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無冠の皇帝  作者: 有喜多亜里
【04】始まりの終わり(上)
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04 通常運転していました(後)

 たいていの大佐隊では、出撃の翌日にいわゆる〝反省会〟が行われる。

 その点はパラディン大佐隊も例外ではなかったが、そのやり方は他とは一線を画していた。


「今回もまたビデオ会議かよ……」


 パラディン大佐隊所属第十一班専用ドック。その第一号待機室にいくつか置いてある汎用テーブルの一角で、もう何も映っていない携帯端末にぎょろりとした目を据えながら、第十一班長ロノウェは拗ねたように愚痴った。


「何だかんだ言って、俺らがパラディン大佐と直接会ったの、あの面談のときが最後だぜ?」

「その〝俺ら〟の中に元四班長だけは含まれていませんけどね」


 ロノウェの隣席で、第一号副長レラージュが淡々と訂正を入れる。


「ビデオ会議で話す前に大佐に呼び出されましたから。いつものようにものすごく嫌そうな顔をして」

「どうせまた、大佐に退役願提出するんだろ?」


 にやにや笑いながらそう口を挟んだのは、本来ならここにいるはずのない人間――第十二班長ザボエスだった。この待機室には彼の巨体に見合う椅子はないため、テーブルの上にどっかりと腰を下ろし、大きな両手をついている。仮にも皇帝軍護衛艦隊の備品であるテーブルだ、ちゃちな作りはしていないが、テーブルに自我があったら重さと怖さとで泣いていそうである。


「で、受理自体拒否されて、『受け取ってくれねえ』って愚痴るんだ……」


 やはりこの部屋にはいるはずのない第十二班班員――元マクスウェル大佐隊所属第三班長ヴァッサゴが、ザボエスの横でパイプ椅子にもたれて嘆息する。

 つまりは平隊員ということになるのだが、今では実質、ザボエスの副官のような立ち位置にいるらしい。ロノウェと同じく黒髪黒目、しかし彼ほど癖はなく、元班長とは思えないほど凡庸そうだ。だが、ザボエスとも対等に会話できるあたり、神経は並ではないのだろう。


「あれなあ。なんで受理されるわけがねえってわかんねえかなあ」


 短めの両腕を組んだロノウェは、呆れたというよりは哀れむように首をひねった。


「そういう見極め、得意中の得意だったはずなのになあ。やっぱ、ヴァラクに切られてプライドなくしちまったのかね」

「そうですね。そういうのだけはわかるんですよね、班長は」

「おまえが今、俺を馬鹿にしてんのもわかるぞ、レラージュ」

「馬鹿にはしていませんよ。班長にもわかることが一つでもあってよかったじゃないですか」

「結局、馬鹿にしてんじゃねえか」


 ふてくされてそう言いはするが、決して怒りはしない。見るからに粗暴そうな中年男でありながら、一見たおやかな金髪の美青年であるレラージュよりも実は懐は深いのだ。先月、パラディン大佐隊所属第十班からこの班に異動してきたゲアプが今、班員たちにまぎれて彼らを観察できるのも、誰よりも率先して歓迎してくれたこのロノウェのおかげである。

 もっとも、それはゲアプが操縦士であることが多分に関係しているだろうが、そうでなかったら異動を希望することもなかっただろう。まあ、希望があっさり通ってしまったのには正直驚いたというか、一抹の寂しさを覚えたが。

 ロノウェだけでなく十一班員たちも、ゲアプはパラディンの命令で異動になったと思いこんでくれているようで、おおむね同情的だった。その点、古巣の十班よりも居心地はいい。褐色の薄毛もあまり気にならなくなった。むしろ、元マクスウェル大佐隊所属第八班班員だった十一班員たちのほうが、〝元四班長〟にいつ切られるかと常に怯えている分、精神的につらそうだ。

 噂には聞いていたが、元四班長こと元マクスウェル大佐隊所属第四班長エリゴールは、なぜか容姿の整った者が多い元マクスウェル大佐隊の中でも抜きん出て美しい男だった。ゲアプが知るかぎり、あれと並んで見劣りしない同隊員は、今はドレイク大佐隊に所属している第六班長セイルくらいだ(第七班長ヴァラクは別路線なので比較対象外)。

