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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【01】連合から来た男
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12 殿下に招待されました

 そのとき、イルホンとドレイクは、司令官は次回出撃時には艦隊の編制を変えてくるかどうかを、執務室のソファで話しあっていた。


「俺は殿下の性格上、まったく変えないでいくとみたね」


 もはやコーヒーとは言えないような薄さのコーヒーを飲みながらドレイクは言った。


「あえて変えないで、どこまで短縮できるか試すんだよ。それで達成できなかったら……いったい何が待ち受けてるんだろうな」

「でも、それじゃ俺たちはどこに配置されるんですか? また護衛艦扱い?」

「さすがにそれはもうないだろ。今度はどっかの〝大佐〟の隊の中にぶっこまれるんじゃないか?」

「ええ、同じ〝大佐〟なのにですか? 屈辱でしょう、それは」

「そうは言ってもなあ。現状、やっと乗組員だけで一通りできるようになったところだし。ちなみに俺が指揮できるのは自艦含めて三隻まで。それ以上は無理。生きて帰せる自信が持てません」


 訊けば、「帝国」第一宙域方面艦隊に飛ばされてからは、配下には一隻しかいなかったという。無人砲撃艦を一〇〇〇隻近く撃ち落としたときには、生きて帰すために、あえて〈ワイバーン〉一隻に部下全員を乗船させたのだそうだ。


「でも、ここの〝大佐〟は一〇〇隻が基本ですよ」

「よく指揮できるよねえ。感心しちゃう。でも、今のままの編制でいくんなら、俺、一隻だけでもいいんじゃない?」

「同じ〝大佐〟でそんなことが許されるんですか? 給料泥棒と言われそうですよ」

「えー。だって、無理なもんは無理。なお、部下は六十人が最大限度です」

「少なすぎませんか?」

「そう? 三隻二十人ずつでちょうどいいじゃない。今の軍艦(ふね)で三隻だったら、単純計算で十八人。うち俺と君を含む」

「何でそこで自分を入れるんですか」

「そのほうが計算しやすいじゃん」

「少数精鋭ですね」

「そう言ってもらえるとありがたい」

「じゃあ、あと九人、追加採用しますか?」

「そいつは時期尚早だな。第一、今乗ってる砲撃艦、試作艦で同型ないじゃない。どれに乗っても動かせるように、型はそろえておきたいんだよね」

「そういえば大佐、乗組員の担当もまだ固定していませんね」

「向き不向きはあっても、全員同じことはできるようにさせておきたいんだよ。たとえば操縦士に何かあったらどうする? 誰かが代わりをせにゃならんだろ」

「今思うと、よく大佐一人であれを動かせましたね」

「ああ、実はあの軍艦(ふね)、緊急時には艦長席から全部操作できるようになってたんだ。乗ってみてわかったけど、殿下の願望が思いきり反映されてる軍艦(ふね)だよ、あれ」

「願望?」

「人件費削りたい、新米でもすぐに動かせるようにしたい、あの軍艦(ふね)一隻で旗艦落とせるようにしたい……」

「……殿下の妄執を感じますね。でも、今の大佐は殿下の願望どおり、あの軍艦(ふね)を実戦でテストしてることになるんじゃないですか? 乗組員は新米だし、旗艦も実際落としたし」

「そのとおりだよ、イルホンくん。あの人、俺たちでデータどりしてるよ。俺があの軍艦(ふね)選んだのはさ、まだ新しそうで、レーザーの砲列が〈ワイバーン〉に似てたからなんだけど、俺にはちょっと親切すぎるんだよね」

「親切すぎる?」

「新米向けにできてるってことだよ。でも、まさか五人で動かせるとはねえ。おまけに、最悪一人でも動かせるし。それも殿下の目的なのかねえ。究極の人件費削減だな」

「殿下は人件費にこだわってるわけでは……ただ、できるだけ人間を死なせたくないと思っているんだと思いますよ」

「……だろうね。だから無人艦を八割も使ってるんだろう。まさに『連合』とは対極だ」

「まあ……人口も圧倒的に違いますけど」

「いいよねえ……無人艦。あれだけ自由に動かせるんなら、実際問題、有人艦なんかいらない」

「でも、遠隔操作できなくなったらアウトだって、大佐が自分で言ったんじゃないですか」

「そう、それが最大のネックだ。無人艦が自分で考えて動いてくれりゃいいんだけどね……」


 ドレイクがそう言いかけたときだった。

 二人の執務机にある端末が、メールの着信を同時に告げた。


「なあ、イルホンくん」


 深刻そうな面持ちでドレイクが口を開く。


「俺、いま猛烈に嫌な予感してるんだけど」

「不吉なことを言わないでください。でも、俺も同感です」


 ――この執務室の端末に届くメールはほぼ不吉。

 数日でそう知ったイルホンだった。


「怖いから、イルホンくん、自分の先に見てえ」

「しょうがないですねえ……」


 チェック漏れ防止のためか、たいてい副官にも同じ内容のメールが送信される。イルホンはソファから立ち上がって自分の端末を操作すると、ドレイクの予想と予感が的中したことを知った。


