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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【01】連合から来た男
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23 映像ゲットしました

 ドレイクは三度目にしてアーウィンの執務室に通常状態で入室してきたが、その部屋の住人たちの三分の二は半壊状態だった。


「昨日はお疲れ様でした、ドレイク様」


 残りの三分の一であるキャルは、今日もまたわざわざ執務机から立ち上がり、ドレイクに頭を下げる。


「キャルちゃんもお疲れー。昨日もいろいろありがとねー。あと、いちいち立ち上がんなくてもいいよー。キャルちゃん、ここで二番目に偉いんだから」


 ドレイクは愛想よく応じて、ヴォルフ、アーウィンの順に目を巡らせた。


「えーと。……かなりお疲れのご様子なので、出直してきましょうか?」

「……いや、いい」


 執務机で頭を抱えているアーウィンは、そのままの体勢でぼそりと答えた。


「これが昨日の〈ワイバーン〉の映像だ。持っていけ」


 空いている手で、手元にあった小さなケースをつまみ上げ、ドレイクに差し出す。


「中にメモリカードが入っている。再生の仕方は部下たちに訊けばわかるだろう。ただし、映像だけで音声はいっさい入っていない」

「映像だけで充分です。お手数をおかけいたしました。ありがとうございます」


 ドレイクは両手を広げてそれを受けとると、上着の胸ポケットの中にしまいこんだ。


「私が言わなくてもわかっているだろうが、それの閲覧はあくまで隊内限定だ」

「もちろん、わかっていますとも。それじゃ、俺はこれで……」

「待て、ドレイク」


 早々に立ち去ろうとしたドレイクを、アーウィンはいつもより凄みのある声で呼び止めた。


「約束は、必ず守ってもらうからな」

「約束……あの訓練のお話でしょうか?」

「そうだ。元はと言えば、おまえが自分から言い出したことだろう」

「それは殿下が見たいって言ったから。ただ、もう一度無人艦の動きを分析させてもらわないことには、あれの再現は無理です。だから、すぐにお見せすることはできません」

「わかっている。見せてやるからやれ」

「……はい。了解しました」


 ドレイクは溜め息をつくと、アーウィンに頭を垂れた。アーウィンの敬礼嫌いに気づいているのか、ここでは一度もしたことがない。


「それでは殿下。失礼いたします」

「うむ」

「ヴォルフやー。お互い、雇われの身はつらいやねー」


 ヴォルフはソファに沈みこんだまま、力なくドレイクに言い返した。


「おまえに言われると、素直にうなずけない……」


 ドレイクが退室した――と同時にアーウィンは執務机に突っ伏した。


「間に合った……」

「ぎりぎりまでおまえがいじってるから……きっとドレイクは勘づいてるだろうが、前みたいに十分前に来られてたら、言い逃れできなかったぞ」


 アーウィンにつきあわされたヴォルフは、今すぐソファで寝てしまいたいと思った。


「うむ……しかし、まだ納得が……」

「頼むからもう納得してくれよ。おまえは司令官で監督じゃないんだ」

「隊の資料にするのなら、いいかげんなものは渡せないだろう」

「だから、そもそもおまえが自分で編集しようとするところから間違ってるって」

「……〈ワイバーン〉の映像を、下手に他人には見せられん」


 ヴォルフは少し考え、うなずいた。


「そうだな。おまえが〈ワイバーン〉マニアだってことが完全にバレちまうな。もうバレてると思うけど」

「申し訳ありません。私は決まった時間に睡眠をとらなくてはなりませんので」


 無表情ではあるが、キャルが軽く頭を下げる。


「いや、キャルはちゃんと自分の仕事は済ませてた。こいつが! こいつが何度も何度も何度もやりなおしてた!」

「せめて二日後にすればよかったか……」

「まだ言うか、この凝り性が!」

「ところでマスター。異動辞令を出した大佐たちから返信が届いていますが、どうなさいますか?」

「返信? ……なぜ?」


 顔を上げたアーウィンは、眠いせいか、いつにもまして不機嫌そうに眉をひそめた。


「〝もう一度機会を与えてほしい〟とのことです」

「〝栄転〟したのに、何が不満だ?」


 アーウィンの機嫌は一気に悪化した。


「送信したメールに、今日中にコクマーを発つようつけくわえて再送信してやれ。〇時を過ぎてもまだいるようなら、『連合』の代わりに私がおまえらを撃つとな」

「……本当にそのとおりに書いてしまってよろしいのですか?」

