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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【01】連合から来た男
31/169

30 模擬戦しています

「まさか、無人艦に攻撃される日が来るとは思いもしませんでしたね」


 〝じゃないほう〟の艦長席で、キメイスはスクリーンを見ながら苦笑いした。


「こっちも、無人艦を攻撃する日が来るとは思ってもみなかったな」


 今日は操縦士のスミスも、苦笑いでキメイスに答える。

 スミスの右隣では、シェルドンが無表情に無人艦を撃墜しつづけていた。

 普段は純朴な青年だが、宇宙空間でコントローラーを握ると豹変する。今回、これもスミスとキメイスは初めて知った。


「現在、うちの残存戦力は約一六〇〇隻。一二〇〇隻を切ったら〝撤退〟ですから、何とか間に合ってくれればいいんですが」

「ティプトリーしだいだな。……できそうだってわかったとき、大佐、ショック受けてたな」

「当時はよっぽど苦労したんでしょうね。でも、コンピュータには予測だけさせて、あとはそれを見て手動で撃ってたと聞かされたときのほうが、俺はショックを受けましたよ」

「それで撃墜できてた、元祖〈ワイバーン〉の乗組員のほうが恐ろしいな。今、俺の隣で撃墜しつづけてる男も充分恐ろしいが」

「集中力、すごいですよね。たぶん今、俺たちの会話なんか耳にも入っていないでしょう」

「ところで、『帝国』側の残存戦力はどうなってるんだ?」

「無人艦一五〇〇隻切りました。有人艦と合わせると総数約二〇〇〇隻強。模擬戦だから一概には言えませんけど、やっぱり新型は旧型よりいいですね。何と言うか……賢くなった」

