85話 フラフレは全力で持ち上げてみる
フォルスト様からの許可は意外にもあっさりだった。
私がいつか見学にくるだろうと思われていたらしい。
邪魔になってしまうかもしれないし、せめてこれだけでも……と思い、見学の前に張り切って色々と準備をしておいた。
いつもの農園で遊んでからお風呂で汚れを流したあと、フォルスト様たちが作業をしている現場へ、馬車で連れていってもらった。
フォルスト様はガイハルたちと一緒に、重そうな石を運んでいるところだ。
普段とは違い、フォルスト様はシャツ一枚だけを着て美しい腕をあらわにしている。
たくさん動いていたからだろう。フォルスト様からの顔や腕から汗が流れるように出ていた。
「ひょえぇぇ……、大変そう」
「力仕事だからな。力自慢のガイハルが大活躍してくれているよ。私ももっと鍛えなければな」
フォルスト様は、まだまだ余裕の表情を浮かべているガイハルを見ながら尊敬する眼差しを向けていた。
私の横にいるアクアも、ガイハルを見て……なぜか顔を赤らめている。
「アクア風邪ひいたの? 王宮直じょくしゅじーに診てもらったほうが?」
「いえ! 全くもって正常ですよっ!」
「でも顔が赤いような……」
「なななななにかの勘違いですよっ!」
いつものアクアらしからぬ口調に押され、なにも言い返せず。
いったいどうしちゃったんだろう。
しばらくするとアクアは通常どおりになったため、本当に私の勘違いだったみたいだ。
ごめんねアクア。
フォルスト様が運んでいる石が一度地面に降ろされた。
フォルスト様が両手をストレッチしているため、いよいよ私もお手伝いできるんじゃないかと好奇心が動く。
「私にもできるかなぁ」
「無理せずとも良い。どのような作業なのか見にきたのだろう?」
「できればお手伝いもしたいなぁって思っていました」
「試しに今運んでいる石を持ち上げてみるか?」
「はいっ!」
キャベツ二個分くらいはありそうな石を、せーのと言いながら持ち上げようとしてみた。
だが……。
「ふんんんんんんんぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜っっっっっっ!!!!」
女としてもらしからぬような体勢をしてでも全力で持ち上げようと必死になった。
だが、ビクともしなかった。
フォルスト様たちは、なんという重さの石を運んでいたのだろうか。
「手伝いたいと言ったのに……全然力になれなくて申しわけございません」
「別に謝ることはない」
「うぅ……悔しいです」
「その気持ちだけでも嬉しい。ありがとう。だが無理はしなくとも良いのだ。人にはそれぞれ得意不得意がある」
このままでは本当に来た意味がない。
今朝方、いつもより農園で楽しんでおいて良かった……。
「せめて、さっき育てて収穫したばかりの野菜を持ってきたので、みなさんで食べてください」
「おぉ! それは大変ありがたい!! すぐに皆を呼び休憩にするとしよう。しかし……この野菜は」
「陛下、ご安心ください。これは全て今日のためにフラフレ様が普段よりも張り切って追加で生産したものです。いつも収穫している野菜とは別のものですので」
アクアが補足してくれ、フォルスト様も安心してくれた。
フォルスト様がすぐ、ガイハルたちに声をかけに向かう。
さすがにいつも収穫している野菜をそのままこっちに勝手に持ってくるのはどうかと思った。
だから、王宮の農園の隅っこで私はいつもよりも念入りにどろんこ遊びを楽しんだのである。
そうしたら、どういうわけか野菜がにょきにょきと生えてきたのだ。
最近、野菜を育てるコントロールのようなこともできるようになってきた気がしている。
私とアクアで馬車から野菜を取り出しているうちに、あっという間に人がわんさかと集まってきた。
「おぉ! これがフラフレ聖女様育てたての野菜……」
「その呼び方やめてー。フラフレで良いから」
ガイハルがやたらと私のことを尊敬してくる。
孤児院での印象や生活も思い出しているし、普通に話しかけてもらいたい。
私が困っていると、アクアがガイハルに説得してくれた。
「ガイハルさん。フラフレ様は特別に尊敬されることが苦手なのです。お気持ちはわかりますが、どうか彼女のことは楽に呼んでいただけると」
「お、王……じゃなくて、アクア様のご命令とあらば。じゃあ、フラフレさん……で」
ガイハルはアクアの名前に言い換えていた。
やはり表向きにはアクアが王女だということを黙っているようにしているということなのかな。
ともあれ、アクアのおかげで私のワガママも通ったらしい。
「んーーー……まぁ、いっか。ガイハルたちからはもっと気楽に喋りたかったんだけどなぁ」
「いやいや! おまえのことが王都でどれだけ噂になっているか知らねーだろ」
「噂?」
「王宮に天使のような救世主が現れて、どういうわけか農園が大豊作だと。時期的にも合っているし、彼女のおかげでリバーサイド王国が急変して天気も良くなったんじゃないかって。まさか聖女の力だったとはさらに驚かされたが」
「でも、私には自覚もないし、それよりも孤児院のみんなとは昔のような馴染み合いが良いなぁ」
私にとって、孤児院で一緒にいたみんなとは特別な存在である。
ガイハルからは、私とフォルスト様揃って色々といちゃもんをつけられたこともあった。
だが、それでも大事な思い出だ。
ずっとみんなと会いたかった分、彼らとは特に仲良くしたい。
「ふっ……。フラフレさんはどんな立場になっても謙虚なんだな」
ようやくガイハルも納得してくれたようだ。
美味しそうに野菜を食べはじめてくれた。
「う……うめぇ!!」
「まだまだ馬車の中にいっぱいあるから好きなだけ食べてね」
「しかも……。なんだこれは! 身体の疲れが一気に吹っ飛んでいくような……」
野菜を食べたら元気になるものである。
私も地下牢でこっそりと食べていた野菜のおかげで、どれだけ元気になれたことか。
そうか、ガイハルたちは野菜のありがたみを知らないくらいに食べることができなかったというわけだ……。
ならば、もっともっとたくさん野菜を収穫できるようにしないといけない。
私はそう決意した。
「明日からはもっと農園でどろんこ遊びをしたいな」
「フラフレ様。決して無理をしてはいけませんよ。今日だって……」
「うん、大丈夫だって」
みんながこんなに美味しそうに食べてくれる姿を見れたら、私ももっともっと頑張らないとなという気持ちになる。
……という口実で、もっと長い時間農園で楽しんでいたいという気持ちもあったりするのだ。
私が微笑むと、アクアも納得してくれたのか、希望を受け入れてくれた。
よし、明日からは延長して楽しめるぞぉぉぉ!
と、思っていたのだが、思わぬ客人が来てしまった。
「こちらにいたのですねぇ」
金髪のツインテールに赤色の瞳。
そして瞳と同じ色をしたドレスを綺麗に着こなしている私と同い年くらいの女の子。
彼女の周りには護衛のような人もいるため、どこかの偉い人だとは思う。
そんな彼女は私を探していたようで、私に声をかけてきているようだった。
「え……と?」
「フラフレさんですよねぇ?」
「あ、はい。フラフレです」
「私のことをお忘れで?」
「んが……?」
どうしよう……。
この人、誰だっけ!?





