31 模擬戦終わりました
〝クレー射撃〟は唐突に終わった。
〈ワイバーン〉は、左翼にまで拡張された無人砲撃艦の〝壁〟の向こうに消えた。
〝壁〟は砲撃を続けながら、ちょうどVの字の頂点をこちらに向けた形に変形し、旗艦と護衛艦群を覆い隠したまま、高速で離脱した。
――「仮想・連合」の最終残存戦力、約一一〇〇隻。
〝撤収〟と呼んだほうがふさわしいような、あまりに鮮やかで美しい〝撤退〟だった。
「……そうか。あのとき、そうやって撤退したかったのか」
スクリーンを見つめたまま、アーウィンが呟く。
はじめから対等な模擬戦ではなかった。ヴォルフは遊戯のようなものだと考えていた。
それでも、ドレイクはアーウィンの要求にすべて応えたうえで、最後は自分の望みどおり、見事な〝撤退〟で締めくくった。その意味で、確かにドレイクはアーウィンに勝ったのだ。
「マスター」
ドレイクと共に〝勝利者〟となったキャルは、模擬戦が始まって以降、初めてまともにアーウィンを見た。
「ドレイク様より、もう模擬戦は終了ということでよいのかとのことです。私の遠隔操作可能域を出てしまうと、無人艦が自爆してしまうので」
「いったいどこまで撤退する気だ」
アーウィンは呆れたように眉をひそめる。
「終了だ。さっさと帰ってこいと伝えろ。早く戻ってこないと置き去りにして、無人艦を自爆させる」
「本当にそのとおりにお伝えしてよろしいのですか?」
「あー、前半だけでいい。〝模擬戦は終了。さっさと帰ってこい〟」
ヴォルフがそう口を出すと、キャルはうなずいて、彼の言ったとおりにドレイクに伝えた。
「ヴォルフ。近頃修正が多すぎるぞ」
「おまえが修正が必要なことばかり言うからだ」
「今の発言のどこがいけない?」
「置き去りになどできないだろう」
しばらく間をおいてから、アーウィンは嘆息した。
「新型の無人艦も自爆させられない。……あの変態に怒られる」
* * *
「〝模擬戦終了〟だ」
にやりとしたドレイクを見て、乗組員たちはようやく安堵の溜め息を吐き出した。
「キャルちゃん、お疲れさん。〝マスター〟に勝ててよかったね。模擬戦終わったから、もうこのインカムは使わないよ。キャルちゃんは無人艦の回収をお願い。俺たちも〝さっさと〟帰るから」
ドレイクがインカムを通して言ったと同時に、無人艦約一一〇〇隻はいっせいに反転し、隊列を保ったまま超高速で飛び去っていく。
無人護衛艦群に合流していた〈ワイバーン〉と〝じゃないほう〟は、無人艦群が消えてから反転して、再び仮初の戦場へと引き返しはじめた。
「終わってみれば、こちらの残存戦力約一一〇〇隻。……危なかったっすね」
まだ艦長席に座らずにいるドレイクに、自分の席に戻ったフォルカスが苦笑いして話しかける。
「そうだな。予想外にダーナが頑張ってくれちゃったからな」
軽く応じながら、ドレイクはインカムをはずしてスイッチを切った。
「結果的にはこの模擬戦、建前どおりにダーナのテストになってたな」
「新型無人艦のテストにもなってましたけどね」
「ああ、あれいいな。旧型より明らかに性能アップしてる。あれじゃもう〝クレー射撃〟はできないな」
「そうですかね。必ずどこかに〝急所〟はあると思いますけどね」
「あったとしても、もう無人艦は撃ちたくねえなあ。有人艦より素直で健気で可愛い」
「そりゃ、〝キャルちゃん〟が遠隔操作してくれてたからでしょ」
「まあな。オートじゃこっちのお願い、きいてくれないからな」
「俺はいくら〝キャルちゃん〟や無人艦が優秀でも、大佐の〝お願い〟がなかったら、今回〝撤退〟はできなかったと思ってますがね。おまけに、間に〝クレー射撃〟まで挟みこんでるし」
「殿下がお望みとあらばやるしかなかろう。でも、今回はうちには特別手当出してほしいよな。〝敵役やらせちゃってごめんね手当〟みたいな」
「その手当名はともかく、特別手当は欲しいっすね。でなかったら、この前みたいに映像だけでも。俺は今回は〝撤退〟したときの映像が見たいっす」
フォルカスがそんなことを言い出したとたん、ブリッジの各所から要望の声が上がった。