「賢くなったって……うちのほうは〝キャルちゃん〟が動かしてるんだろ?」

「でも、大佐も言ってましたけど、〝手動〟で動かしたいときだけ関与してるんじゃないですかね。たとえば、この間はウェーバー大佐の砲撃艦は守らなかったですし」

「よく考えてみると、謎だらけだな、無人艦」

「もっと謎なのは〈フラガ〉ですけどね」

「謎だらけでも、どちらも強い」

「でも、今はうちの大佐が最強だと思いますよ。何しろ、殿下に説教した男。……今、〈ワイバーン〉から連絡ありました。〝できた〟そうです」


 スミスは思わずキメイスを振り返ったが、シェルドンはまったく反応しなかった。


「〝できた〟? 〝クレー射撃〟までか?」

「だそうです。今、四十隻超えたそうです」

「あと九六〇隻か! 先は長いな」

「録画してあるそうですから、生きて帰れれば見られますよ」

「模擬戦で生きて帰れなかったら、運がないにもほどがあるな。なら、次は第二段階か」

「大佐が言ってたとおり、アルスター大佐隊が無人艦の後ろにぴったりくっついてきてますからね。がら空きの中央に展開して〈ワイバーン〉を守らないと」

「旗艦じゃなくて〈ワイバーン〉っていうのが何だかな。……なあ、どうやってこの砲撃マシンを止める?」

「……攻撃させたまま移動しろと大佐が言ってる。とフォルカスが言ってます」

「さすが大佐だ。よくわかってる」

「第二段階ですか」


 突然、シェルドンが砲撃を続けながら口を開いた。スミスとキメイスは驚いて、とっさに対応できなかった。


「すいません、移動前に十発だけ、試し撃ちさせてもらえないですか?」


 そう言っている間にも、シェルドンは無人砲撃艦を撃ち落としつづけている。


「試し撃ち?」

「〝クレー射撃〟、俺も挑戦してみたいんです。……〝若造の山勘〟で」


 スミスはキメイスと目を合わせ、期せずして笑った。


「よし、十発だけな。十発目を撃ち終えたら即移動だ」

「スミスさん、キメイスさん、すいません」

「いや、俺も〝山勘〟でどこまでできるのか、見てみたいからさ」

「できたら、元祖〈ワイバーン〉を超えられるぞ」

「すいません。あと、さらにすいませんが、俺の代わりに数数えてもらえませんか? 撃ちながら話すことしかできないんで」

「……わかった。じゃあ、カウント開始の合図だけしてくれ。あとは俺らが数える」

「すいません」


 スミスはすぐに発進できるよう準備し、キメイスはモニタを一瞥した。〝じゃないほう〟の背後に控えている無人砲撃艦群は、すでに中央へと移動しはじめている。

 一瞬、「帝国」の無人砲撃艦群の攻撃に切れ間ができた。


「行きます!」


 何もない空間に向けて、シェルドンがレーザー砲を撃った。と、まるでそれに当たりにきたかのように無人砲撃艦が飛んできて、急所を撃ち抜かれ、爆発した。

 二発、三発、四発……

 シェルドンは続け様にレーザー砲を放ち、十発目でスミスは〝じゃないほう〟を発進させた。それで自分の試し撃ちが終わったことを知ったのか、シェルドンは撃ち方を元に戻した。


「キメイス! 今のも〈ワイバーン〉に転送されてるのか!?」


 珍しく、スミスが興奮して叫んだ。


「されてますよ! 録画もされてるはずです!」


 キメイスも穏和な声を弾ませている。


「すごいぞ! 元祖すら超えた! こいつなら〝山勘〟だけで一〇〇〇隻撃ち落とせるんじゃないか?」

「一〇〇〇隻はさすがにどうですかねえ……とりあえず、俺たちの次の仕事は、〈ワイバーン〉が一〇〇〇隻以上撃ち落とすまで、『帝国』の攻撃を防ぎきることですから」

「俺たちはともかく、シェルドンは酷使されてるな」

「今度は無人艦も攻撃参加しますから、少しは楽になるはずですよ」

「〝無人艦の壁〟か。恐ろしいな。……残存戦力、どうなった?」

「うちはまだ約一六〇〇隻。あちらの無人艦は約一四〇〇隻。……フォルカス、そっちは何十隻になった? ……今、一〇〇隻超えたそうです」

「まだ残り九〇〇隻近くあるのか」


 操縦桿を動かしながら、スミスは溜め息をついた。


「うちの残存戦力が一二〇〇隻を切る前に、あと九〇〇隻近く撃ち落とせるのか? まったく見当がつかないな」

「とにかく、俺たちは俺たちのできることをしましょう。シェルドンを見ならって」


 キメイスは再び苦笑いして、モニタに目を落とした。


 * * *


 〈フラガラック〉のスクリーンには、あのときと同じ光景が映し出されていた。

 外観はほぼ同じでも、中身はまったく違うはずの〈ワイバーン〉が、あの日のように無人砲撃艦を一発で沈めていく。ヴォルフたちはもちろん、ブリッジクルーも手を止めて、その映像に見入っていた。


「これも確かに美しい」


 アーウィンは満足げな笑みを浮かべつつ、手元のコンソールを操作した。


「だが、私が本当に見たかったのは、こちらのほうだ」


 〈ワイバーン〉の映像の隣に、また別のそれが現れた。おそらく〈ワイバーン〉のカメラに〝同調〟しているのだろう。それは敵同士であったら、決して見ることのできない映像だった。


 ――〈ワイバーン〉の側から見た、無人砲撃艦が撃ち落とされていく光景。


 自分たちに無人艦が向かってくる状況などありえない。しかし、「連合」はいつもこういう思いをしている――そして、かつてドレイクもそういう思いをさせられた――

 ヴォルフはぞっとしたが、その無人砲撃艦は砲撃を開始する前に、〈ワイバーン〉が気ままに放ったとしか思えないレーザーによって、爆発の花を咲かせては散っていくのだった。

 美しい。だが、それと同じくらい恐ろしい。


(まさか、これが見たくてドレイクを採用したわけじゃないだろうな)


 恍惚とスクリーンを眺めているアーウィンを横目で見て、ヴォルフはそんな疑惑を抱いた。


「あの変態のことだから、今度こそ一〇〇〇隻以上撃ち落としてから〝撤退〟するつもりでいるだろう。……よかろう。無人艦一〇〇〇隻はくれてやる。だが、そう簡単に〝撤退〟はさせん」


