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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【01】連合から来た男
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36 護衛艦出撃しました

 その日、皇帝軍護衛艦隊の大佐たちは、無人護衛艦群が持ち場を離れて移動したのを初めて目にした。


右翼(うち)はもう間に合っているから、すべて左翼(あちら)に回したほうがいいと思うが」


 驚く部下たちを尻目に、淡々とダーナは言った。


「何だか知らんが、途中から中央にいた旧型が団体で合流してきたからな。旧型とは思えないほど高性能なのも一隻まぎれこんでいるが」


 その左翼のアルスターは、あの模擬戦のときに味わった恐怖と屈辱とを思い出し、反射的に顔をこわばらせたが、すぐにあれはもう〝味方〟なのだと思い直して、何とか平静を取り戻した。


「実戦で試されたいのだな。新型の無人護衛艦がどこまで使えるか」


 一方、右翼の護衛担当であるパラディンは、スクリーンを眺めながらうらやましげに呟いた。


「有人護衛艦は動けないが、無人護衛艦は動けるか……」


 しかし、左翼の護衛担当であるコールタンは、両腕を組んで苦笑いしていた。


「あーあ。俺たちを守る〝盾〟がお出かけしちゃったよ」


 一〇〇隻ずつに分かれて両翼に向かった新型無人護衛艦群は、無人砲撃艦群と有人砲撃艦群の狭間にあの壁を作り上げながら攻撃を開始する。三群に三方を塞がれて、完全に逃げ場を失った敵の両翼は、もはや死を待つのみだった。


「ああいうのを〝なぶり殺し〟っていうんだよね。怖い怖い」


 空々しく自分の二の腕をさすっているドレイクに、イルホンは冷ややかな眼差しを向ける。


「〝キャルちゃん〟にあの壁を最初に作らせたのは大佐でしょ。それに、うちだって旧型さんたちに逃げ道をなくしてもらってたじゃないですか」

「しょうがないでしょ。うちのスローガンは〝全艦殲滅〟なんだから」

「スローガンって……まあ、確かにそうですけど」


 中央の〈ワイバーン〉は、すでに護衛艦群を殲滅しおえていたが、シェルドンはまだ撃ち足りなさそうな顔をしていた。

 たった一月半ほど前までは、震えながら照準を合わせていた。人が変わるのに時間の長さは関係ないのかもしれない。


「ティプトリー、敵艦艇数は?」


 ドレイクの問いにティプトリーは即答しようとした。が、モニタを見直して、改めて回答する。


「たった今、〇になりました」


 ――〈フラガラック〉の粒子砲なしで〝全艦殲滅〟。

 〈フラガラック〉が護衛艦隊の旗艦となって以来、一度もなかったことだった。


「戦闘時間は?」

「約一時間半です」


 思わずイルホンは目を見張った。


「戦闘時間も記録更新ですか」

「そのかわり、無人艦は確実に一二〇〇隻以上犠牲にしたけどね」

「ああ……突撃艦一二〇〇隻、全部自爆させましたからね」

「旧型突撃艦の〝在庫〟、あとどれくらいあるのかねえ」

「さあ……でも、その〝在庫〟がなくなるまで、あの方法で処分していきそうな気はします」


 〝全艦殲滅〟できたことが確認されると、まず両翼に出張していた無人護衛艦群が、本来の役目である〈フラガラック〉の護衛にすみやかに戻った。続けて、他の無人艦群が隊を再編成し、無人護衛艦群の後方に整然と並んでいく。


「おっといけねえ」


 ドレイクが思い出したように声を上げる。


「〈旧型〉の諸君、戦闘終了だ。こっそり抜け出して戻ってこい」

『こっそりっすか。こっそり抜け出せても、戦闘終了後に〈ワイバーン〉の近くにいたら、普通の無人艦じゃないってもうバレバレっすね』

「戦闘中にバレなきゃいいさ。……〝息吹(ブレス)もどき〟撃っても、エネルギー残量は余裕にあるだろ?」

『ありますよ。〈孤独に〉比五倍ですから。やっぱりこれ、旧型の〝改装〟じゃなくて〝改造〟ですよ。中身はきっと新型』

「それなら、新型の改装、もう一隻頼んだほうがよかったか」

『いや、今は切り替えの過渡期だから、新旧一隻ずつで正解だったと思いますよ。それに、これも〈孤独に〉と同じ〝試作品〟でしょ? 〈孤独に〉みたいにすぐに引退になるかもしれないっすからね。そういや、〈孤独に〉系の量産はもう始めてるんですかね』

