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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【02】マクスウェルの悪魔たち(上)
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プロローグ

 端末のディスプレイを見た瞬間、アーウィンは柳眉をひそめた。


「なぜだ?」


 近頃では、彼が自分の机上の端末を見ていてこういう表情をするときは、まずドレイクがらみである。

 別に命じられたわけではないが、いちいちアーウィンに確認されるのがわずらわしくなったのか、今のキャルはドレイク関係のメールはすべてアーウィンの端末に転送していた。

 ちなみに、昨日の〝新型無人砲撃艦(偽物)試験航行隠し撮り〟の成功報酬として、今朝、キャルはアーウィンからダブルのアイスクリーム(バニラ&チョコミント)を与えられた。


「(今度は)どうした?」


 側近としての義務感からヴォルフがそう訊ねると、アーウィンは端末から目を離さずに答えた。


「あの変態が〝大佐会議〟の申請の仕方をパラディンに訊ねている」

「え?」


 それはまったく予想外だった。ヴォルフはソファから立ち上がり、アーウィンの端末を覗きこんだ。


「新型の礼も副官の代筆だったが、これもそうだな。それにしても、あの男が〝大佐会議〟。……いったい何を話しあいたいんだ?」

「まだ訊いているだけだ。実際に申請するとは書いていない。それよりも、なぜパラディンに訊いたのかが引っかかる。アルスターは文章がくどいから私でも避けるが、なぜコールタンではなくパラディンなんだ?」

「パラディンのほうが好みだからじゃないのか」


 何の気なしにそう言ってみたところ、ドレイクなら確実に歓喜しそうな冷然とした目でアーウィンに睨みつけられた。


「冗談でもそのようなことは言うな」

「俺には他に理由は思いつかん。しいて言うなら、この前の〝人員整理〟のとき、アルスターの他にパラディンも会議の申請をしたってことくらいだ」

「だが、それはあの変態は知らないはずだ。アルスターはバラしていたが」

「ああ、そういえば。……文章くどくなくても、アルスターは避けるかもしれないな」

「あの変態は無意味なことは絶対にしない。コールタンではなくパラディンでなくてはならない理由が、好み以外にも必ずあるはずだ」

「おまえもちょっとは好みだと思ってるんじゃないか。そのパラディンはまだ返信していないのか?」

「ついさっき送信されたばかりだからな。だが、それほど間をおかずに返信するだろう。あの変態がパラディンに訊ねた理由はその返信内容でわかるはずだが……その前にそれを見抜きたい」

「見抜いてどうするんだ。たとえ当たっても、誰もおまえにアイスはくれないぞ」

「別に物も金もいらない。ただ、あの変態が今度は何をたくらんでいるのか知りたいだけだ。今欲しいものなら見当はつくのだが」

「何が欲しいんだ?」

「〝お船〟が新旧二隻そろったら、今度はそこに乗せる〝人〟が欲しいだろう。特に、あの旧型並みに動かせる操縦士が、あと一人二人は欲しいはずだ」

「ああ、なるほど。あそこは確か、ドレイクを入れて九人しかいなかったな。全部〈ワイバーン〉と同じブリッジにしたんなら、六人×(かける)三隻で十八人必要だから、あと九人足りないな」

「おそらく、昨日、旧型を操縦していたのが例の〝〈ワイバーン〉マニア〟だろう。戦闘中でも本物の無人艦のように動かしていたが、ソフィアからの帰りのほうがもっと無人艦のようだった」

「あれは訓練の一環だったのかね。〈ワイバーン〉の周りを蜂みたいに飛び回ってて、何だか〈ワイバーン〉が迷惑しているように見えたが」

「あれはたぶん、〈ワイバーン〉を撮影していた」

「え」

「考えたな。普通に航行している〈ワイバーン〉を撮影するなら、あれほど絶好の機会はない。……くっ、その映像が欲しいが、欲しいとは言えん」


 本気で口惜しそうに言うアーウィンに、ヴォルフは生ぬるい眼差しを向けた。


「ああ……おまえが〝覗き見〟してたこと、自らバラすことになるからな……」

「だが、あの変態が〝〈ワイバーン〉マニア〟に旧型を操縦させたのは、あくまで今回限定だろう。昨日の〈ワイバーン〉の砲撃は素晴らしかったが、動きは生彩を欠いていた。やはり〈ワイバーン〉は〝〈ワイバーン〉マニア〟が操縦しなければ」

