32 謎が解けました
翌日、ドレイクは〈ワイバーン〉のブリッジのスクリーンを使って、総司令部から送信された例の配置図を隊員たちに見せた。
「大佐の予想どおりでしたね」
イルホンが思ったのと同じことをフォルカスが口にした。
「まあな」
砲撃席でドレイクがにやりと笑う。
「でも、昨日の模擬戦じゃ、俺らは〝敵〟として参加してるからな。この編制がうまく機能するかどうかは、やってみなくちゃわからないっていうのが正直なところだ」
「基本的には、この前と同じですか?」
これはスミスが訊ねた。
「殿下にお願いした〝お船〟が間に合わなければそうなるな。あの人のことだから、どんな手段を使ってでも間に合わせてきそうだけど」
「〝お船〟……ああ、新型の無人砲撃艦を改装した軍艦ですか」
「フォルカスから聞いたのか? いや、実は昨日、メールで旧型の無人砲撃艦バージョンも追加で一隻お願いしたんだ。そしたら、こっちの旧型を優先させるって返信があった。だから、仕上がってくるのは旧型のほうが早いだろうが、もしかしたら出撃前に新旧二隻そろっちまうかもな」
――あの追伸……きっと大佐が書いたと思ったんだろうな。
もちろん、そう思えるようにわざと書いたのだが、その後の返信の早さ(三分後だったが、見たのは当然今朝だった)を考えると、さすがに悪のイルホンも胸が痛んだ。
「それにしても、無人砲撃艦にそっくりな軍艦なんて、いったいどうするつもりなんですか?」
全隊員が疑問に思っていることをキメイスがドレイクにぶつける。ドレイクは無精髭を掻きながらあっけらかんと答えた。
「まあ……一言で言うなら〝贖罪〟かな」
「贖罪?」
「〝無人砲撃艦さん、今までさんざん撃ったり盾にしたりしてごめんなさい〟」
「はあ……」
隊員たちはぽかんとしていた。イルホンも今朝説明を聞かされていなかったら、彼らと同じ状態になっていただろう。
「とりあえず、現時点ではこの前と同じだ。旗艦を撃つ。敵艦艇を一隻でも多く減らす。一〇〇〇隻切ったら即行逃げる」
「また敵陣を突っ切っていくんですか?」
「そのほうが早く逃げられればそうする」
「〝逃げる〟ってなあ。確かに〝逃げる〟だけど」
「〝お船〟の進捗状況は、明日、殿下の執務室に行くからそのときわかるだろ。で、こっちはそのとき、返却しなけりゃならないものと、提出しなけりゃならないものがある。まずフォルカス」
「へい」
「殿下から借りた例のインカム。殺菌消毒して、指紋一つ残さずきれいにしといてくれ」
「殺菌消毒までするんですか?」
「こんなおっさんが使ったんだぞ? そこまでして返すのが礼儀ってもんだろう」
ドレイクは真面目にそう言ったが、司令官はそこまできれいにしてもらうことは望んでいないような気がイルホンにはした。
「次にティプトリー」
「は、はい?」
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、ティプトリーはひどく驚いた様子で返答した。その隣には当たり前のようにシェルドンがいる。
「殿下からのオーダーだ。〝じゃないほう〟が〝クレー射撃〟したときの中から見た映像。編集なしで全部ダビングしてくれ」
ティプトリー以外の隊員たちは、大きくどよめいた。
ティプトリーはシェルドンと目を合わせてから、嬉しそうに笑った。
「イエッサー!」
「ついでに〝じゃないほう〟から転送された映像と、〈ワイバーン〉の〝クレー射撃〟の映像も一緒にダビングしておいて。……イルホンくん」
「はい」
イルホンはティプトリーに空のメモリカードが大量に入った箱を手渡した。が、ティプトリーは箱を持ったまま、ためらいがちにドレイクに切り出す。
「あの……大佐。昨日の、無人艦の予測のズレの件なんですけど……俺にはどうしても、原因がわからなくて……」
「ああ、これ?」
ドレイクはコンソールを操作して、例の投擲場のような予測画面を表示させた。