「俺は外から見た〈ワイバーン〉が〝クレー射撃〟してるとこ! 今回はそれだけでいいです! 移動少なかったから!」
「不本意ですけど、左に同じ……」
「外から見た〝じゃないほう〟の映像全部! 編集自分でやります!」
「おいおい。あくまで〝くれたらいいな〟って話だぞ?」
呆れたようにドレイクが笑う。
「でも、大佐がお願いすれば、殿下は何かしら出してくれるんじゃないですか? 今回はこの前の映像分差し引いても、充分おつりがくると思いますよ」
映像の要望は出さなかったイルホンがそう言うと、ドレイクは思案顔になって顎を撫でた。
「欲しいものはあるけど、その代償が怖いんだよな……」
「金じゃないんですか?」
「いや、俺はそれでもいいんだけどね」
そのとき、イルホンの席で通信の通知音が響いた。
「イルホンくん。それ、いつものあれかな」
ドレイクが無表情に訊ねてくる。イルホンは発信元を確認してから冷静に答えた。
「はい。……いつものあれです」
「俺、今回何かしくじった? 〝撤退〟したのがいけなかった? 今回は何? 何なの?」
とたんにドレイクがあせりだす。しかし、イルホンは無情にもこう切り返した。
「わかりませんが、このときのために、キメイスさんから教わっておきました。スクリーンに映さず、艦長席のモニタだけに映す方法!」
同時に、イルホンとドレイク以外の乗組員たちは拍手喝采した。
「いいぞ、イルホン! グッジョブ!」
「もう〝起立・敬礼・隙を見て着席〟しなくていいんだな!」
「ひどい! ひどいよ、イルホンくん!」
ドレイクが艦長席に両手をついて叫ぶ。
「俺一人であの人と話せっていうのかい!?」
「何を今さら。いつも一対一で話してるじゃないですか」
「もしかしたら、君たちにも話したいことが……」
「それは絶対ありえませんから。……つなぎます」
イルホンは有無を言わさず、いつものあれを艦長席のモニタに映した。が、何を話すのかが気になって、カメラに映らないようモニタを覗きこむ。
モニタの中の司令官は、思いきり不機嫌そうな顔をしていた。やはりスクリーンに映さなくてよかったとイルホンが思ったとき、司令官はいきなり怒鳴りつけた。
『遅いっ!』
思わず隊員たちが振り返ってしまったほど、その声は大きく苛立っていた。
「えー……応答するのが?」
さすがにドレイクも困惑したように司令官に訊ねる。
『違う! 戻ってくるのがだ! どうしてそれほど遠くまで〝撤退〟する必要がある!』
「いや、単に〈フラガラック〉の粒子砲の射程圏外まで逃げようとしただけですが」
『私がおまえたちに粒子砲を撃つはずがないだろう!』
「それはわかってましたけどね。たとえ模擬戦でも、そこは実戦どおりにと思いまして」
『無人艦はもう帰ってきたぞ!』
「無人艦と有人艦を一緒にしないでくださいよ。そもそも、こちらの無人艦は新型を使うなんて一言も聞いてませんでしたよ」
『それで何か不都合があったか?』
「いえ、別にないですけどね。……次の実戦から投入するんですか?」
『その予定だ。順次数を増やして切り替えていく』
「ああ、それがいいですね。旧型、もったいないですから」
『だが、致命的な弱点がある』
「大丈夫ですよ。実戦でそこを狙いうちしていこうなんて考える阿呆は、もうこの艦隊にしかいませんから」
ドレイクのこの言葉で、司令官は明らかに機嫌を直した。
自称〝口下手〟ドレイクは、話をずらしてこの司令官の怒りを静めるのはうまい。それでどうしてあれほど直接話すのは嫌がるのか、イルホンには謎である。自然体で話しているように見えるが、実はかなり気を遣っているのだろうか。
(殿下は単に大佐と話がしたくて、毎回、映像通信入れてきてるように見えるけどな)
やることはしばしば悪魔だが、徹夜で映像編集してくれる律義な悪魔でもある。
「〝クレー射撃〟、ご満足いただけましたか? でも、もう一度やれと言われても、もう二度とやりませんからね。無人艦がかわいそうでもったいない」
『〝かわいそう〟か。……ああ、とても満足した。それに〈ワイバーン〉以外でもできたのだな。意表を突かれた』
――え、〝じゃないほう〟もチェック済み!?