「おまえ、その〝〈ワイバーン〉マニア〟と話が合いそうだな。それとも、自分の編集を褒めてもらったからか?」

「それは関係ない。事実を言っている」

「おまえの主観に基づく事実のような気がするが、それはまあ置いといて、あいつはその足りない九人を、どこかから調達しようと考えてるわけだな。……どこから?」

「さあな。少なくとも、この艦隊の中からだとは思うが」


 楽しげにアーウィンが笑う。と、キャルが淡々と彼に報告をした。


「マスター。今、パラディン大佐がドレイク様に返信しました。そちらに転送します」

「早っ」


 反射的にヴォルフが言うと、一転してアーウィンは不機嫌そうな顔になった。


「確かに早すぎる。前もってその返事を用意してあったかのようだ」


 しかし、実際にパラディンの返信を見てみて、アーウィンもヴォルフも腑に落ちた。


「なるほど。これならすぐに返信できるな」

「問題はこれを見て、あの変態がさらにどう返信してくるかだ」


 機嫌を直したアーウィンがそう言った矢先、再びキャルが報告する。


「マスター。ドレイク様がパラディン大佐に返信されました。転送します」

「さらに早っ」

「こちらも最初から返答を用意してあったようだな」


 だが、今度はアーウィンの機嫌は悪化しなかった。ドレイクの返信を一目見て、軽く噴き出す。


「これは間違いなく、あの変態が自分で書いたな」

「ああ、これは間違いない。でも、何でパラディンだとわかったんだ?」

「わかったと言うより、昨日の出撃でいちばん不満を抱いた〝大佐〟はパラディンではないかと見当をつけたんだろう。もしパラディンにそのつもりがなければ、次はコールタンに大佐会議の申請の仕方を訊ねたはずだ。……そろそろパラディンがこちらに送信してくるか」

「つまり、あの男は確認と督促をメール二本でしたわけか」

「本当に、したたかな男だ」

「きっと向こうもおまえのことをそう思ってるぞ」


 そのとき、またキャルがアーウィンに報告をした。


「マスター。今、パラディン大佐から大佐会議申請のメールが届きました。そちらに転送いたしますか?」


 アーウィンは笑って即答する。


「いや、それは必要ない。内容はもうわかっている」


 パラディンは、大佐会議の申請書の具体例として、自身が作成したそれを、そのままドレイクへの返信に添付していた。

 それに対するドレイクの再返信は実に短かった。


 ――ありがとうございます。大変よくわかりました。でも、今回はパラディン大佐が申請してください。せっかく書いたのにもったいない。


「集合は一時間後にしてやろうか」


 ドレイクのメールを見ながら、アーウィンが意地悪く目を細める。


「いくら何でも、それは非道すぎるだろ。明日の午後にしてやれよ」

「私が待ちきれん。それまで何をしていればいいんだ?」

「普通に仕事をしていろよ。そもそも、メールの検閲はおまえの主要業務じゃないだろ」

「今日から正式に主要業務にする。キャル、パラディンに大佐会議の許可を出せ。日時は明日の午後三時。場所はいつもと同じ。他の大佐にもいつもと同じように通知しろ」

「承知しました。……ドレイク様には、集合は午後二時半だとお教えしなくてよろしいのですか?」

「かまわん。知らなくてちょうどいい。あれを他の大佐と同じ時間に集合させたら、開始前に立ち話で会議を終わらせられてしまう」


 アーウィンは渋い顔をすると、メールの表示をすべて消し、ひとまずメールの検閲業務を終了した。

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