 アーウィンは独り言のように呟くと、ブリッジクルーの一人に目を留める。


「ヘイスティングス中尉」

「は、はい、殿下!」


 あわててヘイスティングスは立ち上がり、アーウィンに向き直って敬礼した。


「ダーナ大佐に大至急伝えろ。〝もう〈フラガラック〉を守る必要はない。アルスター大佐の邪魔をしないよう、敵陣の中央を攻撃し、敵の残存戦力を一刻も早く一〇〇〇隻以下にしろ〟」

「りょ、了解いたしました!」


 ヘイスティングスは立ったまま命令を遂行すると、ダーナ大佐にお伝えいたしましたとアーウィンに報告し、ほっとしたように着席した。

 これまで、アーウィンが〝大佐〟にこのような命令を下したことはほとんどなかった。今回はもうキャルにはこちらの無人艦の恣意的な操作はさせないつもりでいるらしい。

 もっとも、今のキャルに何かを命じることは不可能だったかもしれない。無人艦の攻撃目標の変更をさせられてからというもの、アーウィンと絶対目が合わないようにそっぽを向いてしまっていた。

 キャルがアーウィンに強い不満を持っていることは明らかだったが、同時にそれはかつてなかったことでもあった。それとも、今までは心の中では思っていても、態度には出していなかっただけのことなのだろうか。


(あとで揉めなきゃいいけどな)


 ヴォルフは軽く嘆息してから、アーウィンのモニタを覗きこんだ。

 ダーナ大佐隊はすでに「仮想・連合」の中央付近に移動しおえていた。自ら砲撃担当になると名乗りをあげたくらいだ、アーウィンの命令は願ったり叶ったりだっただろう。しかし、その中央には、旗艦と護衛艦群約六〇〇隻、そして〈ワイバーン〉を囲いこむように、無人砲撃艦で作られた巨大な壁がそそりたっていた。


 ――右翼の七〇〇隻。ドレイクはこのために、今まで使わずにいた。


 アルスター大佐隊とダーナ大佐隊、合わせて約三〇〇隻。中央と右翼の無人砲撃艦を〈ワイバーン〉の攻撃に回しているから、今二大佐の元にある無人砲撃艦は、アルスター大佐隊の前にいたそれ――今は二〇〇隻ほどしかない。だが、「仮想・連合」の〝撤退〟を阻止するためには、その七〇〇隻を四〇〇隻以下まで減らさなければならない。ヴォルフには絶望的に思えた。


「負け戦だな」


 まるでヴォルフの心を読んだかのようにアーウィンが言った。驚いてアーウィンを見ると、意外なことに彼は楽しげに笑っていた。


「現在、あちらの残存戦力は約一六〇〇隻。新型が優秀なのか、キャルの意地なのか、なかなかこれ以下にすることができない。が、そのおかげで、あの変態はまだ〝撤退〟せずに記録に挑戦しつづけてくれているというわけだ」


 言われてスクリーンを見る。〈ワイバーン〉がまだ無人砲撃艦を撃ち落としつづけていた。


「今、何百隻まで撃ち落としたのだろうな。キャルに訊けばわかるだろうが……あの様子では教えてくれそうもないな」


 そのとき、キャルが小型端末のディスプレイを持ってアーウィンを振り返った。その画面には、ことさら大きなフォントサイズで、『ドレイク様に嫌われたらマスターのせいです』と表示されていた。


「ほらな」

「ほらなって……怒らないのか?」

「こちらをすべてオートで動かせと言い出したのは私だからな。だが、やはりオートは融通がきかなくて困る。たとえばオートではあのような壁を作らせることはできない。あの変態は実にうまく無人艦を使う。だからこそ、私の〝無駄遣い〟が気に食わないのだろう。きっと今、なぜわざわざまた同じことをさせるのかと腹を立てているぞ」

「そこまでわかっていてやらせたのか」


 ヴォルフは顔をしかめたが、アーウィンは悪びれずに笑った。


「今度は私にどんな〝説教〟をしてくるのか楽しみだ。……ふむ。さすがアルスター。私が命じなくとも動いたな」

「え?」


 あわててモニタに目を戻すと、アルスター大佐隊は〝壁〟を回りこんで、護衛艦群を攻撃しようとしていた。


「そうか。とにかく向こうの数を減らせばいいわけだから、それが護衛艦でも別にかまわないわけか」

「と、あの変態もわかっているだろう。忘れたか? あちらの右翼にはあの()()がいる」

「ああ、あの〈ワイバーン〉じゃないやつか」

「おそらく、あれで無人艦の動きをデータどりして〈ワイバーン〉に転送させていた。こちらの砲撃手も厄介だぞ。あれだけの時間、無人砲撃艦を一発で撃ち落としつづけた。おまけに、移動前には〝クレー射撃〟までしていった」