はっと気づいてティプトリーに目をやると、彼は嬉しさをこらえきれないように笑っていた。イルホンは見なかったことにした。
「プロデューサー並みの複眼ですね。ちなみにそっちは〝山勘〟ですよ」
『山勘?』
「〝山勘〟と言ったら言葉は悪いですが、元祖〈ワイバーン〉がコンピュータを使ってやったことを、人間の頭の中でやったってことです。だから長時間は無理」
『なるほど。一瞬、おまえがあちらで撃っているのかと思った』
「俺はもう〈ワイバーン〉にしか乗らないし、砲撃もしませんよ。ところで殿下。今回も録画してますね」
もはや疑問形ではなく断定形だった。司令官はぎくりとし、隊員たちはぴくりとした。
『一応……テストも兼ねていたので、記録はとってある』
それらしいことを司令官は言ったが、視線はドレイクから微妙にそれている。
「それなら、今回もうちが資料として欲しい映像をダビングしていただけないでしょうか? 複数あるので、基地に戻ったら、メールでリストを送らせていただきます」
『複数あるのか?』
司令官はあせったようにドレイクに目を戻した。
「そのかわり、殿下もご覧になりたい映像がありましたら、メールでお知らせください。編集して提出いたします。ただし、今回の模擬戦中の映像限定です」
――殿下相手に取引してる……
やはり、司令官と話すのを嫌がっていた人間の言うこととはとても思えない。最初は切れまくっていた司令官も、いつのまにかドレイクに押されている。
『私は一つだけだから、今言えるぞ?』
「……あったんですね。それでもメールでお願いします。口約束だと、言ったの言わないのと揉めそうなんで」
『今まで揉めたことがあったか?』
ドレイクはここぞとばかりににっこり笑った。
「この通信、今、俺一人しか聞いてないんで、俺が忘れたらアウトです」
――根に持ってる!
乗組員たちは――特にイルホンは、内心恐怖に震えた。
「実は、映像以外にも殿下にお願いしたいことがあったんですが……それもメールでお伝えします」
『私は忘れないぞ』
司令官はむっとしたように唇をとがらせる。
『それは今言え。メールなど待っていられん』
「殿下……この艦隊にいたんじゃ無理もないですが、もう少しだけ気長になったほうがいいと思いますよ。それじゃ、お言葉に甘えて言わせていただきますが、新しいお船をもう一隻いただけないでしょうか?」
『船?』
「今回は模擬戦だったんで使いましたが、〝山勘〟のほうはエネルギー容量が小さすぎるんで、普段はシミュレーターにしてるんです。今日、新型の無人砲撃艦を見て思ったんですが、あれとまったく同じ外観で、中はこの〈ワイバーン〉と同じお船があったらいいなあと。さらにエネルギー容量が大きければなおよし」
一瞬、瞠目してから、まさに悪魔のように司令官は笑んだ。
『またろくでもないことを考えているな』
「それ、殿下にだけは言われたくないです」
『よかろう。それなら〈ワイバーン〉の改装より簡単にできる。とりあえず一隻、おまえの希望どおりに改装させよう』
「また俺らは実験台ですか……」
『今のはおまえが自分から言い出したことだろう。……やっと来たな。基地に戻ったら真っ先にメールをよこせ』
そう言い捨てて、司令官はまた自分のほうから通信を切った。
(やっと来た……?)
