02 意外とできる子でした
ウェーバー大佐隊は、一班から五班はアルスター大佐隊、六班から十班はダーナ大佐隊に編入された。
一~五班の〝アルスター大佐組〟は、これでようやくまともな〝大佐〟の指揮下に入れると安堵した。
一方、六~十班の〝ダーナ大佐組〟は、またウェーバーのときと同じことになるのかと失望した。しかし、あの模擬戦で、彼らのダーナに対する見方は大きく変わった。
――元護衛でも、意外とやるじゃないか。
少なくとも、あの浅はかな命令をしたウェーバーより、若くても〝できる〟。
常に冷静沈着で、的確に物事を判断し、歪んだ評価はしない。
ウェーバーのように、部下に空威張りすることもない。
隊は分割されても、ドックや軍港は以前と同じ場所を使用していたので、隊員同士の交流は続いていた。彼らはウェーバーから解放されたことを共に喜びあい、それぞれの〝大佐〟の指揮下で実直に働いていた。だが。
〝ダーナ大佐組〟は〝合流〟のことを、ダーナより先に〝アルスター大佐組〟から知らされた。
「俺たちが……アルスター大佐の下に転属?」
六班長――ラッセルは信じられなくて、一班長――ハワードの言葉を繰り返した。
隊が分割された後、彼ら班長十名は、毎朝必ずミーティングを行うようになった。ハワードは、当然〝ダーナ大佐組〟も知っていると思って、その話題を口にしたのだろう。
「知らなかったのか?」
ハワードには、そのほうが信じられなかったようだった。
「じゃあ、今日、通知するつもりなのかな。先週の大佐会議の結果、殿下がそう決定されたそうだ」
「何で今さら……」
「隊を二〇〇隻にするためだそうだ。おまえらをこっちに編入して、ダーナ大佐隊にはマクスウェル大佐隊の一〇〇隻を編入する。まあ、妥当だな。むしろ、最初からそうしておいたほうがよかったというか……」
そこまで言ってハワードは、ラッセルをはじめとする〝ダーナ大佐組〟が、皆一様に沈んだ顔をしていることにようやく気がついた。
「何だ? 何をそんなに落ちこんでる? アルスター大佐は〝まとも〟だぞ? あのクソジジイとは全然違う」
「それはそうかもしれないが……」
うつむいたままラッセルは答える。
「このまま、ダーナ大佐の下で働けるもんだとばかり思ってたから……」
「そんなによかったのか、ダーナ大佐」
「とりあえず、ジジイじゃない……ジジイはもうたくさんだ……」
ラッセル以外の四人も、黙って何度もうなずいた。
「気持ちはわからないでもないが、殿下の決定は絶対だからな。転属願出すか、退役するかしかないぞ」
「転属願か……受理してくれなさそうだな」
天井を見上げて、八班長――オールディスが嘆息する。
「あの人は殿下が決めたことなら、何でも無条件に従っちまいそうだ」
「マクスウェル大佐隊か……あそこも厄介だったよな」
七班長――バラードはしみじみと言った。
「ウェーバーのクソジジイは余計なことをするタイプだったが、マクスウェルのバカジジイはしなきゃならないことをしないタイプだった」
「どっちにしろ、ろくなもんじゃねえ」
九班長――ディックが忌々しそうに総括する。
「でも、そうするとマクスウェル大佐隊は、一度ダーナ大佐に右翼を追い出されて護衛になって、また元の右翼に戻されたことになるんだよな。……ダーナ大佐、奴らとうまくやっていけるかな」
十班長――スターリングは、心から心配しているようだった。
「おまえら、ウェーバーですっかり〝ジジイ〟がトラウマになっちまったんだな」
呆れまじりではあったが、四班長――ワンドレイは〝ダーナ大佐組〟に同情していた。
「でも、砲撃でダーナ大佐の次に若い〝大佐〟って言ったら、あとはもうあの『連合』から来た〝怪物〟しかいないぞ」
「……ドレイク大佐か」