 ただし、雰囲気は一八〇度違う。セイルは見るからに清廉で誠実そうな男だったが、ここに異動してきて初めて会った(というか、見た)エリゴールは、無表情で陰鬱そうな男だった。

 たまに笑うことがあったとしても、苦笑か嘲笑。しかし、切れ者であることは確からしく、元班長たちには一目も二目も置かれているし、出撃時にはなぜかパラディンの乗艦〈オートクレール〉に搭乗させられている。

 だが、まだ直接話したことはない(というか、話せない)ゲアプには、彼の人となりはいまいちよくわからない。そもそも、エリゴールはこの待機室にあまり長居はしないのだ。パラディンに呼び出されていないのであれば、おそらくザボエスたちのいる十二班第一号待機室のほうに入り浸っていて、そこで退役願を却下されたと愚痴っているのだろう。少なくとも、ゲアプはここでそんなエリゴールを見たことがない。

 やはり、ゲアプのもっぱらの関心事は、ロノウェとレラージュを中心とした十一班内の動向である。それが知りたかったから異動願を出したのだ。もちろん、希望理由はそれらしいのをでっち上げたが。


「ところで、十二班長たちはいつまでここにいるんですか?」


 そんなゲアプの期待に応えるように、ふいにレラージュが口を開いた。決して大きな声ではなかったが、それまで打ち合わせという名の無駄話をしていた班員たちは一瞬にして凍りついた。ついでにゲアプも。

 しかし、当の十二班長ことザボエスは、まったく意に介したふうもなく、むしろ愉快そうに口角を吊り上げた。


「とりあえず、エリゴールが戻ってくるまでかね。しかしおまえ、毎回それ言ってるよな。いいかげん、慣れるか諦めろよ」

「慣れるのも諦めるのも、納得できるかどうかとは別の問題ですので。そもそも、十二班長たちがここに来て、一緒にビデオ会議する必要もまったくありませんよね。ビデオ会議の意味がありませんよ」

「それも毎回言ってるな。まあ、時々はいいだろ。〝元班長会議〟みてえなもんだ」

「……なるほど。だから元三班長も一緒に連れてきているんですね。いてもまったく意味はないのに」

「一応言っとくけど、俺も好きでここに来てるわけじゃないからな……」


 ヴァッサゴがうんざりしたように反論したが、その目はレラージュを見ていなかった。きっと怖くて直視できなかったのだろう。彼にとってはザボエスよりもレラージュのほうが恐ろしいらしい。いや、ゲアプにもその気持ちはわからないではないが。おそらく、十一班員たちにも。


「なら、来なければいいじゃないですか」

「それは俺じゃなくて、ザボエスに言ってくれ……」


 とうとううつむいてしまったヴァッサゴからレラージュがザボエスに視線を移すと、ザボエスは肉食獣のような犬歯を剥き出して笑った。普通ならますます凶悪になるところだが、なぜか愛敬がある。頭髪が橙色なのも相まって、人慣れした赤毛の大熊のようだ。


「さっき、おまえが自分で言っただろうが。こいつも元班長だからだよ」

「いつも思いますが、どうして班長になれたのか、本当に謎ですね。うちの班長も含めて」

「どさくさにまぎれて俺を含めんなよ」

「くそ……だから俺、ここには来たくないって言ってんのに……」

「しょうがねえだろ。エリゴールは一応、こっちの班所属だし」

「そんなの建前だろ。おまえはレラージュに嫌味言われたいだけだろ」

「嫌味言ってもらえるだけ有り難いだろ。同じ元班長でも、アンドラスあたりだったらガン無視だぞ、ガン無視」

「その名前を口にした時点で、十二班長のことも無視したくなりました」

「あー、ワリィワリィ。言っといて何だが、俺も胸糞悪くなったわ。せっかく〝自主退職〟してくれたってのによ」


 確かに、レラージュに嫌味を言われるより、無視されるほうがつらいかもしれない。そんなことを真剣に考えてしまうくらいには、ゲアプはもう十一班員の一員となっていた。


「しかし、元四班長がいつ戻ってくるか……」


 わからないとレラージュは続けたかったのだろうが、それを遮るように、通路側の自動ドアが開いた。待機室内にいる人間の目が一斉にそちらに集中する。

 基本、ここに入ってこられるのは十一班員だけだ。ザボエスもヴァッサゴも、ロノウェが許可したから入室できている。だから皆、十一班員の誰かが入ってきたのだと思ったはずだが、その正体がわかったとたん、レラージュのときの比ではない緊張感が走った。