「あー、キャル。駄目だ。今この男は徹夜明けでまともじゃない。つけくわえるのは〝今日中にコクマーを発つように〟だけでいい。それでもう無駄だとわかるだろ」

「わかりました」


 キャルもヴォルフの言うことのほうが妥当だと判断したのか、アーウィンの返事を聞かずに作業に入る。


「もう一度機会を与えてやって何になる? また〈ワイバーン〉の足を引っ張りたいのか?」


 今の自分が〝まともじゃない〟自覚はあるのか、アーウィンは自分の命令をヴォルフに修正されても怒りはしなかった。


「本当にもうマニアだな……でも、確かにあの有人艦二〇〇隻がしたことは、〈ワイバーン〉の邪魔だけだった」

「……ああ、駄目だ。眠い。七時に給料を取りにきた変態の気持ちが今よくわかった」


 執務机に両手をついて、アーウィンが立ち上がる。


「〈フラガラック〉で仮眠してくる。何かあったら連絡しろ」

「仮眠と言わず、今日はもう早引けしようぜ。たまにはそんな日があってもいいだろ」

「そういうわけにもいかん」


 アーウィンは普通の扉のように偽装してあるエレベーターに乗りこむと、〈フラガラック〉が置いてある地下へと降りていった。〈フラガラック〉はこの基地内でもっとも安全な場所だ。ヴォルフはあえてアーウィンの後は追わなかった。


「徹夜した理由が〈ワイバーン〉の映像編集じゃなければ、仕事熱心な男だと褒めてやれるんだがな……」

「あれも仕事と言えば仕事と言えるのでは」

「九割は趣味だろ。しかも、動機は〝クレー射撃〟が見たいから」

「本気でしょうか」

「本気だろう。ドレイクは本当はやりたくないみたいだけどな」

「……帰りがけ、『ごめんね』と私に謝っていかれました」

「え、いつのまに?」

「ドアを出るとき、声は出さずに口の動きだけで」

「二番目に偉いおまえには、さすがに気を遣ってるな」

「ドレイク様は、ヴォルフにも気を配ってらっしゃると思いますが」

「……まあ、確かに。でも、あの男の言い方はどうも癇に障る」

「何も言われなければ言われないで、それもまた腹が立つのではないですか」


 ヴォルフは思わずキャルを見たが、彼は端末に目を向けたままだった。


「……キャル。俺も少し寝るわ」

「そこでですか?」

「俺はおまえの護衛も兼ねてるから」

「護衛が寝ていていいのですか?」

「いるだけでいいんだよ。〈フラガラック〉の護衛艦と同じ」


 そう答えて、ヴォルフは金色の目を閉じた。


 * * *


 〈ワイバーン〉のブリッジの中で、誰よりもドレイクの帰りを心待ちにしていたのは、もちろんマシムだった。


「諸君、お待たせー。殿下から約束のブツをもらってきたぞー」


 ドレイクが意気揚々と戻ってくると、マシムが真っ先にすっ飛んでいった。


「大佐、準備は万端です。貸してください」

「最初に注意事項。これ、機密情報だから、勝手にコピーして自宅に持ち帰ったりしないように」

「え?」

「そうする気満々だったな。見たいときには、待機室で〝孤独に〟」

「わ……わかりました。とにかくブツを」

「中毒患者みたいだな」


 苦笑いしながら、メモリカードの入ったケースをマシムに手渡す。マシムはすぐにメモリカードを取り出し、それを操縦席のコンソールに挿入した。


「へえ。そこでも見られるんだ。知らなかった」


 ドレイクは感心していたが、ギブスンは小声で言った。


「……マニア魂」

「それにしても、今度は呼び出されたのが午後でよかったですね」


 他の隊員と一緒に〈ワイバーン〉で待っていたイルホンがそう声をかけると、ドレイクは嬉しそうに口角を上げた。


「まったくだ。でも、今度は殿下が眠そうな顔してたな」

「まさか……ご自分で編集されたとか?」

「そんなことはないだろうと言いたいところだが、給料手渡ししてくれる護衛艦隊司令官だからな。否定はできない」


 そんなことを話している間に、スクリーンに映像が映し出されたが、全員一瞬言葉を失った。


「ちゃ、ちゃんとチャプター分けしてある!」

「しかも細かい!」

「とりあえず、最初は全部通して見る」


 この件に関してだけは、誰にも主導権を譲る気はないらしいマシムは頭から映像を再生させる。

 そのマシムもドレイクたちも立ったままそれを見ていたが、フォルカスとキメイスの二人だけはちゃっかり自分の担当のシートに座っていた。


「殿下によると、本当に映像だけで、音声はまったく入ってないそうだ。……そりゃそうだよな」

「入っていたら、逆に驚きます」


 無人艦のカメラを使って撮影されたと思われる宇宙空間の〈ワイバーン〉は、周囲の「帝国」の艦艇とはまったく一線を画していた。イルホンは何となく、羊の群れの中にまぎれこんでいる狼を連想する。