「ええ?」

「見逃したか? 大丈夫だ。今回は模擬戦だから、あますことなく録っている」

「……それだけ録画量も多いってことだよな?」


 あの編集作業のことを思い出してヴォルフは渋面を作ったが、アーウィンは軽く一笑した。


「見つけ出すだけなら、時間も手間もたいしてかからない。さて、アルスターはどこまで残存戦力を減らせるかな」


 * * *


 〈ワイバーン〉ではなかった。

 しかし、あのとき彼らが見た光景はこれだったのだと、アルスターは一目で確信した。

 無人砲撃艦の動きを予測して、前もってレーザーを放つ。少しでもタイミングがずれれば、レーザーは無人砲撃艦を素通りし、宇宙空間に吸いこまれてしまう。

 そもそも、あの軍艦は最初から、最小出力のレーザーでも撃ち落とすことができる無人砲撃艦の急所を、確実に貫くことができていた。だが、撃ち方を変えても、レーザーは急所に命中していた。

 わずか十発。

 それでも、いや、だからこそ忘れられない。


「約束は果たしたということかな。残念ながら〈ワイバーン〉ではなかったが」


 アルスターの独り言を、彼より少しだけ若い副官が耳に留めた。


「約束? 何のお話ですか?」

「いや、何でもない。とにかく、中央はダーナ大佐に任せて、我々は護衛艦群のほうを撃つ」

「ダーナ大佐だけに任せていいのですか?」

「共倒れになるわけにはいかん。つくづく模擬戦でよかったな。死ぬ心配だけはまずない」


 そのかわり、敵となった無人艦がどれほど恐ろしいものか、初めて思い知らされた。

 敵陣の右翼七〇〇隻は驚くべき速さで隊形を変え、敵を焼く〝防火壁(ファイアー・ウォール)〟を作り上げた。あれに正面からぶつかれば全滅は免れられない。〝任せる〟と言えば聞こえはいいが、ようするにアルスターはダーナを見捨て、敵が彼らを攻撃している間に、護衛艦群のほうを攻撃することにしたのだった。


(だが、ダーナ大佐はマクスウェル大佐より無能ではないことは確かだ。ただ、状況と相手が悪すぎた)


 もしも〈ワイバーン〉で無人砲撃艦を撃ち落としつづけるというノルマを課せられていなかったら、あの男はどのような作戦を立てていたのだろう。艦長席でふとアルスターは考える。できれば、それを見てみたかった。おそらく、このような機会はもう二度と巡ってはこないだろうから。

 生き残った無人砲撃艦を巧みに盾にしながら、アルスター大佐隊は〝防火壁〟の端を大きく迂回しようとした。が。


「大佐!」


 部下たちの叫びを聞く前に、艦内に鳴り響く警告音で、アルスターは自艦〈カラドボルグ〉が被弾したことを知った。


「あんなところにいたのか……」


 〈ワイバーン〉ではないあの軍艦は、無人砲撃艦の一隻のような顔をして、〝防火壁〟の端にいた。

 そして、その〝防火壁〟の陰には、無人()()艦群で形成された、第二の〝防火壁〟があった。


「いったいいつのまに……」

「そこが無人艦の恐ろしさだ。有人艦ではああはいかん。……そうだな。護衛艦でも攻撃はできる。うちの護衛艦は置物状態だから、すっかりそのことを忘れていた」


 アルスターは自嘲してから、表情を引きしめて叫んだ。


「総員に告ぐ! 被弾していない艦艇は目の前の〝壁〟を撃て! せめて一隻でも多く道連れにしろ!」


 * * *


 アルスター大佐隊が全滅したとの報告を受けても、ダーナはさして驚かなかった。


「私のほうが先に全滅させられると思っていたが」


 そう呟いてから、艦長席の傍らに立っている亜麻色の髪をした男――副官マッカラルに現在の残存戦力を訊ねた。


「こちらは無人艦約四〇〇隻・有人艦約四五〇隻。あちらは約一三〇〇隻です」

「相撃ちで三〇〇隻は減らせたわけか。うちもその手を使うしかないな」


 ドレイク相手のときには非常に大人げない言動をするダーナだが、ドレイクがこの艦隊に加入してくるまでは、冷静沈着な人物で通っていた。いったいどちらが本当のダーナなのか。マッカラルにもまだよくわかっていない。