「……何だ?」


 入室者は怪訝そうに眉をひそめ、同時に新旧班長と副長以外は全員視線をはずした。もちろんゲアプも。


「月並みですが、噂をすれば影って本当ですね」


 いっさい目をそらすことなくレラージュが答える。そんな彼を新旧班長たちは目だけで讃えあっていた。――さすがレラージュ。ここでそれは俺らにも言えない。


「噂? 単なる悪口だろ」


 入室者――元四班長ことエリゴールは、鼻で笑ってレラージュたちがいるテーブルに歩み寄った。それを見ながらゲアプたちは思う。――さすが副長。俺らだったら鼻で笑われた時点で心臓止まってる。


「退役願を受理してもらえなくて愚痴るというのが悪口になるなら、元三班長が言っていましたね」

「レラージュ、おまえ……!」


 ヴァッサゴが蒼白になって絶句する。現班長たちは半ば呆れたような眼差しをレラージュに向けたが、当の本人は涼しい顔でエリゴールを見上げていた。


「何だ、それか」


 ヴァッサゴを一瞥してから――そのとき、ヴァッサゴの肩がびくっと震えた――エリゴールは楽しげに笑った。


「それは悪かったな。でも、今日は愚痴らないぜ。とりあえず、押しつけることには成功したからな」


 一瞬の沈黙の後、新旧班長たちは申し合わせたように同じ言葉を発した。


「何ィ!?」

「ついに、受理してもらえたんですか?」


 常に冷静――というより冷淡なレラージュもこれには驚いたようで、口調はいつものように平坦だったが、あって当たり前の毒気は抜け落ちていた。


「いや……たぶん、受理はされねえな」


 エリゴールは苦笑いすると、手近にあったパイプ椅子を引き寄せて、ヴァッサゴの近くに無造作に座った。

 ゲアプたちだったら心臓どころか呼吸も止まっていただろうが、そこはやはり凡庸そうでも元班長、つい先ほどまで青い顔をしていたのが嘘のように、訝しげにエリゴールを見やった。


「受理はされないって……押しつけてはきたんだろ?」

「ああ。……机の上に置いてきた」

「……大佐、執務室にいたんだよな?」

「ああ、もちろんいた。いなけりゃ入室もできねえだろうが」

「それはそうだが……つまり、おまえは大佐の執務机に退役願置いて逃げてきたってことか?」

「逃げてきた……まあ、そうなるな。否定はしねえ」


 あっけらかんと答えるエリゴールの表情は、これまでゲアプが見たことがないほど明るく清々しい。若干言葉遣いは悪いものの、今のエリゴールなら余裕で好青年の範疇に入るだろう。

 しかし、ゲアプの近くにいた十一班員たちは、小声でこんなことを囁きあっていた。


「うわあ……悪魔が笑ってる……」

「美形すぎるから、余計に禍々しい……」

「笑ってたほうが怖いって、いったい何なんだよ……」

「そこは副長と一緒だな……」


 ここまで恐れられているのだから、マクスウェル大佐隊時代のエリゴールはよほどえげつないことをしていたのだろう。だが、新旧班長たちには嫌われていないらしい――ロノウェなどはしばしばエリゴールを〝人切り〟と呼ぶが、別に非難しているわけではないらしい――ところが、不思議と言えば不思議だ。それどころか、何をするにもエリゴールがいないと始まらないと考えている節もある。

 確かに、エリゴールがパラディンに異常に気に入られているから(しかし、エリゴールはなぜか退役したがっている)というのもあるだろうが、彼らの会話を盗み聞きするに、マクスウェル大佐隊時代からすでにこうだったように思える。