「たぶん、量産はしねえんじゃねえかなあ」

『え?』

「〈ワイバーン〉もらったとき、殿下が〈孤独に〉はまだ改良点がありそうだから、量産体制には入ってないって言ってたんだよ。でも、〈ワイバーン〉の中身は〈孤独に〉の改良型だろ? きっと俺らに使わせてみて、量産には向かないってわかったんじゃねえかな。癖ありすぎるもん」

『ああ、確かに。それなら今の〈旧型〉のほうが量産向きかも。やっぱり俺らは〝実験隊〟なんすね』

「そういうこと」


 そのとき、旧型無人砲撃艦群の中から一隻の無人砲撃艦が飛び出してきて、〈ワイバーン〉の後方についた。


「うーん。こうして外から見てみると、本当に旧型の無人砲撃艦としか思えないな」


 スクリーンを見ながら、ドレイクがにやにやする。


『人乗ってますけどね。四人も』

「このまま、新型取りにいっちまうか」

『殿下に断ってかなくていいんすか? つーか、今日は〝殿下通信〟は?』

「殿下通信?」

『戦闘終了後に必ず入る、殿下からの映像通信のことです。命名者キメイス』

「何か、機関紙の名前みたいだな。……ああ、今日はまだ入ってないな。帰りに新型取りにいくことは、昨日メールで伝えてあるし、わざわざこっちから通信入れなくても……」


 そう言いかけたドレイクに、イルホンは無言で首を横に振った。


「……やっぱり、口に出しちゃあいけねえな」

『言っても言わなくても、絶対〝殿下通信〟は入りますって』

「まあ、今回はいろいろやってもらっちゃったから素直に出るけどね。じゃあ、しばらくインカム切るわ。そっちは〈ワイバーン〉の後、くっついてこい」

『イエッサー』


 ドレイクはインカムを切ってはずすと、沈んだ顔でイルホンに再確認した。


「殿下からの例のあれ?」

「例のあれです」

「今、フォルカスから聞いたけど、うちではそれを〝殿下通信〟って呼んでるらしいぞ。イルホンくん、知ってた?」

「あ、はい。そういえば、キメイスさんが言ってました」

「何だ、俺にも教えてくれればいいのに」

「それを知ってどうするんですか? とにかく、今回も艦長席のモニタにだけ映るようにしますからね」

「あーはいはい。……スミス、とりあえず本隊に合流するふりをしろ」

「ふりですか。……イエッサー」


 ドレイクが艦長席にあるカメラの前に立ったのを見計らって、イルホンは〝殿下通信〟をつないだ。そして、前回と同じように脇からモニタを覗きこんだ。

 今回の司令官は切れてはいなかったが、やはり機嫌は悪そうだった。いったい何が気に食わなかったのか、推察するのは前回でやめた。彼の理由はイルホンの想像の域を超えている。


「豪快な〝在庫処分〟でしたね」


 今回はドレイクのほうから口を切った。この二人の通信の特徴の一つは、挨拶の言葉がないことである。


『おまえはまた〝もったいない〟と思っているのか』

「いえ、今回に限っては〝ありがたい〟と思っています。旧型の無人突撃艦の〝在庫〟、あとどれくらいあるんですか?」

『戦闘前には、五〇〇〇隻ほどあった』

「ということは、残り約三八〇〇隻。……あと三回は、あれで〝在庫処分〟できますね」


 司令官は意外そうにドレイクを見た。


『怒らないのか?』

「どうして? 旧型の突撃艦でしょう? あれがいちばんベストな処分方法だと俺は思いますが。とにかく、うちは中央を激薄にしていただいて、大変助かりました」


 ドレイクの返事を聞いて、司令官は表情をゆるませた。どうやら彼は怒っていたわけではなく、逆にドレイクに怒られるのを恐れていたらしい。


(大佐に怒られるのは嫌だけど、話はしたいんだ……)


