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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【01】連合から来た男
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24 大佐が減りました

 翌朝、ドレイクとイルホンが執務机の端末を確認すると、総司令部からメールが二件届いていた。

 一件目にはウェーバーとマクスウェルが昨日付で皇帝軍本隊に異動になったこと、二件目には明日アルスターの申請により〝大佐会議〟が行われることが記されていた。

 なお、今回はドレイクの端末には〝悪魔からの招待状〟は届いていなかった。昨日会ったばかりとはいえ、例の訓練のことがあるので、ドレイクは露骨にほっとしていた。


「〝大佐〟に関しては、予想どおりでしたね」


 ソファでまだ眠気と戦っているドレイクに激薄コーヒーを差し出すと、彼はにやにやしてそれを受けとった。


一昨日(おととい)、殿下に強制撤収された時点で、本人たち含めて、もうみんなわかっちゃってたでしょ。いくら俺がお願いしたって、殿下も邪魔だと思ってなきゃ撤収されるわけないし。でも、降格されずに〝本隊に異動〟って、左遷じゃないよね?」

「ああ、それですか」


 イルホンは生ぬるく笑い、自分もソファに腰を下ろす。


「殿下がここの司令官に就任されたときにも、その手を使いました。ここより〝帝都〟の皇帝軍本隊のほうが格上ということになっていますから、形の上では栄転です。でも、実際には左遷――(てい)のいい厄介払いです」

「殿下、就任したときにもこんなことしてたの?」

「はい。そのときには、無人艦の大量導入に反対した幹部クラスをすべて異動させてしまいました。年配の方がほとんどでしたので、実際問題、何の弊害も出ませんでしたが」

「なるほどね。いかにも殿下らしいけど、〝本隊に異動〟って殿下の一存でできるもんなの? ここは本隊より格下なんでしょ?」

「皇帝軍の元帥は皇帝陛下ですが、その陛下の後見人を殿下がなさっているので……実質、今は殿下が皇帝軍の元帥のようなものです」

「……ねえ。ちょっと待って」


 コップホルダーを両手で持って、ドレイクは呟いた。


「俺……そんな人に〈ワイバーン〉の映像編集させちゃったの? おそらく徹夜で」

「その前には給料を手渡しでもらったり、説教したりしています」

「……すごいな、俺」

「今さら自覚したんですか。遅すぎですよ」

「いや、殿下がそんなに権限持ってるとは知らなかったから。そんな人に質問されたら、そらウェーバーもビビるわな。今になって、ようやく合点(がてん)がいった」

「ああ、あの幹部会議のときですね。そういえば、大佐の人事予想も当たりましたね。そのウェーバー大佐とマクスウェル大佐が切られるって」


 イルホンが〝大佐〟の副官からの返信メールをドレイクに見せたとき、こちらが切られると彼が言ったメールは、ウェーバーとマクスウェルの副官からのものだった。


「大佐は、どうしてあの二人が切られると思ったんですか? あの後、大佐はウェーバー大佐のこと、褒めてたじゃないですか」

「褒めてはいないよ。ただ、言ってることは間違ってないって言っただけ。副官の返信メール読んだだけで、何となくわかんなかった? この副官の〝大佐〟は駄目だなって」

「それはまあ、確かに思いましたけど。あくまで副官のメールですから」

「そういうメールを副官に返信させるって時点でもう駄目だ。でも俺、コールタンとパラディンだけは、メールを読む前から切られることはないなって思ってたよ。幹部会議のとき、殿下が俺に名前を再確認させたから。こいつらは覚えとけってことなんだろうって思った」


 イルホンは驚いて目を見張った。


「あれ、適当に指してたんじゃなかったんですか?」

「人は無意味な言動はなかなかとれないもんだよ。〝選ばない〟ってことも、ある意味〝選択〟だ。あの幹部会議のとき、殿下はアルスターとマクスウェルの名前は一度だけしか口にしなかった。――なぜか? 〝二度も名前を呼ぶ必要はない〟と思っていたか、〝二度も名前を呼ぶ価値はない〟と思っていたか、どっちかだ。

 副官のメールを見て、アルスターは〝必要はない〟ほうだと思った。信頼しているからこそあえて無視した。アルスターのほうもその自覚があるから、何にも知らない俺らに懇切丁寧に教えてくれる余裕があった。……ちょっとくどかったけどな。

