27 模擬戦します(前)
「今度は模擬戦ですか……」
〈ワイバーン〉のブリッジで、ドレイクから大佐会議の結果を知らされたスミスは、呆れるのを通りこして遠い目をした。
「ああ。さすが殿下だよな。ただ俺らに無人艦の動きを見せるんじゃなくて、それらしい理由をつけてやるっていうのが、抜け目ないというか、ずるがしこいというか……」
「俺は大佐といい勝負だと思いますけど」
ドレイクの陰でイルホンは呟いたが、声が小さすぎたのか、それに賛同してくれる隊員は現れなかった。
「では、その模擬戦が終わったら、改めて殿下に〝クレー射撃〟をお見せするわけですか?」
スミスにそう訊ねられたドレイクは無精髭の生えた顎を撫でた。
「そうだなあ……できたら俺は一度で済ませたいんだよなあ……」
「一度で?」
部下八人が同時に復唱する。
「そう。戦闘中に無人艦の動きを解析し、今度こそ無人砲撃艦を一〇〇〇隻以上撃ち落とし、なおかつこちらが一〇〇〇隻を切る前に〝撤退〟する」
「そんなこと……可能なんですか……?」
全隊員の心の声を、イルホンが代表してドレイクに伝えた。
「わからんねえ。そもそも、殿下がどんなふうに無人艦を配分するつもりなのかもまだわからんからねえ。まあ、とりあえず、こちらの作戦の概略だけ説明する。イルホンくん、お願い」
「はい」
事前の打ちあわせどおり、イルホンは艦長席のコンソールを操作してメモリカードを挿入した。
「さっき、イルホンくんに急いで作ってもらった。たぶん、これがこれからの、うちの基本配置図だ」
スクリーンを一目見て、今日は全員立ち見の隊員たちがどよめく。
「なんつーか……ずいぶんすっきりしましたね。特に中央」
「砲撃担当の〝大佐〟が二人飛ばされたからな。でも、殿下は〝大佐〟を五人のままにしておきたくて、俺が右翼の一五〇隻の指揮を拒否したもんだから、自然にこういう形になった。今回の模擬戦の建前は、この右翼の砲撃艦群を新たに担当することになった〝大佐〟が使えるかどうかのテストだ。こいつはもともと〈フラガ〉の護衛を担当してた。俺に対抗意識燃やしてるが、それ以前に〝同じことの繰り返し〟に飽きてたんだろうな。ここの無人艦と〈フラガ〉は強すぎて、護衛艦の出番はほとんどない」
「攻撃担当の無人艦群、完全に三隊に分けちゃったんですね」
「こっちは俺の予想っていうか希望なんだけどな。こうしてもらえれば、無人艦六〇〇隻が俺たち専用の盾と武器になる」
「左翼、右翼は八〇〇隻なのに……」
「まあ、そこはハンデだ。ここの無人艦は有人艦より臨機応変に動いてくれるから、手伝ってほしいときには向こうから勝手に来てくれる。で、これはこれとして、今度の模擬戦の話だ。殿下はたぶん、ここの無人護衛艦群は全部カットする。そのかわり、無人砲撃艦を中央に追加投入してくる」
「今回は俺たちがいないからですか?」
「それもある。あとは俺たちに見せる用だな」
「すげえ執念……」
「あくまで予想だが、殿下が無人砲撃艦を増やしてくるのは間違いないと思う。じゃあ、次に俺たち、『仮想・連合』側だ」
ドレイクの声に合わせて、イルホンは平静なふうを装い、別の配置図に切り替えた。
「ここを攻めてくる艦隊の典型的配置図だ。〝馬鹿の一つ覚え〟ともいう。旗艦の前に護衛艦群六〇〇隻、左翼、右翼にそれぞれ砲撃艦群七〇〇隻、中央に砲撃艦群八〇〇隻、その先陣に突撃艦群二〇〇隻を置く。
〈フラガ〉が遠隔操作できるのは、キャルちゃんによると約三〇〇〇隻。もしいつもの編制でいくなら、もう二四〇〇隻を遠隔操作してることになるから、俺たちに割ける無人艦は六〇〇隻しかないことになる。でも、それじゃあまりにも不公平すぎるよな?
