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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【05】始まりの終わり(中)
146/169

30 無人護衛艦群にされていました

 ――「連合」の右翼中央に突入する。先陣は本艦が切れ。

 幽鬼のような顔をしたアルスターにそう命じられても、〈カラドボルグ〉のブリッジクルーたちは誰も驚かなかった。

 アルスターの命令は心中命令に他ならない。それもまったく無意味な心中。右翼はパラディン大佐隊と無人艦たちが挟撃して、確実に数を減らしている。

 しかし、ブリッジクルーたちは抗弁せず、アルスターの命令に従った。

 艦長席の左横に立っていたコノートも、あえて中止を進言しなかった。

 〈カラドボルグ〉が暴走しても、無人艦たちは体を張って「連合」の攻撃から守ってくれた。だが、さすがに完全には防ぎきれず、〈カラドボルグ〉は被弾した。あの模擬戦のときに聞いた警告音がブリッジに鳴り響く。

 アルスターは何も言わない。艦長席の肘掛けをつかみ、血走った青い目で中央スクリーンを凝視している。

 もはやここまでか。コノートたちが死を覚悟した、まさにそのときだった。


「大佐! 強制撤収です! ()()のコントロール奪われました!」


 そう叫ぶ操縦士の声は、歓喜に震えていた。

 他のクルーたちも、はばかることなく歓声を上げている。

 コノートも、口元がほころぶのを止められなかった。

 ――〈カラドボルグ〉が撃墜される前に、司令官が強制撤収してくれた。

 命懸けの最後の賭けに、コノートたちは勝ったのだ。


「なぜだ……なぜ強制撤収される……」


 ブリッジの中でただ一人、アルスターだけが呆然と呟いていた。


「私はドレイク大佐の邪魔はしていない……」


 コノートは正気を疑い、アルスターを見下ろした。


「大佐……本当にそう思ってらっしゃるんですか?」

「……何?」


 アルスターが緩慢にコノートを見上げる。

 ブリッジクルーたちは騒ぐのをやめ、冷ややかな眼差しを艦長席に向けた。

 今の彼らは全員手隙だ。この〈カラドボルグ〉だけでなく、アルスター大佐隊の軍艦すべてが〈フラガラック〉に遠隔操作されている。扱いは無人艦と同じだが、それでも本物の無人艦たちは護衛として付き従ってくれていた。


「ウェーバー大佐とマクスウェル大佐は、ドレイク大佐の〝攻撃〟の邪魔をしたから強制撤収されたのです。今回の我々は、必要もないのに『連合』の中へ突入しようとしました。無人艦はそんな我々も守ろうとしてくれましたが、その分〝攻撃〟ができなくなってしまいます。我々が強制撤収されたのは当然のことでしょう」


 アルスターは本当に、ドレイクの邪魔さえしなければ、名誉の戦死を遂げられると思いこんでいたようだ。大きく目を見開いて、何度も口をはくはくと動かしていた。


「大佐。ドレイク大佐が初めてうちの執務室を訪ねてきたとき、〝部下が生かされるのも殺されるのも指揮官しだい〟とおっしゃっていたのを覚えておいでですか?」


 おそらく、この男には一生理解できない。そう思いつつも、コノートはアルスターに問いかけた。

 案の定、アルスターは何も答えない。コノートはかまわず話を続けた。


「私は……感動しました。同時に、なぜこの〝大佐〟が自分たちの指揮官ではないのだろうと、心から残念に思いました」

「…………」

「あなたはドレイク大佐の話を聞いても、結局、何も改めようとはしなかった。あなたの部下たちが、少しずつ少しずつ、日々あなたに心を殺されていることに、最後まで気づけなかった」

「…………」

「私は自分の書いた文章を、いつもあなたに手直しされるのがたまらなく嫌でした。……冗長に。難解に。醜悪に」

「なぜ……なぜ、今頃になって……!」


 ようやく、アルスターが振り絞るように声を発した。

 確か、ドレイクにもそんなことを言っていた。今まで部下の忠言を受け入れるどころか、その部下ごと排除しつづけていた男が、今頃何を言っているのか。おかしくなったコノートは、初めてアルスターの前で声を立てて笑った。