 それに対して、マクスウェルは返信は早かったが、俺らが訊ねたことしか回答しなかった。『大佐同士で作戦会議は行わない』。しかも、正確には『行えない』だろ。あれでこっちは〝価値はない〟ほうだと思った。

 同じことがウェーバーにも言える。こっちはマクスウェルよりもっとひどい。『大佐同士で作戦会議を行う必要はない』。会議ではあんなに弱気だったくせに、副官メールでは妙に強気。俺的に〝価値はない〟と思った」

「ダーナ大佐は? 俺は確実にあの人が切られると思っていましたが」

「ああ、あいつは確かに馬鹿。でも、馬鹿正直の馬鹿。俺が『おまえの仕事は〈フラガラック〉を守ることだけだ、浅はか野郎』って返信したら、ちゃんと自分の仕事をした。同じことの繰り返しで飽きてるはずの仕事をな。

 基本、護衛担当の〝大佐〟は殿下に信頼されてるんだよ。〈フラガラック〉が無人艦を遠隔操作できなくなったとき、最後の盾になるのはあいつらだからな。

 イルホンくん。君の第一印象は結果的には正しかったが、普通はそれだけで仕事ができるできないは判断できない。君だって、第一印象だけで隊員候補を選んで俺に紹介したわけじゃないだろ? ……大丈夫。君に人を見る目はある。ただ、あんまり自信を持ちすぎるのもよくない。ほどほどにな」

「……はい」


 イルホンは神妙にうなずいた。こういうとき、ドレイクの頭の中はどうなっているのか、本当に知りたくなる。

 ――考えろ、考えろ。時々休憩挟みながら、考えつづけろ。

 今はただのんびりコーヒーを飲んでいるようにしか見えないが、その頭の中ではイルホンには想像もつかないことを考えつづけているのだろうか。


「それにしても、〝幹部会議〟じゃなくて〝大佐会議〟ってのには意表を突かれたな」


 ふいに、思い出したようにドレイクが言った。


「え? ああ、そうですね。たぶん、議題は〝大佐〟が二人減った件に関することでしょうから」


 自分の世界に浸りかけていたイルホンは、あわてて我に返って相づちを打つ。


「アルスターが申請したっていうのはわかる気がするんだよ。ウェーバーとマクスウェルは有人砲撃艦二〇〇隻、ここに残して〝栄転〟したんだろうからさ。この二〇〇隻をどうするか、大佐同士で話しあいたいと思ったんだろ」

「……もしかして、うちに有人砲撃艦一五〇隻、押しつけようとか考えてませんよね?」


 ドレイクはイルホンを見てニヤッとした。


「さすがイルホンくん、察しがいいね。俺はアルスターは単純にそう考えてると思うよ」

「無理でしょう」

「ああ、無理だ。俺の限界は自分の軍艦(ふね)を含めて三隻まで。現状では〈ワイバーン〉一隻」

「なら、アルスター大佐に有人砲撃艦三〇〇隻、まとめて面倒見てもらいますか?」

「俺はそうしてもらいたいんだけどねえ。アルスターや他の大佐たちが納得してくれるかねえ」

「……殿下は?」

「ああ、あの人なら最初から俺には無理だってわかってるよ。だから不思議なんだよねえ。幹部会議で有無を言わさずアルスターに三〇〇隻押しつけることもできるのに、何でわざわざ大佐同士で話しあう余地を与えたのかねえ。議長するのが面倒くさくなったのかな」

「そうかもしれませんね。たぶん、今は例の訓練のことで頭がいっぱいなんじゃないでしょうか」


 イルホンがそう言うと、ドレイクは呆れたように顔をしかめた。


「実質皇帝軍元帥な人がそんなんでいいの?」

「俺もどうかとは思いますが、やるべき仕事はちゃんとやっていますから。むしろ、やりすぎるくらい」

「あー……そんなお方に徹夜で編集作業させちまったよ……」

「〈ワイバーン〉愛ですよ。うちの〈ワイバーン〉マニアが、あれから何度も何度も繰り返し見て、大絶賛してたじゃないですか」

「マシムか。殿下に言ったら喜ぶかな」

「もしかしたら、次回も映像をくれるかもしれませんよ。今度は無償で」

「無償だけは絶対なさそうな気がするな。とりあえず、次の編制、早く決めてくんないかな。俺が落ち着かない」


 口ではそう言いながら、ドレイクは悠々とコーヒーを飲んでいる。その姿を見るかぎり、イルホンにはとても〝落ち着かない〟でいるようには思えなかった。

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