そこで俺は考えた。〈フラガ〉の遠隔操作の限界が三〇〇〇隻なら――俺はほんとはもっと操作できるんじゃないかって思ってるんだけど――仲よく半分コして、俺たちに無人艦一五〇〇隻回してくれてもいいよなって。『帝国』側は、左翼・中央・右翼の無人艦の数が、それぞれ八〇〇隻から五〇〇隻に減ることになるが、模擬戦なんだから、まあいいだろ。
この言い分を殿下が承諾してくれるなら、俺たちは約一五〇〇隻の艦隊で、約二一〇〇隻の艦隊に挑むことになる。実戦だったら最初から勝負なんてしない。でも、模擬戦だからやるしかない。だから、俺たちは無人艦のデータ収集を最優先して、一〇〇〇隻を切るぎりぎりまで踏ん張って〝撤退〟する。……〝生きて帰る〟。たとえ模擬戦でも、これだけは絶対に譲れない」
「もし、無人艦を一五〇〇隻回してもらえるなら、うちの配置はどうするんですか?」
「この〝馬鹿の一つ覚え〟に忠実にやるよ。俺らはあくまでも『仮想・連合』だからな。ただし、左翼に〈ワイバーン〉、右翼に〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟を置く。旗艦は無人護衛艦に代行させて、これを護衛しながら〝撤退〟する」
「〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟も出すんですか?」
キメイスが驚いたように叫んだが、それは他の隊員の声でもあった。
「ああ。今回は実戦じゃないからな。目的はあくまでデータ収集。それと……最後の記念航行」
「シート、艦長席も入れて、もう三つしかありませんよ?」
「充分だ。データ収集は艦長席でもできる」
「もうどっちに誰を乗せるか、決めてしまったんですか?」
「いや、まだだ。無人艦を一五〇〇隻回してくれるかどうかと、どうやってその無人艦を俺の言うとおりに動かしてくれるのかどうかがわからないことには決定できない」
「……そういやそうだな。どうやってこっちの指示を伝えりゃいいんだ?」
「ただでさえ〈フラガ〉と連絡とるの、難しいのにな」
「あの……大佐」
そのとき、シェルドンが気恥ずかしそうに右手を挙げた。
「みんなもうわかってることなのかもしれないですけど、俺はわからないんで。……模擬戦でも、実戦と同じようにレーザー砲、撃っちゃっていいんですか?」
「あ、それ。俺も同じこと思ってた」
マシムが真顔でシェルドンを見やる。
「〈ワイバーン〉傷つけられたらどうしようかって」
「おまえはそっちの心配か、〈ワイバーン〉マニア!」
「〈ワイバーン〉さえ無事ならそれでいいのか!」
「ああ、それね」
マシムに対する隊員たちの非難は無視して、ドレイクは気軽に答えた。
「一応、最小出力に落として撃つことになってる。が、もちろん傷はつく。撃たれた艦艇は離脱して〝墓場〟に移動」
「まさか、爆発したりとかしませんよね?」
「有人艦ならまず大丈夫だと思うが、無人艦は種類によっては装甲薄いから、あるいは……」
「傷はつくのか……」
やはり真顔で、マシムが独り言のように呟く。
「実戦でも嫌だが、模擬戦ではもっと嫌だ……」
その隣で、ギブスンはうんざりしたように呟いた。
「おまえのその〈ワイバーン〉中心主義も嫌だ……」
「殿下のことだから、もう時間や場所のメールは送信してるな」
ドレイクは頭を掻きながら、イルホンの肩をつついた。
「殿下にお手紙出さなきゃならないから、イルホンくん、ついてきて」
* * *
「ドレイク様からメールが届きました」
キャルがそう報告したとたん、アーウィンは無言でキャルの執務机に走った。会議室を出てからまっすぐ執務室へと戻ってきた彼は、今までずっとそればかりを苛々と待ちつづけていた。
(さっきと反応、全然違うよ……)
そんなアーウィンを、ヴォルフは自分のソファから醒めた目で見ていた。先ほどアルスターから届いた大佐会議の結果報告は、キャルに内容を要約させて聞いただけである。もう内容はわかりきっている(そして、文章の解読に時間がかかる)とアーウィンは言っていたが、確かにそのとおりではあった。
ただ、報告の最後に、今後はせめて大佐同士のメールのやりとりは許可していただけないかとあったのが、ヴォルフには意外だった。もともとメールはここで簡単に検閲できてしまう。アーウィンはアルスターに許可する返信を、同時に他の大佐たちにも同様の通達をキャルに出させた。
