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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【01】連合から来た男
19/169

18 作戦説明しました

 配置図は艦名を追加されて再送信されてきた。

 イルホンがプリントアウトしたそれを、ドレイクは例によってソファで受け取った。


「えーと、ダーナが〈ブリューナク〉で、ウェーバーが〈テュルフィング〉。……〈フラガラック〉より覚えにくいな」


 確かに、七大佐の乗艦名の中では〈ワイバーン〉がいちばん覚えやすい、とはイルホンも思った。


「そういえばイルホンくん。〝大佐〟の副官から返信あった?」


 どうして自分はいまだに〝くん〟づけなのだろうと思いつつも質問には答える。


「ダーナ大佐の副官以外は全員返信してきました」

「あ、それなら全部来たね。あいつは自分の名前で俺に送信してきたから」


 それを聞いてイルホンは目を見張った。


「ええ、大佐に? 何て送信してきたんですか?」

「それがな。たった一行、『馬鹿野郎』と」


 真面目な顔で言ってから、ドレイクはげらげら笑った。


「いいね。馬鹿だね。変に利口ぶるよりずっといいね。俺はあいつを見直した」

「確かに〝馬鹿〟ですね……」


 やはり自分には人を見る目はなかった。イルホンは再び落ちこんだが、何とか気を取り直し、今度はプリントアウトしたメールをドレイクに見せた。


「なら、これが副官からの返信メール全部です。上から着信順になっています」

「おう、ご苦労ご苦労」


 ドレイクはざっとメールに目を通しながら、ローテーブルの上に二つに分けて置いた。彼は文章を読むのは速い。ただし、書くのは苦手だ。


「ああ、なるほどねえ。これじゃ〝大佐〟だけで勝手に作戦会議はできないよねえ」

「そうですね。無理ですね」


 当然、先にメールを読んでいたイルホンはドレイクの言葉に深く同意した。

 ドレイクは、『今回の編制は特殊すぎると思うのだが、大佐同士で作戦会議は行わないのだろうか』と〝可愛らしくかつ不安げに〟各大佐の副官に訊ねろ、とイルホンに命じていた。

 副官たちの返信内容をまとめるとこうだ。

 一・大佐たちは、司令官の許可なく会議(打ちあわせ等を含む)を行うことを禁じられている。

 二・もし会議を行いたい場合には、司令官に申請して許可を得なければならない。その際、必ず司令官が同席する。

 三・大佐同士が交流を持つこと(メールのやりとり等含む)も禁じられている。当然副官同士もだが、今回は特別に返信する。このメールに返信の必要はない。


「きっと昔、大佐同士が結託して、何かしでかしたんだろうね」


 なぜか声を潜めてドレイクが言った。


「そうでしょうね。でなかったら、ここまで厳しくする必要ありませんもの」


 つられてイルホンも囁き声になる。


「それならそうと、殿下も教えてくれたらいいのに」

「大佐が他の大佐と作戦会議をしたいなんて考えるはずがないと思っていたんじゃないですか」

「そんなことないよう。たまには俺も考えるよう」

「じゃあ、殿下に申請してみますか?」

「すでにアルスター大佐がしたけど、却下されたそうよ」

「ああ、いちばん返信が早くて、いちばん内容が詳しくて、いちばん文章がくどかったところですね」

「きっと〝大佐〟にお伺いを立ててから返信したんだろうから、アルスター大佐の性格をそのまま反映してるね」

「いい人そうですが、つきあうと面倒くさそうですね」

「俺も同意見だよ、イルホンくん」

「しかし、それにもかかわらず、ダーナ大佐は副官を通さずに直接大佐にメールしてきたわけですか。……この前の会議で大佐に馬鹿にされたのが、よっぽど悔しかったんでしょうね」

「でも、俺はこの手の馬鹿は嫌いじゃない。だから返信してやった」

「……大佐も〝馬鹿〟ですね」

「ま、〝新入り〟の俺たちが関わってれば、殿下は他の大佐を罰したりはしないだろ。とにかく、作戦会議はできないとわかったことで、うちの作戦は確定した」

「ところで、何でメールを二つに分けたんですか?」


 イルホンがローテーブルの上に目をやると、ドレイクはにやりと笑って彼を見上げた。


「俺的人事予想。たぶん、こっちが殿下に切られるんじゃないかな」


 ドレイクは右側のメールを指さした。そちらを手にとって見たイルホンはすぐにドレイクを凝視した。


「本気ですか?」

「本気だけど、予想はあくまで予想だから。とりあえず〈ワイバーン〉のところに行くぜ。早めに作戦説明して、それに合わせてまた訓練させなきゃならん」


 * * *


 ドレイク大佐隊の作戦説明室は、〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟から〈ワイバーン〉のブリッジへと変わった。