 本当に、この班は興味深い。ゲアプは異動初日からこっそり観察日誌をつけているが、ネタにはまったく困らない。今日のこれももちろんしっかり書くつもりだ。明日以降の自分に読ませるためだけに。


「どうせ却下されるってわかってるくせに、なんで提出するかねえ……」


 ザボエスが呆れたように言ったが、その顔はにたにたと笑っていた。正直、外見だけならエリゴールよりもこのザボエスのほうがはるかに恐ろしいとゲアプは思う。もしあのときザボエスの十二班に〝出向〟させられていたら、異動願は出していなかっただろう。例の元九班長が自殺したのも、案外ザボエスが原因だったりするのではないだろうか。恐ろしいから決して口には出さないが。


「提出しなきゃ諦めたと思われるだろうが。あっちが諦めるまで、俺は何度でも提出しつづける」


 だが、そんなザボエス相手でも、エリゴールはまったく怯まない。それどころか、不愉快そうに睨み返す。


「諦めるねえ……まあ、おまえがそのつもりなら止めはしねえが……それなら、却下されて愚痴るのはもうやめにしとけよ。あと、なんで受理してくれないのかわからねえってぼやくのも」

「何だよ。愚痴も聞いてくれねえのかよ、ヴァッサゴ」

「違うだろ。俺は何も言ってないだろ。いま言ってるのはザボエスだろ」


 いきなり名前を呼ばれて、ヴァッサゴは激しく動揺していたが、エリゴールもザボエスも示し合わせたように真顔になっていた。明らかにヴァッサゴをからかっている。しかし、そうとわかったのは周囲だけで、当の本人は本気で言われていると思っているようだ。


「なるほど。元三班長はスケープゴート要員なんですね。昔も今も」


 うんざりしたような顔をしているロノウェをちらりと見てから、例によって淡々とレラージュが言った。

 それを聞いてザボエスもエリゴールもヴァッサゴでさえも、一斉にレラージュを見た。


(ちげ)えよ!」

「そうですか。元三班長もそう言うんならそうなんでしょう。でも、その続きは十二班でやってもらえませんか。はっきり言ってうざいです」

「ほんとにはっきり言うな」


 ザボエスはむしろ嬉しそうに破顔した。ヴァッサゴの言う、レラージュに嫌味を言われたくてここに来ているという説は本当かもしれない。現に、ここで不機嫌そうにしているザボエスは今まで見たことがない。

 そんなザボエスとは対照的に、エリゴールは少々ばつが悪そうな顔をしていた。彼のこんな表情も初めて見る気がする。こう言ったら何だが、人間らしいところもあったんだなというのが正直な感想だ。そしてこの瞬間、元マクスウェル大佐隊員たちのヒエラルキーの頂点に君臨しているのはエリゴールではなくレラージュであることが確定した。

 しかし、結果的にレラージュに助けられたことになるヴァッサゴは、安堵したというよりは困惑したような表情をしていた。敵に塩を送られたような気分になったのかもしれない。

 とにもかくにも、エリゴールの退役願関連の話はそれで終わった。その後はここ最近恒例となったアルスター大佐隊の悪口大会となったが、ゲアプにとっては特に興味を引かれる内容ではなかったので軽く流した。

 ゲアプも、アルスターの〝作戦〟についてはいろいろ思うところはある。しかし、アルスターの唯一の上官は司令官なのだ。司令官が動かない以上、外野がとやかく言っても始まらない。それなら司令官に直訴したほうがよほど前向きだろう。もしかしたら、この艦隊にはいられなくなるかもしれないが、命を取られることはない……はずだ。たぶん。

 エリゴールは退役願以外の話もパラディンとしているはずだが、この話題のときはあまり口を開かない。無表情に同僚たちの話を聞いている。

 だが、ロノウェにパラディンはアルスターのことをどう思っているのかと問われると、このときは珍しく口元をゆるめて答えた。

 

「さあ? 俺以上の腹黒だからな。どこまで本音かもわからねえが、あれなら自分のほうがましだと思ってんじゃねえのか? 戦闘中、自分だったらああするこうするって、モニタ見ながらブツブツ言ってるぜ?」

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