「今、うちは何隻生き残っている?」

「一〇二隻です」

「結局、以前の数に戻ったわけか。そのうち、元ウェーバー大佐隊の()()の数は?」

「二十九隻です」

「さすが()()だな。どの()()が残ったかチェックしておけ」

「了解しました」

「一〇〇隻で三〇〇隻は無理だろうが、一〇〇隻以上は減らしていかないとな。私も〝栄転〟はしたくない。やっと面白くなってきたのに」

「は?」


 マッカラルが耳を疑ってダーナを見たときには、彼はスクリーンに映る無人砲撃艦の壁を眺めていた。


「砲撃なら砲撃らしく、あの壁を攻撃していくぞ。……本当は〈ワイバーン〉を攻撃したいが、すれば間違いなく〝栄転〟になる」


 ドレイクいわく〝浅はか野郎〟は、司令官の前では〝浅はか〟ではなかった。


 * * *


 発射ボタンを押した後、ギブスンは呟いた。


「何でだ?」


 それに操縦席のマシムが答える。


「ミステリー」


 ミステリーでも、今はその解明をしている時間はなかった。ドレイクはギブスンに今回専用の撃墜カウンターをスタートさせて〝クレー射撃〟を続行するよう命じた。


「大佐……あのときと同じですか?」


 まだ不安そうにスクリーンを指さすティプトリーに、ドレイクは軽く唸った。


「そうだなあ……あのときはもう少しスローな感じだったかなあ……でもまあ、装備も違うし、許容範囲だ。とりあえず、第一段階のおまえの仕事は終わった。よくやった」


 ティプトリーはようやくほっとしたように笑ったが、〝ミステリー〟なところが気にかかっているのか、すぐに表情を曇らせてしまった。

 イルホンは、マシムとギブスンの間から、しばらくその光景を見ていた。


(これが〝クレー射撃〟……)


 確かに、一度見たら忘れられない。

 何もない空間に向けて次々と放たれたレーザーが、こちらをめざして飛んでくる無人砲撃艦の急所を、狙いすましたように貫いていく。

 頭で理屈はわかっていても、実際こうして目にすると、やはり魔法のように思えてしまう。


(これよりもう少しスロー……どんな感じになるんだろう?)


 第二段階に突入して、〈ワイバーン〉ブリッジ内はまた慌ただしくなった。ドレイクはキャルに再び細かい指示を送り、フォルカスも〝じゃないほう〟と交信を再開して、時にドレイクの指示を仰いだ。


(今回もだけど、俺って戦闘中は何の仕事もしてないよな……)


 通信席に戻ったイルホンが、罪悪感のような疎外感のような気分を味わっていたとき、急にティプトリーが彼の腕を引っ張った。


「な、何?」

「これ、これ見て!」


 ティプトリーが興奮して指さすモニタを見て、イルホンも思わず声を上げた。


「もしかして……〝じゃないほう〟の?」

「うん、本当に〝若造の山勘〟だけで撃ってた!」


 第一段階で〝じゃないほう〟から転送された映像は、解析のためこちらで録画されていた。今、こうしてティプトリーがイルホンに話しかけてくるということは、この映像は第二段階に移行する直前に撮られたものなのだろう。最小出力のレーザー砲で撃っていてもなお、無人砲撃艦は確実に撃墜されていた。