 しかし、ドレイクが砲撃担当のシートに座り、隊員がブリッジの床に座りこむスタイルは相変わらずである。書記担当イルホンもいちばん左端のシートに相変わらず座っていた。


「殿下……いったいどうしちまったんだ」


 スクリーンに表示された配置図を見て、フォルカスが呆然と呟く。


「〈フラガ〉の護衛艦、無人艦五十隻しかいねえぞ」

「殿下も五〇〇隻は多すぎると思ってたのかね」

「いや、そもそも三隊に分ける必要あるのか? 総数はいつもと同じ三〇〇〇隻だぞ?」


 ――これ見たら、みんな戸惑うよな。

 隊員たちの反応を見て、イルホンは自分だけではなかったとひそかに安堵した。


「確かに一見驚くな。でも、よく見てみろよ。〈フラガ〉の周りに五〇〇隻の護衛艦がいることには変わりない」


 ドレイクの指摘を受けて、隊員たちはスクリーンに目を凝らし、おおと納得の声を上げる。


「三隊に分けたのは、おそらく有人艦の動きを見やすくするためだ。はっきり言えば、どいつが馬鹿かわかりやすくするためだな。殿下は今回の結果を見て、人員整理しようと考えてる。……と俺は思った」

「えー、うちもその対象に入ってるんですか?」

「当然だろ。殿下だぞ? 役に立たなきゃ、容赦なく切るぞ」


 ――いえ、それは絶対ないと思います。

 そうでなかったら、わざわざ敵の軍艦に似せた軍艦を与えたりはしない。イルホンはそう思ったが、あえて口にはしなかった。


「この図では、俺たちは中央、ウェーバー大佐隊の先陣に入ってるように見える。でも、俺は違うと思う。俺たちは無人艦群のしんがりだ。無人艦にサポートしてもらって、俺たちが敵にとどめをさす。他の有人艦は無人艦が遠隔操作できなくなったときのための〝保険〟かもしれないが、俺はこの艦隊におけるこの軍艦(ふね)の存在意義をそう考えてる」


 ――無人艦はメインじゃなくて、有人艦のサポート……

 今までにない発想だった。艦隊の八割を無人艦が占めているから、無人艦がメインなのだと思いこんでいた。


「この軍艦(ふね)は砲撃艦だ。砲撃艦の役割とは何か? ただひたすら、撃つべし撃つべし撃つべし。……敵旗艦を〝息吹(ブレス)〟で落とし、敵艦隊を一刻も早く一〇〇〇隻まで減らす。それが俺たちの仕事だ」

「……わかりやすい」


 シェルドンが催眠術にかけられたように呟いた。確かにわかりやすい。だが、口で言うほど実現はたやすくないだろう。


「今回はこの仕事を着実にこなす。第一段階。無人艦が切り開いてくれた道が閉じる前に〝息吹(ブレス)〟で旗艦を落とす。射程圏内に入ったら即行(そっこう)だ。これは俺たちの専売特許だからな。何が何でも実行する。第二段階。旗艦を失っても〈フラガ〉に向かってくる敵を片っ端から撃ち落とす。ここがいちばんの正念場だ。旗艦がなくなれば普通は撤退を考えるもんなんだが、ここではそれは普通じゃないらしいからな。いずれにしろ、こっちは〝全艦殲滅〟しなきゃならんから、敵艦艇数が一〇〇〇隻切るまでは後には引けない。一〇〇〇隻切ったら、殿下の粒子砲の巻き添えを食わないように速やかに離脱する。以上」

「想像したら、眩暈(めまい)起こしそうになった……」


 本当に眩暈を起こしたようにギブスンが額を覆う。


「それがわかるだけ、おまえは偉いよ。というわけで、生きて帰るために訓練だ。まず、スミス、フォルカス、キメイス」

「はい?」

「このブリッジの隅に、座席を三つ設置してくれ」


 三人は声をそろえて訊ねた。


「それ、訓練ですか?」

「訓練じゃないが、この軍艦(ふね)には必要だろ。俺なんか、大気圏外まで座れなかったぞ」

「それは大佐が自分から言い出したことでしょうが。でも、よく最後まで立ってられましたね。さすが大佐だ」

「褒めても無駄。調達」

「えー……どうする?」


 互いの顔を見合わせて三人は困惑する。


「粗大ゴミから(あさ)ってくるか?」

「俺、思ったんですけど」


 マシムが手を挙げながら冷静に発言した。


「〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟から、座席とりはずして持ってきたらどうでしょうか」