「強制撤収されたからです。やっと終わったからです。この日が来るのを心待ちにしていたのは、私だけではありません」


 目の端で、ブリッジクルーたちが一様にうなずいていた。

 他の軍艦に乗っている隊員たちも、聞こえていたらきっと同じ反応をしていただろう。


「あなたはもう〝栄転〟です」


 アルスターが大きく息を呑み、コンソールに頭をぶつけそうなくらい深くうなだれる。

 だから、続きは心の中で呟いた。

 ――そして、あなたの命令に従いつづけた我々も、あなたと一緒に〝栄転〟です。


 * * *


 コールタン大佐隊の旗艦〈デュランダル〉のブリッジで、最初にそれに気づいたのはオペレータの一人だった。


「大佐! 無人護衛艦群が……!」


 血相を変えて振り返ったオペレータに、コールタンは艦長席から呑気に応じた。


「ん? またどこかにお出かけしたか?」

「はい……強制撤収されたアルスター大佐隊と入れ替わりに……今はアルスター大佐隊が無人護衛艦群の〝壁〟にされています……!」


 オペレータはコンソールを操作して、中央スクリーンに画像を映し出した。

 それを見て、コールタンは軽く目を見張ったが、すぐににやにやと笑い出した。


「あーあ。誰のアイデアか知らねえが、むごいことするよな」

「え? 殿下じゃないんですか?」


 あっけにとられて画像を見ていたクルタナは、自分の右横にいるコールタンに視線を巡らせた。


「まあ、殿下も好きそうだが、有人艦に無人艦の代理をさせようなんて発想までは出てこないんじゃないかねえ……」


 そう言われてクルタナの脳裏に浮かんだのは、左目の下に古傷のある、黒髪の中年男のにこやかな顔だった。


「まさか……ドレイク大佐が……?」

「じゃねえかと俺は思うけどな。あの人はきっと、アルスター大佐隊が強制撤収された後のことを考えたんだろ。当然、左翼の後衛はいなくなって、その分、無人艦が大量に必要になる。そうだ、アルスター大佐隊をそのまま遊ばせておくのも〝もったいない〟。無人護衛艦群と丸ごと入れ替えちまおう。()()の数もちょうど同じ一〇〇隻だ」

「…………」

「たぶん、強制撤収したらああするように、前もって殿下に頼んでおいたんじゃないかね。実に合理的で無駄がなく、最高に残酷だ。自分たちの仕事を無人艦がしてるのを、無人艦扱いで見せられつづけるんだ」


 クルタナは黙って中央スクリーンに目を戻した。

 おそらく、コールタンの見立ては間違っていない。だが、司令官は自分の判断でアルスター大佐隊を強制撤収したのだろうか。

 かつて、司令官は無人艦の守りを解いて、ウェーバー大佐隊の一部を見殺しにした。そんな彼なら、あのままアルスターが部下ごと「連合」に突っこんでいたとしても、特に何も思わなかったのではないだろうか。