〝じゃないほう〟組だったスミス・キメイス・シェルドンは、〝完成品〟を見る機会がなかったので、興味津々で画面の前にむらがる。
「俺にも原因はわかんないけど、もしかしたらと思うのは、〝じゃないほう〟と〈ワイバーン〉のレーザー砲の違いかな」
「レーザー砲?」
「このボーダーラインは、あくまで〈ワイバーン〉のレーザー砲を使用した場合のラインだろ? あっちはさ、ほんのわずかだけど、〈ワイバーン〉よりも反応が遅いんだ。だから、〝じゃないほう〟は〈ワイバーン〉よりも早めに撃たないと間に合わない。つまり、〈ワイバーン〉が〝じゃないほう〟のように急所を撃ち抜いていくためには、この予測画面でいうと、ライン手前で撃たないといけないわけだ」
情報処理畑のティプトリーには、レーザー砲のことなどまったく想像外のことだったようだ。何も言えずにまじまじとドレイクを見つめていた。
「まあ、あくまで推測だけどね。ためしに〈ワイバーン〉が〝クレー射撃〟したときの映像を解析して予測しなおしてみたら? 今度はラインとぴったり一致すると思うよ」
可能かどうか考えるような間をおいてから、ドレイクに頭を下げる。
「ありがとうございます。さっそく確認してみます」
「あ、でも、その前にダビング済ませておいてね。俺だとなくしそうだから、ダビングしたのはイルホンくんに渡しておいて」
「イエッサー」
ティプトリーはシートに座ると、まずはドレイクに命じられたとおりダビングを開始した。
「やっぱり、〈ワイバーン〉のほうが性能いいんだ……」
シェルドンの独り言に、ドレイクが苦笑を漏らす。
「一概に性能がいいとも悪いとも言えないな。性能というよりは癖みたいなもんだ。まったく同じ車種でも、一台一台微妙に差があったりするだろ。俺もこういうズレが出るとは思わなかった。模擬戦中に全部いっぺんに済ませようとした罰かな」
「でも、あそこに〝じゃないほう〟を置いておかなかったら、アルスター大佐隊をリタイアさせることもできませんでしたし」
反論という形で、スミスがドレイクの作戦を肯定する。ドレイクははにかむように笑ってから、しみじみと言った。
「あれが〝じゃないほう〟の最後の大仕事だったな。……そういや、〝じゃないほう〟に非公式に名前をつけるって言って、そのままになってたな。〝じゃないほう〟じゃあまりにも〝かわいそう〟だから、改めて公募する。採用されれば金一封。金額は秘密。明日、殿下から映像もらってきてから投票で決めるから、それまでに候補考えとけよ」
「もう〝じゃないほう〟で決定なのかと思ってた……」
キメイスが小さく呟いたが、ドレイクはそれを聞き逃さなかった。
「捨てたわけじゃないが、もてあそんでシートとった責任はとるよ」
* * *
ダビングしたメモリカードと共に、ドレイクとイルホンが〈ワイバーン〉ブリッジを出ていった後、ティプトリーは予測画面のズレの原因の検証作業にかかりきりとなった。
他の隊員たちは整備の打ちあわせをしているふりをしながら、誰も邪魔するなオーラを全開にしているティプトリーの様子を窺っていた。
「プログラム関係のことになると、ほんとに人格変わるな」
「大佐とシェルドンほどじゃないけどな」
「ええっ、俺?」
「まあ、大佐ほどじゃないけどな」
「でも、本当に大佐が言ってたのが原因なのかねえ。それでもし当たってたら、大佐、神だよ、神」
「俺にとっては、すでに神だけど」
「そうだな。シェルドンにとってはそうかもな」
「それより、〝じゃないほう〟の名前だよ」
「え、〝お船〟の話じゃなく?」
「いつ来るかわかんない〝お船〟の話してもしょうがないだろ。大佐の考えることは凡人にはわからねえ。それより〝じゃないほう〟の名前候補考えたほうが建設的ってもんだろ」
「そうかなあ……」
「とりあえず、〝じゃないほう〟は消えたな」
「ということは、〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟も消えたな」