「……大佐。今、俺の口から言われるのと、自分の目で確認するのと、どちらを選びますか?」

「発信元は総司令部で、次回出撃時の配置図が添付されてたりするのかな?」

「当たりです」

「今見にいくよ……」


 力なくドレイクは答え、イルホンの背後から端末を覗きこんだ。


「殿下は悪魔だ……」


 配置図を見てドレイクが呻く。


「よりにもよって、無人砲撃艦群の中にぶっこんだ……」

「これって俺たちに〝死ね〟ってことですか?」


 イルホンも頭を抱えて悲鳴を上げたくなった。


「いや、考えようによっては、無人艦に盾になってもらえるかもしれないが……問題はどうやって無人艦と連携をとるかだ。俺は無人艦を撃ち落としたことはあるが、一緒に戦ったことはないからな」


 ドレイクはそう言いながら、今度は自分の端末を見にいった。


「たぶん、他の大佐も、守られたことはあっても、一緒に戦ったことはないと思います……」

「そうだろうね。でも、これはもらったことあるかな……」


 ディスプレイを見つめたまま、淡々とドレイクは言った。


「悪魔から、招待状が届いてる……」

「え?」

「明日……殿下の執務室に来いって……」


 イルホンはよろめいて、自分の口元を覆った。最近、大佐化していると周囲からよく言われる。


「大佐、殿下にすごく気に入られてると思ってたのに……ついに処罰が?」

「ああ、どうしよう。減給だけは勘弁してくれねえかな」

「大佐が恐れているのは減給だけなんですか?」

「俺、殿下に罵られたり蔑まれたりされるのは平気だもん。むしろ喜び」

「あ、そうか。つい忘れてしまいそうになりますが、大佐、変態でしたっけ」

「俺は自分の感性に正直に生きてるだけなんだけどな。いずれにしろ、行かなきゃまずいよな。うあー、どれが処罰対象だ? ありすぎてわかんねえ」

「俺にもわかりません。とにかく、減給されないように頑張ってきてください……」


 執務机でうなだれているドレイクに、イルホンは薄いコーヒーを淹れなおし、そっとエールを送った。


 * * *


 その日、アーウィンは朝から落ち着きがなかった。

 もっとも、それはヴォルフだからわかる微妙な変化だ。自分専用のソファから、何となく複雑な気分でそれを観察していると、その原因と思われるものの沈んだ声がインターホンから流れてきた。