 気持ちはわかるが、一応ドレイクの上官という立場を考えると、複雑な気分になる。


「旧型の改造……いや、改装もありがとうございました。おまけに、わざわざうちのドックまで届けていただいて。新型はこれから直接取りにいきます。本隊とは別行動をとることになりますが、どうかご了承ください」

『おまえはソフィアに行ったことはないだろう』

「ないですが、行ったことのある隊員がいるので、何とかなると思います」


 ――何でそんな隊員がいるんだ。

 一瞬だが、そう言いたそうな顔を司令官はした。ちなみに、その隊員とはスミスのことだが、知らないほうが互いのためだろう。


『旧型に不具合は出ていないか? 最大出力で旗艦を撃っていたようだが』

「今のところは異常なしです。毎度毎度申し訳ありませんね。突貫作業ばかりさせてしまって」

『かまわん。ここではいつ戦闘になるかわからないからな。悠長に軍艦(ふね)を造っている時間など最初からない』

「まあ……それは確かに。〝時は金なり〟を地でいっていますね、ここは」

『時といえば、戦闘時間の最短記録をまた更新したぞ』

「そうでしたね。今回、粒子砲を使わずに無人護衛艦を動かしたのには、何か理由があるんですか?」

『おまえが言ったんだろう。新型の無人護衛艦は旧型の無人砲撃艦並みに使えたと』

「実戦で試してみたかったんですね。で、どうでした?」

『確かに使える。新型の砲撃艦より威力は劣るが精度はいい』

「でも、護衛艦はあくまで護衛艦ですよ」

『わかっている。今回は粒子砲なしで〝全艦殲滅〟できそうだったからそうしただけだ。次回からはまた使う』

「いや。今後は使わないことを前提にしたほうがいいでしょう。あれは〈フラガラック〉の身を守る、本当に最後の手段にしたほうがいい」


 司令官は訝しげに眉をひそめた。


『なぜだ?』

「あれがあると、部下があてにします。俺も敵の艦艇数が一〇〇〇隻以下になったら逃げればいいと考えてました。ある時期から戦闘時間が長引きはじめたのは、最後にはあれが〝全艦殲滅〟してくれるっていう甘えもあったんじゃないですか。三〇〇〇隻程度、あれなしで対処できなかったら、今後、敵の艦艇数が増えたときに困ります」


 モニタの中の司令官も驚いていたが、イルホンも他の乗組員たちも瞠目していた。

 ドレイクの表情は平生と変わらない。この男は本当はどこまで先を考えているのだろう。


『……増やしてくるか』

「そう想定して、もう一度編制を見直したほうがいいでしょう。今のはまだ〝粒子砲ありき〟ですから。俺もまだ〝在庫〟があるうちに対応策を考えます」

『一度、おまえに編制を任せてみたいものだな』

「それは殿下のお仕事でしょ。俺は殿下に与えられた状況下で悶え苦しむほうが好きです」

『……本当に変態だな』

「そこで『この変態がっ!』って罵ってくださいよ。それじゃあ、変態は今から新型受け取りに行ってきます。気をつけてお帰りください」


 司令官はかすかに苦笑を漏らした。


『試験航行もいいが、早めに基地に戻れ』


 そう言って、通信を切った。

 ドレイクはしばらくモニタを見つめてから、真顔でイルホンに言った。


「見透かされちゃってるよ」


 * * *


 アーウィンは通信を切ると、ソフィア方面に進路を変えて飛び去っていく〈ワイバーン〉と旧型無人砲撃艦(偽物)をモニタで見ていた。それをヴォルフはアーウィンの背後から見ていたが、何となくあの二隻の軍艦に逃げ出されたような心地がした。


(今日の通信内容は、一見軽そうで重かったな)


