓練航行体験プレゼント」
「は?」
「最初から最後まで俺が操縦するつもりではいるが、いざというときには、あの〈旧型〉操縦していた操縦士がいるから超安心。……スミス先輩、少しは元気出ましたか?」
ドレイクに問われて、スミスは何度かうなずく。
「はい……明日、出勤できるくらいの元気は出ました……」
それを聞いて、反射的にイルホンは思った。
――じゃ、明後日は?
「なら、スミス先輩。今いる奴らに彼らのことを説明してから、明日の午前九時にまたここに来てちょうだい。ラッセルくんたちも同じ時間にここに集合。一緒に隊の待機室に行くよ。……あ、ついでにスミス先輩、今度から作戦説明はブリッジじゃなくて待機室でやりたいから、場所作っといてくれないかな。スクリーンとかも使えるように」
「……イエッサー」
弱々しくそう答えたスミスには、もう明日出勤する元気もなくなってしまっているようだった。
* * *
「あと四人か」
端末のディスプレイを見ながら、アーウィンはまだ楽しげに笑っていた。
以前の彼は、ヴォルフとキャルしかいない執務室の中でも無表情でいることが多かったが、今では執務室の外でも別人のように感情を表に出すようになっている。むしろ、出しすぎるくらいだ。そして、その動因となっているのは、十中九十、アーウィン言うところの〝変態〟なのである。今の彼は、その〝変態〟が再返信してきた一言をいたく気に入っていた。
「あの変態は、次の出撃までに〝運命の出逢い〟がなくても、新旧二隻は使うつもりでいるだろうな」
「おそらくな」
アーウィンと一緒に〝変態〟の一言に大笑いしていたヴォルフは、今は真顔で答えた。
「あそこは多少乗組員が足りなくても充分戦える。しかし、元ウェーバー大佐隊の班長五人、転属前日にごっそり引き抜いていくとは……相変わらず抜け目ないな」
「〝運命の出逢い〟があったんだろう。今回は狙って引き抜いたわけではあるまい。おおかた、〝取引〟でもしたのではないか? ダーナは元ウェーバー大佐隊の隊員は一人も残留させないつもりらしいからな」
「当然の対応かもしれないが……本当にドレイクの言うことにはことごとく逆らうな」
「だが、あの変態は午前中のうちに、コールタンとパラディンにあんなメールを送ってやったぞ。あれでどれほどの効果があるのかはわからんが、次の出撃で結果を出せないようなら、ダーナ大佐隊はパラディン大佐隊とそっくり入れ替えてやる」
「え? 何でパラディンなんだ?」
「元マクスウェル大佐隊を護衛から追い出す提案をしたのはパラディンだろう?」
アーウィンは美しい顔を意地の悪い笑みで歪めた。
「おまけに、解体までしようとした」
「それはコールタンだって同じじゃないのか。たまたまパラディンが代表して大佐会議を申請しただけで」
「だが、実際申請したのはパラディンだ。……ふむ。一度試してみたいな。ダーナよりも元マクスウェル大佐隊との相性はいいかもしれん」
「アーウィン……おまえ、やっぱりパラディンに何か……」
「別に何もない」
ヴォルフが言い切る前にアーウィンは否定したが、それは逆に何かあると白状したも同然だった。
(もし本当に、ダーナ大佐隊とパラディン大佐隊を入れ替えられたら、今度はドレイクはどうするんだろうな)
当人たちにとっては大迷惑な話だろうが、興味があるといえばある。
――マクスウェル大佐隊が転属される前に、マクスウェル大佐隊の班長の中でいちばんましなのに、〝ダーナ大佐をよろしく頼む〟と言ってやってください。
ドレイクのこのメールに対して、両大佐はすぐに〝了解〟の返信をした。
いずれにせよ、いちばんダーナと仲が悪いように思われるドレイクが、実はいちばんダーナのことを気にかけていることだけは間違いなさそうだった。