「ああ、キメイスが言ってたやつか」


 ティプトリーの声を聞きつけて、フォルカスがモニタを覗きこんできた。


「十発だけだが〝山勘〟でシェルドンが〝クレー射撃〟したそうだ。キメイスが元祖〈ワイバーン〉を超えたって騒いでた。……なるほどな。確かに〝クレー射撃〟」

「なにぃ!」


 指示で忙しいはずのドレイクも、何に触発されたのか、映像を見にきた。二人のためにティプトリーは映像をリピート再生する。


「大佐、こんな感じでしたか? こっちのほうがスローだと思うんですけど」


 なぜかティプトリーは我が事のように真剣にドレイクに訊ねた。


「うん、そうだ。こんな感じだ。……へえ。パターンを記憶して撃ったのか。若いもんはすげえなあ」

「そうですかあ? 俺は大佐も同じこと、できるんじゃないかと思ってますけどねえ。面倒くさいからやらないだけで」

「面倒くさいも何も、俺にはできねえよ。できねえからあんな苦労して……うっうっ」

「あ、すいませんねえ。また嫌なこと思い出させちゃって」


 ドレイクとフォルカスがモニタから離れた後、イルホンは改めて映像を見返した。

 ティプトリーの言うとおり、こちらの〝クレー射撃〟のほうがゆったりしているように感じる。その映像を、ティプトリーは先ほどまでの沈んだ様子が嘘のように笑って見ていた。


「えーと……ティプトリー?」

「何?」

「シェルドンと何か……あ、いや、残存戦力とか確認したほうがいいんじゃないかな。一二〇〇隻切ったらまだ一〇〇〇隻に達してなくても〝撤退〟だから」


 イルホンにそう指摘されたとたん、ティプトリーから笑顔が消えた。


「そうだった、それも俺の仕事だった!」

「今日は大仕事したから、代わりに俺が……」

「いや、こっちは後でいくらでも見られるから!」


 ティプトリーは映像を止めて消すと、モニタを通常状態に戻した。仕事にありつけるチャンスは失ったが、まだティプトリーに仕事に対する使命感はあるとわかって、イルホンはひそかに安堵した。


「残存戦力と撃墜数もそこでわかるの?」

「わかる。残存戦力はこっちが約一三〇〇隻。あっちが無人艦約四〇〇隻、有人艦約四五〇隻。撃墜数は今八九三隻だ」

「び、微妙だな。残存戦力はあくまで概数だけど、一二〇〇隻切る前に一〇〇〇隻撃ち落とせるかどうか」


 逐次更新される戦況図により、アルスター大佐隊が無人艦の二重の〝壁〟によって全滅したことはもうわかっていた。残るは中央のダーナ大佐隊だが、たった一〇〇隻ほどにもかかわらず、なかなか数を減らせずにいる。


「意外に頑張るじゃねえか、〝浅はか野郎〟」


 予想以上に自軍が減らされているにもかかわらず、ドレイクは嬉しそうに目を細めた。


「これなら充分合格だ。ティプトリー、撃墜数と残存戦力」

「九五六隻。残存は約一二五〇隻です」

「何だ、その微妙すぎる数は! とにかく、最終段階〝撤退〟の準備に入る。……キャルちゃん、〝撤退〟だ。旗艦と護衛艦、全部反転させて。砲撃艦の〝壁〟は砲撃続けさせながら少しずつ後退」

『承知しました』

「ティプトリー」

「九七五隻。残存は約一二三〇隻」

「ますます微妙な数字になってきてるな。マシム、撃墜数が一〇〇〇隻超えたら即移動だ」

「やっぱり、そっちを優先させますか」


 のんびり応じながらも、マシムの手はすばやく発進準備を整えていた。


「ここまできたらそうするだろ。ギブスン、最後までやりとげられなかったら、次はシェルドンと入替」

「こんなときに、そんなこと言わないでくださいよ……」


 前を向いたままギブスンは嫌そうに言ったが、それを聞いてティプトリーが含み笑いを漏らしたのをイルホンはたまたま見てしまった。


「ティプトリー」

「九九三隻。残存約一二一〇隻」

「さらに微妙ー」


 いつのまにか艦長席に戻っていたフォルカスが、モニタを見ながら苦笑する。

 そして、そのときは来た。


「一〇〇一隻、残存一二〇〇隻!」

「撤退!」


 ドレイクが叫ぶより数瞬早く、マシムは〈ワイバーン〉を護衛艦の〝壁〟の中へと移動させた。

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