「ええっ、あっちを壊すのか?」


 イルホンたちの心の声を、フォルカスが言葉にした。


「壊すというか……もともとあれは試作艦だったわけだし、エネルギー容量とか難があるから、もう実戦には使えないと思うんですよね」

「そういやそうだな。今さらあれにはもう乗れない」


 真顔でうなずき、改めて三人に命じる。


「よし、隣から三つ取りはずして持ってこい。あれなら安全ベルトもついてるし、こっちのシートと同じだから、取りつけても違和感ない」

「いや、こんなところにあったら、違和感ありありだと思うんですけど」

「あの……勝手にそんなことして、殿下に怒られないんですか?」

「こっちなら、殿下に『不満だったら自分たちで直せ』って言われてるから大丈夫。問題はあっちだが……ま、当分はこれ一隻でいくからいっか」


 三人は嘆息すると、立ち上がってブリッジの出入口に向かった。


「じゃあ、解体行ってきまーす」

「あ、取りはずすのは、左端二席と右端一席な」

「イエッサー」

「あと、シェルドン」

「はい?」

「おまえも隣に行って、孤独に砲撃訓練」


 驚きのためか、シェルドンは妙なところに反応した。


「え、孤独に?」

「じゃあ、イルホンくんにシミュレーションプログラムを操作してもらおう」

「え、俺?」


 まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったイルホンは、思わず鉛筆の芯を折ってしまった。


「艦長席で、艦長気分味わってきて」

「……イエッサー」


 本物の艦長には逆らえない。イルホンはシェルドンと共に三人組の後を追った。


「さてと」


 ドレイクは立ち上がると、今度は艦長席に腰を下ろした。


「残りはこっちで訓練。ちゃんとケツの埃、払ってから座れよ」

「イエッサー」


 残った三人は、素直にドレイクの言うとおりにしてから、それぞれの担当のシートについた。


「大佐。三人で動かせるかどうか試してみるんですか?」


 操縦席についたマシムがコンソールを操作しながら訊ねる。ドレイクはにんまり笑って答えた。


「試せるうちに試せることはみんな試しておこう。……いざというとき、役に立つ」


 * * *


 〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟は、〈ワイバーン〉よりも人口は一人多かったが、それぞれある種の孤独感を抱えていた。


「イルホン」


 砲撃のシミュレーションを黙々と続けていたシェルドンに名前を呼ばれ、イルホンは艦長席のモニタから顔を上げた。


「何?」

「砲撃はもうギブスンがいるのに、何で大佐は俺にも訓練させるんだ?」


 そう問いながらも、コントローラーを動かす手はまったく休めない。


「必要だから……だと思うな。大佐は無意味なことはさせない」

「だったら、俺たちのこの作業にも意味があるのか?」


 ちょうどイルホンの横でシートの撤去作業をしていた三人組のうちのフォルカスが、ふてくされたように言った。


「何で俺たちには訓練させないんだよ。必要ないのか?」


 彼らはイルホンより年上である。イルホンは敬語で応じた。


「今は必要ないということだと思います。皆さん、実戦経験あるじゃないですか。大佐は新米の底上げを優先しているんだと思います」


 それを聞いて三人はそろって苦笑いを浮かべる。


「うまいこと言うよな」

「さすが、あの大佐の副官やってるだけのことはある」

「いや、なりゆきで副官にされてしまったんですが」

「でも、今さら辞める気にはなれないだろ?」

「なれませんね。皆さんと同じです」

「ははっ、無人艦は有人艦のサポートと来たか。ここでそんなこと言えるの、大佐くらいのもんだぜ」

「言われてみりゃそのとおりだ。無人艦は有人艦守って飛んでるもんな」


 彼らは笑いながら作業を再開したが、なぜか工具の扱いも手際もよく、まるでそれ専門の業者のように見えた。


(人生経験を重視して、この作業をさせてるのかな)


 三人組には言えないが、イルホンはかなり本気でそう思った。

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