 試しているつもりが、いつのまにか試されている。アーウィンだけは絶対に裏切らないとドレイクは言ったが、その一方で、自分が仕えるに値する有能な上官かどうか、常に冷徹に観察しているような気がする。アーウィンもそう感じているのか、頬杖をついて押し黙ったままだ。


(粒子砲使わないで最短時間で戦闘終了させたんだから、もっと喜んでもいいと思うんだがな)


 やはり、あの〝在庫処分〟あっての最短時間だから、手放しには喜べないのだろうか。

 ドレイクは終始一貫、効率よく〝全艦殲滅〟することを主張しつづけている。その視野の中には、将来、敵の艦艇数が増えたときのことも入っていることが、今日の通信でわかった。旧型・新型の無人砲撃艦の姿をした有人艦を欲しがったのも、そのために必要だと判断したからなのだろう。ヴォルフにはなぜそんな軍艦が必要なのかまったくわからなかったが、アーウィンはあくまで推測だがと前置きして言った。


 ――無人艦を思いどおりに動かしたいんだろう。目立たないように。


 無人艦の遠隔操作はキャルにしかできない。だが、そのキャルに遠隔操作してもらうためには、アーウィンを通じて命令してもらわなければならない。ドレイクなら不可能ではないが、強制撤収以外なら、アーウィンに頼むことなく無人艦を動かす方法はある。

 有人艦を動かすのだ。

 無人艦は〝有人艦を守る〟という〝本能〟にしたがって、その有人艦についてくる。

 このとき、その有人艦が無人艦と同じ外観をしていれば、敵にも味方(〈フラガラック〉以外)にも、無人艦群が遠隔操作によって動かされているようにしか見えない。敵からは狙い撃ちされにくくなるし、味方(〈フラガラック〉以外)からは無人艦を〝操作〟していると気づかれずに済む。無人艦のふりをして、他の隊に加勢することもできる――ということも、今日の戦闘で知った。


 ――言い換えれば、私やキャルの無人艦の操作が歯痒くてならないということだ。


 そう言うアーウィンの顔には、自嘲の笑みが浮かんでいた。


 ――私よりもあの変態のほうが、ずっとうまく無人艦を動かせる。模擬戦のとき、あの男は三〇〇〇隻を操作して〝撤退〟した。


 しかし、有人艦一五〇隻を指揮することはできないと拒否しつづける。一五〇隻分の部下の面倒は見きれないということなのだろうが、そのせいで他の大佐たちにしわ寄せがきている気がしないでもない。


(何にせよ、ドレイクがここに亡命してきてくれて本当に助かった。あの男なら何度でも生きて帰って、いつかはこの〈フラガラック〉を落としちまいそうだ)


 ヴォルフが安堵の溜め息をついたとき、相変わらず頬杖をついた格好のまま、アーウィンが呟いた。


「どうしたら試験航行が見られるんだ」


 ヴォルフはすぐには何も言えなかった。


「おまえは……今までずっとそんなことを悩んでいたのか?」


 てっきり、今後の編制のことでも考えているかと思っていたのに。


「マスター。その件ですが」


 アーウィンの呟きを聞きつけたキャルが、無表情に彼を見下ろす。


「基地への帰還途中、ソフィアに無人艦を帰港させなければなりませんので、タイミングさえ合えば、無人艦のカメラを使って見られるかもしれません」


 アーウィンは頬杖をはずして、キャルを見つめ返した。


「そうか。その手があったか」

「遠隔操作可能域にソフィアが入りしだい、無人艦を少しずつ時間差をつけて帰港させます。おそらく、どれかは遭遇するのではないかと思うのですが」

「今の速度で間に合うのか?」

「あちらがいつソフィアを出港するかわかりませんので、断言はできませんが、計算上は間に合うはずです」

「キャル。成功報酬は何がいい?」

「ダブルのアイスでお願いします」

「よし、わかった」


 あくまで真剣に話しあう主従を見ながら、ヴォルフは心の中で叫んだ。


(ドレイク! こいつらに比べたらおまえはまともだ! まともすぎる!)

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