91話【Side】ジャルパルの脱獄(24/07/08修正)
「兄上が脱獄しただと?」
「いかがいたしますか、バルメル陛下……」
ハーベスト王国にて。
王宮内では騒ぎになっていた。
ジャルパル元国王がいつの間にか地下牢から姿を消していたのである。
このことが民間人にバレてしまえば、せっかくバルメル新国王の手で国の信頼を回復してきたものすら水の泡。
バルメルも気が気ではなかった。
バルメルは側近部下に対して落ち着いた態度で対応した。
「地下牢は改良され脱獄できるような環境ではなかったはず。つまり、協力者が王宮内部にいるのだろう」
「調査を開始します」
「あまり公にはせぬよう心がけよ」
ただでさえ雨が降り続く毎日で、国民の怒りも限界に近い状態であった。
フラフレという貴重な聖女を失ったことを知ってしまったがため、残された貴族聖女たちでは役立たずなのではないかという疑惑すら浮上しているほどである。
結果も出せない聖女に対して、日々絞り取られている税金が使われていると思うだけでも不満は溜まっているのだった。
この状態でジャルパルが脱獄したことを知られれば、もはやバルメル新国王としての信用も立場も危うくなる。
「兄上め……。このタイミングで脱獄など、私を騙して復讐するつもりだったのか!」
バルメルは万が一のことを考え、フラフレを奪還するための計画を密かに進めていた。しかしミーリが修行に行き力を増大させることに期待している。
国が救えるならばその計画も白紙に戻せる。せっかくリスク回避ができると思った矢先にジャルパルの脱獄。
当然バルメルの苛立ちも計り知れないものだった。
ところが王宮内で騒ぎになってしまった夜、バルメルの部屋に思いもしなかった人物が堂々と姿を現すのだった。
♢
「あ、兄上!」
「王宮内がパニックになってくれている分、私の簡易な変装でも容易にここまで来れた」
「気は確かですか!? それとも、私に恨みでも?」
バルメルの真剣で嫌な冷や汗まで流している姿を見て、ジャルパルは不気味に笑う。
「そんなことはあるまい。ただ、真っ先にここで姿を見せればお前とて困るだろう? 私に従うしかないのだからな」
「く……」
仮にこのまま警備兵を呼びジャルパルを捕らえたほうが、バルメルにとっても都合が悪かった。
元国王を幽閉したにも関わらず、あっさりと脱獄されたことが民間人にバレればますます信頼を落としてしまうからだ。
バルメルは青ざめた表情をしながら戸惑う。
だが……。
「安心したまえ。お前を落とし込むつもりなどない。あくまでフラフレを奪還し、今度こそ晴れる日々を取り戻そうと考えての行為だ」
「全く理解できませぬ」
「この脱獄が容易にできたのだから、フラフレの奪還も難なくできるであろう」
「あの女はもう必要ありません」
「バルメルは考えが甘いのだ。確実に必要だ!」
ジャルパルは、脱獄ができた経緯を細かく説明した。
「そんなことが……!?」
「そういうことだ。さぁどうする? 私の力を使えばお前の描く国の再建も容易なことだとは思うが」
「た……たしかにそうだが、私は危険を避けたい。バレないのか?」
「現にお前に話すまで知らなかっただろう? つまり、私が捕らえられようとも公に公表されることがなかった。最も、今バルメルが暴露すれば別だがな」
ジャルパルは、バルメルがバラすことはないと確信していた。
それはバルメルの今後の施策においても非常に好都合なものであり、ジャルパルに頼るしか成す術がなかったからである。それほどジャルパルの話に信憑性があったのだ。
「……兄上の力を借りることにする」
「ひとまずバルメルよ、私は一度街へ向かい娼館へ行く」
「この後に及んでさらに危険なことを。兄上だとバレたらどうするのですか?」
「ならばこの部屋に信用のできる女を連れてくるのだな」