「最有力候補だったのに……残念でしたね、スミスさん」
「え、俺が言ったのか?」
「前に大佐が言ってました。あの人、記憶力いいですから、間違いないと思います」
「うーん。金一封を逃した」
「やっぱり〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟がいちばんわかりやすかったですね。これを超える名前ってあります?」
「……〈零号〉?」
「〈一号〉と大差ない気がするが、ちょっとはましか」
「〈フラッグ・ゲッター〉。……旗艦とりに特化した軍艦だから」
「納得はできるが、合体しそうだな」
「じゃあ……〈孤独に〉」
「それはすでにうちの流行語大賞にノミネートされている」
「ええっ、知らなかった!」
「シェルドン……知るわけないよ。うちにそんな大賞ないから。今、フォルカスが勝手に創設した」
「ちなみに、他には何がノミネートされてるんですか?」
「訊くなよ、マシム」
「他にか? えーと……〝男の子だねえ〟〝おっさんの勘〟〝サブシート〟〝クレー射撃〟〝生きて帰る〟〝殿下通信〟……あ、おまえの〝ミステリー〟もノミネートしといてやる」
「ありがとうございます」
「何、礼言ってるんだよ。しかしそれ、ほとんど大佐発だな」
「どうしてもそうなっちゃうんだよな。〝クレー射撃〟とか〝連弾〟とか、たとえもうまい」
「今のところ、最有力候補は〝孤独に〟?」
「そうだな。やっぱりそれがいちばん使い勝手いいよな。〝孤独に〟非破壊検査とか〝孤独に〟宿直とか」
「授賞式はいつですか?」
「マシムー」
「年末だな。原則、投票で決定されるが、審査員長は当然、創設者の俺だ」
「大賞に選ばれると、賞金とかもらえるんですか?」
「賞金じゃなく賞品だ。経費で落としてもらえそうだから」
「何で〝じゃないほう〟の非公式名称の話から、流行語大賞の話に……」
「まさに〝ミステリー〟」
「マシム、流行語大賞に乗り替えたな」
「あ、そういや〝乗替〟もあったな。何か懐かしー」
隊員たちが整備の打ちあわせを激しく逸脱した会話をしていた間、ティプトリーは〝孤独に〟作業を続けていた。
やがて席を立ち、例の予測画面を覗きこんだ彼は、歓喜に満ちた声を上げた。
「やった! 一致した!」
それを聞いた隊員たちは、すぐさま予測画面の表示されたモニタの前へと押し寄せた。
「え? え? 何これ? 今どんな状態?」
「デモンストレーションしているような状態です。今度は〈ワイバーン〉で撮影した映像から無人艦の動きを解析し、それをもとに予測プログラムを作り直して、そこに実際の戦闘データを流しこんでいます。もっとわかりやすく言うと、今コンピュータ内で〝クレー射撃〟をしている状態です」
興奮したティプトリーの説明を受けても、なぜそんなことができるのか、隊員たちの大半には理解不能だったが、予測された艦影が射程圏内外を示すボーダーライン上に来ると、次々と掻き消されていくことだけは見ていてわかった。
「ということは……大佐はやっぱり神だったってことか?」
「どうしてそういう結論になるんだか……でもまあ、やっぱりすごい人だったっていうのは確かだな」
「とにかく、原因がわかってよかった……」
スミスのほっとしたような言葉に、ティプトリー以外の隊員は何度も深くうなずいた。
「はい。よかったです。……自力で解決できなかったのが少し悔しいですけど」
少しどころではなさそうな顔をしてから、ティプトリーはフォルカスに微笑みかける。
「フォルカスさん。俺は〝じゃないほう〟の名前候補と流行語大賞それぞれに、〝孤独に〟を推します」
作業に没頭しているように見えたが、自分たちのバカ話もしっかり聞いていたようだ。
「あ……そう」
フォルカスも他の隊員も、申しあわせたようにシェルドンを見たが、彼はわけがわからず、きょとんとしていた。