モニタからスクリーンに目を移せば、新型の無人艦群に囲まれた〈フラガラック〉が、今にも発進しそうな態勢で、「帝国」の軍艦に戻った二隻の合流を待っていた。
「大佐が欲しかったのは、金ではなく、軍艦でしたか」
感心してイルホンが言うと、ドレイクは決まり悪そうに笑った。
「ほんとは金も欲しかったけど、さすがにそれは言えなかった」
* * *
ドレイクとイルホンが執務室に駆けこむと同時に各自の端末を確認してみたところ、案の定というべきか、すでに総司令部からメールが届いていた。
「模擬戦前から準備しといたのを、一斉送信したみたいだな」
自分の端末を見ながら、ドレイクが苦笑いする。
イルホンの端末に届いていたメールは二件。一件目は、ダーナを右翼の砲撃艦群指揮官に任命したという通知。二件目には、一件目をふまえた、次回出撃時の配置図が添付されていた。その図は三日前にドレイクに命じられて作成した予想配置図とまったく同じだったので、今回はイルホンは驚かなかった。
一方、ドレイクの端末には、この二件の他に〝悪魔からの要望書〟が一件届いていた。
「やっぱりね」
その内容を見て、ドレイクはにやにやした。
「これは無理だよねえ。ティプトリーにダビングさせないと」
「殿下が欲しい映像って、いったい何だったんですか?」
「俺らは何度でも見ることができた映像だ。……〝じゃないほう〟が〝クレー射撃〟したときの中から見た映像」
「ああ……なるほど」
「〈ワイバーン〉のほうは準備万端整えてただろうけど、まさか〝じゃないほう〟まで〝クレー射撃〟できるとは思ってなかったんだろ。俺らでさえ思ってなかったもんな」
「……ティプトリーはシェルドンがするつもりだったって知ってたみたいですけど……」
「それでも、本当に成功するかどうかは、シェルドン本人だってわかってなかっただろ。……うーん、インカムも一緒に返したいから、明日の午後に執務室にお伺いしますって返事しとくか?」
「その前に、うちのほうの映像の要望をまとめておかないと。また殿下に徹夜で編集させてしまったら申し訳ないですから、それも考慮して」
「今回はそんな凝った編集は必要ないと思うけどな。〈ワイバーン〉が〝クレー射撃〟してる間の外から見た映像と、撤退するときの映像と……あー、〝じゃないほう〟の外から見た映像全部ってのは難しいか。編集なしでも、拾い出すだけでかなり手間食いそうだよな」
「……〝じゃないほう〟の映像も、やっぱり要望するんですか……?」
「今回の最大の功労者のティプトリーがあんなに欲しがってるんだから、もらってやらなきゃかわいそうだろ。それに俺も見てみたいんだ。今後の参考にしたい」
「そうですか。それなら、明後日の午後二時ではどうですか? それで都合が悪ければ、また折り返しご連絡くださいということで」
「そうだな。では、イルホンくん。以上の内容を端的にまとめて、俺の代わりにメール返信してちょうだい」
ドレイクはイルホンの腕をつかんで強引に立たせると、力ずくで自分の席に座らせた。
「いいかげん、自分で書いてくださいよ……」
「そんな複雑な内容、俺が書こうとしたら、それこそ提出日すぎちまうよ。普通濃度のコーヒー淹れてやるから、ほれ、頑張れ」
大佐にそんなことはさせられませんと言う気もなくしたイルホンは、ドレイクの端末でこれまで話した内容を文章化しはじめた。
「その返信出したらとっとと帰ろう。俺は早くうち帰って寝たい」
執務机の隅に普通濃度のコーヒーを置いてから、ドレイクはソファでコーヒーを啜った。たぶん、そのコーヒーは普通濃度のお湯割りだ。
「俺も今日は早く帰って休みたいです。別にこれといった仕事はしてないんですが……精神的に疲れました」
「ティプトリーのこと、気にしてんの?」
いきなり図星を突かれて、イルホンの手は一瞬止まってしまった。
「……まあその……紹介者は俺なんで、何かあったらまずいなあと……」
「何かあったら俺が何とかするさ。採用したのは俺だから」
「……大佐。一度、訊いてみたかったんですが」
再び手を動かしながら口も動かす。
「大佐が不採用にしたあの三人は、全員、陛下のほうが殿下より偉いと思うって答えたんですか?」
「いや。一人は殿下って答えたな」
「でも、不採用にしたんですか」
「せっかくイルホンくんが紹介してくれたんだから、十人全員採用してもよかったんだけどね。あの三人は他でもやっていけると思って、あえて不採用にした」
「まるで俺が問題児ばかり紹介したみたいじゃないですか……」