「結局、殿下が残した砲撃隊の〝大佐〟は、みんな〝栄転〟になったな」


 クルタナが考えこんでいると、コールタンは意地の悪い笑みを浮かべていた。


「さらに言うなら、みんなドレイク大佐が殿下に切らせた。まあ、俺はもともと三人とも嫌いだったから、ドレイク大佐に感謝してるがな」

「アルスター大佐もでしたか」


 意外に思ったが、そもそもこの男、パラディン以外はどうでもよかった男だった。

 しかし、そのパラディンには、今いちばん冷遇されている。


「確かに、無能ではなかったけどな。有能なふりをするのはうまかった。殿下も騙されたくらい」


 コールタンはさらりと嫌味を混ぜこむと、もったいないからと舐めずにいたパラディンの飴を口の中に放りこみ、まるで貴重な甘味を味わうかのように目を閉じた。


 * * *


「班長……あれ……」


 オペレータが中央スクリーンに映し出した画像を見て、クロケルは絶句した。

 クロケル以外のブリッジクルーたちも、言葉を失っている。

 ――強制撤収されたアルスター大佐隊が、無人護衛艦群の代わりに〝壁〟にされている。

 だが、ヴァラクは艦長席のシートに背中を預けたまま、楽しげにけらけらと笑った。


「さすが、俺の生き別れの〝兄〟。アルスターが強制撤収されたら、うちが左翼の援護に行ってやろうかと思ってたが、あれなら必要ねえな」

「あれ、ドレイク大佐が殿下にさせたんですか?」


 驚いて問うと、ヴァラクは赤茶色の瞳を細めた。


「当然だろ。あんなエグいこと、いくら殿下でもしねえよ」


 そうだろうかとクロケルは思ったが、ヴァラクがそう言うのならそうなのだろう。

 彼の人を見る目は、いつだって正しい。

 

「しかし、あのドレイク大佐がねえ。アルスター大佐のこと、本当は〝大嫌い〟だったんですかね」

「〝大嫌い〟になったんだろ。アルスターがうちの隊員、元ウェーバー大佐隊に全部押しつけたから」

「でも、挫折したベテラン軍人の気持ちも少しはわかってやれとか言ってたじゃないですか」

「〝それはそれ、これはこれ〟なんだろ」

 

 ヴァラクはにやりと笑うと、自分の傍らに立つクロケルから、スクリーンの中のアルスター大佐隊に視線を戻した。

 

「挫折したベテラン軍人の気持ちもわかるが、そのベテラン軍人に踏みつけにされた部下の気持ちのほうがもっとよくわかる。だから、こんな形で殿下に切らせた。俺たちの賛同を得た上で、戦死者を出さずに、穏便に」


 * * *


 戦闘終了の通達が出たことをオールディスから知らされると、ラスも他の乗組員たちも一斉に安堵の溜め息をついたが、操縦士のセイルだけは違っていた。


「まだまだだな」

「え?」


 聞き間違いかと思ったラスは、機関席から操縦席を振り返った。

 しかし、ラスの元上官は、悔しげにこう言い放った。


「もっと……もっと〈ワイバーン〉を楽にできたはずだ……!」

「どんだけ高みをめざしてるんだよ、六班長!」


 通信担当のスターリングが、即座にツッコミを入れる。

 ラス以外の乗組員は全員〝元班長〟なのだが、セイルを〝六班長〟と呼ぶことに対してまったく抵抗はないようだ。ドレイクにそう命令されたからというよりは、もはや固有名詞として認識しているように思える。


「いや、高みじゃないだろ。フォルカスくんに礼を言われたいだけだろ」


 大真面目に訂正したのは、情報処理担当のオールディスだ。

 そのとおりすぎて、ラスには何も言えない。


「でも、いま言われたら言われたでまずいぞ。浮かれて〈フラガラック〉追い越しちまうかもしれない」


 艦長席にいるだけのバラードが、深刻な表情で口を挟む。

 この軍艦における彼の唯一の仕事は、艦長席を空席にしないことである。


「これだけ撃ってもまだまだか……」


 セイルと同等、あるいはそれ以上に仕事をこなした砲撃手のラッセルが、自嘲するように呟いた。


「ラッセル! そんなことない、そんなことないぞ! 今日のおまえはよくやった! 大佐の命令どおり旗艦も落としたし、むしろやりすぎたくらいだ!」


 あわててバラードが否定したが、それに被せるようにセイルが叫んだ。


「そう! まだまだだ! 元ウェーバー大佐隊の六班長なら、あと一〇〇隻は撃ち落とせたはずだ!」

「元マクスウェル大佐隊の六班長が無茶言ってる!」

「フォルカスくん絡むと、ほんと人変わるな!」


 まったくもって、そのとおりだ。

 ラスはいつもどおり、元ウェーバー大佐隊の班長たちに頭を下げた。


「すみません……うちの班長、こんなんで本当にすみません……」

「いや、君は悪くない。むしろ同情する」


 バラードが律儀にラスを労ってくれる。もしかしたら、これも彼の仕事なのかもしれない。

 だが、元ウェーバー大佐隊の六班長は、バラードの言葉には耳を貸さなかった。


「そうか、そうだな! これで満足していては、元ウェーバー大佐隊に対して申し訳ない! みんながアルスター大佐に苦しめられている間、俺はこのパラダイスで安穏としていた!」

