92話【Side】フォルストとアクアの会議
「ミーリがリバーサイド王国に滞在している間、彼女とその護衛たちを王宮でもてなそうと思う」
「正気ですか? 私は今も気が気ではないのですが」
アクアは、ミーリの行動を監視している。
ミーリが毎度のことフラフレに対して文句を言う場面を何度も見てきていた。
それはミーリが一生懸命になっているからだとは理解しようとはしている。
だが、自分の妹のように愛して大切にしているフラフレに対してそのような乱暴なことを言うことに関してはどうしても納得がいかなかったのである。
「フラフレに対して暴言を吐いていることは私も聞いている」
「だったらどうして……?」
「フラフレがミーリのことを気に入っているように見えるからだ」
アクアはなにも言い返せないでいた。
フラフレは何度も文句を言われていたのだが、本人は気にすることもなくどういうわけかミーリに近づこうとしているからだ。
フラフレがミーリと仲良くしようとしていることは、アクアも気がついていたのである。
「まぁ……たしかに同じ聖女同士でほぼ同年代。しかも、理由はともかく一緒にどろんこ遊びをしてくれるのですから……。フラフレ様にとっては嬉しかったのかもしれませんね」
「最初は私もミーリに対して警戒していた。だが、彼女は純粋に聖なる力を強くしたい思いでここへ来たことが事実であることもこの数日で理解できた。ならば、彼女は客人でもあるだろう」
「確かにそうですが……」
アクアにとってミーリは危害を加えるような危険人物ではないことはわかってきた。
フラフレのことをバカにしたり敵対したりする態度は、納得のいかないことである。
ましてやそれを毎日直接見ているのだ。
何度も直接注意をしたいと思っていたが、フラフレの楽しそうな姿を見ていて、なにも言えないでいた。
「それに、特に期待しているわけではないが、汚い話をすれば、ハーベスト王国に恩を売るチャンスでもあるだろう。ミーリがリバーサイド王国でのもてなしを報告すれば、少しは向こうの国の対応も変わってくるのではないかと」
「あり得ないと思いますがね」
「だが、こういう考えはできぬか? ミーリは公爵令嬢だ。しかも、今はミーリの父が国王についていると聞いた。つまり、聖女として彼女がフラフレと同じくらいの力をつければ必然的に次期女王陛下となるだろう」
「まぁ、フラフレ様の功績を考えれば当然ですけれどね。陛下はミーリさんがそこまでの器になると思いで?」
「なんとなく……、そのような予感がするのだ」
アクアの不満げだった表情が一気に変化する。
それだけフォルストの『予感』という言葉に対しては絶大な信頼を置いているからである。
たとえアクアが気に入っていないミーリに対してでも、一気に見方が変わってしまうほどの言葉の力を持っているのだ。
「陛下の予感ですか。もうこれは信用するしかありませんね。しかし、暴言ばかりのミーリさんが女王陛下ですか……」
「アクアよ。昔のことを考えているのか?」
「状況は違うでしょう。私の両親は完璧主義でしたし、自由気ままな当時の私を許すはずもありません」
「だが私はアクアに感謝している。いや、孤児院の皆全員だ。あのときアクアに会えていなかったら、今ごろフラフレとも再会することすらできなかったはずだ」
「ふふ……。私も陛下には感謝していますよ。おかげでリバーサイド王国に私だけが残る口実を作れたのですから」
孤児院のメンバーが全員揃って露頭に迷っていたところをアクアが発見した。
アクアは王女という立場でありながらも安易に王宮へ連れて行き全員をもてなした。
そのときのフォルストが感謝している気持ちは、何年経っても変わらずにアクアに感謝し続けている。
それがあったからこそ、今のフォルストは誰に対してもできる限りの人助けをするようになったのだ。
フラフレを迷わずに助け出したことも、アクアの行動があったからこそである。
「しかし、ついにフラフレにバレてしまったな。アクアが第三王女だということが」
「タイミングとしては良かったかと。フラフレ様も特に気にしていないようでしたし、今までどおりに接してくださいますので」
「うむ。フラフレもアクアのことをそうとう気に入っているようだし、私としても嬉しい」
「あら。そんなに呑気なことを言っていて良いのです? 私がフラフレ様を奪ってしまうかもしれませんよ」
「からかうでないっ!」
普段のアクアなら、フォルストがお決まりのセリフを言ったあとに笑みを浮かべる。
しかし、今回のアクアは真顔だった。
「いえいえ、今回は本気ですからね。フラフレ様は同性にも好かれますから」
「く……しかし、私の恋人であって」
フォルストが信じられないといった表情を見せながら困惑していた。
アクアもその焦った状況を満足したのか、ようやく笑みを見せる。
「だから、陛下は絶対にフラフレ様のことをなにがあっても守っていかなければですよ? 最近の陛下は少し安心しすぎですからね。少し喝を入れる必要がありましたので」
「つまり、フラフレを奪うつもりはないのだ……な? ホッとした……」
「いえ、そのような情けないことを言うのであれば奪いますからね?」
「いや、ダメだ。フラフレは誰にも渡さぬ!」
アクアはクスクスと笑みを浮かべながら満足していた。
元々のアクアはフォルストの教育担当。
最近のフォルストに喝を入れる必要があったのだ。
「そうです。それくらいの気持ちでいてくださいね。ミーリさんに害はなかったことは不幸中の幸いですが、今後もフラフレ様に近づく者は現れるでしょう。私も毎回警戒はしますが、陛下も気を抜かないように」
「あぁ、ありがとう」
「当然のことです。私だって陛下に負けないくらいフラフレ様のことを愛していますからね」
「いや、私のほうがフラフレを愛している」
「いえ、私です」
「いや、私だ!」
「私ですよ」
不毛なやりとりをしたあと、二人はお互いに笑いひと息ついた。
フォルストは、フラフレのことをもっと大事にしなければならないと、心に誓うことができたのである。
アクアもまた、二人の関係性がより良きものになっていくよう、これからも見守っていこうと決意するのだった。
「ところで、ミーリの件だが……。翌日、ミーリに伝えてもらいたい。王宮の客室をしばらく使うようにと」
「かしこまりました。ところで、陛下も休まれたほうが良いのでは? 顔色があまりよろしくないですね」
「ん? あぁ……そうか」
「今日も川の工事で肉体労働をしたのでしょう? あまり無理はしないように」
「すまないな。では少し早いが、今日はお開きとしよう」
フォルストは、このあと泥のようにベッドで倒れ込むのだった。