「は?」
ジャルパルが地下牢に入っていることは、国民の全員が知っていることである。
娼館のような場所へ行ってしまえば、ジャルパルだとわかり国が混乱と騒ぎになることくらい、バルメルは容易に想像できた。
ジャルパルもそのことをわかっていたうえで脅迫しているのである。
「別に私は構わないのだぞ。このまま外へ出て騒ぎになろうとも」
「く……。仕方ありませぬ」
バルメルは国王の座から降りたくはない。
渋々ジャルパルの命令を聞くしか方法がなかった。
口の硬くジャルパルの好みに合う女性を探すのがどれほど大変かも知っているため、バルメルは深くため息を吐く。
「そういう顔をするでない。私は限界だったのだよ。これ以上女のいない地下牢生活は耐えられぬ。それに、一刻も早くフラフレを奪還し私のおん……いや、奴の力で晴れさせ聖女たちへの手柄を作らねばならぬ!」
「兄上が考案している計画の意図はわかりました。概ね私が描いていたものと同じなので理解はできます。しかし、これには我が娘ミーリの協力が必要不可欠でしょう」
「うむ。で、そのミーリはどこにいるのだ? 本来ならば私は脱獄してから真っ先にミーリに会おうとしていたのだが、どこにもいないではないか」
「ミーリは遠乗りで長期間外出をしております」
「どこへ出かけたのだ?」
「それが、なんでも聖なる力を特大に増強させる方法がわかったそうで、極秘に修行しに行くとか言うもので、深くは追求しませんでした」
「そんなものがあるのか? バルメルはよく許可を出したな」
「いえ、もしも本当ならば、そうしてくれたほうが助かりますので。危険を犯してまでフラフレを奪還せずとも良いのですから」
「それでは私が困る」
国王という立場でなくなってしまった今のジャルパルにとっては、国のことよりも、フラフレを自分の女にしたいだけである。
それだけ綺麗になって可愛らしくなったフラフレの姿がジャルパルに釘づけだったのだ。
しかも、有能な聖女という名目があるからこそ、国のためと言えばバルメルも協力せざるをえないから計画を進めるのも容易かった。
だが、ミーリの思わぬ行動のせいで、ジャルパルの本来の目的すら危うくなり、さすがに焦りを見せてしまい本音を漏らしてしまった。
「安全が第一です」
「いや、危険があろうともフラフレは絶対に必要だろう! あの聖女はそれだけ偉大だったのだから」
ジャルパルが自ら廃棄処分してしまったからこそ責任をとって自ら奪還する。
その嘘の意思をバルメルにアピールし、なんとかバレずに済んだ。
「どちらにせよ、ミーリが戻ってきてからでしょう。それまで兄上はどうするのです?」
「ここにいさせてもらう。幸い、バルメルの部屋は護衛含め立ち入り禁止にしているのだろう? これ以上安全な場所はあるまい。だから、早いところ私にふさわしい女を用意してくれたまえ」
「兄上の性欲の悪さは相変わらずですな……」
「これも一時的なものだ。フラフレを奪還した暁には私も変わるだろう」
「まさか、フラフレのような気色悪い女が好みになったとでも?」
「ふ……まさかそんなことはあるまい」
地下牢生活をしていたフラフレのイメージしかバルメルにはない。
ミーリもフラフレに対して敵対していて嫌っているに違いない。
そう思い込んでいるジャルパルにとっては好都合だった。
だが、ミーリがフラフレのことを嫌っていたのは、ジャルパルが使えない聖女だと吹き込んでいたときのことである。
フラフレが有能な聖女だと知った今のミーリの心情は、また別であることをジャルパルは知らなかった。
そうとは知らず、すでに奪還は確実なものだとジャルパルは思い込んでいたのである。
フラフレを自分の女にできることを確信していたため、ワクワクしているのだった。
ハーベスト王国で不穏な動きが始まった。