「ああ! 〝元ウェーバー大佐隊〟の名前出されたから、ラッセルの〝申し訳ない〟スイッチが入っちまった!」

「どこも〝六班長〟はこんなんなのか!?」


 そんなことはないと思うが、変な方向に生真面目なところはよく似ているかもしれない。

 真っ当に訓練を重ねているのも、〈ライト〉ではこの二人だけだ。


「そうだ! 次は〈ワイバーン〉にレーザー砲を撃たせるな!」

「無理だろ、それ!」

「よし、わかった!」

「わかるなよ! 無理だってわかれよ!」


 バラードとスターリングが無駄なツッコミを入れていたそのとき、シートにあるスピーカーから聞き慣れた若い男の声が流れてきた。


『あー……〈ライト〉の皆さん、お疲れ様です……おかげで〈ワイバーン〉楽できました……ありがとうございます……〈レフト〉と合流して帰りましょう……以上』


 ――フォルカスの声。

 一瞬にして、ブリッジ内が静まり返る。


「れ、礼を言われてしまった……!」


 バラードが死刑判決を受けたような顔をして、言わずもがなのことを口にした。

 スターリングもラッセルも似通った表情をしていたが、オールディスだけはニタニタ笑っていた。元ウェーバー大佐隊の八班長は、頭は良いが性格はかなり悪い。


「これからいったい何が起こるんだ……!?」


 怯えたようにスターリングが呟いた。と、セイルは力強く宣言した。


「それでも、まだまだだ!」

「決意を新たにした!」

「〝楽できた〟って言われて礼も言われたのに……どこをめざしてるんだ、六班長!」


 セイルはわずかにバラードを見やった。


「〈ワイバーン〉だ。合流しないと」

「平常モードに戻った!?」

「なぜだ!?」


 バラードたちが混乱している。放っておいてもよかったが、混乱させているのは自分の元上官だ。ラスは申し訳なさからおそるおそる口を出した。


「たぶん、フォルカスに名指しで礼は言われてないからじゃないかと……」

「あ、そうか! さすがフォルカスくん! でも〝〈ワイバーン〉を楽にしてくれ〟っていうのも名指しではなかったよな? あれはどうしてスイッチ入ったんだ?」


 真顔でバラードに問われたが、それはラスにもよくわからない。

 当のセイルは我関せずだ。仕方なく、思いつきを答える。


「たぶん、フォルカスが言ったからじゃないかと……」

「ということは……声だけでスイッチオン、スイッチオフ?」


 スターリングとラッセルは首をひねっていたが、バラードは腑に落ちたような顔をしていた。


「ああ……それじゃ同じ()()には乗せてもらえないな……切り替えが大変だ……」

「いや、そうなったら、ずっとスイッチ入りっぱなしになるんじゃないか?」


 バラードは少し考えて、眉をひそめた。


「想像するのも怖い」


 まったくだ。なので、ラスは機関席で〈ライト〉の状態チェックを始めた。


「ああ、そういえば」


 今まで何も言わずに笑っていたオールディスが、わざとらしく口を切った。


「戦闘終了になる前に、大佐の狙いどおり、アルスター大佐隊が〝強制撤収〟されたそうだ。今度こそ、アルスター大佐は〝栄転〟になるな。よかったよかった」


 ラスが思わず振り向くと、ラス以外の乗組員もオールディスを見ていた。


「どうしてそれをもっと早く……!」


 ラスたちの気持ちを、バラードが代弁してくれた。

 しかし、オールディスは意に介さず、彼だけがつけているインカムを人差指でつついた。


「大佐が戦闘終了したら言えってさ。で、言おうとしたら六班長とラッセルが反省会しだしたから、今まで言いそびれてた」

「いや、嘘だろ。絶対、嘘だろ」


 スターリングが責め立てたが、それで素直に認めるようならオールディスではない。


「まあまあ、今はすみやかに合流しようぜ。もしかしたら、まだ見られるかもしれない」

「何を?」


 怪訝そうに問うバラードに、オールディスはにこりと笑った。


「無人艦扱いされてる、アルスター大佐隊」

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