86話 フラフレは思い出す
「んーーー、んーーーーー……」
偉い人に対して、『忘れました、すみません』などとは言いづらい。
どういうわけか、彼女に対しては特に。
なんとなく、ジャルパル陛下からの命令などを、『忘れました』と言ったときのことを思い出してしまう感覚があったのだ。
それ以外にも理由があり、彼女からは聖なる力を感じたからである。
私のことを知っているようだし、絶対にどこかで会ったことはあるはずだ。
「ま、フラフレさんと話したのもほんの少しでしたし仕方ないですわ。ミーリですわ」
「んーーー、んーーーーー……?」
名前を名乗られた。
これで、よけいに忘れましたと言いづらくなってしまったではないか。
名前を名乗ってくれたのに、やはり全く聞き覚えがない。
もうこの際仕方がない。
幸い今ここにはアクアやフォルスト様もいることだし、大事件にまでは発展しない……と思う。
「すみません、あなたのこと忘れちゃいました」
「きーーーーーっ!!」
ミーリと名乗った子は、悔しそうにしながら怒っている。
だが、殺意のようなものは感じないし、どうこうされる感じではなさそうだ。
よけいに彼女のことを忘れてしまった自分に罪悪感が出てしまう。
「申しわけございません。どこでお会いしたか教えていただけませんか?」
「まったくもう! ミーリ=ハーベストですわ。ジャルパル元陛下の姪ですわよ」
「ほへぇ……。会ったことありましたっけ……?」
「きーーーーーっ!!」
とんでもない人がやってきちゃった。
だが、ジャルパル陛下と違って、特に危険な感じはしないんだよなぁ。
だから誰なのかわからなかったのかもしれない。
ミーリが名乗った瞬間、アクアが私の前に来て、なにかを警戒しているようだった。
「フラフレさんがハーベスト王国から追放された日、私はかなーり目立っていたと思うんですけどねぇ」
「私が追放された日?」
あのときは絶望になっていたし、慣れない長距離歩行で疲れていたし、記憶がほとんどない。
「……あぁっもう! どうして私のことがわからないのですか! 私も聖女と言ったらわかりますでしょう?」
「んーーー、んんんんん……。あ!! そういえば聖女だって言っていた人からも、なんか色々と言われた気がする」
「「ぬっ!!?」」
私はうかつだった。
ここにアクアやフォルスト様がいることを知っていながら、思い出したことをそのまま喋ってしまったのだ。
当然、アクアたちの表情が強張り、ギロリとした視線をミーリに向けていた。
すぐにフォルスト様が私を守るようにすぐそばに来てくれ、そのままミーリに冷たい視線を向けた。
「ミーリと言ったか。私はこのように軽装のため信用できぬとは思うが、この国の王、フォルスト=リバーサイドである。フラフレになにか用があるのか? 以前の事件がある手前、すまぬがハーベスト王国の者とフラフレを簡単に対談させるわけにはいかぬ」
「どうやら、国王陛下ということは間違いないようですねぇ」
「ほう、信じるのか」
「地下牢に入る前、伯父様が言っていましたもの。フラフレと国王ができてしまったと」
「「で……できている!?」」
私とフォルスト様の声が見事にかぶってしまった。
お互いに顔を真っ赤にしながら目線を合わせて、さらにまっかっかになってしまう。
「ラブラブで馬鹿げていると牢屋に入る直前に言っていましたわ」
「余計なお世話だ」
「まさか王様ともあろうお方が民衆に混ざって汗をかいているなんて……。威厳もなにもありませんね」
「王族も貴族も民衆も関係ない。皆が一丸となって作業をしていることに口を挟まないでもらおう」
「はぁ……。まぁここで会えたのは手間が省けて好都合ですわ。用件はふたつ。私に聖なる力を強くさせる方法を教えて欲しいのですわ」
「え?」
意外な用件だ。
私もフォルスト様たちも、あっけらかんとした表情になってしまう。
復讐じゃぁぁぁなどと言って敵対してくるのかと思ってしまった。
しかし、ミーリは真剣な表情である。
「フラフレさんがすごい力を持った聖女だということは理解しましたわ。悔しいけど! でも、同じ聖女なら上位貴族である高潔な血を持った私なら努力次第でフラフレさんよりも素晴らしい力を持つことだってできるでしょう。だから、どうやって強くなったのか教えてもらいたいのです」
「教えると言っても……」
むしろ、私が知りたいくらいだ。
どうやったら聖なる力をもっと強くして、さらにおいしい野菜が作れるのかを……。
本来、聖なる力とは太陽が姿をみせるために必要なものらしい。しかしなぜか私の力の場合、それに加えて農園でも非常に役に立っている。
聖なる力ってなんなのだろうと謎だらけだ。
この力のおかげで毎日どろんこ遊びができるのだし、なにかしらの法則があるのなら教えてほしい。
「まーた、そうやって知らないフリをするのですね」
「いえ、そうじゃなくて、本当に知らなくて」
「無理もありませんわね……。それだけ私はフラフレさんに対してなにも知らなかったとはいえキツいことを言ったのだし」
「それもあんまり覚えていないんだけど……」
あろうことか、ミーリは私に対して膝を立ててその場で頭を下げてきた。
これ、来客が玉座の間でフォルスト様にする体勢と同じやつじゃん!
「あのときのことを憎んでいるのなら、なんでもするわよ! でも、今は一刻も早く私は力を手に入れたいの!」
ミーリは真剣そのものだ。
フォルスト様もさっきまでは彼女に対して嫌そうな表情をしていたが、その顔も平穏になっていく。やがて彼女の行為に納得したのか、問いかけた。
「ミーリよ。ひとまず顔を上げたまえ。この場であまりフラフレが聖女だということを知られるのは今は避けたい。話は王宮で聞こう」
「良いのです? 対談はしないと言っていたでしょう」
「キミはフラフレになにか復讐心や危害を加えるつもりがあるようには見えぬが。むろん、疑うようですまぬが最大限の警備の中でとなるがそれでもよければだ」
「危害は別に……。ただ、私の力がこの子に劣っていることが悔しいとは思っていますわよ」
「そうか。ならば護衛と共に王宮へ来ることを認めよう」
工事はいったんガイハルたちに任せ、私たちはそのまま王宮へ戻るのだった。
ミーリはいったいなにを考えて聖女の力を強くしたいのだろう。
リバーサイド王国まで来たのだから、よほどの理由があるのはわかる。
だが、どうしよう……。
「聖なる力って強くできるのかなぁ……」
馬車の中で、私なりに必死に考えてみた。
いつも読んでくださりありがとうございます。
別の作品の更新が完全に止まっていて申し訳ございません。
もう少ししたら更新再開&同時に新作も載せようと思います。
お待ちいただけたら幸いでございます。