口ではそう言ってみたものの、確かに採用された七人は、実力はあるのに環境に恵まれていないなど、何かしら問題のある人間ばかりだったので、心の中では動揺していた。
「いやいや。上官が元『連合』の軍人でもかまわない人間を選ぼうとしたら、自然と問題児ばかりになるって。それでもイルホンくん。うちは君にはとても居心地がいいだろう?」
「え? あ……はい」
「それはそうだ。うちには君が選んだ人間しかいない。俺も君の〝雇われ店長〟ならぬ〝雇われ大佐〟だ」
早く帰りたいのに、イルホンはまた作業を一時中断してしまった。
「そんな……俺を副官にしたのは大佐でしょう?」
「うん。君が俺を気に入ってくれてたから。そんな君なら、俺の気に入る人間を紹介してくれると思った。その期待どおり、君は今の奴らを紹介してくれた。五人採用しようと思ってたのに、つい二人多く採用しちまったくらいだ。おかげで〝サブシート〟を設置しなくちゃならなくなった」
――卵が先か、鶏が先か。
自分は、ドレイクに選ばれたのだと思っていた。
だが、実は自分がドレイクを選んでいたのだろうか。
この男を、自分の上官にしたいと。
「でも、追加で入れる隊員は、俺がどうにかするよ。今度は即戦力重視でいきたいから。もちろん第一条件は、今いる奴らとうまくやっていけるってことだ」
「……最終的には、十八人にしたいんですか?」
「そうだな。でも、今はお船が足りない」
「お船ですか。……大佐、文章作成終わりました。最終確認お願いします」
「話しながらでも書けるところがすげえよな。俺には絶対できない」
ドレイクはソファからイルホンの背後に移動して、端末のディスプレイを覗きこんだ。
「総務出身はみんなこんなふうに書けるのかねえ……」
ぶつぶつ言いながらすばやく目を走らせていたドレイクは、最後の文章を見て一瞬驚き、すぐににたりと笑った。
「イルホンくん。おぬしも悪よのう」
「大佐の副官なので。とりあえず、こちらを増やそうと」
イルホンはにやりと笑い返して、ドレイクが淹れてくれたコーヒー――分量を厳守しているので味はまともだ――を飲んだ。
「よし、OKだ! ありがとう、イルホンくん! これを送信して、即行帰るぞ!」
「殿下は今、ご自分の執務室にいらっしゃるんでしょうか」
「いるんじゃないかな。だから、返信される前にここを出る!」
「イエッサー!」
ドレイクとイルホンは急いでコーヒーを飲み干し、メールを送信したと同時に端末の電源を落として、執務室から逃走した。
* * *
「また副官に代筆させたな」
ドレイクからの返信をまだ〈フラガラック〉にいるキャルの端末で見たアーウィンは少々不満そうにそう言ったが、ヴォルフにとってはいつまでに映像が欲しいと書いてあるのかが最大の懸念事項だった。
「今度は何の映像が欲しいって?」
「〝クレー射撃〟中の外から見た〈ワイバーン〉、最後の〝撤退〟、〈ワイバーン〉じゃない軍艦の外から見た映像全部。どれも編集なしでいいそうだ」
「……よかったな。今度はキャルに抜き出してもらうだけで済みそうで。で、いつ取りにくるって?」
「明後日の午後二時。そのとき、私が要求した映像とインカムを持ってくるそうだ」
ヴォルフには妥当な日時と思えたが――きっともう徹夜作業はしなくても済むように配慮したのだろう――アーウィンはさらに不満度を強めた。
「これで都合が悪ければ、また返信してくれとのことだ。……何時になってもいいから、明日にしろと返信してやろうか」
「アーウィン。ドレイクも言ってたが、俺ももう少し気長になってもいいと思うぞ。そもそも、これは急ぎの用事じゃないだろ」
「今できることを先延ばしにするのが嫌なんだ。……何だ。これは自分で書いたのか?」
アーウィンは不審そうに眉をひそめたが、すぐに表情を和らげると、猛然とコンソールを操作しはじめた。
「いきなりどうした?」
「おまえの言う〝急ぎの用事〟ができた。次の出撃前には必ず間に合わせる」
「はあ?」
今のアーウィンには何を訊ねても答えてくれなそうだ。ヴォルフはソファから立ち上がり、キャルの端末のディスプレイを見にいった。
アーウィンいわく、ドレイクが副官に代筆させた返信はまだ表示されたままになっていた。その最後には、確かにそれまでの形式ばった文章にはそぐわない、いかにもドレイクが書いたような短文が付け加えられていた。
追伸。
例のお船の件ですが、もう一隻、いただけないでしょうか。
こちらは、旧型の無人砲撃艦の改装でお願いします。
もったいないので。