大佐同士が自由に交流できないようにしたのは、アーウィンの父である先代皇帝だが、アーウィンはそれを盲目的に踏襲していたわけではない。そのほうが都合がよかったから、あえてそのままにしていただけだ。
とにかく、アーウィンには時間がなかった。「連合」の侵攻を食い止めるため、自分の思いどおりに艦隊を動かせる独裁体制が必要だった。
だが、最近になって、彼はその体制の修正を考えはじめている。ここの司令官に就任してから三年目。ようやくその余裕が出てきたということもあるだろうが、いちばん大きいのは、やはりドレイクの加入だろう。
ドレイクとアーウィンはまったく異質なようでいて、根本的なところがよく似ている。今この艦隊の中で、アーウィンの希望や意図を最も理解できているのは、皮肉なことに「連合」から亡命してきたドレイクだ。そんなドレイクをアーウィンが特別扱いしたがるのも無理はないが、ドレイク自身は意識的にそれを避けているところがある。〝人の嫉妬は怖いから〟なのだろう。
しかし、アーウィンは今回の模擬戦で、それほど気に入っている男に、古巣の「連合」役をしろと命じた。残酷なことを言うとヴォルフは眉をひそめたが、アーウィンのことだから、また何か狙いがあるのに違いない。というより、それを見抜いてほしくてドレイクに次々と難題を出しつづけているのではないか。ドレイクからのメールはその解答だ。
まるでゲームをしているようだと、二人を見ていてヴォルフは思う。
他人の参加を許さない、高次なゲーム。
その証拠に、アーウィンはドレイクからのメールを一読して、すぐに笑みをこぼした。
「また副官に代筆させたな。文章がうますぎる」
「用件は何だ?」
「例の模擬戦に関することだ。……一つ、無人艦の数は双方同じにしてくれ。具体的には一五〇〇隻ずつ。二つ、『連合』側の無人艦をどのようにして自分たちの思いどおりに動かしてくれるのか、その方法を教えてくれ。三つ、模擬戦前に一度だけキャルと打ちあわせをさせてくれ。……私抜きで」
最後のほうには、アーウィンは少し不機嫌そうな顔になった。
「全部もっともな要求だな。早く回答してやれよ。向こうにも作戦を立てる都合があるだろ」
「作戦か。どうせ〝撤退〟前提だ。こちらの無人艦の動きのデータどりをして、自分たちの無人艦が一〇〇〇隻を切る前に〝撤退〟する」
「〝撤退〟? 模擬戦でか?」
「模擬でも戦いには違いない。実際の艦隊なら〈フラガラック〉に〝全艦殲滅〟される前に撤退する。つまり――艦艇数が一〇〇〇隻を切る前に」
「そこまでリアルにやるか。まあ、あの男らしいといえばあの男らしいな。本当は戦いたくもないだろう。最初から艦艇数が違いすぎる」
ヴォルフがそう言うと、アーウィンは少し考えるそぶりを見せた。
「……ふむ。当初の目的とは変わってしまうが、このような機会はもう二度とないな。今回はどのような結果になったとしても、ダーナは合格ということにしてやろう」
「アーウィン?」
アーウィンは再び笑っていた。きっとまたとんでもないことを考えている。ヴォルフは嫌な予感を覚えた。
「キャル。無人艦五四〇〇隻、遠隔操作できそうか?」
キャルが返答する前に、ヴォルフは驚愕してアーウィンを見た。
「わかりません。今まで三〇〇〇隻までしか試したことがありません」
「うちの二四〇〇隻はすべてオートで、変態の三〇〇〇隻だけ操作するというのではどうだ?」
「それなら可能かもしれませんが、保証はできません」
「かまわん。模擬戦だからな。実験のつもりでやってみよう。キャルはインカムで変態の指示にしたがって三〇〇〇隻を動かせ。あとは……打ちあわせか。……ヴォルフ。キャルに付き添って、今から変態の執務室に行ってやれ」
「え、俺?」
ヴォルフは再び驚いて、思わず上半身を起こした。
「あの変態とキャルだけ会わせるわけにはいかんだろう。ただし、そこで見聞きしたことは私には言うな。キャルもだ。そのかわり、こちらの内情も明かすなよ。特にうちの無人艦をすべてオートで動かすことだけは」
「アーウィン……おまえ、本気であの男と戦うつもりか?」
「本気で戦いたくとも、あちらの手駒はうちの無人艦だ。はじめから勝負になっていない。だが、興味はある。あの変態がうちの無人艦を自由に使えたらいったいどうするのか。あの変態が『連合』の艦隊の司令官だったらいったいどうなっていたのか」
アーウィンもまた、〝同じことの繰り返し〟に飽きていたのかもしれない。
ぞっとするほど美しく笑むと、いま言ったことをドレイクに返信するようキャルに命じた。