『殿下。ドレイクです……』


 執務机にいたアーウィンは、一瞬肩を震わせてから、普段の自分を取りつくろった。


「……入れ」

「失礼します……」


 エドガー・ドレイク大佐は、うつむきかげんに入室してきた。

 いつも堂々としている男なのに、なぜか今日は覇気がない。


「一分の遅刻だ」

「申し訳ありません。あんなにセキュリティが厳しいとは思わなくて手間取りました」


 ドレイクにしては殊勝に謝罪すると、ソファに座っているヴォルフに気がついて、さりげなく言った。


「よう、お疲れ」


 ドレイクがヴォルフに声をかけてきたのはこれが初めてだった。だが、とてもそうとは思えないほど自然だった。ので、ついつられて答えてしまう。


「あ、ああ……お疲れ」


 それからドレイクはアーウィンに向き直り、おそるおそる彼に訊ねた。


「殿下……どれでしょうか?」


 すでに椅子から立ち上がっていたアーウィンは、首をかしげて動きを止める。


「何がだ?」

「処罰対象はどれでしょうか。心当たりが多すぎて、自分ではわかりません」

「処罰? 何の話だ?」


 それを聞いてドレイクは拍子抜けしたような顔をした。


「え? それで呼ばれたんじゃないんですか?」


 ――まあ、アーウィンに呼び出されたら、普通そう思うよな。特にこの男の場合。

 ヴォルフはドレイクに共感したが、アーウィンにはわからなかったようだ。


「違う。そもそもおまえを処罰していたら、それこそきりがない」

「それもそうですね。じゃあ、何の御用で?」


 アーウィンは少しためらってから、口早に言った。


「〈フラガラック〉を見せてやる。ついてこい」

「へ?」


 ドレイクが戸惑っている間に、アーウィンは自分の執務机の近くにある引き戸のドアの横に手を当てる。と、ドアが勝手に開き、エレベーター内部が現れた。


「早く来い」


 アーウィンが苛々したように急き立てる。

 ヴォルフはソファから立ち上がると、まだ執務机の前にいるドレイクを促した。


「だから、〈フラガラック〉の中に入れてやるってさ。おとなしくついてけよ」


 振り返ったドレイクは、ヴォルフを見上げてしみじみと言った。


「あんた、近くで見ると、やっぱりでっけえなあ……」


 そして、ヴォルフの下半身に目を落とす。


「……ほんとにでっけえな」

「どこ見て言ってる」

「おまえたち。いつまで私を待たせる気だ?」


 アーウィンの冷然とした声を聞いて、ヴォルフはあわててドレイクの背中を押した。


「本気でやばい、乗れ!」


 力ずくでドレイクを押しやり、エレベーターに乗りこむ。すぐに扉は閉まって、箱が動き出した。


「何でこんなところにエレベーター……」


 まだ呆然としているドレイクに、アーウィンがぶっきらぼうに答える。


「〈フラガラック〉にすぐに乗れるようにだ」

「地下に置いてるんですか?」

「すぐに出られるようにな」

「は?」


 さすがにドレイクも困惑しきった表情をしていた。無理もない。

 ほどなく、エレベーターは最地下に到着し、扉が開いた。

 最初、そこは暗闇に包まれていたが、アーウィンがエレベーターから一歩足を踏み出したとたん、次々と照明が灯されていった。


「おお、〈フラガラック〉!」


 闇から浮上した白い優美な旗艦を見て、ドレイクが芝居がかった声を上げる。


「本物だよ、すごいな、おい」

「当然だろう。何がすごいんだ?」


 アーウィンは呆れたようにドレイクを見やったが、ドレイクは真顔でヴォルフに言った。


「殿下がこんなに近くにいるよ、すごいな、おい」

「そうだな。考えてみたら、おまえ、『連合』の軍人だったんだよな。それはすごいよな」


 ヴォルフには、ドレイクの感動というか感慨というか、そういうものが理解できるのだが、アーウィンにはやはりわからないらしい。が、わからないながらもドレイクが喜んでいることは感じとれたらしく、あっさり機嫌を直すと、〈フラガラック〉に向かってさっさと歩いていった。

 ここは〈フラガラック〉専用の発着場である。持ち主からして特殊な船なので、ごく一握りの選ばれた人間たちだけが出入りできる。今日はドレイクを招くために、前もって人払いをしてあった。


「俺、本当にこのまま殿下についてっちゃっていいの?」


 アーウィンの背中を見つめながら、当惑したようにドレイクが呟く。


「それどころか、ついていかないと、またさっきみたいに切れかけられるぞ」


 ヴォルフは囁き返すと、先にアーウィンの後を追った。それにつられたように、ドレイクも歩き出す。


「顔は何度か合わせてるが、話したことはなかったね。えーと……ヴォルくん?」

「ヴォルフだ!」

「ああ、そうだった。立ち時間長そうで大変だね」

「俺よりおまえのほうがよほど大変だと思うが」


 本心からそう言うと、いきなりドレイクが声を立てて笑った。


「何だ急に」

「いや……やっぱりあんた、人がいいね」

「人?」

「殿下の〝採用試験〟内容聞きながら、露骨に嫌そうな顔してた。殿下より先に三日でいいのかと俺に言った」

「そんなこと、覚えてるのか」

「軍服着てるけど軍人じゃないなとは最初から思ってたからさ。うちの副官くんから殿下の皇太子時代からの側近だと聞いて納得した。側近っていうより親友かい?」

「……恐ろしい男だな、おまえは」

「俺のどこが?」

「人に恐ろしい男だと気づかせないところが恐ろしい」

「それに気づいちゃったヴォルくんは何なのよ?」

「ヴォルフだ! ……おまえがわざと俺に気づかせてくれただけのことだろ」

「さすが殿下の側近だ。その調子で殿下を守りつづけてくれ」


 ドレイクは静かに笑って、〈フラガラック〉を見上げた。


「俺は戦場で、この船を守る」

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