 その狼は、羊たちを盾にしながら〝息吹(ブレス)〟で敵の旗艦を沈めた後、今度は四方八方にレーザー砲を乱射して、敵艦艇を撃ち落としはじめた。


「外から見ると、何て恐ろしい……」


 本気で怯えたようにスミスは呟いたが、他の隊員の反応は違った。


「かっこいい……」

「え?」

「今思うと、よく撃ちつづけたな……」

「でも、まだまだ遅い」


 ドレイクがきっぱり言うと、ギブスンとシェルドンは顔を引きつらせて彼を見た。


「えっ、まだ!?」

「無人艦がさりげなくフォローして、数を減らしてくれてたんだ。それがなかったら、何発か食らってたぞ。うちにはフィールドだのシールドだの、そんな便利なものはついてないんだ。当たり所が悪かったら、ジ・エンドだ」


 ギブスンとシェルドンは、スミスとは違う意味で同じ言葉を口にした。


「恐ろしい……」

「しかしこれ、どうやって撮ったんだろうな。中央突破する前までならともかく、その後までずっと追っかけてるって……どういうこと?」


 ドレイクだけでなく、それは全員が疑問に思っていた。


「たぶんですけど……これを撮るために、かなりの数の無人艦が犠牲になっているのでは……?」


 イルホンが推測すると、ドレイクは真顔で答えた。


「今回だけは知りたくないね。失った無人艦の数」


 映像は〈ワイバーン〉が敵艦隊を突破したところで終わっていた。マシムが琥珀の目を潤ませながら拍手をし、それにつられたように他の隊員も拍手する。


「動いてた! 〈ワイバーン〉が動いてた!」

「そりゃ動画だから」

「編集も素晴らしい! 見事にツボを押さえている!」

「あ、それは言えてる」

「殿下、ありがとうございます! できたら次回も撮影を!」

「殿下ならしそうだけど、さすがにもう映像くれとは言えないから」


 ドレイクは自分の顔の前で右手を振った。


「それだって、殿下に〝クレー射撃〟見せる約束して、もらったんだし」

「ああ、そういえば」

「クレー射撃?」

「ほら、無人艦を一〇〇〇隻近く撃ち落としつづけたっていう、あの伝説の」

「ああ……あの」


 隊員たちは囁きあい、はっと気づいてドレイクを振り返った。


「あれを俺らがやるんですか!?」

「他に誰がいるよ。言っとくけど、あれ撃ってたの、俺じゃなくて部下だから」

「この中で、実際に見たのは誰もいないよな……」

「俺は出撃してたけど、そんなことがあったことも知らなかった」

「大佐。殿下はそのときの映像も持ってるんでしょ?」


 フォルカスに訊かれて、ドレイクは複雑な笑みを浮かべる。


「訊いてはいないが持ってるな。でも、借りる気はない。今はこの軍艦(ふね)が〈ワイバーン〉だ」


 隊員たちはうつむいて口をつぐんだ。すでにない元祖〈ワイバーン〉を見るのは、ドレイクにはつらいのだろう。


「そのかわり、もう一度無人艦の動きを分析させてもらわないとあれの再現は無理だって殿下には言った。これであきらめてくれるかなあってちょっと期待してたんだけど、やっぱり駄目だった。『見せてやるからやれ』って」

「あの……一応訓練としてやるんですよね? 味方の無人艦を撃つって、それ、どういう訓練ですか?」


 もっともなフォルカスの指摘に、ドレイク以外全員がうなずく。


「俺もそう思うけどねえ。うちの殿下が見たいって言うんだからしょうがない。簡単に説明すると、あれは計算地獄よ。弾道計算、重力計算、速度計算……それ専用のプログラム組んでやった。ものすごい努力と苦労重ねてやれたことなのよ、あれは」

「あの驚異の伝説の裏に、そんな地道な積み重ねがあったとは……」

「そうよ。ただぽんぽん撃ってたわけじゃないのよ」

「殿下はその苦労を知っているんでしょうか……」

「知らないだろうなあ、きっと。いずれにしろ、これは今すぐやれることじゃないし、優先すべきは常に実戦だから。まずは、次回の編制が決まらないことには、こっちもやりようがない」

「……やっぱり、〝大佐〟は減るんですか?」


 イルホンが探るように訊ねると、ドレイクはにやりとした。


「今日の悪魔様はお疲れのようだから、明日あたりメールで教えてくれるんじゃない? まあ、もう予想はついてるけど」

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