なぜか一同、声がそろった。
「確か、あそこにはスミスがいたな」
「今思えば、あいつはラッキーだった。ウェーバーが飛ばされる前に転属になった」
「ドレイク大佐んとこでは、うまくやっていけてるのか?」
「そうみたいだな。この前、中央の隊員食堂で、同じ隊員らしいのと和気藹々と飯食ってるの見かけたぞ」
「あの男が、和気藹々……」
「どんな魔法使ったんだ、ドレイク大佐」
「そのドレイク大佐も、隊員食堂で飯食ってたりするぜ」
「〝大佐〟なのに?」
「もともと、外見からして全然〝大佐〟らしくないしな。でも、滅茶苦茶つええ。あの『連合』仕様の軍艦で『連合』の軍艦を片っ端から撃ち落とす」
「ああ、あの軍艦ね……あれだけで殿下に異常に気に入られてるのがよくわかるよな」
「……悪いが、ダーナ大佐の口から直接言われるまでは、この話は聞かなかったことにする」
思いつめたようにラッセルが宣言する。
「まあ、そうだな。もしかしたら、おまえらのうちの何人かは、残留させてくれるかもしれないしな」
ハワードは〝ダーナ大佐組〟を慰めるようにそう言ったが、おそらくそれはないだろうと、半月だけでもダーナの下にいた〝ダーナ大佐組〟にはもうわかっていた。
* * *
ハワードの予想どおり、ラッセルら五名は、その日の午前中にダーナの執務室に呼び出され、すでにハワードから聞かされていたことを淡々と告げられた。
「いつ付で転属ということになるのでしょうか?」
執務机の前に立っているダーナに、表向きは冷静にラッセルが訊ねると、ダーナもまた冷静に答えた。
「明日付だ。急な話ですまないが、他の隊員たちには君たちの口からこのことを伝えてもらいたい。短い間だったが、君たちからは多くのことを学ばせてもらった。砲撃に関しては素人同然の私が右翼担当になれたのは、君たちのおかげだと思っている。……ありがとう」
ダーナは表情をゆるめると、まずラッセルに右手を差し出し、順に一人ずつ握手をしていった。
(うっ……ダーナ大佐!)
今まで〝大佐〟に不遇な思いをさせられてきた彼らは、思わず感涙にむせびそうになった。
「あの……」
遠慮がちにスターリングが口を開く。
「もしも……もしもですよ? 我々が希望すれば、このままこの隊に残留させていただくことは可能ですか?」
ダーナは少し間をおいて回答した。
「それはできない。ウェーバー大佐隊の隊員は、例外なくアルスター大佐隊に転属となる」
――ああ……やっぱり。
顔には出さなかったが、班長たちは心の中で深い溜め息をついた。
「明日付ということは、今日はまだこちらに所属していることになるのでしょうか?」
ラッセルが注意深く確認すると、ダーナは怪訝そうな顔をする。
「そういうことになるが……何かあるのか?」
「いえ、何も。……こちらこそ、大変お世話になりました」
ラッセルは他の四人と共に完璧な敬礼をして、ダーナの執務室を後にした。
* * *
「やっぱり残留は拒否されたな」
ミーティング室に戻ってから、スターリングは肩を落として嘆いた。
「知りたいこと全部知ったから、俺たちはもう用なしってことかなあ」
「そういうわけじゃないだろう。やっぱり殿下の決定に忠実に従おうとしてるだけなんじゃないのか? あと、下手に俺たちが残ってたら、マクスウェル大佐隊と揉めそうだろ」
それでも、残留が認められなかったことは悔しく思っているのか、ディックの口調は苛立っていた。
「別に揉めるつもりはないけどな。そう言われればそうか」
オールディスが納得したようにうなずく。
それまでずっと考えこんでいたラッセルは、ふいに顔を上げて他の四人を見渡した。
「誰か、スミスの携帯番号、知らないか?」
彼らはきょとんとして、互いの顔を見合わせた。